近代公教育の社会構造と発達段階論の意味論 | Accel Brain

近代公教育の社会構造と発達段階論の意味論

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派生問題:心理学的社会は如何にして可能になっているのか

心理学的社会影響下にある社会システムでは、本来ならば社会システム組織システムの問題として設定されても良いはずの問題が、精神病や精神疾患などのように、積極的に心理学的な問題として設定される傾向にある。この事態は、ある種のマッチポンプになっている。すなわち、心理学的社会それ自体が心理学的な諸問題を積極的に主題化している以上、精神療法のような心理学的問題解決策は常に必要な貢献として認識され続けるということだ。しかしこの主題化を前提とした場合の盲点となるのは、他ならぬ社会的な背景なのであった。

だが、より重要な問題となるのは、この心理学的社会それ自体が社会システムの作動の実態であるということだ。社会システムは、心理学的問題設定を顕在化させ続けると共に、社会的な諸問題を潜在化させ続ける。社会的な諸問題に対する言及が続かないように仕向けているのは、社会システムそれ自体なのである。バーガーが心理学的社会論を提唱したのは1960年代であった。しかしこの社会システム構造的な質は、近代化の時点から始まっていた。このことは、特に教育システム社会構造意味論を振り返ることで理解できる。

近代教育システム社会構造を方向付けた意味論は、次の三つの思想に要約される。

  1. 内在させた穢れ無き子供たちに対する「自然主義(Naturalismus)」的な教育論―――キーワードは、「完成可能性(perfectability)」。
  2. 教育機会の平等化による公教育制度の自明化―――キーワードは、「教育可能性(educability)」。
  3. 教師の「教科」から子供の「経験」への改革的な転回―――キーワードは、「学習可能性(learnability)」。

以下、順に確認していく。

問題解決策:完成可能性の意味論

元来「完成可能性(perfectability)」は、近代教育学の先駆的な宗教改革として名を遺したヨハン・アモス・コメニウスの概念であった。コメニウスは「自然主義(Naturalismus)」を標榜することで、教育の対象となる人間像を記述している。

自然主義

コメニウスの自然主義は、平和主義的な思想とキリスト教的な世界背景として、人間には「なるもの」が内在しているという前提に立つ。コメニウスによれば、そうした「なるもの」を開花させるために必要となるのは、教育者たちが子供たちに外部から何らかの刺激を与えることではない。あくまでも本来宿している質なのだから、その内面自然な成熟を待つことが重要となる。

完成可能性が指し示すのは、子供の「なるもの」は開花し得るということだ。言い換えればそれは、子供は「発達」し得るということであって、「進歩」し得るということでもある。

エミール

ジャン=ジャック・ルソーの教育思想は、コメニウスから多大な影響を受けたことでも有名だ。ルソーが語る人間論はコメニウスの自然主義説的に言い直した形になっている。ルソーによれば、万物は「なるもの」であった。だがそれらが人間の手に渡ってしまうことで、全てが「く」なるという。その原因となるのは、人間が生きていく上で必要となる社会化や文明化だ。我々は社会の中で生きていくために、自分の意見や価値よりも他者や集団との合意形成を重視せざるを得ない。したがってルソーにとって「大人になる」というのは、「なるもの」を放棄することを意味していた。

社会改革を望む時のルソーが子供存在を重視していたのは、この関連においてだ。大人になり切れていない子供たちは、まだ「なるもの」を喪失していない。それは旧来の社会や文明に汚染されていないということでもある。子供はまだ権威に服従することを自明化していない。そうした子供たちは「社会人」たる大人ではなく、「なるもの」を保有した「自然人」であるという。

尤も、このルソーが導入した善悪区別は、それ自体が区別である可能性否定できないだろう。『エミール』でこの教育論を記述した時点で、ルソーは既に子供ではなかったはずだ。「なるもの」を喪失したはずの「大人」であるルソーが導入した善悪区別は、それ自体として区別であったと言い放つこともできる。かくして自然主義は、パラドックスに陥る。尚も教育コミュニケーションを継続していくのならば、別のあり方でもあり得る区別を導入することによって、脱パラドックス化を実現せざるを得なくなる。

問題解決策:教育可能性の意味論

歴史上新たな区別として導入されたのは、ヨハン・フリードリヒ・ヘルバルトの『一般教授学』であったと言える。ヘルバルトの『一般教授学』は、自然主義的な教育論が依拠する帰納的な方法否定しつつ、科学的に形成された枠組みに経験を統合することによって、より科学的な教育学を導出しようと志す取り組みであった。彼は理論と実践の融合、理念と実践の融合を可能とする科学的な原理としての教育学を求めたのである。

ヘルバルトの教育学の方法は、近代科学として栄えた心理学に依拠している。と言うのも彼にとって心理学は、道や手段や人生の障害を指し示してくれるからである。一方彼の教育学においてその目的となるのは、倫理学としての実践哲学だ。実践哲学の目的は、陶冶である。ここでいう陶冶とは、生来的な才能や素質を完全に発達させることを意味する。

この関連からヘルバルトは、人間には経験的に理性が備わっていると想定する哲学は、教育学とは相いと考えた。陶冶される以前に理性が備わっているとは想定できないからこそ、教育が必要となるのである。もとより陶冶は教育に限定されない。より広範な概念としての陶冶を目指す教育は、初めから宗教的な信条や理想論的な到達点を決定する訳にはいかない。むしろその既定の枠組みに囚われない姿勢が重要となる。そのために彼は、例えばジョン・ロックが想定していた慣習形成や、コメニウスが前提化していた宗教的信仰心だけでは、教育は満足に実践できないと考えた。そして彼は、科学的な教育学の実践へと結び付く学問としての教育学を目指したのである。

管理と教授と訓練の差異

ヘルバルトは、ロックとルソーを対比させながら、自身の教授特徴付けている。ヘルバルトによれば、ロックの教育論において重要となるのは、「世の中」の決まり事に巧く順応することであった。一方でルソーにとっては、自然人の陶冶が重要となる。ヘルバルトによれば、ロックに倣う教育は、社会に現存するを野放しにして放置することを意味する。一方ルソー的な教育では、今まで抑圧されていたあらゆるを、可能ならばもう一度繰り返そうとするようなものだという。と言うのも、もしルソーが正しいとするなら、その教育は不可避的に子供社会の害で汚染させる宿命にあるからだ。ヘルバルトはそれ故、ロックもルソーも認めていない。彼の教授学は双方に対する代案となっている。

ヘルバルトは教育の基本的な要素を「管理」、「教授」、「訓練」の三つに区別している。ここでいう管理とは、支配を意味する概念ではない。管理とはあくまで、教師生徒の直接的な関わりを前提としている。ヘルバルトによれば、あらゆる管理は、当初「脅かし」となる。その際その管理は、対象となる生徒質次第で、二つの障壁に直面する。一方では、脅かしなどお構いなしに自由を満喫する質を持つ子供もいるだろう。他方では、その脅かしを真に受けて、恐ろしさの余りに何もできなくなってしまうような子供もいる。それ故に管理は、子供次第で不確実化するのである。

しかしヘルバルトは、こうした管理は教育の本質ではないという。彼が重視するのはあくまで「教授」であった。ここで重要となるのは教育の目的である。ヘルバルトによると、教育には「任意の目的」と「道徳の目的」があるという。前者は可能な目的であり、後者は必然の目的である。「任意の目的」を目指す教育は、生徒の興味の多面を目的とする。「道徳の目的」を目指す教育は、公正念が厳密かつ純粋に意志の本来の対象になることに基づいている。そしてこれにより、あらゆる恣意に抗い、品において最も深遠な真実の内容人格の中核として規定されることが、道徳的な陶冶の目的となるという。

「任意の目的」に連なる多面的な興味は、「教授」の目的となる。この目的の追究においては、「専心」と「致思」が重要となる。専心とは精神を一つの対象に集中させる作用である。致思とは専心によって獲得した対象を反省することで統一する作用である。ヘルバルトの「四段階説」によると、一定の対象に精神を没頭させる作用である静止的専心が純粋である場合、個々のモノを「明瞭」にることが可能になる。その専心が他の専心へと前進することによって、表象が「連合」される。専心によって獲得されたモノを反省して統一する作用である静止的致思は、多数のモノの関係を見る。それは全ての個を関係の分節として正しい場所に配置しながら視るということである。そしてヘルバルトは、この豊富な致思において発現する豊富な秩序を「系統」と呼んだ。致思の前進によって、「方法」が形成される。それは系統を発展させ、その新しい分節を生産し、徹底的な応用を喚起する。この四段階説によって、経験や感や帰納の方法に基づいた教育論は、明瞭な様式と体系を有した近代科学的な教育学へと発展したとされている。

教授の場合、教師生徒が同時に関わり合う何らかの第三者による介在を想定している。一方で「訓練」は、管理同様に、教師子供の直接的な関わり合いを前提としている。訓練においては、管理同様に、生徒の受動的な姿勢が想定されている。ここでいう訓練とは、スポーツでやるようなトレーニングのことではない。まして知識や技能を伝授するだけでもない。それは陶冶する意図を持つ教師によって実践される生徒に対する直接的な働き掛けに他ならない。

教育可能性と公教育の制度化

ヘルバルトは、教育学の根本を成す概念が教師生徒に対する「教育可能性(educability)」であると考えた。教育可能性が指し示しているのは、どのような子供であれ、生徒教師次第で発達するということだ。

教育可能性という概念それ自体は「一斉教授法」を展開したコメニウスに由来する。コメニウスによると、どのような子供にも無限模倣力があるという。この模倣によって、子供は皆平等教授されることで発達できると考えた。尤も、ここでいう平等とは、言い換えれば画一意味する。それは言わば一の生産管理体制を物語っている。実際コメニウスの眼には、学校が「人間の工場」として映っていた。それはロックの精神白紙説を前提として、子供の内面に教師のマニュアルを記述することで「大人」を生産していく工場なのである。

この思想的背景を前提とすれば、ヘルバルトが強調した教育可能性は、コメニウスが論じた完成可能性を継承した概念であると言えるだろう。19世紀の西洋社会の諸国は、この教育可能性意味論に準拠することで、国民形成のための学校教育規範的に期待するようになった。教授することの価値は、教授しようとする意図が<善き意図>であるかのように受容されることになった。加えて、誰もが皆平等教師次第で発達し得るという発想は、教育の機会の平等化を疑念の余地の無い規範へと結実させることを後押しした。すると教育システムの制度化は、「一斉教授法」的な学校教育の自明化と共に、形式的に進展することになった。少なからず建前上は、身分や別や人種の差別とは無縁のまま、学歴や資格や実績などといった制度化された経歴によって、人間社会的な価値が決定されるかのような錯覚が蔓延することとなった。

ヘルバルトの教育学がヘルバルト学派として受け入れられるようになった背景にも、こうした教育システムの制度化がある。公教育制度の整備において、学問的な根拠を有しつつ実践へと結び付けられるヘルバルトの教育理論は、教育システムの制度化を好都合に進展させるための意味論として機能したのである。彼の教育学が国民形成を目論む国家にとって有用となったのは、理由の無いことでもない。ヘルバルトの教育学においては、教師教育しようとする<善き意図>が規範的に期待されているためである。

象徴としての<善き意図>

教育しようとする<善き意図>が伴った相互行為コミュニケーションは、全て教育である。逆に言えば、教育しようとする<善き意図>が無いコミュニケーション教育ではない。そうした相互行為もまた人間形成規範の内面化を派生させ得るだろう。だがそれは、教育ではなく社会化なのである。

したがって教育を他のシステムや環境から分化させているのは、教育しようとする<善き意図>であるということになる。<善き意図>は、教育システム象徴であると言えよう。だが教育者の<善き意図>と教育的なコミュニケーションが因果的に連鎖しているとは限らない。教育を計画して実際に実践する場合にも意図があったと言えるだろう。しかし、教育者が教育した後に振り返れば「自分には<善き意図>があったのだ」と容認せざるを得ない場合には、<善き意図>が教育象徴として機能していたということになる。<善き意図>は、教育システムが<教育システム>として自己を認識するための象徴なのでる。

ヘルバルトの教育学の意味論に方向付けられた公教育制度の整備によって、教育システム機能的な分化が進行した。今や教育システムは、相互行為に留まらず、学校という組織システム教育問題解決を担う機能システムへと分出している。そして相互行為としての教育は専ら学校で構成されることとなった。

<善き意図>と選抜の矛盾

一方、この教育システム機能的な分化可能にしているのは、「選抜(Selektion)」によって導入される二値コードに他ならない。完成可能性であれ、教育可能性であれ、実際に子供が想定通りに発達したか否かを判断するには、一定の形式的な評価基準が必要になる。そこで導入されたのが、「より良い(besser)」と「より悪い(schlechter)」という二値コードである。この二値コードを制度化させているのが、選抜だ。

選抜という制度によって、教育システムは<良い成績>と<成績>の区別、<良い生徒>や<生徒>の区別、または<それまでの成績よりも良くなった>と<それまでの成績よりもくなった>の区別可能にする。機能的な人材配置や制度化された資格や免許の付与などとの兼ね合いから、選抜社会的に要請される教育課題である。

だがこの良ししの差異は、皆が平等教師次第で発達し得るという教育可能性意味論とは別のあり方でもあり得る期待構成してしまう。如何に<教育する意図>を<善き意図>と読み替えても、教育という機能システムの作動には選抜が避けられない営みとなる。この選抜は、<善き意図>とは別のあり方でもあり得る形式として教育的なコミュニケーションを方向付けている。もはや教育者の<善き意図>という象徴だけでは、教育統一することができなくなる。陶冶の教育可能性を重視する教育学的な意味論と陶冶よりも有用な知識経歴の必要を強調する選抜形式が、教育システムの内部で矛盾を生み出しているのである。それ故に教育システムの作動は常日頃不安定になり易い。ヘルバルトの教育学的な意味論が単純に教育実践を方向付けることができているとは、単純には言えないのである。

問題解決策:学習可能性の意味論

機能的分化した教育システムの内部で伴った矛盾は、近代公教育に対する様々な批判を呼び寄せた。その批判者たちの動向は、歴史上「新教育運動」として観察されている。その具体例となるのが、ドイツの「改革教育学(Reformpädagogik)」やフランスの「新教育(education nouvelle)」であった。周知のように、日本でも同様の運動が「大正自由教育」という名目の下で発生している。

新教育運動はコメニウス的な一斉教授法象徴される均質化された教育制度に対する批判的な眼差しによって駆動されていた。国民形成を目的とした公的なカリキュラムに準拠した「大人」の大量生産こそが、「人間の工場」たる学校の主たる機能であった。こうした画一的な近代公教育に対して、新教育運動が掲げたアンチテーゼは、子供経験を重視するという内容要約される。例えばジョン・デューイの教育理論観察すれば明白なように、子供経験を児童心理学的に分析することによって、新教育運動はその経験に対応した学習方法を代替案として提起することになった。

ヘルバルトの教育学は、教師の<善き意図>の正当を疑わなかった。しかしこの教育学はあくまでも教師にとっての学であったのだ。公教育制度を前提とすれば、ヘルバルト派の教育学は教員免許を獲得するための学問に過ぎなくなる。これに対して新教育運動は、<善き意図>の正当を押し付けがましい態度になる可能性を疑う。この嫌疑から転じて、新教育運動は教師の「教育可能性」よりも子供の「学習可能性(learnability)」こそを重視することになる。

デューイは、この学習可能性意味論背景とした上で、教師の<善き意図>ではなく、子供経験を中心とした学校の可能性を模索するようになる。デューイは教師の<善き意図>よりも子供の自主こそを信頼していた。そこで有用な理論として機能したのが、児童心理学だ。児童心理学は、子供の自発や自主如何にして可能になるのかを記述してくれる。それが子供学習可能性を認識可能にすると共に、規範的に期待することをも可能にしてくれる。

デューイの民主主義的な教育論

意味論の視点でれば、デューイに率いられた新教育運動が民主主義と根深く関連付いていたことは、さして不思議なことではない。デューイは、新教育運動の思想的な背景を提供した教育論者であると共に、リベラルな個人主義と共同体主義との論争を先取りしていた論客として、政治哲学の間でも注目を集めていた。彼は国家と個人を相互作用・相互依存的な関係で記述している。理想的な関係にある国家と個人は相互に支え合う。社会は、不合意を表明する批判者や逸脱し兼ねない異端者にも寛大だ。挑戦的な仮説や代案は、民主主義国家活性化に結び付くためである。一方、個人もまた民主主義的な国家を必要としている。と言うのも、民主主義こそが個人の活躍の場を提供しているからである。

デューイによれば、民主主義とは、個々人が投票に参加し、多数派が支配的な位置付けとなる統治ではない。彼の定義によると、民主主義とは一つの「協同的な生(associated living)」の様式である。この定義では結社主義的なイメージが付き纏うが、そうとも限らない。デューイによれば、この生の様式においては、決定のそれぞれは探究の過程を共有することで導出されるべきだと考えられている。デューイは、この過程を共有することによって、共同体の生活を統治する規則を互いに徹底的かつ持続的に査定し合うべきだと考えたのだ。

この規則の査定は、経験的な検証に委ねられる。とはいえ、それは決して多数派による恣意的な決定に左右される訳ではない。デューイは、多数派に限らず、協同体構成員同士の共通の利害が、構成員同士で意識的にコミュニケートされなければならないという。しかし、協同体内部で利害関心を一致させておけば済むという訳ではない。次に重要となるのは、協同体が他の協同体に対して開放的であることである。それぞれの協同体は、階級、宗教、人種、民族、地域などといった諸々の境界線を越えて、互いに自由にコミュニケートしなければならない。

デューイの民主主義は、したがって多元主義と親和的である。この関連から彼は、学校が民主主義的に組織化されるべきであると主張していた。もとよりデューイは競争に打ち勝つためだけの有用な能力を育むことを否定していた訳ではない。確かに彼の立場からすれば、協同的ではなく利己的な利害関心から生まれる欲望に突き進む市民を認める訳にはいかない。だから彼は学校制度の功利主義化を否定していた。しかし、彼が指導した新教育運動が大衆民主主義社会的な状況に適応し得る子供を育てようとする目論見で実践されていたことからも明らかなように、彼は競争を促進させる学校制度に加えて協同的な生の最良な様式を導入することを主張していたのである。

協同体のアポリア

だがデューイは、こうした理想的な民主主義を唱えるだけで、その背理や副作用として現われる問題の解決策には注意を払わなかった。例えば、経験的な査定を通じて民主主義的な協同体として認められたとしても、その後に階級やジェンダーや人種差別問題がその協同体の内部で派生する可能性否定できない。

デューイは学校以外の協同体子供を帰属させようとは考えていなかった。何故なら、複数の協同体に属してしまうと、それぞれの協同体への帰属意識が相対的に低下してしまうからだ。彼は子供を学校と言う一つの協同体に集中的に帰属させようと腐心したのである。

しかし帰属意識が高まれば、それだけ協同体の外部に対する排他意識も高まってしまう。この理由は、社会システム理論的に観察することで、容易に理解できる。と言うのも、協同体というシステムが営まれるためには、システムと環境の差異を確保し続けなければならないからだ。帰属意識システム自己言及ならば、排他意識外部言及だ。だがシステムが環境との差異を確保し続けるためには、純粋な外部言及を控えなければならない。外部言及とは、<外部に言及している自己>への言及に限られる。この自己言及外部言及差異は、そのまま規範的閉鎖認知的開放差異にも適用できる。如何な協同体も、閉鎖なくして開放を発揮することはできない。如何なる開放的な営みも、まずその協同体が閉鎖的に営まれることを前提としなければ、可能にならない。したがって、排他意識のみならず他の協同体との接触もまた、協同体への閉鎖的な帰属意識を前提として成り立っている。

デューイの民主主義的な学校教育論に従えば、子供を閉鎖的な学校空間暴力的に幽閉してしまう可能性が派生してしまう。デューイのように、学校という単一の協同体に限定して子供を帰属させている場合には、このリスクが大きくなる。社会システム理論が明かしているのは、協同体の閉鎖と開放帰属意識排他意識が、それぞれ隣り合わせで成立しているという現実である。この現実を無視したデューイの民主主義的な教育論は理想郷を超えるものではない。

問題解決策:技術欠如対策としての因果プラン

デューイに率いられた新教育運動が陥っていたパラドックスは、一方では子供の自発的で自主的な経験を児童心理学的な裏付けから主張していたにも拘らず、他方では民主主義的な教育論の理想で子供たちを幽閉してしまうという背理を意味する。

このパラドックスは、新教育運動に限らずに抽象化するならば、教育における自由の問題として設定できる。と言うのも、あらゆる被教育者は、いずれも自己言及的オートポイエーシス的なシステムであるためだ。被教育者は、自的に作動する「観察するシステム」に他ならない。それは<善き意図>を抱いた教師によって「観察されるシステム」ではない。故に外部の環境に位置する教育者に、子供や被教育者を制御することは不可能だ。社会システム理論ニクラス・ルーマンの用語で言えば、それは教育システムが「技術欠如(Technologiedefizit)」の状態にあることを意味する。

教育者は被教育者を教育者の意図通りに変容させる技術を持たない。この技術欠如の問題は教育における自由の問題と表裏一体の関係にある。被教育者の自由を重視すれば、教育者が被教育者を制御できなくなる。だから技術欠如の問題が顕在化してしまう。だが技術欠如解消するために被教育者を制御すべく強制するとなれば、今度は被教育者の自由が阻害される。

しかしこうしたパラドックスが伴うにも拘らず、教育システムオートポイエティック・システムとしての作動を可能にしている。と言うのも教育者は、教育を施せば子供が如何に変化するのかについて、ある程度の因果論的な期待を持っているためである。ルーマンはこれを「因果プラン(Kausalplan)」と呼んでいる。

因果関係とは、無数に遍在している諸要素の中から、任意に選択された二つの要素をそれぞれ「原因」と「結果」として意味付けた関係である。この二つの要素の選択別のあり方でもあり得る。だから因果関係もまた偶発的だ。特定の因果関係を構成するということは、無数の諸要素で満ち溢れた現実を単純化して認識しているということになる。

教育システムが採用する因果プランもまた、単純化の一種である。それは教育する<善き意図>を抱いた教育者の働き掛けを「原因」として選択する一方で、子供の変容を「結果」として選択する形式だ。無論「結果」的に子供が変容したかのようにえても、その「原因」が必ずしも教育者の働き掛けであるとは言い切れない。教師が授業方針を変えた結果として子供成績が向上しても、教師の働き掛けではなく自学自習や予備校での勉強の結果として成績が上がっただけなのかもしれない。教育者たちは、こうした複雑な現実から目を逸らし、因果プラン中になることによって、同時に技術欠如の問題からも盲目的になることを可能にする。

教育者は教育現場での経験を蓄積していくことで、因果プラン象徴的に一般化していく。たとえ偶然であれ、期待成就が伴えば、教育者の子供に対する外部言及が変化することはない。外部言及の限定条件が変わるのは、期待外れが伴った場合である。それ故に因果プランとして形式化されているのは、過去の成功した経験の出来事なのである。だからそれは自己流の教育マニュアルである場合すらあるだろう。

完成可能性を目指した因果プランとしての発達段階論

シャーロット・ビューラーやロバート・ハヴィガーストの心理学的発達概念は、因果プラン連続的に関連付けることで成り立った意味論であると言える。実際、発達段階論はその節目の区切り方には差異があるが、人生をフェーズごとに区別している点で共通している。各フェーズには大方達成すべき課題や派生する問題が定義されている。発達段階論物語るのは、その課題や問題を解決していくことによって、人間が成長していくということだ。

この心理学理論は当初、完成可能性意味論に因果的な根拠付けを提示する機能を引き受けていた。人間は、自然発達していくことで内在するを開花させられると考えられていた訳だ。完成が結果ならば、教育はその原因として想定できる。

教育可能性に資するカリキュラム設計としての発達段階論

続く教育可能性意味論との兼ね合いでは、この発達段階論は時系列的にカリキュラムを策定する上での参考資料となった。例えばジャン・ピアジェの認知発達に関する段階論は、四つの段階の区別を導入することによって、数理的な思考を伴わせる教育のタイミングを見計らうことを可能にしている。

ピアジェに倣うなら、生後1年半までの時期に対応する「感覚運動段階(Sensori-Motor Stage)」や幼稚園程度の年齢の段階に相当する「前操作段階(Pre-Operational Stage)」では、まだ高度な認知過程を必要とする教育意味を成さない。この段階の子供たちにできることは、精々のところ、覚えたばかりの「言葉」を用いた「象徴的演技(symbolic play)」、すなわち「ごっこ遊び」程度であろう。だが小学校の年齢に対応する「具体的操作段階(Stage of Concrete Operations)」に達すると、子供認知能力が飛躍的に向上し始めることになる。論理的な思考能力や異動の区別による物事の比較など、徐々に思考回路が整備されてくるのである。そして、青年期以降の「形式操作段階(Stage of Formal Operations)」を迎えた子供たちは、やがて仮説の検証や抽象的な概念の分析などのような複雑高度な認知能力も獲得していくという。

学習可能性の線的な「経験」概念としての発達段階論

最後に、学習可能性との関連においては、児童心理学の「経験」概念がやはり段階論的な発想から新教育運動を後押ししていた。だが実際には、この児童心理学的経験概念は、むしろ新教育小路に立たせる結果を招いた。

確かにデューイは他の運動たちに比して児童心理学を鵜呑みにせずに新教育論を展開していた。他の新教育運動の多くは、児童の経験を重視するあまりに、逆にヘルバルトらが体系化していたような教授の学が盲点となってしまっていたのだ。一方デューイは、従来の一斉教授法のような教育制度においても、確かに子供の「経験」は伴っていたという冷静な分析を実践している。子供の「経験」は、新教育運動の専売特許ではない。

故に着目すべきとなるのは、「経験」の有無というよりは、その内容だ。そこでデューイは、子供の「経験」を「教育的な経験(educational experience)」とそうではない経験とに区別しようとした。この「経験」概念の背景にあるのは、核心において進歩史観に他ならない。デューイの定義によれば、あらゆる経験は後続の経験影響を与える。その影響の与え方次第では、一方では子供の成長を促す場合もあれば、他方では逆に子供の成長を阻害する場合もある。「教育的な経験」とすべきなのは、この子供の成長を促す経験であるという。

しかしデューイのこの「経験」概念は、発達段階論同様に、経験因果プランとして線的に連続しているという素朴な前提に基づいている。この認識は、例えばマルチン・ハイデガーの存在論から多大な思想的影響を受けたオットー・フリードリヒ・ボルノウなどの実存主義的な教育学者たちが指摘するように、人間人生現実を直視することを困難にしてしまっている。ボルノウによれば、人間は改心し得る存在であるという。危機、出逢い、別れ、挫折などのような岐路に立たされた時、人間は別人になり得る。それは人間の生の根源的な不連続性を直視した人生として記述されている。

問題解決策:アクラジー的相互行為

教育者が因果プランを採用してまで教育的なコミュニケーションと呼べるものを成立させようとしているのは、理由の無いことではない。ルーマンによれば、教育者を因果プランへと方向付けているのは、「アクラジー(akrasie)」である。アクラジー的な相互行為は、不確実な教育現場で手探りのまま教育を成功させる条件を探索し続ける行為に他ならない。教師は教室で何とかして受け持った学級のそれぞれの子供たちに知識を教えようとする。「教育の実践に役立つ理論」などありそうもない。教育現場の教師は常に手探りの状態で進むしかないのだ。

アクラジー的相互行為が言い表しているのは、一口に言ってしまえば、教育的なコミュニケーションの高度な「複合性(Komplexität)」に他ならない。この複合性は、現場で数々の偶発性不確実性に起因する諸問題を派生させる。この問題を解決しないことには、教育システムを作動させ続けることができなくなる。

アクラジー的相互行為は、教育コミュニケーション構造的な複合性を現場の実践へと機能的に単純化させるノウハウであると言える。そのための一案として採用され続けてきたのが、因果プランなのだ。因果プランを前提とする限り、因果関係では説明の付かないあらゆる諸現象は、<関連付けられない諸要素>として、視界から排除できる。

元来、教育システムもまた近代社会の内部で構成されている。教育的なコミュニケーションにもまた社会的な背景が潜在化している。しかし、アクラジー的相互行為はとりわけ教師子供相互行為として単純化される。それは人格人格コミュニケーションだ。確かに子供教師同様に「観察するシステム」となる。だがそれを認めてしまっては、あまりにも複合的な問題を目の当たりにすることになる。そこで、「教師子供を『観察されるシステム』として単純化して観察するシステムである」という単純化によって、教育的なコミュニケーションアクラジー的相互行為としてモデル化されることになる。

心理学は、専ら教師のような人格子供のような人格を一方的に観察する営みを正当化する上で有用となる。心理学的社会として脚光を浴びたのは精神分析学や精神療法であった。だが教育思想史を遡るならば、既に児童心理学発達心理学が同様の機能を発揮していたのである。心理学的社会は、バーガーを待つまでもなく、近代化の時点で始まっていたと言えよう。

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