仏教の社会構造とマインドフルネス瞑想の意味論 | Accel Brain

仏教の社会構造とマインドフルネス瞑想の意味論

Accel Brain; Console×

ヴァルター・ベンヤミンは、恐らく彼の最も成功した著作の一つである『一方通行路』において、「ヨーガ(yoga)」の「瞑想(Meditation)」における呼吸を取り上げている。その呼吸の「リズム」が、瞑想を実践する精神における規範となっているのである。ベンヤミンが讃えるように、瞑想時の呼吸は「神経刺激(innervation)」の最高に緻密な調節技術として機能している。

実際、瞑想たちが指摘する呼吸の「リズム」から学び取れることは多大である。呼吸は、まさに我々が日常的に享受している神経刺激であると共に、それ自体が非随意的な身体作動として潜在化している。瞑想たちが呼吸に焦点を当てているのは、この非随意を暴露する営みとも解せる。瞑想たちは、呼吸の「リズム」をはじめとした様々な感覚や感覚対象をその細部まで明確に認識することで、神経刺激を享受することにより顕現した形象歴史上幾度と無く主題化してきた。

旧いヨーロッパにおける哲学の意味論では、仏教徒たちのこうした経験が、反省経験として記述されていた。曰く、心は世界において覚醒する。この世界を設計したのは、我々ではない。我々は、自己自身が世界と共に在ることを知覚しただけであって、目が醒めたら自己自身と自己住む世界が在ったのだ。成長するにつれて、我々はこの世界について反省するようになる。人工物としての世界ではなく、知覚された世界についての反省は、我々という構造があるからこそ可能になる。かくして反省者は、自身がある循環の中に有ることに気付く。我々は、反省が始まる前からそこに存在していると思われる世界にいるものの、その世界は我々から分離していないのである。

現象学者たちならば、この反省の問題を経験の問題として再記述するであろう。エンドムント・フッサールは、革新的であると同時に西欧哲学の意味論と深く結び付いた方法によって、経験を直接的に検証することの重要を強調した。周知のように、ルネ・デカルトは、心を世界存在するものに対応する着想を含む主観的な意識として捉えた。心を世界の表象とするこの概念は、「志向性(Intentionalität)」というフランツ・ブレンターノの概念において頂点に達した。ブレンターノによれば、あらゆる心的状態は、あること「の」ものか、あるいはあること「についての」ものである。したがって心的状態とは、常にある内容への言及を指している。そこには必ず、ある客体への方向がある。志向性とは方向でもある。

ブレンターノの弟子であったフッサールは、この志向性概念を経験それ自体の構造として記述した。彼はこの志向性構造を実際上の経験世界に言及せずに検証する方法を開発した。フッサールの自己評価によれば、彼はこの方法の開発によって、あらゆる経験科学に先行する新領域を開拓したのだという。彼はこの方法を駆使することで、意識についての純粋な反省を実践した。その本質的な構造区別することによって、この新しい領域を探究する旅に出たのだ。その本質に関する直観において、彼は経験を本質的な構造へと還元することで、そこから人間的な世界の発生が如何にして可能になったのかを分析したのである。

しかし神経現象学者であると同時に心な仏教徒でもあるフランシスコ・ヴァレラによれば、フッサールは伝統的な西洋哲学の伝統を繰り返すだけで、その本流に留まるだけであった。知覚認知を理解するためには、世界を素朴に観察するのではなく、世界を我々自身の構造の痕跡を有するものとして観察しなければならない。そのためフッサールの現象学的な方法においては、括弧で括ることが要求される。括弧で括るということは、経験世界の関係に関する通常の判断を括弧に括るかのように棚上げすることを意味する。ここでいう通常の判断とは、フッサールのいう自然な態度として、つまり世界が心や認知から独立しているだけではなく、事物は目に映る通りに存在していると確信する素朴実在論的な態度を意味する。フッサールによれば、こうした態度を括弧に括ることによって、心の志向内容を純内在的に、つまりそれが世界において言及していると思われる対象に痕跡を付けることなく研究することが可能になると考えた。

フッサールは確かに、志向性概念から構造を分析し始めることで、構造とは彼自身の心の中で認知している何物かであると理解した。しかし、西洋の伝統的な哲学の意味論かられば、フッサールはこの構造を把握しただけで留まってしまったことがわかる。フッサールは孤独な個々の意識から出発することで、探索している当の構造が完全に心的なものであると考えた。そして彼は、抽象的かつ哲学的な内行為において、意識が接近可能なものであるとする。だが彼は、そこから合意形成可能で、間主観的な人間経験世界を生み出すことにおいては、ある種のアポリアに直面した。しかもフッサールは哲学的内以外の方法を採用していなかったために、この過程の出発点に回帰することで自己自身の経験に立ち返るような決定打を持ち得なかった。

皮肉にも、フッサールは経験の直接主題とした哲学を志向したにも拘らず、実際には経験合意形成可能な側面についても、直接的な身体としてある側面をも、無視してしまったのだ。この意味で、フッサールが自身を20世紀のデカルト主義者と称したのは、全く以って正確な自己分析であった。

後期フッサールの参照問題では、フッサールのいうところの「生活世界(Lebenswelt)」における意識経験主題となった。生活世界とは、自然態度によって発見される世界に関する素朴で理論的な概念などではない。むしろそれは、理論が実践的な目的を常に志向した場合に見出される日常的で社会的な世界なのである。フッサールによれば、科学や哲学――現象学から離反した実存主義者たちの哲学――をはじめとしたあらゆる反省活動が、この生活世界を前提として実施される。したがって、意識経験とこの生活世界との間にある本質的な関連の分析が、現象学者の参照問題となった。

現象学は本質を主題とした研究プログラムであるという点で、フッサールの主張は首尾一貫していた。生活世界主題とした本質の分析もまた、人類学的でも歴史学的でもなく、ただ純粋に哲学それ自体なのであった。しかしその一方でフッサールは、現象学こそが理論の最高形態であると主張した、だとすれば現象学それ自体もまた生活世界を前提としなければならない。つまりフッサールの現象学普遍的妥当するためには、生活世界との関連を自己自身に、自己論理的(autologisch)に適用しなければならないのである。ヴァレラによれば、フッサールはこの根源的な循環性に関する未開の領域へと踏み込んでいたのである。

実際、ヴァレラも着目しているように、後期フッサールの記述からはこの自己論理的推論の兆候が見て取れる。フッサールによれば、生活世界は、沈殿した背景的な前理解の組み合わせである。それは現象学者たちの貢献によって、信念の体系として明確化される。つまりフッサールは、この背景を本質的に表象から成立する概念として記述することで、当の自己論理的推論循環性から脱却しようとしていたのである。しかしながら、生活世界がこうした背景であるとするなら、生活世界が常に科学や哲学に先行するというフッサール自身の主張と矛盾することとなる。

循環の中での矛盾は、パラドックスとして記述される。生活世界が科学や哲学に先行している一方で、西洋の伝統的な哲学の意味論がこの生活世界に浸透しているとするなら、現象学生活世界の関連は、パラドックスとして結実する。現象学の記述は、言わばこのパラドックスの回転を巻き戻すかのように根源的な、あるいは「所与の」生活世界へと回帰する営みとなる。しかしここで、フッサールがあくまでも20世紀のデカルト主義者に過ぎなかったという彼自身の自己認識が、尾を引くこととなる。彼はこの根源的な生活世界を徹底的に解明する方法は本質的な意識構造へと遡及する以外にあり得ないと断定していた。それ故に彼がこのパラドックスから脱却する際に導入した区別もまた、意識に準拠した区別に過ぎなかった。フッサールは、<生活世界の内部の意識>と<生活世界の外部の意識>の区別を導入したのだ。一方で彼は、あらゆる科学や哲学が生活世界を前提にしていると論じることで<生活世界の内部の意識>を記述した。だが他方で彼は、生活世界の発生を意識において記述し得るのは現象学だけであると断じることで、<生活世界の外部の意識>を記述したのだ。

しかしこのフッサールの区別の導入は、現象学生活世界の関連に伴うパラドックスを、<生活世界の内部の意識>と<生活世界の外部の意識>の矛盾の問題へと変換したに過ぎなかった。ここで区別されている二つの意識は、いずれも純理論的に記述された概念に他ならない。つまりいずれにせよ、現象学生活世界の関連を記述してきたフッサールの現象学には、実践的な次元が欠如していたのである。

このように、反省経験主題とする場合、フッサールの事例は非西洋的な伝統の意味論への志向を動機付ける失敗例の一つとして記述できる。ヴァレラはこの関連から、我々の視点を広げ、経験に対する反省の非西洋的な伝統を網羅するべきであるという。西洋哲学は、科学や芸術のような他の文化的活動に関してもはや特権的な位置を占めていない。だとすれば、哲学とその人間経験に対する重要に関して評価する場合にも、異なる文化における哲学の機能を分析することが要求される。我々の文脈との関連で言えば、仏教徒たちの上述した経験を分析するには、単に西洋哲学の意味論の枠組みの中で記述するのではなく、仏教それ自体の非西洋的な伝統の意味論との関連からも記述することによって、双方の意味論比較していく訳だ。

ヴァレラが仏教の非西洋的な伝統を重視するのは、仏教意味論が、単に西洋の伝統からて新しいためではない。インドの伝統では、哲学は決して純理論的な営みなどではなかった。それは、「マインドフルネス瞑想(Mindfulness Meditation)」のように、解脱することの特殊な訓練の実践形式に直結していたのである。仏教意味論は、単なる純抽象的な記述に留まるのではなく、訓練の実践形式に関する意味処理規則としても機能しているのである。

原始仏教の社会構造とヨーガの意味論

ヒンドゥー教とは異なり、仏教は超越的な存在者である神を見出さない。ヨーガによって獲得された智慧は、言語によって記述される。それは理性的かつ論理的に検証可能でなければならない。そうすることで、智慧の実践的な再現性を確保する必要がある。別の言い方をするなら、「誰もが仏陀になれる」という仏教の思想は、仏教徒による仏陀の「模倣」の可能性を物語っている。仏教徒たちは、ヨーガの瞑想を含めた日常的な修行を敢行することによって、仏陀の「模倣」を実現している。その修行は、心の統御のみならず、身体の苦行も含意している。故に仏陀の模倣としての修行は、ある種の「模倣的神経刺激」である可能性が高い。

続きを読む

マインドフルネス瞑想の実践形式と無我の意味論

原始仏教の重要な意味論の一つである「無我」は、「我」の全否定を意味する訳ではない。厳密に言えば、それは「我」への執着の否定を意味する。繰り返すように、無我説は形而上学的な概念としての自己を否定したのであって、自己そのものを否定していた訳ではない。原始仏教は自己の存在に関しては沈黙を守る一方で、客観的な世界で観察される如何なる実体も自己ではあり得ないという点を主張したに過ぎなかった。

続きを読む

古代律令制の社会構造と記紀神話の意味論

日本に仏教が根付き始めたのは、飛鳥時代の出来事である。古墳時代後半、都は三輪山周辺や飛鳥に位置していた。特に6世紀後半から藤原京が造営された7世紀後半ごろまでを飛鳥時代を呼ぶのは、天皇の住まいが飛鳥の地方に集中していたためである。538年に仏教が百済から伝来した後、物部氏と蘇我氏との間で、排仏・崇仏論争が勃発した。そして蘇我氏が勝利を収め、仏教が国政に大胆に採用されるようになった。それ以来、日本には多数の「神々」や「仏」が併存することとなった。それらは共に信仰の対象となった。こうした日本の特徴は、やがて「神仏習合」と呼ばれることになった。

続きを読む

中世荘園領主制の社会構造と本地垂迹説の意味論

古代から中世への移行に伴って、宗教を前提とした日本の社会構造も変異した。律令制支配の衰退によって、寺院と神社に対する国家の公的な保障が大きく後退した。権力者たちは厳しい財政状況に直面せざるを得なくなった。公家に対して、10世紀以後、荘園領有の国家による公認が実施されるようになる。そして11世紀から12世紀にかけて中世的な荘園公領制も成立することになった。しかし、寺院や神社がそうした公的な保障を得るには、それに相応しい固有の理論武装が必要になった。こうした課題に応じたのが、顕密仏教に基づいた「仏法王法相依論」である。

続きを読む

中世仏教の社会構造と鎌倉新仏教の意味論

鎌倉時代は新仏教だけの時代ではない。鎌倉新仏教は社会的な勢力としては少数派であった。むしろ比叡山延暦寺をはじめとする南都北嶺の伝統的な仏教の方が多数派であった。これらの伝統的な仏教は、単に宗教の世界で大きな力を発揮していただけではない。平安時代後期には、権門寺社が自ら荘園領主へと成長して、巨大な世俗的な権威を身に付けるようになった。その過程で、有力寺社は貴族の子弟を積極的に受け入れるようになった。貴族層に加えて、院政期ごろからは皇族出身者の入寺が目立つようになった。大寺院は第二の公家社会とも呼ぶべき社会システムへと発展していたのである。

続きを読む

近世幕藩体制の社会構造と明治維新の意味論

近世日本の社会構造においても、仏教は依然として日本の社会構造を方向付ける意味論を提供し続けた。尤も、この仏教の意味論が機能し続けたのは、そもそもの日本の社会構造が「鎖国」を前提に構成されていたためでもある。1854年、「鎖国」の社会システムが終焉を迎えることになると、近世日本社会は近代の社会構造へと進化することとなる。この社会進化は、一般的には「明治維新」と呼ばれている。この日本の構造変異により、仏教、神道、そして儒教の意味論もまた大きく変わることになった。

続きを読む

近代西洋文明の社会構造と「独立自尊」の意味論

「東洋」の儒教主義と「西洋」の文明主義の区別を導入するところから始まる福澤諭吉の「実学」の意味論は、「独立自尊」の精神を記述することによって、単なる「啓蒙思想」としての意味論に留まることなく、日本の社会構造の機能的な分化を推し進めるべく機能していた。多くの啓蒙思想家と同じように、福澤の精神もまた進歩史観に準拠していた。だがその進歩史観は、同時に進化論的でもある点で、他の啓蒙思想とは一線を画していた。また、その精神に具体的な「方法」の輪郭を与えたのが「統計学」であった点も、見過ごしてはならない。

続きを読む

近代国家神道の社会構造と国学の意味論

近代社会における日本の社会構造を大きく変動させたのは、日清戦争と日露戦争である。この二つの戦争に勝利した日本は、列強の先進国の仲間入りを果たした。ここで日本は、アジアで唯一植民地を持つ帝国主義の国家として立ち上がった。一方、この二つの戦争が勃発した前後の時期には、日本の社会構造にも産業革命が生じていた。これにより、資本主義的な経済システムの体制が本格的に成立した。このほぼ同時期に発生した帝国主義化と資本主義化は、日本の「国家神道」の意味論も変異させることとなった。

続きを読む

近代民主主義の社会構造と日本国憲法の意味論

機能的に分化した近代社会としての日本社会では、仏教や神道のような宗教は、もはや社会の頂点や中心には位置しない。近代社会には、宗教の他にも、政治、法、経済、科学・学問、教育、マスメディア、芸術、医療、家族などの機能的サブシステムが、それぞれに固有の論理に基づいて作動することになる。尤も、政治システムと法システムの構造的な結合点に位置する「日本国憲法」からは、神道の意味論の影響も見て取れる。

続きを読む

近代福祉国家の社会構造と「道徳」の意味論

仏教に由来するマインドフルネス瞑想を科学・学問の機能的問題領域で主題化する場合、注意しなければならないのは、宗教システムの作動の実態である。仏教は宗教システムのコミュニケーションであるが故に、その二次的な二値コードとの関連から、容易に道徳化され得る。科学・学問システムは、マインドフルネス瞑想の「理論の問題」が「道徳の問題」に摺り替えられることに対し、抵抗しなければならない。科学・学問は、あくまでも純理論を展開するべきなのである。道徳の形式は、様々な問題を、尊敬と軽蔑の区別や善悪の区別のように、人格の問題として単純化する。それにより、かかる問題の複合性を極度に単純化してしまう。道徳的な主題が選好され易いのは、無知に留まりながら学習を放棄できるためである。現実に対する道徳的な当為要求は、「この点については学習するつもりがない」ということを意味する。だが、科学・学問の機能的問題領域では、そうした態度は通用しない。

続きを読む

マインドフルネス瞑想の機能的等価物に対する観察、およびその盲点

マインドフルネスの瞑想状態を心理システムの<システム>と<外部環境>の差異の曖昧化として記述することで、神経科学、神経生理学、心理学の分野を対象に、マインドフルネス瞑想の機能的等価物を探索し、それぞれの成否を確認する。

続きを読む

哲学の機能的等価物としての仏教、一切皆苦の哲学的人間学

仏教を神経科学や心理学と関連付けた場合の盲点となるのは、仏教の哲学的な側面である。確かに、仏陀は自身が哲学者であると公言したことは無い。マインドフルネス瞑想の意味論も、どちらかと言えば生活実践の形式として機能する傾向があるように思える。だが一方で歴史上、仏教はある種の哲学として規範的に期待されてきた。確かに、仏教の教義が形而上学的な認識として観察される場合には、その教義が哲学として受容されることはあり得なくなる。哲学が概念、言語、そして意味論の分析であると考えるなら、一方で仏教の教義はあくまで「治療的(therapeutic)」であり、「救済論的(soteriological)」であるということになる。それは本質的に哲学的であるとは見做されない。しかし、このように哲学を仏教の教義から区別したとしても、仏教学者たちは、この哲学と仏教の教義の区別を仏教の側へと再導入(re-entry)している。仏教においては、救済論と認識論とが相互に密接に関連付いている。と言うのも、仏教学者たちが認識する仏教の「治療的(therapeutically)」な側面とは、「救済的でグノーセオロジー的な志向(salvific and gnoseological purpose)」を意味するからだ。

続きを読む

参考文献

  • Benjamin, Walter. (1928) “Einbahnstraße”. In: Gesammelte Schriften Bd.4, Frankfurt am Main : Suhrkamp. 1980a, S.83-148.
  • Husserl, Edmund. (1913) Ideen zu einer reinen Phänomenologie und phänomenologischen Philosophie, Jahrbuch für Philosophie und phänomenologische Forschung 1,1.
  • Husserl,Edmund. (1928) Vorlesungen Zur Phänomenologie des inneren Zeitbewusstseins, Halle a. S.: Niemeyer.
  • Husserl, Edmund. (1939) Erfahrung und Urteil, Untersuchungen zur Genealogie der Logik, Prag: Academia Verlagsbuchhandlung.
  • Husserl, Edmund. (1952) Ideen zu einer reinen Phänomenologie und phänomenologischen Philosophie, Zweiter uch, Husserliana Bd. IV, Martinus Nijhoff.
  • Husserl, Edmund. (1967) Philosophie als strenge Wissenschaft, Frankfurt.
  • Varela, Francisco J. Rosch, Eleanor., Thompson, Evan. (1991) The Embodied Mind: Cognitive Science and Human Experience, MIT Press.