真の例外状態、シュミットとベンヤミンの神学的な位置関係 | Accel Brain

真の例外状態、シュミットとベンヤミンの神学的な位置関係

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問題再設定:音楽哲学の残響

音楽哲学としての『ユートピアの精神』の最終的な目標は、的な範疇を<歴史神学>的に解消することである。ブロッホは、道徳における仮定となる<かのように(Als ob)>と同様に、的な次元における仮定学的な仮定である<未だ、無い(Noch Nicht)>に対応付けている。これにより彼は、一旦、道徳的な次元、的な次元、そして学的な次元の複合性時間化する。この複合性の時間化によって、憧憬という危機に曝されたユートピアの現実構成される。それは新世界が未来に位置するという時間感覚を前提としている。そして、ユートピアの現実の未来における永遠性歴史哲学的に確実であるという認識を形成することで、ブロッホは、<存在しない>が<未だ存在しない>にも拘らず<存在する>という<非同時性の同時性>のパラドックスを記述する。

ブロッホの『ユートピアの精神』は、まだ見ぬ本来的な真の自己に関する歴史神学であって、未だ意識されていない未来についての学的教義である。メシアが未だ現われていないことこそが、彼の教義を後押ししている。この教義では、如何なる存在しない。如何なるも、未だ、無い。それでも、何らかのは、在る。このようにブロッホは、自身の教義パラドックスを意図的に埋め込むことによって、このパラドックスグノーシス主義的脱パラドックス化する。このパラドックス展開によって、この教義は、人間に対して改めての従属を強いるという落とし穴を巧妙に回避する。この脱パラドックス化によって指し示されるのは、良なである。この時彼の歴史哲学は、命名し、任命し、呼び覚ます存在であるという自己理解に到達する。

ブロッホはこのパラドックス化とその脱パラドックス化を実に巧く利用している。ブロッホは単純な自我救済を宣言しない。彼はあえてを実験的に呼び覚ますことによって、間接的に本来的な真の自己へと接近しようとする。グノーシス主義的に言えば、自己が真の自己になるためにはまず現世の自己から脱却しなければならない。そのためにこそが「有用」になる。に頼らずに現世の自己から脱却しようとすれば、物の世界の濁流に呑み込まれてしまう。だからこそブロッホは、パラドックスを、言わば彼の教義の飛躍のための踏み台として展開しているのである。

しかしこのグノーシス主義は、<メシア的な救済>がこの世俗社会内在していては成立し得ないということを暗に自明視している。これをブロッホの盲点として観察するのは極めて難儀なことだ。だがこの観点は、世俗社会から本来的故郷への美的亡命観点を提供しているアドルノの否定主義的な哲学的ラジカリズム観点とは著しい共通性構成している一方で、世俗社会内在した<メシア的なもの>を探究するベンヤミンの哲学的ラジカリズム観点とは著しい差異構成しているのは明らかである。まさにこの極端思考極限までに突き詰めた者たちの差異が、ベンヤミン流のメシア主義特徴付けることになる。しかし、この<両極>に全く共通点が無いという訳でもない。直ぐに後述するように、ベンヤミンの哲学的ラジカリズムは、ルカーチ、アドルノ、そしてブロッホのそれに匹するほどの破壊的な性格を帯びた革命論を提示している。

問題解決策:暴力の歴史哲学

ベンヤミンの<歴史神学>はブロッホのそれとは異なる形でウェーバーを継承している。ウェーバーが近代社会における宗教的な生活の世俗化を記述しているのに対して、ベンヤミンは更に世俗化を推し進めた宗教的な生活の形式を指摘する。その形式とは、進歩史観の崇拝と『宗教としての資本主義』である。ベンヤミンからすれば、世俗社会における禁欲的な生活形式にせよ、進歩史観の崇拝にせよ、あるいは資本主義でさえ、現世の中での救済意味する。いずれも宗教めいたものの世俗的な形式である点では等しく扱うことができる。だが禁欲的な労働を通じた救済信仰することができるのはキリスト教徒だけであったのに対して、進歩史観の崇拝と資本主義祭儀虚無主義が蔓延した後も、とりわけ技術的な進歩の場面で継続的に採用されてきた。

罪の文脈

それ故にベンヤミンの<歴史神学>の観点では、ブロッホのそれに比して、技術的な進歩史観のような非キリスト教的な文脈も明示的かつ積極的に参照される。進歩史観は、均質で連続的な右肩上がりの発展を自明化すると共に、人類が原罪から贖までの「罪の文脈(der Schuldzusammenhang des Lebendigen)」の因果に拘束されている可能性隠蔽する。それ故に進歩の崇拝は、因果論的に不可避とされる「運命(Schicksal)」に対して批判的であるための契機を我々から奪い去るのである。

この問題を設定するベンヤミンの問題解決策となったのは、ブロッホと同じく、である。しかしベンヤミンとブロッホの最も大きな差異は、ユースケースにある。いや、暴力の関連にあると述べた方が、表現としては適切かもしれない。ブロッホがパラドックス化によって暴力を加える立場を標榜するなら、ベンヤミンは暴力を敢行させようとする。ブロッホが神話無き世界の英雄的な神話物語るなら、ベンヤミンは神話が「罪の文脈」として未だ世俗社会に蔓延しているという前提から、これを一掃しようとする。ブロッホが自身の革命のために暴力的に踏み台にするのに対して、ベンヤミンはによる暴力を自身の革命論に適用しようとする。ブロッホのが<未だ、無い>と<もはや、無い>の緊張の中で叙述されるのに対して、ベンヤミンのはこの世俗社会の隅々まで浸透した潜在的な存在として叙述される。

問題再設定:法=掟の社会構造と暴力の意味論

何故ベンヤミンがをこの世俗社会の中に見出したのかを理解するには、この世俗社会が潜在的に浸透しているという事態が如何にして可能になっているのかを知らなければならない。この問いに答えるのが、彼の暴力主題とした歴史哲学である。それは法=掟(Gesetz)の社会構造暴力意味論を前提とした意味処理規則を明らかにしている。この歴史意味論において主題化されるのは、ではなく、神話(Mythos)である。神話に基づく規範的な期待が、隠蔽しているのである。

革命の歴史は、暴力矛盾歴史でもある。1920年代のドイツの社会情勢は、政治ヴォルフガング・カップの「カップ一揆」をはじめとした運動によって、革命的な状況を生み出していた。そうした運動は、確かに「暴力(Gewalt)」を伴わせていた。だが当時勃発した諸々の運動は、ドイツ革命を推進する原動力でもあった。実際、社会民主党を中心として成立した共和主義的な議会が、他ならぬ革命的ゼネストという名の暴力背景に結実していたというのは、歴史が示す通りである。しかしその担い手たちは、一旦「権力(Macht)」を獲得する途端、自らが後ろ盾にしていたはずの暴力に対して否定的な立場を表明するようになった。

ベンヤミンの『暴力の批判(Zur Kritik der Gewalt)』は、この暴力矛盾歴史に対する批判として記述されている。ベンヤミンは、暴力(Recht)や権力の背景に潜むという前提の下で、プロレタリアートの革命的ゼネストによる暴力の「正義(Gerechtigkeit)」が如何にして可能になるのかを問題視していた。

この問題設定において、ベンヤミンは様々な問題解決策展開してみては、その派生問題を追究するという営みを繰り返している。その営みは、何らかの区別を導入してみては、それを棄却するという反復として描写できる。

問題解決策:自然法と実定法の区別

ベンヤミンはまず、あらゆる的秩序の根底的な基礎になるのは、目的と手段の関係であるという。そして暴力は、目的というよりは手段の側に位置付けられる。すると暴力批判の基準は、暴力が正しい目的のための手段として利用されているのか否かが焦点となる。

だが、事はそう単純ではない。たとえ目的-手段の図式で体系が整えられていたとしても、そうした体形によって指し示されるのは、原理としての暴力それ自体の批評基準ではなく、暴力に関する個別具体的なユースケースのための批評基準であるためだ。正しい目的のための手段としての暴力であっても、その暴力が原理的に倫理的であるか否かという問題は残存することになる。この問題に対処するには、より直接的な批評基準が必要になる。つまり、目的を一旦度外視することで、手段それ自体の領域に区別を導入しなければならないのだ。

そこでベンヤミンは、この目的と手段の区別棄却すると共に、新たに自然法実定法という哲学の潮流を成してきた区別を導入することになる。

自然法は、正しい目的のために暴力的な手段を用いることを自明化している。自然法にとってそれは、目的地に身体を動かして向かうことが人間にとっての生得的な権利であることと同じことなのだ。暴力自然の産物であって、原材料である。不正な目的のために用する場合を除いて、暴力使用することには何の問題も伴わない。

自然法国家論は、諸個人が自己暴力の全てを国家のために惜しみなく差し出すと想定している。だがその背景には、合理的な契約を結ぶ以前の諸個人には、実際に任意の暴力を権利として行使することもできるという前提がある。凡そ自然な理に適った正しき目的のための暴力は、既に正当なのである。

これに対して実定法は、この自然の所与としての暴力否定する。実定法によれば、暴力とは歴史的に構成された産物だ。自然法があらゆる現行批判を目的批判で遂行しようとするのならば、実定法はあらゆる未来の批判を手段の批判によって遂行しようとする。この背景にあるのは、正義と合区別が、目的と手段の区別に対応しているという想定だ。すなわち、正義が目的の批評基準であると共に、合が手段の批評基準となるのである。

問題解決策:自然的目的と法的目的の区別

しかし、対極を成すはずの自然法実定法は、共通の基本的教義を有している。正しい目的は合的な手段によって達成され、合的な手段は正しい目的を指向するという前提に立っている点で、自然法実定法共通しているのである。自然法は目的の正当によって手段を正当化しようとする。実定法は手段の合によって目的の正当を保証しようとする。もしこの共通教義が誤謬で、一方の合的な手段と他方の正当化された目的が競合する場合には、解決可能な二背反が派生することになる。

したがってベンヤミンは、目的と手段の区別と共に自然法実定法区別棄却することで、これらの区別に依拠せずして、正しき暴力の根拠付けが如何にして可能になるのかという問題を再設定する。

的な暴力と不暴力区別は、自明ではない。自然法的にれば、この区別は、正しい目的のための暴力と不正な目的のための暴力差異に対応する。だがベンヤミンは、この観点を誤謬として排除しなければならないという。ベンヤミンが注視しているのは、むしろ実定法の側だ。

実定法は、あらゆる暴力に対して、それぞれの歴史的な根源に関する証明書を要求する。そうした証明書があれば、個々の暴力が如何なる条件で合的であるとして承認されてきたのかが判明する。具体的に言えば、暴力への承認は、その目的への原理的に無抵抗な服従として表出する。このことからベンヤミンは、次なる区別として、その目的の普遍的歴史的な承認の有無の区別を導入しようとする。ベンヤミンと共に換言するなら、この承認が欠如した目的が「自然的目的(Naturzwecke)」で、承認を獲得している目的を「法的目的(Rechtszwecke)」となる。

暴力の存在証明

ベンヤミンは、暴力的な手段による追求が認められるのは法的目的の場合だけであるということに、ヨーロッパの近代社会特徴を見出している。自然的目的暴力的な追求は容認されない。だが自然的目的は至る所に存在している。例えば教育現場の教師たちによる<教育する意図>は、しばしば教師たちの暴力的な体罰という形で追求されていた。こうして自然的目的の追求に暴力が伴った際には、秩序が法的目的によって介入することになる。そうした暴力は、秩序が教育者の処罰権に制約を課すを設定することで制御されるのである。

ヨーロッパの立においては、少なからず暴力的に追求され得る個人の自然的目的は、全て法的目的と競合することになる。これを前提とすれば、秩序は個人の手中にある暴力可能性を、秩序を転覆させ得る危険として言及していることになる。だがそれは、の目的との執行を無力化する危険として見做しているという訳ではない。仮にそうであるならば、秩序は、暴力の全てではなく、違な目的のための暴力だけを否定すれば良いだけのはずだ。むしろ諸個人と対立してでも暴力を独占しようとするの意図は、の目的を護ることではなく、それ自体を護ることなのである。の外部に位置する暴力を脅かすのは、それが追求される可能性のある目的によってではない。まさに暴力そのものがの外部に存在していることによって、いつでも何処でも誰に対してでも、を脅かす可能性を呈示しているのである。

この論点をベンヤミンは「大犯者」と関連付けることで例示している。大犯者の姿勢は、その目的が反感を引き起こす意図にあった場合でも、しばしば民衆の密かな期待を煽っている。民衆は、心の何処かで犯者に共感してしまうのだ。そうした期待共感が湧き上がるのは、民衆が犯者自身の行為たからではない。むしろ犯者の行為暴力存在証明しているためなのである。言い換えれば、魅力的な犯者とは、による暴力の独占に抵抗する者なのだ。

問題解決策:法措定と法維持の区別

一方で、現行秩序においてさえ未だ暴力展開が認められている領域も残存している。労働者に保証されているストライキ権は、この一例だ。ストライキ権に対する国家観点労働者の観点差異は、革命的ゼネストにおいて明確に浮き彫りとなっていた。一方で労働者側かられば、ストライキ権は何らかの目的を果たすために暴力使用する権利である。だが他方で国家かられば、それは権利の濫用であるという。「そのようなストライキ権は容認していない」といった具合に、ストライキ権に関する認識の齟齬を主張する訳だ。

こうした矛盾したコミュニケーションがその場しのぎの意図的な誤解によって波及している場合も多分に及ぶであろうが、しかし両者の間で認識の齟齬が起こるのは理由の無いことではない。それは、国家が一つの暴力を承認しているという的状況が有している矛盾から成り立っている。自然的目的の追求のための暴力に対して、国家はその全てを否定しようと躍起になっている訳ではない。国家は、時には無頓着で、また時には意を剥き出しにしてその暴力を制限しようとする。国家は、革命的ゼネストのような大事にならない限りは、自然的目的の追求のための暴力を常時弾圧している訳ではない。

だとすると、国家自然的目的の追求のための暴力に対する姿勢は、一貫してはいないということになる。諸個人の権利として承認する一方で、それを暴力として否定する振る舞いは、確かに矛盾している。このことからベンヤミンは、国家がストライキにおいて何よりも恐れているのは、暴力が有するある機能なのだという。つまり、ストライキが暴力における特定の機能を結実させ得る場合には、国家はそれを暴力として観察する。その機能が発揮され得ないのならば、国家はそれを権利として承認する、という訳だ。

ベンヤミン自身が述べているように、まさにこの暴力機能を探究することこそが、『暴力の批判(Zur Kritik der Gewalt)』の唯一の基礎であるという。簡潔に言えば、暴力機能的な関係を更新することにある。このことは、戦争を例示することでわかり易くなる。

法措定的暴力と法維持的暴力の差異

一つ目の「大戦」以来、軍事的組織による物理的暴力に対する批判が、暴力全般への情的な批判の出発点となる傾向が生まれた。そしてこの批判によって、暴力はもはや素朴な形で行使されたところで、容易には容認されなくなっている。しかしこの場合の暴力批判は、単に「法措定的(rechtsetzende)」な暴力を対象にしていた訳ではない。むしろより一層痛烈に批判されたのは、暴力の有するもう一つの側面であった。つまり、一般的な兵役義務を通じて初めて形成された軍国主義の特徴である。それは軍隊の持つ「法維持的(rechtserhaltende)」な暴力である。軍国主義者たちは、暴力国家の目的のための手段として全面的に使用することを強制していた。この暴力の行使が、「大戦」以来、非難の的となっていたのである。

ベンヤミンはこの関連から、軍国主義に対応付ける形で、暴力を「法措定的暴力(rechtsetzende Gewalt)」と「法維持的暴力(rechtserhaltende Gewalt)」に区別している。これによりベンヤミンは、自然的目的のために適用される暴力からは見出せていなかった暴力機能抽出している。元来、兵役義務のようなに市民を服従させることは、一つの法的目的の追求を意味する。それは国家の目的を追求するための暴力であるが故に、国家にとっては恐れるに足る暴力とはなり得ない。だがストライキのような暴力は、法措定的であるが故に、国家にとっての脅威となる。戦争についても同様だ。こうした運動や闘争は、新しい秩序を再構築することを指向する。それはやはり、国家の既得利権を脅かすのだ。

この区別を前提とすれば、兵役義務のような法維持的暴力に対する批判は、平和主義者や実践主義者たち、あるいは無政府主義者たちが狂的に想像している程には、容易いものではない。真に法維持的暴力批判するには、合的あるいは執行的な暴力への批判をも担わなければならないからだ。

警察組織

しかしこの法措定的暴力法維持的暴力区別は、認識することが困難となっている。象徴的なのが、「警察(Polizei」という組織だ。警察は、近代国家によって制度化されつつも、極めて不透明な構造を生み出している。警察は、確かに法的目的のために処分権を持つ。疑わしき市民を拘束することは、ある種の承認された暴力なのだ。だが一方で警察組織は、広汎に渡る法的目的を自らで決定する命令権を有している。だから、時に警察は、国家によって承認されている権限を逸脱した粗暴極まる過干渉をも実行に移してしまう。

こうした警察の非道な一面は、この組織において、法措定的暴力法維持的暴力区別が、この区別の内部へと再導入された結果であるとも考えられる。前者の暴力が勝利することによってその資格を証明することを要求されているとするならば、後者の暴力はそれ以上新たな目的を設定しないという制約下に置かれている。警察は、この二つの条件から免除されているのである。

警察を措定する。と言うのも、警察特徴的な機能の公布ではないものの、的な効力を有すると主張するあらゆる命令の発動であるためだ。同時に、警察を維持する。と言うのも、この組織法的目的の「御用達」を努めているからだ。

警察による暴力の目的は、他の法的目的からは厳密に区別されなければならない。あるいは、警察による暴力が他の法的目的との関連を維持しているという発想も捨てなければならないであろう。むしろ警察における「」が真に根を下ろしているのは、国家が何としてでも押し通したい具体的な目的をもはや秩序では保証し得なくなっている領域に他ならない。ここでいう「秩序では保証し得なくなっている」理由が、国家それ自体が無力であるためなのか、それともあらゆる秩序に内在している因果関係のためなのかについては、ベンヤミンは明確に説明してはいない。しかしながらベンヤミンと共に機能的るなら、警察の機動力は既存の秩序を容易に逸脱し得るということは、直ぐに見て取れる。警察は明確な的領域が存在しない無数の個別具体的な状況で、「安全」のために、介入することが許されている。それがたとえ「こじ付け」であっても、何らかの法的目的と強引に関連付けることによって、日常生活を送る一般市民の尾行や監視すら実現している。

しかし、こうして警察組織を問題視したところで、暴力から免れる訳ではない。手段としての暴力は皆、を措定するか、を維持する。その双方を否定することはできない。それは暴力それ自体を全否定するようなものだ。尤も、こうして警察組織機能観察すれば、が倫理的に怪しげな存在であることは理解できるであろう。すると、暴力に対する非暴力的な代替案が如何にして可能になるのかに視点が移動してしまうのも、無理は無い。

問題解決策:暴力と非暴力の区別

最初に確認しておくべきことは、闘争や運動の純粋に非暴力的な調停は、決して何らかの的協定には至らないということだ。つまり的な停戦協定は、当事者たちがどれほど平穏に結ぼうとも、結局は暴力可能性を派生させているのである。理由は単純だ。相手が協定を破る時は、何らかの暴力を相手に対して用いる権利を、双方が有しているからである。それだけではない。協定の結末のみならず出発点からして、暴力可能性を指し示している。法措定的暴力が、協定時に顕在化することはないかもしれない。だがそこには、的な協定を保証する権力者としての、暴力の代理人がいる。この権力は、暴力的に協定の内部へと導入された訳ではない場合であっても、元来暴力的な根源を有している。

このことを忘却してしまったのが、冒頭でも取り上げた1920年代ドイツの共和主義的な議会であった。ベンヤミンによれば、当時の議会には、そこに代表される法措定的暴力に関する感覚が欠落していた。議会がこの暴力に見合う決議に到達することは決してなかった。議会は、政治的問題非暴力的に処理することに終始していたのである。議会は、かつて自己自身を成立させていた革命的な力を忘れてしまったが故に、よく知られた惨めな見世物へと成り下がってしまった。こうした議会の凋落によって、政治的な問題の非暴力的な調停という理想に対する落胆が生み出された。多くの市民は、もはやこの非暴力という理想に期待を示すことができなくなった。このことは、戦争が市民をその理想へと向かわせたことと、対極を成している。

政治的問題非暴力的な調停への指向は、今や革命への原動力を喪失している。非暴力を理想として、法措定的暴力盲点とした結果として、議会はその決定力を喪わせたと言い換えても良い。拘束力を有した正統なる決定こそを重視する政治において、暴力非暴力区別は逆機能となる。それどころか、暴力非暴力区別は、それ自体がその内部に再導入されることで、<暴力的な非暴力>を生み出し得る。それが法措定的暴力となるのか、それとも法維持的暴力となるのかは、不確実だ。非暴力解決策が戦争を引き起こす可能性すら、我々は否定できない。だとすれば、非暴力的な解決策を打ち出したところで、それが機能するのは、精々私的領域に限られるであろう。

問題解決策:「神話の暴力」と「神の暴力」の区別

暴力非暴力区別を導入することで非暴力の領域に逃避する政治的戦略は、この区別の内部で暴力的な派生問題に直面することで、頓挫に終わることがわかった。そのため我々は、今一度暴力の側に観点を移すことで、法措定的暴力法維持的暴力区別によって明確化した上記の諸問題に相対しなければならない。

そこでベンヤミンは、暴力それ自体を主題とした極めて歴史哲学的な新しい区別を導入することで、一挙に決着を付けようとする。彼の方策によれば、真に『暴力の批判(Zur Kritik der Gewalt)』を可能にするには、法措定的暴力の外部に観点を置く必要がある。ここでいう外部となるのは、暴力歴史根源とその終焉という歴史哲学的な理念に他ならない。

ベンヤミンが最終的に導入した区別は、「神話の暴力(mythische Gewalt)」と「神の暴力(göttliche Gewalt)」の区別である。

法措定的暴力は、正しい目的を設定することによる手段の合を基礎付けることもなければ、手段の合によって目的の正当を基礎付ける訳でもない。法措定的暴力は、正当化の根拠を自ら構成する。しかしそれは、法措定的暴力の根拠への問いを無用にすることで、服するしかない標準として、暴力を崇める「神話の暴力」でもある。その神話を肯定することを自明視する歴史を生きている者たちにとって、こうした暴力批判可能な対象となる。こうして批判可能暴力批判するには、「神話の暴力」そのものを一掃しなければならない。この一掃に必要となるのが、「神の暴力」である。「神の暴力」によって、従来批判可能であった暴力批判可能になる。暴力批判するには、暴力が必要になるのである。

ベンヤミンはこの逆説的な見解をギリシア神話ニオベを引き合いに出すことで特徴付けている。この神話によれば、「々の怒り」という「神話の暴力」が人間内在世界規範形成させた。「神話の暴力」とは、その根源的な形態において、まず何よりも純粋に々の宣告に他ならない。そこで宣告されるのは、目的でもなければ手段でもない。それは意思の表明ですらない。存在こそが、宣告の主題となる。ニオベの伝説は、この好例となろう。確かにアポロアルテミス行為は、単なる処罰行為に思われるかもしれない。だが彼らの暴力は、現行への違反を罰するというよりは、むしろ一つのを設定する営みなのである。

ニオベの不遜な行為が災禍の如き破局を招いたのは、それがを犯したからではない。ニオベは、運命を挑発したからこそ、罰せられたのだ。これもまたギリシア神話であるのだから、この神話物語主題運命との闘争とその挫折の物語であることは、容易に読み取ることができる。無論、この闘争勝者は、運命そのものだ。運命は、是が非でも勝利することで、一つの秩序を発現させるのである。だが、人間内在世界にいつしか新しい秩序がもたらされるという期待が無い訳ではない。運命に対する不遜な挑発は、上述した「大犯者」の如く、市民に期待と希望を与えるのである。

ニオベを襲った暴力は、偶発的で曖昧な運命に起因していた。だがこの暴力は純粋に破壊的ではなかった。それはニオベ子供たちにはをもたらしはしたものの、母親の生命は脅かされなかった。ただし、その生は、子供たちの最期によってより一層深い存在となった。その生は、永遠を背負い続けると共に、人間々との間の決定的な差異特徴付ける境界線上の存在として、尚も残存していくことになったのだ。

「残存する」というのは、歴史の均質で冗長的な反復を前提とした歴史認識に他ならない。ベンヤミンはこの「神話の暴力」を法措定的暴力の側に位置付けると共に、この歴史を一掃する暴力を「神の暴力」として位置付ける。究極的には、「神の暴力」は「神話の暴力」に停止を命ずる。あらゆる領域で神話が対立するように、あらゆる「神話の暴力」にも「神の暴力」が対立する。しかも、あらゆる主題において、双方は対立する。「神話の暴力」がを措定するのならば、「神の暴力」はを破壊する。「神話の暴力」が境界を設定するのならば、「神の暴力」は境界を否認する。「神話の暴力」がを背負わせるのならば、「神の暴力」はそれを除去する。「神話の暴力」が脅迫するのならば、「神の暴力」はショック効果を与える。「神話の暴力」に血生臭さが伴うのならば、「神の暴力」は無血かつ致命的な結末を招く。

神話の暴力」の側に位置する既得権益者たちからすれば、「神の暴力」はスキャンダルであろう。そうした者たちに配慮するなら、命を制するほどの演出でベンヤミンを非難するという選択肢もあり得るはずだ。例えば無血かつ致命的な「神の暴力」が、ガス室や焼却炉で実践される可能性を例示することは、既得権益者たちにとっては意味のあることなのかもしれない。とはいえ、それを実行に移すことの必要と重要は、特に見当たらない。「神の暴力」が破壊的であるのは、「神話の暴力」との区別において、相対的な質に過ぎないからだ。ベンヤミンは絶命に至るほどの暴力までも肯定的に評している訳ではない。

暴力の批判は、暴力主題とした歴史哲学である。これが歴史の「哲学」であるのは、暴力を廃絶する理念のみが、その時々の暴力的な事実に対する批判的な態度を可能にするからだ。近視眼的に観察するだけで可能となるのは、を措定してを維持する暴力の諸形態の中に、弁証法的な変動の浮き沈みを捉える程度であろう。そうした弁証法思考によって認識できるのは、法維持的暴力は、その持続の過程で対する対抗暴力を抑圧することによって、自らが代表する法措定的暴力をも自ずと間接的に弱体化させてしまうという背理である。この背理は、新たな暴力か、あるいはそれまで抑圧されていた別の暴力が、従来の法措定的暴力の内部から新たなを新たな凋落に向けて基礎付ける時まで持続する。

神の暴力」は、この「神話の暴力」の形態に束縛された背理の循環を打破する。言い換えれば、互いに準拠し合う関係にある暴力を一掃する時、そして究極的には国家暴力を廃止する時にこそ、新しい歴史的な時代が創造されるのである。

派生問題:政治の社会構造と主権の意味論

ベンヤミンは、「大戦」という時代背景を前提とした上で、国家政治が有するもはや後戻りできない権力構造学的に問題視する。カリスマを有した組織構成するのは、集団的な「神話の暴力」ではなく、「神の暴力」なのである。しかしベンヤミンのこの「神の暴力」という発想を具体的な内実を以って理解するには、国家政治に関するカール・シュミットの洞察を補助線として採り入れなければならない。と言うのもベンヤミンの<歴史神学>は、シュミットの『政治神学(Politische Theologie)』を歴史哲学的に先鋭化させたラジカリズムであるためだ。

シュミットの『政治神学』は、政治社会構造主権意味論を記述したテクストとして判読できる。政治社会構造と述べた場合、これは国家という組織から区別される。政治国家差異は、法=掟社会構造との関連から構成されている。

国家は、正義に変換することによって、この世俗化された近代社会正義を実現する。国家正義を命令形へと変換するのである。権力としての国家は、正当ではあるものの、それ自体ではない。それは非-である。まさに非-こそが、正義を実現しているのである。正義国家の中に存在するのではない。国家こそが正義なのだ。

しかし、国家の前には如何なるもあり得ない。何故なら、構成するのは権威であって、真理ではないためである。かくして、もはや正義に関する訴訟的な紛争は解消されることとなる。つまり、正義は首尾一貫して正義形態を取ることで、正義についての争いの余地は無くなるのである。

シュミットの『政治神学』における弁証法は、この国家社会構造との関連から始まる。と言うのも、現世に正義を実現するというこの国家主権は、まさにの<一時停止>によって顕現するためである。国家主権決定権の独占である。非常事態には、国家正義救済するためにこそを無効化する。この場合にこそ、秩序を専制的に定義する国家の権力が明確に発現する。逆に言えば、国家構成する正常な情況において初めて、規範一般が有効を持つこととなる。正義国家形態を取るのと同じように、秩序は警察形態を取る。それ故にシュミットは、機能する真の国家を、平穏と安全と秩序を守るための抗い難い道具と名付けている。

主権の問題とは、的根拠を遡及する問題である。この問題設定を前提とした場合、国家存在するという現実は、全ての生の問題として、命令形という極めて明確な形態を付与する。正義との関連からも明らかなように、法=掟は本質的に命令形である。この法=掟にこそ国家の利害に関する決定権の根拠がある。しかし国家の利害は、命令が発せられることによって初めて順守される。規範的にれば、の中に存在する決定権は、無から生み出されている。概念的にれば、決定とは必然的に強制的に突き付けられるものである。

だとすれば、「誰が決定するのか」という派生問題は本来的に付き物となる。この関連からシュミットは、トマス・ホッブズやジョン・ロックが記述した近代社会主権を忘却した時代として叙述している。「真理ではなく権威を作る(Auctoritas, non veritas facit legem)」というホッブズの一句が「権威を与える(The law gives Authority)」というロックの一句によって否定されて以来、近代学の意味論は、「『が誰に権威を与えるのか』という問題をそれ自体は解決できない」という問題を隠蔽し続けている。

誰が決定するのか」という問題は、決定内容とは無関係である。もしこの関係を認めてしまうなら、つまり「誰が決定するのか」に関する決定内容を追及するなら、主権概念は無限後退パラドックスを派生させる。「誰が決定するのか」という主権者を決定する権力もまた主権となるためである。したがって主権主権として機能するには、「誰が決定するのか」という問題が脱パラドックス化され続けなければならない。言い換えれば、さも無から生じてきたかのように湧いて出てきた決定権については、根源を遡及しないで済ませること、つまりは忘却することが要求されるのである。

問題解決策:世俗化された天地開闢

シュミットの『政治神学』が指摘するように、この脱パラドックス化意味形式として機能しているのは、学的な形象に他ならない。規範的にれば、決定権が無から生じたという発想は、無から天地が創造されたという天地開闢の教義を世俗化した形象である。例外状態奇跡に対応する。これは国家の全能を象徴している。それは常に潜在化し続けている原理的に無制約の実体である。

だからこそシュミットの『政治神学』では国家の全能が重要視される。は全能である一方で、人間すべき運命にある。の全能を手に入れた人間は、するとなる。16世紀の近代国家の誕生により、狼人間という自然状態にある人間人為的人間として仕立て上げられた。自然状態の恐怖は、不安に駆られた人間を結束へと誘導する。その不安が極限まで高まった時、理性の火種が爆発し、瞬間の下に新しいが顕現したのである。

しかしこのする人為的人間という形象は、国家という人工物を的確に表現している訳ではない。何故なら国家とは、その根源からして機械的であるためだ。国家は技術が発達することで初めて製造された人工物である。国家の持つ合理性形式は技術によって構成されている。そしてこれが効用によって正当化されるのだ。

問題解決策:政治的なるものとその敵の区別

国家という概念は「政治的なるもの(des Polotischen)」という概念を前提とする。この政治的なるものという概念は、それ自体が政治的であるという点では、自己論理的推論によって記述されている。それと同時にこの概念は、論争的で攻撃的で極端でもある。この概念の主導的差異と味方の区別によって構成されている。故にこの自己論理的推論によって記述された概念は、も味方の区別をこの区別の内部に「再導入(re-entry)」していることになる。

社会構造意味論を分析する観点に立つなら、この政治的なるものという概念には、単なる概念遊戯では済まされない現実味を帯びていることが直ぐにわかる。この概念は、唯名論的なレッテルでもなければ、規範的な期待に基づいた虚構でもない。またそれは、単なる暗示的な標語でもない。政治的なるものとは、政治的なエネルギーの直接的な担い手である。政治的なるものが実行力のある的な概念を構成することが可能なのは、その実体的な力があってこそである。したがって、この政治的なるもの意味論は、明確に現実社会構造によって方向付けられている現実闘争との関連から記述されなければならない。

三つの敵

カール・シュミットは政治的なるものを三つに区別している。第一の政治的ロマン主義である。政治的ロマン主義者たちは、議論に明け暮れることで政治的なエネルギーを消耗させる。その不毛な議論はあらゆる決定をに多弁を弄する抒情的で感情的な思考に落とし込んでしまう。

第二のはプロテスタントである。これは彼らがとりわけ国家における「自由主義的な」教義に世俗的な形で影響を与えている場合、非政治的な領域という仮象を生み出しているためである。その教義結果的にを全くの他者として扱ってしまう。

もしこの近代社会で非政治的な領域の確保が成功すると考えるなら、教会は政治的な思考政治的な形態の唯一の担い手であり続けることになる。それは教会に独占権を付与することを意味する。つまり非政治的な領域を目指すことによって、教会による政治的な世界支配を助長する結末を招くのである。

だからこそシュミットは、政治的なるものをギリシアのポリスから区別する。政治的なるものとは、むしろローマのように、帝国的な概念として記述されなければならない。この記述は、たとえ決定が非政治的な領域で下されたとしても、それ自体は政治的なるものとは不可分であることを言い表すことになる。かくして、政治的なるものは、政治的領域と非政治的領域の区別をこの区別の内部に再導入することによって、自ら普遍性を発揮し、全体的となる。

一つ目の「大戦」はシュミットにとって国家独占権の政治的な破壊であった。西側の国家即物性の間接的な力によって「鋼鉄の檻」の中の大企業と等価となり、東側の国家ではプロレタリアートが政治的なるものの新たな主体となっていた。共産主義と資本主義は、相互に補完し合う二つの非政治的な即物性として顕現していた。この状況は、シュミットにとって、もはや政治的なるもの意味論国家の概念では形式化され得ないということを示していた。むしろ関連は逆の向きで、国家という概念の方が、と味方の区別を導入する政治的なるものという概念を前提としているためである。

ここで決定的に重要となるのは、こうして関連付けられた国家政治的なるものの<政治的>な関係である。国家は概念的には<統一>の象徴である一方で、政治的なるものという概念は対関係間の<分裂>を意味する。この概念的な差異を前提とするなら、政治的なるものという概念が導入すると味方の区別が、この政治的なるものそれ自体に自己論理的に適用された時、新たな第三の、政治的なるものが浮上してくる。それは国家そのものである。政治的なるものは常に、国家を転覆させる強度を内在させているのである。

即物性と非即物性の差異

シュミットは、一つ目の「大戦」以来、即物主義が伝統的な政治問題を非政治化しようとするプロパガンダが始まったという。事物が即物的な精神によって自的に自己制御している状況では、一見して如何なる政治的な決定もあり得なくなる。それは即物主義が被る純潔の仮面に他ならない。これをはぎ取るのが、シュミットの『政治神学』の中心的な野望であった。

シュミットの観点は即物的と非即物的の区別によって排除された第三項に向けられる。政治的なるものはこの双方のいずれにも傾倒しない。確かに政治は即物的な情報要求する。だが一方で政治は、非即物性を承認する。何故なら、権威を有した人格(Person)が権力を代表(Repräsentation)する場合の形式は全て、機能的な従属関係によって構成されている官僚主義的な即物性世界から排除されてしまっているためである。政治的な決断は、政治的な行動に潜在化していると味方の差異を反映して下される。そうしたあらゆる政治的な決断にとって、非即物性は不可避となる。

問題解決策:排除されたものの復興としての例外状態

例外状態について決定を下す者が主権者であるというシュミットの定義は、彼の政治神学的な形象の中でも一際極端である。この一句は主権を最高権力から区別すると同時に、の支配をも否定する。『政治神学』には、の至上存在しないのである。シュミットにとっての至上とは、人間に対する人間による具体的な支配を隠蔽する概念に過ぎず、剰え君主主権と人民主権のいずれかの選択を拒否する単なる「自由主義的な」表現に過ぎない。

そうした表現は、「誰が決定するのか」という問題を等閑視する。そうした表現者たちの語る近代国家は、具体的な主権者が誰なのかという問題を無視する傾向にある。故にこそシュミットは、あらゆる統治行為が命令であることを再三強調するのである。主権という概念は、こうした国家からは排除された概念である。だからこそシュミットの『政治神学』は、主権概念を弁証法的に再記述することで、例外状態排除されたものの復興として叙述するのである。

例外状態という概念は、「誰が決定するのか」という問題を脱パラドックス化する上でも鍵を握っている。ならぬ身にてその全能に到達し得る存在Xは、人間の姿をしたの代理人、すなわちキリスト教徒である。それ故に「真正の」主権者たちは、以外の何者をも自らを超越する存在とは認めない。正常な秩序の外部に位置する超越者であるが故に、正常異常、通常と例外の区別を導入することができる。例外状態を処理するためには、現行規の例外もまた設計されなければならない。主権者はこれを決定できる。例外状態は現行規を破棄することを可能にする。例外状態において、は後退するのである。

シュミットはこの関連から、あらゆる判決に潜在化している決定内容の恣意を指摘する。裁判所も一種の組織システムである以上は、意思決定コミュニケーション展開し続けることが重要視される。誰が決定し、如何にしてその決定可能になっているのかよりも、まさに決定が下されることそれ自体が重要視される。決断することの社会的な機能は、論証することにあるのではない。無数の可能な論証、相互に矛盾し合う論証の中から、一つの論証を選択し、他の論証を排除するという権威的な「不確実性の吸収」こそが要求されるのである。機能的問題領域で観察されるのは、何を選択するのかという現実ではなく、そもそも決断を要求される現実なのだ。

派生問題:真の例外状態

このようにシュミットは、近代学や政治的なるものに潜むパラドックスを暴きつつ、その脱パラドックス化機構も暴いている。近代国家に関わる概念は学的な形象を世俗化させた概念である。主権の全能を世俗化した概念で、決断は最後の審判の世俗化した概念で、例外状態は季節を世俗化した概念である。

シュミットは世俗化という概念を歴史的かつ体系的な概念として記述している。近代社会の世俗化の過程それ自体が体系的な構造を成しているためである。その過程は、学的な形象から形而上学的なものを経て、道徳的な概念や人間的な概念を介し、そして経済的的な概念へと至る過程である。

政治神学』はこの世俗化の概念を記述することによって、政治的なるもの学的な形象の二項図式を破壊している。「政治神学」とは、あらゆる政治を不純な営みとして捉える純粋な学を否定している。この純粋な学の否定は、逆を言えば、世俗化された近代世界における学との混成状態を言い表してもいる。これによりシュミットは、歴史的概念として世俗化を学的な形象や形而上学的なものとの関連から記述する。

このことを踏まえれば、ベンヤミンの<歴史神学>とシュミットの『政治神学』の照応関係が明瞭になる。そればかりか、世俗世界に潜むメシアリズム聴取しようとするベンヤミンの人間学的唯物論に対して、我々は具体的な内実を伴わせた理解を示すことが可能になる。世俗化された近代社会主権を忘却した時代であるというのがシュミットの問題設定であるなら、その記憶を想起する上での問題解決策となるのがベンヤミンの「神の暴力」である。

シュミットの『政治神学』がベンヤミンの<歴史神学>に与えた影響を知れば、ベンヤミンの提唱した「神の暴力」が最後の審判と関わることは容易に推測できる。ただしこの最後の審判は、『歴史の概念について』との関連かられば、「真の例外状態(des wirklichen Ausnahmezustands)」として見做されなければならない。ここでいう「真の例外状態」とは、奇跡として期待されている最後の審判の瞬間である。

この関連から我々は、今一度『ドイツ悲劇の根源』へと立ち戻ることで、「神の暴力」というものを、バロック寓意家が辿り着く「神の世界」との関連から再記述する必要がある。17世紀の国家主権概念を注視するシュミットの観点に対して、国民主権概念を対置するのは素朴な対案である。ベンヤミンはそうは考えない。『ドイツ悲劇の根源』の中で主権叙述するベンヤミンの観点は、国家主権概念と国民主権概念の区別によって排除された第三項、すなわちこの区別が導入される以前のーー歴史無常にも忘却されているーー<旧体制>に向けられている。

まさに歴史の天使が垣間見たように、真に救済するに値する事物は尽く瓦礫と化している。それは「復活」の寓意として、儚さのトポスとして形態化されている。だがその前提にあるのは、あの絶対的で不敬な精神の国に住まう悪魔たちに誘われた「」の寓意なのであった。地上のあらゆる事物を尽く破壊する破局的な寓意形象は、救済へと急転する境界へと通じている。その先にあるのが、「万物復興」という、忘却された根源的な創始状態の復元を言い表す宥和の教義である。

だからこそベンヤミンは、的ではない直接的な暴力である独裁制を、を抹殺する「神の暴力」という、歴史の転換期をもたらすものの寓意として解釈するのである。この転換期においては、かの恩寵が、独裁制と極限形式で結び付く。この独裁と恩寵区別は、「真の例外状態」における最も極端かつ具体的な形式として導入される。

したがって政治的な権力との関連で言えば、「神の暴力」は、に基づく暴力としてではなく、国家の集会を超越した超世俗的な暴力として結実する。言わば「神の暴力」は、と優雅を司る女カリスとして、を抹殺する働きを担うことになろう。それはを抹殺することで、罪の文脈を破壊する。ベンヤミンはこのためにこそシュミットの例外状態における規範の抹殺という概念を歴史哲学的に先鋭化したのである。

ベンヤミンはまさにこの破壊的な「神の暴力」を絶対的主権の保守的な独裁権力から区別している。世界政治としての虚無主義という彼の概念がこの区別から導き出す結論によれば、純粋かつ直接的で、を抹殺する「神の暴力」として顕現した力こそが、人間に唯一可能な革命的暴力形態となる。そしてこの形態だけが、政治的な決断主義の阻害要因を一掃する。

の抹殺という理念は、決断の可能性の条件なのであって、同時に暴力それ自体への批判でもある。だからこそベンヤミンにとっては、の<一時停止>が主権の目印となる。その目印は、人間による独裁制として叙述されているのではなく、ただによるの抹殺として叙述されている。

定式化して言えば、革命的な「神の暴力」は、の抹殺による主権可能性を切り拓く。この定式の背景にあるのは、決断する状況を認識できない者は誤った結論を導き出すという<歴史神学>的な発想に他ならない。真の例外状態を見逃すことで、最後の審判の瞬間を延期させるような判断は、全て客観的に不誠実なのである。

これに対して、危機的状況は決断の瞬間を規定する。これに対応するのが、常に決戦を覚悟している態度だ。その態度はマルクス主義的でもある。『歴史の概念について』の第四テーゼでは、階級闘争が常に眼前で展開されていることが示唆されている。この世俗社会において、現実的なものの中に極端なものと例外状態を見出し得る者は、最後の審判の瞬間を信じる観点に立っている訳だ。その一回限りの極端例外状態は、諸々の経験的なものの形象がこの上なく深く相互に浸透し合っている形象空間形態化する。

それ故に人間学的唯物論において、真の例外状態は、もはや決断の対象ではない。ましてそれは、恣意的な<選択の自由>ですらない。それは課せられた使命となる。ゼネストの神話においては、『歴史の概念について』の第四テーゼで示される通り、この使命が常に眼前で展開されていたのであった。国家暴力を打破することを望む労働者階級のゼネストは純粋な手段なのであって、それ故に非暴力的な手段であった。つまりそれはあらゆる的な秩序の彼岸における政府の転覆の実行なのであって、無政府的で法措定的行為などではなかったのである。

この関連からマルクス主義者としてのベンヤミンの中にあるユダヤ教神秘主義的な性格に目を向ければ、彼の人間学的唯物論が抑圧された者たちの伝統から「歴史的な索引(禁書目録)」を判読しようとしていたことが一層明快になる。彼の眼には、真の例外状態こそが日常生活の通常状態として発現していた。この事態を主題とした『歴史の概念について』は、この世俗社会を生きる人間の通常状態が苦悩に満ちた緊急状態であるというグノーシス主義的直観によって叙述されている。ベンヤミンの暴力に関する歴史哲学が「今」まさに決戦に挑む者の破壊による暴力だけが救済をもたらすという前提に立つのは、こうした背景があってこそなのである。

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