仏教の社会構造とマインドフルネス瞑想の意味論

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問題再設定:極めて微細な心、あるいは「全体」を凌駕する「部分」

マインドフルネス瞑想を実践する人間欠陥生物であるという先述した哲学的人間学の基礎概念を前提とするなら、マインドフルネス瞑想意味論に求められるのは、神経生理学や心理学による瞑想状態の裏付けだけではないことがわかる。神経生理学や心理学による観察観察するなら、彼らの分析してきた性質は、実際には人間の可塑的な衝動エネルギーに対して外部環境から呈示された文化的な方向付けの結果に過ぎない。衝動を知ろうとするならば、「我」の内面と外部環境同時観察しなければならない。

尤も、我々が注意を払っておくべきなのは、一先ずは心理学的な諸概念だけであると見做して良いのかもしれない。実際、仏教神経科学は、今や極めて近しい関係にある。仏教神経科学のコミュニケーションは、「我」の内面と外部環境同時観察することを可能にしている。このことは、ヴァレラとその周辺を観察すればよくわかるであろう。1987年10月、チベットの聖俗両世界の指導者とされるダライ・ラマは、ヴァレラをはじめとする科学者たちを招き、心と生命を巡る会談を開催した。ヴァレラに限らず、この会談に参加した科学者たちは、皆心と生命に関する第一人者でありながらも、仏教への強い興味関心を抱いていた。

専ら会談の主題となったのは、仏教的な観点から叙述されてきた生命や心の概念が、神経科学的にも妥当するのか否かであった。種々の主題の中でも、とりわけ人工物に心が宿るか否かという主題は、生命や心の核心に触れる重要な問題設定となっている。

ここで引き合いに出されたのは、言うまでもなく「人工知能(Artificial Intelligence)」であった。ヴァレラは、西洋人が心や脳を理解しようとした際には、人工知能の研究成果を援用することで、自らの理論を裏付けようとしてきたという。確かに過去の物理学では、何らかの理論が得られたとしても、それによって何らかの未来を予見できなければ、その理論証明されたことにはならないと考えられてきた。一方、認知科学においては、この程度では済まされない。真に理論が正しいとするなら、その理論を裏付ける機械を造れるはずであると見做されているのである。こうした背景を見据えた上で、ヴァレラはダライ・ラマに、細やかな認知能力しか持たない人工物には心があるのかと訊いた。

ダライ・ラマの返答は明快であった。人工物には意識や認識があるとは考えられないという。何故なら、認識という概念は、事前の瞬間からの認識の連続としてのみ成り立つからである。それは事物から生み出されるものではない。ダライ・ラマは、このことを補足するために、「粗大(Grosser)」と「微細(Subtler)」の区別を導入している。この区別から観れば、何らかの粗大意識微細意識とは無関係に生じることなどあり得ないという。ダライ・ラマによれば、事前の連続体と何の関係も無しに新しい認知作用が生み出される可能性は皆無である。意識は、実際には物質から生まれるのではない。意識を生み出すのは意識の連続体である。言い換えれば、意識の連続体を構成しているのは、意識の連続体そのものであるということになる。もしコンピュータ意識を持ち始めるとするなら、それはこの意識の連続体が物質の中に入り込んだ場合になるであろうと、ダライ・ラマは冗談半分で主張している。無論それは、コンピュータの物理的基盤が自ら意識の連続性を受容する基盤として機能する能力を獲得した場合に限られる。人工物が実際にそうした能力を獲得できるか否かは、長期的な展望から見定めていく必要がある。

このダライ・ラマの説明は、意識の連続体に起源や始源があるという想定を一掃している。意識が物質的な原因によって生み出されると科学者たちが考える一方で、仏教徒たちは、そうした物質が意識の本質的な原因にはなり得ないと考える。意識にとって物質とは、副次的な原因に過ぎない。この説明の前提にあるのは、仏教的な観点から記述された宇宙進化論である。この進化論によれば、宇宙には始まりが無い。そしてこの世界には無限宇宙存在する。この進化論では、如何なる世界のシステムにおいても、粗大な物質の生成消滅が見受けられる。その創造と破壊には、始まりも無ければ終わりも無い。ただし、如何なる瞬間においても、そこには微細意識存在し続けるという。生命に心があるとするなら、それは限りなく微細な心になるという。それは、生々流転のあらゆる循環を通じて一貫して存在しているのである。

ダライ・ラマのこの説明は、ヨーガ・タントラによる分類に準拠している。つまり厳密に言えば、この粗大意識から区別された微細意識は、更に<微細な水準>と<極めて微細(very subtle)な水準>とに区別される。意識の水準がより粗大であればあるほど、それだけ身体に左右される度合いも大きくなる。意識微細であればあるほど、逆に身体に左右される度合いも少なくなる。そして極めて微細な水準となれば、その意識身体に左右されることは全く無くなる。

ここでいう<極めて微細な意識>となるのは、仏教徒が見出す「光明」である。それは慈悲や智慧を象徴する概念である。この光明には意識のあらゆる記憶が蓄積されている。この蓄積された記憶が、意識の連続性を可能にしている。それ故にダライ・ラマの洞察においては、記憶は単に脳に蓄積されている訳ではないということになる。粗大な水準の意識に基づく記憶身体に基づいた記憶は、忘却されることで、あるいは事物の生成消滅の過程において、既に消失している。しかしながら、微細記憶は残存し続けている。瞑想家の中には、瞑想を実践することによって、より粗大な水準の心をより微細な水準へと深化することができる者たちもいるという。瞑想は、言わば微細な水準の意識を活性化させることを可能にしている。そしてこの想起の営みによって、瞑想家たちは、微細な水準で記憶されていた過去世の出来事まで観ることができるという。

より粗大な水準の心が脳神経細胞や感覚器官によって生み出されるのは、元を辿れば、我々の中に<極めて微細な意識>が潜在化しているためである。<極めて微細な意識>から微細意識が、微細意識から粗大意識が生み出されることが生の営みであるとするなら、この逆の手順が死の過程となる。つまり全ての心は、やがては<極めて微細な意識>へと解体していくのである。したがって、ここでいう<極めて微細な意識>とは、粗大な水準で心が生み出される際の「根源」となる。

ヴァレラは、この粗大微細区別が、西洋社会に蔓延る二元論のようなものなのではないかという。ダライ・ラマのこの説明では、微細な水準と粗大な水準とが如何にして連携し得るのかがわからなくなる。これに対してダライ・ラマは、微細な水準と粗大な水準は、本質的には同じであるという。あらゆる事物は他の事物によって生み出される。<極めて微細な水準>に対応するのは光明である。光明は常に一貫して存在している。生命の誕生の際には、この光明から微細意識が生み出される。そしてこの微細意識から物質的あるいは感覚的な意識が生み出される。ただし、この粗大微細区別は、相対的な区別に過ぎない。この区別は、この区別の内部へと「再導入(re-entry)」される。つまり、<極めて微細な水準>の内部において、また粗大な水準、微細な水準、そして<極めて微細な水準>の区別が導入されるのである。したがって、仏教徒が光明を見出すのは、この<極めて微細な水準>の中に<極めて微細な水準>を見出すという再帰的な区別の導入を前提としている。

マインドフルネス瞑想負担免除装置があり得るとするなら、それはこの再帰的に観察される<極めて微細な水準>の記憶想起させるように機能しなければならない。この装置として機能する「知覚メディア」があるとすれば、それは「拡大鏡(magnified glass)」のようなものであろう。これは実際に瞑想家たちも利用している比喩である。

「拡大鏡を使うことで、自分のことを恰も新聞の写真を観るかのように観るのだ。通常、肉眼で新聞の写真を見る時は、そこに写されているものがそのまま視える。しかし拡大鏡を使って観れば、その写真は沢山の微細な点(dot)によって構成されていることがわかるであろう。これと同じように、鋭いアウェアネスを以って自己自身を凝視する時、『私』や『私がいる』などといった『我という感覚』は、固体性を喪失し、分解され、無くなっていく。そして、智慧の瞑想の核である存在の三つの特徴――無常、苦、無我――が、ありありと現われるのである。この時、生は無常であり、存在の本質が苦であり、『我』という実体は無いという真理を鮮明に体験する。無常、苦、無我をあまりにも如実に体験するために、欲や執着、怒りなどは空虚で無益であるということに気付くことになる。この明晰で純粋な深い目覚めの瞬間、意識は変革する。固定的な『我』という概念が消え去る。残っているのは、相互に関連し合う実体無き無数の現象のみである。それらは条件によって成り立つ。また条件によって変異し続ける。欲は消え、重荷は降ろされる。抵抗も無ければ緊張も無く、苦も楽も無い流れ(flow)だけが残る。心に大きな安らぎが生まれる。造り物などではない究極の幸福となる涅槃(Nibbāna)が実現するのである。」
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