「記憶」想起の人間学的唯物論的なメディア美学

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派生問題:記憶の想起は如何にして可能になるのか

時代の夢」からの目覚めによる「今」の認識可能性というベンヤミン特有の概念は、何処か集団的な無意識を論じたカール・グスタフ・ユングを連想させる。しかし実際のところベンヤミンは、ユングの批判者であった。むしろユングの精神分析学は、ベンヤミンの人間学的唯物論を際立てる良き比較対象にもなっている。以下では補足として、ベンヤミンとユングの差異を取り上げておこう。

問題解決策:人間学的虚無主義批判

ユングによれば、我々の心的表象の中には歴史的に代々受け継がれてきた概念があるという。それが「元型(Archetypen)」という有名な概念だ。ユングによれば、元型は「集合的無意識(Kollektiven Unbewusten)」を構成する要素である。集合的無意識という概念は、個々人のそれぞれによって一度たりとも意識されたことの無い無意識の領域を言い表している。元型は人類に共通する経験の型となる上位概念である。それは動物人間における本能的な行動さえ包括する振る舞いの心的なパターンだ。元型は、それ自体としては内容を持たない形式に他ならない。それは所与の形式に関する先験的な可能性を言い表している。元型は、それ自体としては認識されない。それはそれ自体として経験されることも無い。元型が我々の認識世界に発現するのは、主体において有意味出来事、人物、事物といった諸要素の配列としてである。

ユングによれば、元型から成る集合的無意識は、「今」我々が有する一時的な意識化された世界像とは対置されるという。それはむしろ無時間的な永遠の世界像なのである。ユングは集合的無意識をこのように捉えることで、それを時間を前提とした我々の意識的な活動から区別しようとしたのだ。

しかし、別のあり方でもあり得た未完の過去を批評で救済していくベンヤミンにとって、ユングのこの認識論は危険であった。集合的無意識が我々の意識からは独立して存在しているとするならば、現在を生きる我々の個々人は皆過去における「太古の形象(den archaischen Bildern)」から一方的に影響を受けていることになってしまう。それは「今」に特有の認識可能性否定することに結び付いてしまう。

ユングが語る元型を鵜呑みにしてしまえば、どの「今」も特有の認識が可能な「今」であるという人間学的唯物論の着眼点に盲目的になってしまう。それは結局、集団の夢からの目覚めを拒絶するということだ。ベンヤミンが指摘した通り、ユングは夢に目覚めが無いようにしているのである。完結した過去に依拠して現在の振る舞いを読み取るユングの分析心理学は、言わば覚めない麻酔のようなものなのだ。

ベンヤミンは、ユングが医師の経歴を持つがために、その理論に医師に特有な虚無主義が孕んでいるという。その虚無主義とは、人間の臓器が医師たちに与えたショックから生じた虚無主義である。事物という観点から観れば、人間は肋骨、臓器、血液、体液などのような事物の集合から構成されている。我々が美を感じるとすれば、精々のところ皮膚程度である。一度その皮膚を剥ぎ取って観れば、そこにあるのはグロテスクな事物だけだ。

医師たちの中には、こうしたグロテスクな事物によるショックから立ち直れない者たちもいる。ユングがその典型的な一例だ。彼はそのショックから、人間を事物の観点から理解する可能性を諦めてしまった。そして、逆に彼は事物の観点からではなく心的な現象や精神論を極端に重視するようになってしまったのである。

ベンヤミンはこのユングに典型的に観られる極端な姿勢を「人間学的虚無主義(anthropologischen Nihilismus)」と名付けた上で、彼を批判している。確かにユングは「元型」や「集合的無意識」などのような集団の夢の諸要素を分析しようとしていた。しかし近代社会におけるこうした集団の夢の分析の大前提にあるのは、物象化なのである。意識を有して目覚めている健康な個々人にとって、健康身体活動の背景にある血圧や内臓の働き、心臓の鼓動や筋感覚は、全く以って無意識的な現象だ。集団にとっても同じことが言える。例えば建築や鉄道、パサージュや街路などは、集団が完全には意識化していない無意識的な現象となる。これらは皆物象化アウラを招いている。つまり事物と事物の関係が集団の無意識下で活発な身体活動を実現しているのである。

それ故に人間学的唯物論は、テクノロジーを含めた事物の関連が、我々の集団的で無意識的な身体に影響を与え得る点を強調している。ベンヤミンが『複製技術時代の芸術作品』の著者であると同時人間学的唯物論者でもあるのは、このためだ。

問題解決策:音

ベンヤミンの『1900年ごろのベルリン幼年時代』には、彼自身が実践している記憶想起内容叙述されている。ここでいう回想とは、彼自らの幼年期の回想であると同時に、文字通り1900年ごろの「ベルリンの幼年時代」の回想でもある。つまり、ここで叙述されているのは「個人の回想」であると同時に当時の「ベルリンの集団の回想」でもある。ここでいう集団とは、言うまでもなくブルジョワジーである。ここでかつての「聴覚」を回想している「私(Ich)」は、「私」としてのみならず、集団の身体としても回想しているのである。そのため、この著作でベンヤミンが実践している記憶想起を確認すれば、それが如何にユングにおける記憶想起から区別されるのかが明快となるはずだ。

この作品には、音響による神経刺激によって発動する形象が満ち溢れている。それも、類似性模倣との関連から叙述されている。ベンヤミンは、少なからずアドルノほどには音楽に注力していない。だがこの散文では、「音(Geräusche)」と形象言語との密接な関連性が指摘されている。

類似性の中での驚き

「類似性(Ähnlichkeiten)を認識する才能(Gabe)というものは、類似したものになり、類似しているように振る舞うことを、太古の人々が余儀無くされていたという事実の幽かな残滓に他ならない。私(Ich)は言葉(Worte)によって、同様のことを余儀無くさせられていた。ただしここでいう言葉とは、私を規範的な子供に似せるような言葉ではない。それは、私を住居や、家具や、衣服に似せるような言葉なのである。周囲にあるあらゆる事物に類似していくことによって、私は変形していくのであった。」
Benjamin, Walter. (1932-1938) “Berliner Kindheit um neunzehnhundert,” In: Gesammelte Schriften Bd.VII/1, Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1991, S.385-433., 引用はS.417より。

「ムメレーレン(DIE MUMMEREHLEN)」の節から引用したこの文は、類似性の才能が、言語を前提に発揮されることを示している。それによる模倣は、単に人間同士の模倣というよりは、住居内の事物の模倣である。子供は、その遊戯を通じて、周囲にあるあらゆる事物に自己を類似させようとする。その模倣は、「ごっこ遊び」として実践される。

「戸口のカーテンの後ろに立つ子供は、自身が風に揺らめく白い物になり、幽霊(Gespenst)となる。食卓の下に蹲れば、そうすることで子供は、彫刻に施された脚を四つの柱とする宮殿における木彫りの偶像(hölzernen Idol)と化すのだ。そして、扉の背後に立てば、子供自身が扉になることで、重たい仮面(Maske)として扉を破り、魔術的な司祭(Zauberpriester)になって、何も知らずに入室してくる者たちに魔法を掛けてしまうだろう。」
Benjamin, Walter. (1932-1938) “Berliner Kindheit um neunzehnhundert,” In: Gesammelte Schriften Bd.VII/1, Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1991, S.385-433., 引用はS.418より。

「潜伏(VERSTECKE)」の節から引用したこの文の最後では、子供仮面を被った魔術師として潜み、入室する者たちに魔法を掛けるという光景が回想されている。恐らく子供は、大人たちが入室してきた時に、その大人をからかうかのように、「わっ」と驚かせようとするのであろう。つまりここで生じるであろう驚きは、聴覚に対するショック効果によって成り立つと推理できる。

「リズム」の中の「ノイズ」

しかしながら一方で、そうした驚きの前提にあるのは、住居の中で庇護されているという安心感である。言い換えれば、ここで想定されているのは、安堵に浸ることのできる時間が未だ連続するという夢なのだ。驚きというのは、ある種の目覚めである。夢を見続けているという情態は、目覚めの伏線となる。

「新生児を目覚めさせぬようにしながら胸に抱き寄せる母親のように、人生は、幼年時代のまだ微弱な思い出を長い間胸に抱き寄せている。そうした私の思い出を何よりも親密に養ってくれたのは、幾度となく視た中庭の景色であった。中庭に面した暗いロッジアの一つ、夏になれば日除けの日陰が投げ掛けられるその場所が、私にとっては、都市の新しい市民となった私が住まう揺り籠であった。直ぐ上の階のロッジアを支えている人像柱(Karyatiden)の石造りの娘たちは、束の間にその持ち場を離れて、私の揺り籠の傍らで、歌を歌ってくれていたのだと思う。その歌は、後年の私を待ち受けていたものについてはほとんど何も告知してくれはしなかった。だがその代わりに、中庭というものの空気に永遠に陶酔させることになる言葉を仄めかしていたように思える。その後も私は、例えばカプリ島の葡萄畑で恋人を抱き寄せた時に、そうした中庭の空気に類似したものを感じた。そして今も、他ならぬ同様の空気に包まれて、私の思考は、丁度ベルリンの山の手の中庭がロッジアの高みで立ち上がる人像柱から見下ろされているかのように、立ち上がる形象や寓意に見下ろされているのだ。」
Benjamin, Walter. (1932-1938) “Berliner Kindheit um neunzehnhundert,” In: Gesammelte Schriften Bd.VII/1, Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1991, S.385-433., 引用はS.386より。

「ロッジア(LOGGIEN)」の節における「私」の聴覚は、かつて揺り籠の傍らから聴こえてくる子守歌のようなもので満たされていた。それは中庭の空気に陶酔させる言葉であった。「私」が形象寓意想起する時、その連想はこの聴覚の回想によって条件付けられている。

「路面電車や住人が絨毯を叩く物音の拍子(Takt)が、子守歌の如く、私を夢(Träume)に誘った。最初は、恐らくは水の流れやミルクの匂いなどで充満した形態の無い夢で、次に旅の夢や雨の夢のように、長く連続していく夢であった。」
Benjamin, Walter. (1932-1938) “Berliner Kindheit um neunzehnhundert,” In: Gesammelte Schriften Bd.VII/1, Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1991, S.385-433., 引用はS.386より。

しかしながら、この連続性のある夢は、一種の錯覚に過ぎない。進歩史観が前提としてきたように、連続的で均質な歴史の延長として未来を想定することには全く何の必然性も無い。逆に、過去を「物語」のように連続した均質な世界観として想起してしまっては、その洞察は単なる郷愁的な憧憬に過ぎなくなる。

「それまで何度か私は、自身の内面的な生活の中で、ワクチン接種(Impfung)に該当する過程が効果的であることを反復して経験してきた。そこで、この状況下で私は、この方法に準拠することにより、意図的に亡命地において最も郷愁を呼び覚ます傾向にある形象――幼年時代(Kindheit)の形象――の数々を私の内部に呼び出すことにした。ワクチンに健康な身体(gesunden Körper)が支配されてはならないのと同じように、憧憬の感情に精神が支配されてはならなかった。私は、二度とは帰らぬ過去の偶然の伝記(zufällige biographische)ではなく、必要に応じて社会的な事柄に着眼を置くことによって、憧憬の感情を抑止することにした。」
Benjamin, Walter. (1932-1938) “Berliner Kindheit um neunzehnhundert,” In: Gesammelte Schriften Bd.VII/1, Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1991, S.385-433., 引用はS.385より。

したがって、「私」が回想して想起する過去は、連続した均質な歴史に浮かび上がる自伝的に叙述された過去ではない。その全てを否定する訳ではないものの、その歴史記憶の背景に退いている。むしろここで照準に定められているのは、ショック効果に駆動された不意打ちや即興により叙述された過去である。それは不連続で、物語性が無い。となると、聴覚の回想において重要となるのは、楽譜で厳密に秩序付けられた音楽リズムというよりは、むしろ居住地として確保した空間に入り込もうとする来訪者の呼び鈴や、その空間を貫く工事現場の騒音や、あるいは地理的な関係など物ともしない電話のベルのような、不意に奏でられた音響刺激が構成する「リズム」の方である。

「貝殻のやどかりのように、私は19世紀に宿を借りていた。だが今や、その19世紀は私の眼前に空虚な姿を晒している。それは、まるで抜け殻となった貝殻のようである。私はその貝殻を手に取り、耳に押し当ててみた。何が聴こえるであろうか?私に聴こえるのは、戦場の騒がしい大砲の音でもなければ、オッフェンバックの舞踏音楽でもない。あるいは、舗道を走る馬の蹄の音や軍隊パレードのファンファーレでもない。否、私に聴こえるのは、バケツから鉄の暖炉へ落されていく無煙炭のザザッという短い音であり、ガス灯のマントルの焔が点火される時のボッという音であり、そして街路を通り過ぎる馬車の黄銅の車輪の上でランプの笠が経てるカタカタという音なのだ。それだけではない。鍵束のガチャンガチャンという音や、家の表と裏の階段のところにあったベルが、それぞれに鳴る音も聴こえる。最後に、更にこれらに加えて、短い童謡(Kindervers)も聴こえてきた。」
Benjamin, Walter. (1932-1938) “Berliner Kindheit um neunzehnhundert,” In: Gesammelte Schriften Bd.VII/1, Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1991, S.385-433., 引用はS.417より。

貝殻から発せられる音響に耳を澄まそうとする振る舞いは、聴覚の感覚器官と感覚対象との結合意味する。ここでの貝殻は知覚メディアなのだ。そうしてそこから聴こえてくるのは、あくまでも日常生活の「断片」から発せられた音であった。確かに上述した引用文では、実に様々な日常生活の音響刺激に言及されている。だが個々の出来事には連続性が無いのもまた事実だ。それは、「私」が幼年時代から聴いてきた音の「断片」である。それは不可避的に忘却されてきた事象の「断片」に紐付いた音の「断片」である。

これを前提とすれば、幼年時代の「私」は、一方で一定の「リズム」で奏でられた音の拍子(Takt)によって夢へと誘われていた。だが他方で「私」は、電話のベルの如き騒がしい音により、目覚めることを余儀無くされていた。

ここに我々は、夢見と目覚めという極限の形式が介在していることを見抜かなければならない。音の「リズム」があるからこそ「ノイズ」が際立つ。そしてその「ノイズ」は、時一つとして「リズム」を奏でる。この「リズム」と「ノイズ」の極限の形式は、歴史が「リズム」のように連続するという均質な歴史観を可能にすると同時に、それを「ノイズ」で破壊するという営みを可能にする。言い換えれば、「リズム」と「ノイズ」の極限の形式は、歴史の連続性に対して、破壊と創造を繰り返す。そしてこの極限の形式は、形式の内部へと再導入(re-entry)される。つまり、「リズム」と「ノイズ」の極限の形式は、破壊と創造に「リズム」を付与するのだ。それは、音の生成消滅による均質な歴史の生成消滅の模倣であるとすら言えよう。「私」は、まさにこの「リズム」に乗ることによって、忘却されていた寓意形象の「断片」を次々と掴み取ろうとしたのである。

街路の中

これまで取り上げてきたのは、専ら住居や中庭で聴こえてくる音響模倣的神経刺激であった。しかし室外へと外出すれば、都市は音に限らず様々な神経刺激構成していることがわかる。とりわけベンヤミンが室外で着目したのは、「街路名(Straßennamen)」であった。街路には、我々の知覚を押し上げ多層化してくれる陶酔作用がある。

街路名とは、言わば一般市民が街について知るためのユーザー・インターフェイスである。それは市民が街を感じ取るための唯一の感覚性なのだと、ベンヤミンは洞察する。と言うのも、我々は街、仕切り石、道路の構造などについて、精密に調査したことなど無いからである。

「ある都市で道がわからないことは、些末なことである。しかし、森の中をさ迷い歩くかのように都市の中をさ迷い歩くには、訓練(Schulung)が必要だ。さ迷い歩く人には、様々な街路名が、乾いた小枝が折れる音のように語り掛けて来なくてはならない。また、都心の小路の全てが、山中の窪地のように、明確に時間の流れを映し出さなくてはならない。」
Benjamin, Walter. (1932-1938) “Berliner Kindheit um neunzehnhundert,” In: Gesammelte Schriften Bd.VII/1, Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1991, S.385-433., 引用はS.393より。

街路(Straße)は道(Weg)ではない。道に迷うことは恐怖である。だが名を与えられた街路を歩く者たちは、単調ではあるものの魅惑的に延びていくアスファルトの帯に方位付けられていく。そうして街中を徘徊し続ける者たちは、次第に「遊歩者(flâneur)」としての特質を持つことになる。

共鳴と残響の差異

専ら『パサージュ論』との関連で言及される「遊歩」という歩き方がパリに登場したのは、19世紀の初頭であった。当時のヨーロッパの都市では、交通機関が配備されたことで、歩行者は自由気ままな歩行を許されなくなった。つまり、信号や標識による方向付けを余儀無くされていたのである。反面パサージュでは、その埋め合わせであるかのように、消費を前提とした「歩き方」の代替案が提示されるようになる。特に十分な金銭の支払い能力を有したブルジョワジーを対象に、噴水や庭園、劇場や商店街など、消費を前提とした歩行領域が設けられた。ガラス屋根に覆われたアーケード街が、この完成系である。

このパサージュの中では、複製技術によって複製された商品という事物が、ポスターや広告のような機敏な言語と共に、遊歩者の感覚器官に迫っていく。遊歩する消費者たちは、流行している商品を揃い踏みで購入するという点において、互いに模倣し合っている。だが無為に歩く遊歩者にとって、商品を購入することは本意ではない。もとより行く宛の無い歩行を続けているのが遊歩者なのだ。長い時間遊歩者がその街の徘徊を継続していると、不意に追憶としての陶酔の状態に陥ることがある。まるでブルジョワ階級など何も連想させない禁欲中の動物であるかのように、遊歩者は見知らぬ地区を徘徊し続けて、疲労困憊の状態となる。そして遊歩者は、最終的に自分の部屋へと帰っていく。

ここでもう一度『1900年ごろのベルリン幼年時代』に着眼を戻すと、パリの後を追うように都市化を進めたベルリンにおいても、遊歩という歩行形式が出現していることが読み取れる。実際『1900年ごろのベルリン幼年時代』における「私」もまた、遊歩者としての記憶を有している。と言うのも、「パサージュ論」における遊歩者の章と『1900年ごろのベルリン幼年時代』で街路に言及している「ティアガーデン(TIERGARTEN)」の節では、実際次のように類似した叙述が伺えるからである。

「街路は遊歩者を過去の時間へと誘導する。遊歩者にとっては、如何なる街路も急坂である。この街路は、母たちの下へではないにせよ、遊歩者自身の私的な過去ではないだけに、より呪縛的になり得る過去へと下っていく。それにも拘らず、この過去は常にある幼年時代の時間であり続ける。しかし、それがよりによって何故遊歩者が生き永らえた時間であるのであろう。遊歩者がアスファルトを踏めば、その足音は驚くべき共鳴(Resonanz)を呼び起こす。板石を照らしているガス灯は、この二重の層を有した地面に、二義性を帯びた光を投げ掛ける。」
Benjamin, Walter. (1928-1929/1934-1940) “Das Passagen-Werk”. In: Gesammelte Schriften Bd.V Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1989. 引用はS. 524より。

パサージュ論」における上述した引用文の遊歩者の部分が、後述する「ティアガーデン(TIERGARTEN)」の節からの引用文では、ベンヤミンにベルリンの歩き方を訓えたとされるフランツ・ヘッセルを表す「農夫(Bauer)」として言い換えられている。

「30年後になって、この土地に精通したベルリンの農夫が、この都市から同様に長期間離れていた後に、私の案内者として私と共に帰ってきた時、彼の歩みは、この公園を隅々まで耕すかのような歩行となっていた。彼はそこに沈黙の種子を蒔いた。彼が先導して坂を下ると、どの坂も急な坂へと変貌した。全ての坂が、あらゆる存在の母たちの下へではないにせよ、確かにこの公園の母たちのところへ下り落ちていくものとなった。彼がアスファルトを踏めば、彼の足音は残響(Echo)を呼び覚ました。舗道を照らすガス灯が、私たちの足元に微かな光を投げ掛けた。」
Benjamin, Walter. (1932-1938) “Berliner Kindheit um neunzehnhundert,” In: Gesammelte Schriften Bd.VII/1, Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1991, S.385-433., 引用はS.394-395より。

つまり、「私」にとっての遊歩は、幼年時代の回想を前提とした農夫の模倣であったわけだ。そして「私」は、まるでパリの遊歩者が見知らぬ地区を徘徊するかの如く、「カワウソ(DER FISCHOTTER)」の節で描写されている動物園の片隅に到達することになる。そこで歩みを止めた「私」は、人々が住んでいる住居や街区から、その人たちの性質や人柄を想像するのと同じように、動物園からその動物たちを想像していた。

「とりわけ棲み処の位置からして聊か特異な動物たちが、一段と珍しく思えた。その大多数が動物園の内部とはいえ、外れに近い区域で、茶屋や売店に隣接する区域の住人であった。こうした場所の住人たちの中で、一番注視していたのは、カワウソであった。」
Benjamin, Walter. (1932-1938) “Berliner Kindheit um neunzehnhundert,” In: Gesammelte Schriften Bd.VII/1, Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1991, S.385-433., 引用はS.406より。

カワウソが住んでいた場所は、動物園の中でも、客の出入りが極端に少なく、寂れ切ったあたりに通じていた。「私」には、それが何処か、人通りの絶えた遊歩道に類似して視えたという。そしてこの遊歩道にも似た動物園の片隅が、古代ローマの浴場よりも旧い遺跡のように荒れ果てた見栄えとなっていたものの、そこには何処か未来に起こり得る出来事を予言(prophetischer)するかのような相貌が帯びていた。

「実際、未来視の能力を持ち得るとされる植物が存在するように、同様の才能を持つ場所も存在する。大抵は人気の無い場所で、石塀に面するほどに並木が梢を生やしている木々の下道や、袋小路、あるいは誰一人立ち止まることのない前庭である場合もある。そうした場所では、本来私たちの未来で生起するあらゆる出来事が、過去の出来事のように思えてくる。この動物園の片隅も、そうした場所の一つなのだ。」
Benjamin, Walter. (1932-1938) “Berliner Kindheit um neunzehnhundert,” In: Gesammelte Schriften Bd.VII/1, Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1991, S.385-433., 引用はS.407より。

「私」が迷い込んだ先にあったのは、未来についての過去であって、<新しい過去>である。しかしその形象は、瞬間的に去来することはあれど、持続的に把握することは困難極まりなかった。カワウソの機敏な動作は、このことを暗に仄めかしているように叙述されている。

「そういう訳で、しばしば私は底知れず深く黒い水を観て、何処かにカワウソが姿を現さないかと、果てしなく待つのであった。漸く発見できても、それは間違いなく一瞬の出来事でしかなかった。何故なら、天水桶の中で煌めいたこの住人は、次の瞬間には、またもや闇の如き水中に消え失せてしまうからだ。」
Benjamin, Walter. (1932-1938) “Berliner Kindheit um neunzehnhundert,” In: Gesammelte Schriften Bd.VII/1, Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1991, S.385-433., 引用はS.407より。

カワウソが飼われていたのは、その天水桶の中ではない。そのことは「私」も理解していた。だが「私」がその天水桶に注視していたのは、その水を眺める度に、都市の下水道に流れ込む雨を連想していたからだ。「私」は雨を想起して、都市の下水道から流れ込んできた雨水は、最終的にこの水槽へと集約されるのではないかと夢想していた。実際、甘やかされて育てられたカワウソにとって、深く黒い水中の洞穴は、隠れ場所というよりはむしろ殿としての意味を有していたと「私」は考える。カワウソは、「雨水の聖なる動物(das heilige Tier des Regenwassers)」なのであるという。尤も、カワウソがこの雨水の中から生まれたのか、それともその水流をただの養分にしているのかは、「私」にはわからなかった。常にカワウソは、水の深みの中では自分が必要不可欠であると考えているかのように最大限忙しく動き回っていた。それでも「私」は、毎日のようにそうしたカワウソを眺め続けても、決して見飽きることはなかった。

「私は待っていた。雨が止むことではない。そうではなく、雨が更に、更に、降り注ぐ音がしてくるのを待っていたのだ。雨が窓ガラスを叩き、雨樋から迸り、排水管のゴボゴボという低ノイズ(niederrauschen)の騒音に、私は耳を傾けていた。雨は快かった。私は完全に安寧の中にいた。そしてそこからは、揺り籠の傍らで子守歌が歌われる時のように、私の未来が私に囁き掛けてくれていた。人間は雨を受けて育つということが、私にはどれ程良く腑に落ちたことか。その時、曇った窓ガラスの背後にいながら、私はカワウソの直ぐ近くにいた。とはいえ、そうであることに気付けるのは、いつも次の瞬間で、あの檻の前に立った時であった。」
Benjamin, Walter. (1932-1938) “Berliner Kindheit um neunzehnhundert,” In: Gesammelte Schriften Bd.VII/1, Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1991, S.385-433., 引用はS.408より。

問題解決策:忘却

1900年ごろのベルリン幼年時代』は、物語としては不連続であるものの、共通して登場するキャラクターがいる。一人は「私」である。既に述べたように、「私」は常に記憶想起して回想するベンヤミン個人であると共に、ベルリンの集団の身体でもあった。一方、この不連続な散文の中には、常に「隠しキャラクター」も潜在していた。「私」が記憶想起や回想を司るとするならば、その「隠しキャラクター」は、記憶忘却を司る。そのキャラクターは、最終節で漸く、恰も忘却されていた存在想起されるかのように登場する。その名は、「猫背の小人(bucklichten Männlein)」である。

猫背の小人は、『少年の魔法の角笛』に収録されている民謡である「猫背の小人(Das buckliche Männlein)」に由来する形象である。この猫背の小人たちは、戯やふざけを好む童である。実際、民謡で登場する子供である「私」が、何らかの作業のために中庭や台所、地下室などに移動すると、決まってそこには常に猫背の小人たちが先回りして、「私」の邪魔をするのである。どうやら「私」は、この猫背の小人たちを目撃してしまうと、「慎重(acht)」ではなくなってしまうらしい。

「小人が出現する度に、私は過ちを犯した。事物の方は、そうした私の過ちを回避しようとして、年毎に庭は小さな庭に、部屋は小さな部屋に、祈祷台は小さな祈祷台になっていった。事物は縮小していった。そして、それらの背中には、全てそれらを小人のものとする印となるコブが生えているかのように思われた。小人は、至る所で私より先回りしていた。先回りして、私の邪魔をした。だが、この灰色の後見人は、私の触れた全てのものから、忘却された半分(Halbpart des Vergessens)を取り上げただけで、他には私に何もしなかった。」
Benjamin, Walter. (1932-1938) “Berliner Kindheit um neunzehnhundert,” In: Gesammelte Schriften Bd.VII/1, Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1991, S.385-433., 引用はS.430より。

この引用文に観られる「事物は縮小していった」という叙述は、恐らく子供の頃の「私」の身体が成長したことで、身体に比して、相対的に周囲の事物が小さく見えるようになったということを言い表しているのであろう。しかし一方で「私」は、その猫背の小人たちを一度も視ていないという。専ら小人たちの方が、「私」の方を、常に視ていたのである。「隠れんぼ」をして遊んでいた時の「私」も、カワウソの檻の前にいた時の「私」も、冬の朝の「私」も、電話の前に立っていた時の「私」も、猫背の小人たちは常に視ていた。だが「私」が成長するに従い、そうした小人たちの記憶は薄れていったのだ。

「私」によれば、こうした猫背の小人たちが「私」のもとを去ってから、長い時間が経っているという。しかし、小人たちの声は、も尚、ガス灯の焔が燃える微かな音のように、世紀の敷居を超えて、「私」の耳元で囁き掛けてきている(wispert)という。実際には遭遇して目撃しているはずの小人たちを視ていないと述べているのは、「私」がこの小人たちや小人たちとの相対によって失敗してしまった諸々の出来事忘却しているためである。それ故に、ここでいう猫背の小人の囁き(wispert)とは、忘却された過去残響(Echo)に他ならない。

この残響は、他の残響と混じり合うことによって、単なる「ノイズ」以上の「リズム」を創発し得る。ベンヤミンが実践する記憶想起は、静止の弁証法として結実している。そしてこの弁証法は、目覚めと夢見の弁証法を言い表すと同時に、「リズム」と「ノイズ」、想起忘却のような極限の形式をも言い表している。そして、忘却された対象が「ノイズ」からの秩序の如く「リズム」を構成することによって、それを創発的に想起し得る余地が生まれるのだとすれば、そうして想起された対象は、かつて忘却されていた対象の様々な結合によって成り立っていることになる。故に我々は、忘却の重要性を再認しなければならない。忘却が無ければ、想起もあり得ない。この忘却想起極限の形式こそが、静止の弁証法におけるジンテーゼを生み出す。

小さくて醜い神学

実際『歴史の概念について』の第一テーゼには、このことを連想させる記述がある。

「有名なチェスを指すロボット(Automaten)がいた。このロボットは、相手がどのような手を指してきても、対局の勝利を保証する好手で応じられるように構築(konstruiert)されたらしい。このロボットはトルコ風の衣装を身に纏って、口には水煙管を咥えて、広いテーブルの上に置かれた盤の前に座っていた。数枚の鏡を組み合わせたシステム(System)により、このテーブルはどの方角から観ても透過して視えるような錯覚(Illusion)を形成していた。本当は、チェスの名人である猫背の小人(buckliger Zwerg)がその中に座っていて、ロボットの手を紐で操っていたのである。哲学においても、この装置に相当するものを想像することができる。『歴史的唯物論(historischen Materialismus)』と呼ばれる人形(Puppe)は、常に勝利しなければならない。この人形は、神学(Theologie)を雇い入れている場合には、どのような相手とも十分互角に相対することができる。神学は、小さくて醜く(klein und häßlich)、いずれにせよ日の目を見ることが許されないのは、今日では周知のことである。」
Benjamin, Walter. (1940) “Uber den Begriff der Geschichte”. In: Gesammelte Schriften Bd.I/2 Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1974. S.693.

ベンヤミンがここで取り上げている小さくて醜い神学というのは、人間学的唯物論との関連から理解されなければならない。ここで着目すべきロボットの概念は、「事物」の哲学における弁証法の視点だけでは捉え切れないのである。ここでいうロボットは、視覚的に無意識的なショック効果を呈示してくる知覚メディアとしての複製技術の一種だ。こうした複製技術の内部には、言わばそのアルゴリズムアーキテクチャ設計思想として、小さくて醜い神学に対応した人間学的唯物論が潜んでいる。この設計者は、言語の記述、翻訳引用寓意蒐集、そしてショック体験に駆動された静止の弁証法を敢行するための知覚メディアを構築するのである。こうした設計思想を内に秘めたロボットは、弁証法的形象歴史的な索引(禁書目録)として引用することで、<新しい過去>を想起する。

しかしある記憶想起するには、予めその記憶忘却しておかなければならない。それ故にこそ忘却を司る猫背の小人が必要となる。知覚メディアとしてのロボットは確かに、視覚的に無意識的なショック効果を放つことによって、相対する者たちが盲点忘却している記憶を突き付けることができる。だがそれは、予め猫背の小人が相手を忘却へと誘っていたためなのだ。しかしながらこの猫背の小人による貢献は、それ自体忘却されてしまっている。猫背の小人による忘却作用は、この忘却作用それ自体にも及ぶという点で、自己論理的(autologisch)に展開されている。猫背の小人の仕事に隙は無く、普遍的である。だからこそチェスの対局相手は、誰もロボットの内部にこの小人が潜んでいるということに気付けないのである。

こうして考えると、猫背の小人歴史の天使と共通した部分を有している。双方とも、「進歩」の嵐を直視しているからだ。歴史の天使は、この「進歩」の嵐によって、未来へと吹き飛ばされる。猫背の小人は、自己論理的な忘却作用によって、自ら忘却されようとしている。猫背の小人は、「進歩」の嵐の残響を奏でるかの如く、微かに囁いている。その残響の全てが引用され尽した時、そのにおいて、万物復興が成し遂げられることになる。この弁証法的な歴史家としての振る舞いは、知覚メディアとしてのロボットが実行するアルゴリズムである。そしてこれによる万物復興は、まさに歴史の天使の願いなのであった。しかし、この歴史の天使の願いが叶えられるとするならば、その瞬間、この猫背の小人は消滅してしまうはずだ。忘却を司る以上、それ自体が想起の対象になってはならない。真に忘却を司るには、忘却されたこと自体も忘却される必要がある。さもなければ、自己論理的な展開が成り立たなくなる。忘却の機構そのものは、あくまでも潜在的であり続けなくてはならないのである。

「この小人は、生が歪められている世界に住んでいる。もしメシアが到来するのならば、この小人は消え去ることができるであろう。ある偉大なラビの言葉によれば、メシアは暴力を以って世界を変えようとする訳ではなく、ただ、ほんの少しだけ、世界の歪みを正すはずなのだ。」
Benjamin, Walter. (1977) “Franz Kafka”. In: Gesammelte Schriften Bd. II/2 Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1991, S.409–438. 引用はS.432より。

問題解決策:蒐集

これを前提とすれば、過去記憶想起する上で、忘却は必ずしも否定的な要素ではないことがわかる。むしろ忘却は、記憶想起の前提条件とすら言えよう。ベンヤミンは、この忘却想起という極限の形式の「リズム」の円滑な展開可能性探究してきた。その関連から彼が着目していたのは、「蒐集家(Sammler)」である。彼が言及してきた複製技術知覚メディアは、仮象なき遊戯空間において、過剰刺激の四面楚歌として迫り来る情報やデータに関して学習する習慣を形成する。ベンヤミンによれば、知識を学ぶ上での触覚的な享受は特に知識の蒐集という形式で実践される。知覚メディアのユーザーは、知識の蒐集家としての性質を持つことになる。

蒐集家は本能的に触覚的な人間だ。つまり蒐集家は、過剰なまでに散乱している事物を触覚的に享受していくように、本能的に突き動かされているのである。ウェブ上の情報氾濫やデータの洪水のように、事物についての過剰な刺激が撒き散らされている状況が、ユーザーを蒐集へと動機付けていくのだ。

ベンヤミンによれば、この触覚的な享受方法となるのは、「所有」である。触覚性と視覚性の区別で言えば、所有とは触覚的な側に分類される。こうして所有された蒐集対象についての記憶が、新たな事物を選好する際の指針となる。言わば所有の記憶が、感覚器官に迫り来る事物の過剰刺激とそれに伴い活性化する記憶の洪水に対応した「防波堤(Damm)」 になるのである。

記念品の意味論

記念品(Andenken)」は、とりわけ強固な防波堤となり得る。ベンヤミンによれば、17世紀バロック悲劇寓意は、鍵となる形象として、死体の意味論指し示していた。記念品は、これの19世紀版と言える。記念品もまた、19世紀以降、寓意によって指し示されるようになったのだ。

近代社会のカトリック教会がイエス・キリストの遺品を聖遺物と名付けたように、近代社会においては、こうした記念品世俗化した聖遺物として位置付けられる。聖遺物は死体に由来する。一方、記念品そのものの由来は、死体そのものにあるのではない。記念品は「死した経験(abgestorbenen Erfahrung)」に由来する。ベンヤミンの婉曲語法的な表現を少しでもわかり易くするためには、ここで「経験(Erfahrung)」と「体験(Erlebnisses)」の区別を補助線として導入するべきであろう。

経験と体験の差異

経験歴史的な時間の連続性を前提としている。それは世代から世代へと伝承されることができる。そうした経験から培われた知識や教養は、常に人間と結び付いている。これに対して体験は、弁証法的な歴史家が想定するような、非歴史的で非連続的な時点の移行を前提としている。体験の認識は過去の由来に基づくのではなく、「認識可能性の今」に基づいている。技術の加速的な発展や知覚メディアによる視覚的に無意識的なショック効果もまた、全て体験として知覚される。こうしたショック体験経験を貧困化させる。逆に言えば、経験は「時代の夢」に対応している。つまり経験とは歴史的な時間が連続するかのような錯覚として知覚されるのである。したがって、ベンヤミンが記念品によって叙述していた「死した経験」が意味するのは、体験に他ならない。体験とは「死した経験」なのである。

ある事物が記念品となり得るのは、それが体験の負担軽減を可能にするからだ。とりわけこの記念品寓意的な蒐集家によって注目されるようになった。実際記念品は、商品蒐集対象に変異する場合の雛型として機能する。

データベースとしての記念品

蒐集においては、所有の記憶が、感覚器官に迫り来る事物の過剰刺激とそれに伴い活性化する記憶の洪水に対応した防波堤として機能している。記念品はまさにこの防波堤の機能的等価物となる。蒐集家は数多の事物を所有しようとする。だがその全ての事物を明快に記憶できる訳ではない。その中でも記念品は、自身が特別視されるだけの歴史的な理由を指し示すことで、自身を強調している。ブランドと同じように、記念品は他の商品との差異を確保することで、知覚され易いように自身を展示している。こうして記念品は、ショック効果の負担から所有者を免除している。だからこそトレーディングカードゲームのプレイヤーは、まず以ってレアカードを追い求めるのであろう。

記念品が可能とする負担軽減は、経験の死の埋め合わせを含意する。ここでいう「死」という概念は、経験の機会を有していた人間の「死」をも含意している。経験が貧困化したままの状態であれば、我々はショックのみを体験し続けることになる。これでは「静止の弁証法」を敢行できない。何故ならこの弁証法は、「夢見る意識」というテーゼを第一に必要とするためである。それ故、たとえ集団の夢の錯覚として知覚されようとも、貧困化した経験の埋め合わせが必要となる。この関連から記念品は、言わば蒐集家が自己疎外に満ちた自分の過去を「死」の財産として記録しておくためのデータベースとして機能する。たとえ非歴史的で非連続的な時点の上で生きていても、このデータベースを利用すれば、蒐集家は所有の記憶想起することが可能になるだろう。

蒐集の魔術

蒐集家は、既存の蒐集対象に関する記憶に準拠した上で、新たな事物を蒐集していく。ただし蒐集家は、蒐集された対象が有していた本来の機能には囚われずに、想像し得る限り類似した蒐集対象同士を関連付けていく。ベンヤミンの言葉で言えば、蒐集によって、事物の「完全性(vollständigkeit)」がその「有用性(nutzen)」に取って代わる。

「それは、新たな構造の歴史的な体系に分類することを通して、すなわち蒐集することを通して、単なる存在という全く以って非合理的な有り様を超克する偉大な試みである」。
Benjamin, Walter. (1928-1929/1934-1940) “Das Passagen-Werk”. In: Gesammelte Schriften Bd.V Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1989, S.271.

この蒐集家の試みは、制度化や標準化に勤しむ専門組織や特定の問題解決にのみ関与する社会的機能システムの意図とは全く逆行している。何しろ近代の専門組織システム機能システムが重視する効率性や有用性など、蒐集家の眼中には無いからだ。この新たな歴史的体系の中で、機能とは無関連に関連付けられた個々の蒐集対象は、その時代、地域、産業や、元の所有者に関するあらゆる知識を蒐集した魔術的な「百科事典(Enzyklopädie)」となる。蒐集家記憶、想像、認識の全てが、その所有物についての百科事典の枠組みとなる。

あらゆる蒐集家蒐集において重要となるのは、蒐集される対象についてのデータだけではない。その事物の以前の所有者、購入価格、本来の相場などといった一見有用とは思えない細部の様々なデータもまた、重要な事柄となる。ベンヤミンも述べているように、蒐集された個々の事物の中では、それぞれの事物に関わる細部の様々なデータを背景に、一つの「世界」が秩序を形成している。このそれぞれの事物に固有の世界が、全く新しい歴史的な体系を織り成しているのである。

所有の錯覚的な秩序

蒐集家触覚的な享受としての所有は、万事上手くいく訳ではない。たとえ触覚的な所有を繰り返す蒐集家がその所有物に秩序を見出しても、実際それはあまりにも慣れ親しんでいるために習慣化されている錯覚的な秩序に過ぎない可能性もあるからだ。とりわけ複製技術知覚メディアを背景とすれば、事物による視覚的に無意識的な過剰刺激は止むことを知らない。撒き散らされた事物の散乱状態が、「百科事典」の秩序を掻き消す程のノイズとなる可能性もある。とはいえ、秩序を破壊されたからといって、蒐集中断される訳ではない。何故なら、まさにその過剰刺激が生み出す事物の散乱した状態こそが、蒐集家を動機付けているためである。だからベンヤミンは、無秩序と秩序の間で弁証法的に緊張している存在として蒐集家を描いているのである。

ベンヤミンが指摘するこの両義的な性質は、蒐集家と「寓意家(Allegoriker)」を関連付けることで判明となる。彼の近代寓意論によれば、蒐集家寓意家は表裏一体の関係にある。蒐集は、錯覚的な秩序に基づくために、不可避的に不完全に終わる。故に蒐集家は究極的に「断片」的な事物の蒐集に終始することになる。ベンヤミンによれば、事物の「断片」しか掴み様がないというこの状態は、まさに寓意家が根本的に前提とする状態に他ならない。寓意家には、調和が形成された世界全体の秩序など眼中に無いのである。蒐集が秩序を形成していく営みであるならば、寓意は持続可能であるかのように魅せる「所与の秩序」の仮象や固定観念を破壊する無秩序な営みである。

寓意家と収集家の<両極>

こうして観ると、寓意家蒐集家は相互に対極的な性質を有していることがわかる。破局を直視する憂鬱気質寓意家には、調和が形成された世界全体の秩序を信頼することができない。繰り返すように、蒐集が秩序を形成していく営みであるならば、寓意は持続可能であるかのように魅せる「所与の秩序」の仮象や固定観念を破壊する無秩序な営みである。寓意家は習慣形成とは無縁の生活を送る。蒐集家触覚的に享受した所有物の「百科事典」に腐心するなら、寓意家は掴み取った「断片」に対する視覚的な享受としての沈潜を反復していく。

もとより事物をその機能的な連関から切り離すという点においては、両者は一致している。つまり寓意家のみならず蒐集家もまた、蒐集した個々の事物の「断片」の中に、一つ一つの世界を描いているのである。ただし寓意家に限っては、切断した個々の「断片」を類似した他の「断片」と関連付けようとはしない。寓意家は、「断片」を「断片」のまま保持する。

「寓意的な意図に影響を受けているものは、生との関連から切り離される。すなわち、それは破壊されると同時に保存されるのである。寓意は瓦礫を着実に保持し続ける」。
Benjamin, Walter. (1928-1929/1934-1940) “Das Passagen-Werk”. In: Gesammelte Schriften Bd.V Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1989, S.414-415.

複製技術知覚メディアを背景にするならば、蒐集家の内に眠る寓意的な関心が呼び覚まされるのは、瞬間的である。すなわち、蒐集家が錯覚している秩序の仮象を破壊する程ノイジーな過剰刺激を受けた瞬間である。散乱した無数の事物の中で唯一掴み取ることができた事物の「断片」にのみ、寓意的な関心が向けられる。寓意家としてのユーザーは、その「断片」に注意を集中していくことになる。

問題解決策:メディアとしての記憶

ベンヤミンは、自身の言語メディアを駆使した批評を実践する上で、記憶を特権的なメディアとして位置付けている。ベンヤミンによれば、記憶過去を探索するための道具ではなく、その舞台である。大地がその中に死滅した都市を埋没させているメディアであるように、記憶体験された事物のメディアである。この場合の記憶メディアである以上、ベンヤミンは、記憶を通じて(durch)過去出来事体験するというよりも、記憶の中で(in)過去出来事体験することに重きを置いている。

自分の埋もれた過去に接近しようとする者は、発掘者の如き姿勢を採らなければならない。その発掘は中々上手くいかない。幾度となく発掘しても、繰り返し同じ事実関係を巡り、何度も堂々巡りになってしまうだろう。とはいえ、真の発掘者は、そうした堂々巡りにも戸惑わずに、何度も土を撒き散らすように、その事実関係を撒き散らしていく。何故なら、我々が過去の事実であると考えているのは、単なる地層に過ぎないからだ。その地表に目印を付けて、計画的に発掘し続ける姿勢も、無論重要であろう。だが暗い地面に用心深く弄るように掘り進めていくこともまた、有益な収穫に結び付いていく。そうした入念な探究没入していくことで初めて、発掘の名に値するものを掘り出せるようになるのである。

自分の中に埋もれた過去記憶発掘する姿勢は、蒐集家の陳列室に並べられている膨大な蒐集物の中から寓意的な断片を発見する姿勢と酷似している。と言うのも、寓意的な蒐集家は、自身が蒐集家として制作した魔術的な百科事典を撒き散らされた事物の散乱状態として再認識するからである。発掘者が地層を何度も撒き散らすのならば、寓意的な蒐集家は配列された事物を悉く切断していくのである。

こうした発掘者の姿勢は、弁証法的な歴史家の姿勢にも結び付いていく。ベンヤミンにとって過去想起は、必ずしも自伝のようなものを描く訳ではない。自伝は物語である。それは時間や過程、生の連続的な持続性から構成されている。しかしむしろベンヤミンが注目したのは、瞬間的で非連続的な記憶想起であった。

過去記憶想起するというのは、体験された出来事体験されたままに物語ることを意味するのではない。意識的に記憶を奮い起こすことは、発掘者としての振る舞いにおいては重要とはなり得ないのである。こう述べた場合に前提とされる記憶想起とは、単に想起の欠如としての忘却への抵抗ではなく、「覚えていることへの抵抗(Gegen-Erinnern)」という逆向きの運動の緊張を孕んだ想起意味する。過去出来事が一旦忘却されて潜在化した後に、過去形象の側から突如として襲い掛かってくるような体験こそが、本来の意味での想起であるとベンヤミンは主張する。

現在の中で圧縮された時間

弁証法的形象との関連で言えば、記憶想起において重要なのは、現象の「現在性(Actuarity)」である。それは忘却された啓示連関の代理表象(Repräsentant)として現実化する。ベンヤミンが現在的なものを歴史における永遠なるものの裏返しとして把握するのは、歴史的なものと神学的なものとを絡み合わせる問題設定においてである。この問題設定では、歴史神学的な基礎概念である現在性永遠性という二つの概念の区別が、人間学的唯物論思考構造化する主導的差異となる。

人間学的唯物論はこの二つの概念の弁証法的な相互浸透に完全に準拠している。永遠性においては、現在の瞬間とその完成との間に一瞬たりとも間を置いてはならない。と言うのも、永遠性が導入された現在のまさにその時点において、あらゆる未来が把握可能でなければならないからである。啓示の現前となるような現象が現在的になることで永遠なるものに固定されることは無い。むしろ歴史における過去現在化が対象とするのは、演出によって如何様にも修正できる活き活きとした形象である。真に現在的なものの中にこそ、永遠のものは瞬間的に歴史の中でその真の相貌を表すのだ。

この現在に相応しいのは、学問としての歴史ではなく、想起形式である。こう述べた場合の想起とは、繰り返すように、想起の欠如としての忘却への抵抗ではない。それは「覚えていることへの抵抗(Gegen-Erinnern)」という逆向きの運動の緊張を孕んだ想起である。想起は、学問が確定させてしまった対象を変形させることができる。だからこそ活き活きとした形象を可能にするのは、想起なのである。

ただしこの想起において問題となるのは、個々人の記憶ではなく、想起することが尺度であるような歴史的な集団的経験である。この関連からベンヤミンの想起概念における宗教的なモデルとなっているのは、サバトの休息という形象である。サバトの祭では、完成という夢の形象が現出している。と言うのもサバトは、救済を先取りした形象であるためである。サバトの祭は、現時点で「既に救済されている」という集団的な感情を呼び起こす。こうして想起は、歴史的なものを現在の時点へと凝縮する。サバトの祭は、想起者が、想起される過去のものの主体それ自体になったかのように演出するのである。その演出の舞台となるのは、体験ではない。真の歴史経験が開示されるのは体験という舞台ではなく、集団が過去想起して現在との類似性に気付くようになる想起の舞台なのだ。

想起される記憶の中の事物は、確かに事実として在り得たはずである。その記憶蒐集して所有し続けることは、確かに不可能ではない。しかしそうした事物は全て断片化されている。その断片が全て揃っている訳でもない。重要なのは、現在過去想起対象から空間的にも時間的にも遠ければ遠いほど、現在に導入される弁証法的形象はより濃密になるということである。それは過去の事物のアウラに憧憬の念が芽生えているためではない。そうではなく、過去の事物の断片が尽く現在に導入されることで、それら無数の形象現在の中で圧縮されていくためなのである。

このように、静止の弁証法には時間が導入されている。この弁証法時間の関連は、既にヘーゲルによって解明されていた。しかしヘーゲルは、弁証法歴史的な思考時間との関連でしか分析していない。ベンヤミンによれば、ヘーゲルの盲点となっているのは、弁証法的形象が現実に存在する唯一の場となる時間微分なのである。現実の時間は、その自然の大きさで弁証法的形象の内部に導入されるのではない。時間は、その圧縮された最小の形態でのみ、現在の中に導入されるのである。

ベンヤミンは「今」という時点の固有性を掲示する歴史的な索引(禁書目録)を現象の現在性として寓意的に蒐集していく。無論「今」出来事を認識した時点では、もはやその出来事過去のものとなる。だが静止の弁証法において重要となるのは、「今」出来事の認識可能性ではなく、「今」の認識可能性である。「今」出来事を認識することが可能か否かが問題なのではない。そうではなく、「今」認識することが可能か否かが問題なのだ。

「今」の認識対象とは、「今」まさに過去となる出来事に他ならない。だからこそ弁証法的形象記憶想起対象として重視されるのである。どの「今」にも固有の認識可能性があるのだとすれば、どの「今」において想起された過去出来事の認識内容も、決して同一とはなり得ない。弁証法的な歴史家は、たとえ同じ過去出来事を反復的に主題化することがあったとしても、時点ごとに異なる形象によって、その出来事を認識していく。ベンヤミンは、時点から時点へと移り変わる度に、次々と<新しい過去>を想起していった。彼にとって過去想起とは、過去の再発見であると同時に、再認識でもあったのである。

機能的等価物の探索:記憶の発掘方法としてのデータマイニング

記憶発掘とデータベースを関連付けて観れば、データの採掘(Mining)が記憶発掘と結び付くことがよくわかる。と言うのも、「データマイニング(Data Mining)」のヒューリスティックで発見探索的な姿勢は、大量データの中に埋もれた過去から有益な収穫を得る営みとなるためである。

アソシエーション・ルール・マイニング(Association Rule Mining)をはじめとしたデータマイニング技術の機能は、確かに埋もれた過去から隠された一定の法則(Rule)を抽出することにある。だがただ単に法則を列挙することがデータマイニングの真価なのではない。実のところデータマイニングは、観察者からすれば自明であるが故に見過ごされていた法則さえも抽出してしまう。例えばECサイトのデータベースに蓄積された購入ログを分析対象データとしたデータマイニングに対してならば、顧客の購買の傾向やパターンから次の商品をレコメンドする上で有用な発見が得られると期待したいところだろう。しかしながらデータマイニングは、そうした法則以外にも、「スマートフォンのユーザーである顧客の大多数はスマートフォン版のWebページの商品画面から商品を購入する」などといったお世辞でも意外性の無い法則すら抽出する。それ故にデータマイニング技術は、そうした大量データの中から大量の法則を抽出するだけではなく、大量の法則の中から機能する有用な法則を抽出することも考慮して設計されるようになった。アソシエーション・ルール・マイニングは、このための代表的なデータマイニング技術となっている。

機能的等価物の探索:理念の叙述方法としてのデータビジュアライゼーション

データビジュアライゼーション(Data Visualization)は、理念叙述可能性に対するメディアとしての言語機能的等価物として観察できる。言わば理念と諸現象の関連が、真の分布(distribution)とデータ点(data point)の関連として把握され得るのである。

実際、統計的機械学習(statistical machine learning)問題の枠組みでは、観測したそれぞれのデータ点の出現確率に関する未知の生成モデル(generative model)を入力された観測データ点の集合から推定する。未知の生成モデルからその確率分布に準じて観測するデータ点が生成されているという発想は、ベイズ統計学においてもお馴染みの考え方だ。

観測者は当初、生成モデル形式を知らない。故にまずはパラメタθを前提とした学習モデル(learning model)となるP(X|θ)を仮定するところから分析が始まる。そして、観測したデータ点は$$X=x_1,x_2,…,x_n$$となり、パラメタθに依存した学習モデルを調節することで生成モデルを再現していく。最終的に学習モデル生成モデルの近似として形式化される。

この点、生成モデルはまさにベイズ統計学でも言及される「事前分布(prior distribution)」に他ならない。推定される生成モデルの近似としての学習モデルは「事後分布(posterior distribution)」に対応する。最大事後確率(Maximum a posteriori; MAP)推定を単に採用するだけでも、生成モデルベイズ的に推定することが可能になる。

このベイズ的な推定は、学習モデルによって未知の真の分布に該当する生成モデル情報を復元することを意味する。学習モデルに入力されている個々のデータ点は、観測した諸現象やその諸要素に他ならない。諸現象やその諸要素の配列が予め理念によって規定されているのと同じように、各データ点は未知の真の分布によって予め規定されている。分布が「星座」であるなら、データ点は「」なのだ。端的に言い切ってしまえば、ベイズ推定理念叙述を可能にする。無論、全ての観測者によるベイズ推定理念叙述と同値になる訳ではない。ベンヤミンが述べているように、極限の形式に関連した生成モデルベイズ推定こそが、理念叙述足り得るのである。

こうして理念叙述統計的機械学習ベイズ統計学に関連付けることの利点は、散布図やグラフをはじめとしたデータの視覚化(Data Visualization)が、宛ら恒図(Star chart)の中で星座を描写するかのように、理念叙述を可能にすることにある。しかもそうした理念的な全体像(Big Picture)をデータとして視覚化するのならば、その処理は機能的に拡張可能であると共に、アルゴリズム的に自動化することが可能になる。すると、TableauのようなBIツール(Business Intelligence Tools)やPythonのMatplotlibのようなグラフ作画ライブラリを利用するユーザーは、より多くの様々な理念叙述を加速化させる機会を手にすることになる。

グラフィック領域のダイアグラムとしての形象文字

ベンヤミンの洞察をデータビジュアライゼーションに結び付ける発想は、全く突飛ではない。このことは先述した彼の文字像(Schriftbild)に関する洞察からも明らかであろう。

グーテンベルグ銀河系の活字出版技術によって、文字は長らく、出版された書物の中で安住することができていた。だが広告が登場したことで、文字はや路上に引っ張り出されている。それは商品経済の混沌による残酷な制御に、文字が屈服したことを意味する。かつては垂直に立つ碑文に文字が埋め込まれていたのだから、グーテンベルグ銀河系の時代は、文字が横たわっていた期間であったということになる。それが複製技術によって、もう一度起き上がることになったのである。新聞は、机の上に水平に置いて読まれるよりも、垂直に立てた状態で読まれる。映画広告は、文字を完全に独裁的な垂直状態へと強いる。

したがって、文字は言わば、二次元平面から三次元空間へと引き摺り出されたことになる。そしてここで見落としてはならないのが、文字のこの三次元空間への解放が、複製技術によって可能になっているという点である。文字形象(Schriftbild)もまた大量生産の対象になったのだ。その典型的な一例となるのが、フォント(Font)である。複製技術としてのコンピュータが文字を垂直化させられるというのは、目の前のディスプレイを観れば明らかであろう。

この関連からベンヤミンは、文字が、「形象文字(Bilderschrift)」の構成が実践される「グラフィック領域(das graphische Bereich)」に進出すると予測していた。文字はこの分野において、量が質に転化する瞬間を迎えることで、己に相応しい内実を得るという。その時、これまで文字に精通した人格として観察されてきた詩人(Poeten)が、新しい役割を担うことになる。

「その時詩人とは、まず原始時代と同様に、何よりも文字に精通した人物であるということになるであろうが、そうした詩人たちが形象文字の制作活動に参画できるのは、ひとえに、詩人たちが(自分自身を大袈裟に語ることなく)、この形象文字の構成が実践される諸領域を開拓する場合である。ここでいう諸領域とは、統計と技術におけるダイアグラム(Diagramms)の領域である。」
Benjamin, Walter. (1928) “Einbahnstraße”. In: Gesammelte Schriften Bd.IV/1, Frankfurt am Main : Suhrkamp. 1972, S.83-148., 引用はS. 104より。

テキストマイニングや自然言語処理の分析結果を視覚化して観れば、このベンヤミンの構想は、現在では既に実現していることが容易に理解できる。例えば「ワードクラウド(Word Cloud)」は、文書内の文字の出現頻度に応じて文字の大きさや配色を切り分けることにより、その文書内でどのような文字がどの程度に利用されているのかを可視化する単純明快な技術である。ブログのタグクラウドのように、この技術は特定のWebページでどのような概念が参照されているのかという要約情報を提供する。言い換えればワードクラウドは、特定文書の印象形態化する形象文字の一種なのだ。こうしたデータビジュアライゼーションの技術を習得することは、時代に即した修辞法を確立することよりも重要となる。複製技術時代以降も尚詩人でありたいと思う者は、まず統計と技術のダイアグラム理論を学んだ方が良いだろう。

機能的等価物の探索:メディア美学

しかし上述したデータの視覚化を、文字通りの意味において視覚刺激に留めてはならない。データビジュアライゼーション機能はデータを知覚可能にすることである。それ故にデータビジュアライゼーションは、単なる可視化の一点張りでは成立せず、人間の感覚器官に照準を定めなければならない。

「『視覚化(visualization)』という単語は実際には狭過ぎるということに注意した方が良い。発音し難いが、『知覚化(Perceptualization)』の方が恐らくは相応しい。音と手触りは、視覚的な外観と同様に、データを表現する上で適切に使用されるであろう。」
Erickson, T. (1986). Artificial realities as data visualization environments: Problems and prospects. Virtual Reality-Applications and explorations, 3-22., 引用はp.8より。

再び複製技術時代に対するベンヤミンの洞察に準拠した上で言い直すなら、データは触覚的に享受可能なショック効果として呈示されなければならない。批評、注釈、引用翻訳を主眼とする前期ベンヤミンの言語メディア理論は、有名なアフォリズム集である『一方通行路』を経て、後期ベンヤミンの知覚メディア理論へと接続されていく。これは別段不自然なことではない。と言うのも、彼の文学活動は文学の枠の中で実践されていた訳ではなかったからだ。文学が効果を発揮するのは、もはや学会や論文の中ではない。彼はむしろ社会的な生活の中で文学を実践していた。社会に影響を与えられるのは、壮大な普遍性を誇示する小難しい書物ではなく、広告、パンフレット、雑誌、ポスターなどに記述されている機敏な言語なのである。

歩く批評家であったベンヤミンは、街路を辿りながら、街の行く先で起こる数々の出来事から常にショック体験し続けた。広告、パンフレット、雑誌、ポスターのみならず、看板や商品や建築や風景からも、彼はショックを受け続けた。彼が想定する真の著作家は、自身の内部に無数の警報器を備えている。記述するというのは、体験したショックに対して警報器を鳴らすことに他ならない。著作家は、驚きながら書き続ける。

ベンヤミンが<思考すること>と<記述すること>を区別しなかったのは、このためである。記述するというのは、単に思考した結果を出力することなのではない。記述には、思考の鍛錬が伴う。つまり視覚的に無意識的なショック体験触覚的に享受しながら、著作家は書き続けるのである。もとより『パサージュ論』は、ベンヤミンのこの歩く批評家としての姿勢によって記述された代物であった。

歩く批評家が立ち止まるのは、静止の弁証法を敢行する時である。認識が可能となる「今」において、批評家は弁証法的形象没入する。この形象歴史的な索引(禁書目録)は、もとより学問的な歴史として経験されるのではない。それは想起形式として経験されるのである。想起の対象となるのは、忘却された記憶だ。その記憶が指し示すのは、過去を未完の出来事として捉え直すことで再発見できる<新しい過去>なのである。

複製技術時代以降の近代社会では、言語が活字メディアから解き放たれることになる。それ故ベンヤミンは、もはや学術論文雑誌や専門誌をはじめとした諸々の活字メディアを主導的なメディアとしては認めない。彼はあくまで知覚メディアの学を徹底した。ここでいう知覚という用語は、繰り返すように、「美学(aesthetics)」の語源となるギリシア語の「アイステーシス(aisthesis)」に由来する。つまり彼の学は、「メディア美学(Media Aesthetics: Medienasthetik)」なのである。

活字メディアグーテンベルグ銀河系が終焉の時を迎えて尚、メディア美学は新しい学問であり続けた。ベンヤミンのメディア美学における参照問題となったのは映画である。だがその出発点となったのは形象に関わる複製技術に他ならない。彼はそこから広告、パンフレット、雑誌、ポスターなど、様々な知覚メディアによって記述された機敏な言語観察し続けたのだ。彼が生きた時代には、既に近代社会の大都市がポスターの世界に凝縮されたデータの洪水を放っていた。看板や広告によって展示された個々の文字列は、視覚的に無意識的なショック効果を呈示してきた。

この段階で既に、本という活字メディアが徐々に文化の中心から後退していった。長らく言語の居場所を独占していた活字メディアは、知覚メディアに席を譲ったのである。そして機敏な言語日、既に数多のハイパーテクストで記述されることにより、ワールド・ワイド・ウェブ上でビッグデータ化している。自然言語は遂に人間のためだけの言語ではなくなった。これらのビッグデータは、もはや人文主義者たちはおろか、データサイエンティストをはじめとした人間のためだけの読み物ですらなく、人工知能観察し得るメトリクス化可能な自然言語処理の対象として形式化されている。ビッグデータの時代を迎えて久しい現代社会においては、人工知能と接続可能なコンピュータ技術の知覚メディアこそが、メディア美学の参照問題となる。

プロトタイプの開発:カードボックスのタグ機能

「時間」感覚の等価機能主義的な社会システム理論』で取り上げたように、私はニクラス・ルーマンが採用していた「カードボックス」の機能的等価物実装している。このルーマンの「カードボックス」的な記述形式は、ベンヤミンが機敏な言語叙述した『パサージュ論』に相通ずる点がある。『パサージュ論』は未完に終わった大作であると言われている。それは多くの覚書と引用から構成された断片的な書物だ。通常の書物と同じように、それぞれの記述は項目ごとに分類されてはいる。だが、あくまで草稿に過ぎないというのが、『パサージュ論』を批評する者たちによる専らの評定だ。

パサージュの記述

もう少しだけ『パサージュ論』の歴史を遡及しておこう。戦中、ナチスに追われるようになったことで原稿の紛失を恐れたベンヤミンは、その原稿をパリ市内の国立図書館に隠したと言われている。この時、秘匿の協力者となったのは、宗教学者ジョルジュ・バタイユであった。当時のバタイユは国立図書館の司書を務めていたのである。この『パサージュ論』が出版されたのは終戦後であった。だがその全てが出版された訳ではない。中には未だ発見されていない現行の断片もあると主張する者たちもいる。

個々の断片的な記述は19世紀から20世紀におけるパリの街並みの変容とその歴史主題としている。その大多数はこの頃のパリに発現したパサージュの分析に宛がわれていた。ベンヤミンは、人間の欲望、夢、理想郷をパサージュから読み取ろうとした。それと同時に彼は、市民社会破局に対する歴史哲学的な眼差しから、別のあり方でもあり得る歴史を考察していった。

パサージュは大量生産体制を包摂している。パサージュの内部を歩き回る者たちは無数の商品による過剰な刺激を受け続ける。個々の事物を冷静に視認する余裕は無い。消費者たちからすれば、商品の発見はショック体験となる。パサージュに象徴される大量生産時代を批評しようとする者は、このショックに対処することの必要性を弁えておかなければならない。だからこそベンヤミンは、真の批評家ならば、自分の身体の内部に無数の警報器を備えていると喝破してたのである。

ハイパーテクストとしての『パサージュ論』

だがベンヤミンの『パサージュ論』は、この批評様式に加えてもう一つの細工が施されている。諸々の断片的な記述の最後には、「[G 8 a, 2]」などのように、頁数とは別個に記号が割り振られている。そして他の覚書や引用との関連性が高い記述の最後には、この記号に加えて、特定のキーワードも追記されている。現代のハイパーテクストに関連付けるのならば、こうした記号は宛ら「タグ(Tag)」のように機能している。後からこの断片的な記述の集積を読もうとする者たちは、このタグを頼りとして、個々の断片的な記述の中から関連する記述を発見することが可能になる。

ルーマンの「カードボックス」は、ハイパーテクスト機能的等価物であると共に、『パサージュ論』のタグ機能をも併せ持っている。カードボックスの「索引」が、『パサージュ論』におけるタグと機能的に等価なのである。もとより、ブログやソーシャルメディア、そしてクラウドサービスが普及したことによって、直ぐに手の届くマネージドサービスの中からも、機能的に等価ツールが散見されるようになった。先述した『パサージュ論』の「タグ」のような機能はブログのタグクラウドやTwitterのハッシュタグなどによって代替可能だ。

そこで私は、こうしたサービスを参考にすることで、『Cardbox』に「タグ」機能実装している。これらのタグデータと各カードのテクストデータは、リレーショナルデータベースに保存される。このデータベースを参照することによって、各タグと各カードに潜在化している様々な関連を抽出することが可能になっている。

タグのオートコンプリート機能

カードボックスのタグ機能には、もう一つの細工を施している。ユーザーがカードボックスの入力フォームにテキストを入力し始めると、カードボックスは、その入力途中のテキストの「断片」に応じた入力内容の候補を提示する。これは、いわゆる「オートコンプリート(Auto Complete)」の機能である。

このカードボックスの場合は、過去に生成したタグの文言が、オートコンプリートとして補完される。カードボックスは、ユーザーの入力途中のテキストの「断片」を照合して、過去類似したカードが生成されていないか否かを検証する。そして類似性の高いカードが生成されていた場合に、そのカードを包含しているタグを抽出する。そしてオートコンプリートのインターフェイス上に、そのタグのテキストを提示する。

オートコンプリート機能特徴は、ユーザーによる入力とシステムによる出力が同時的に実行される点にある。このインタラクティブな情報共有は、メディア美学的に言えば、身体と技術の双方向的な共生の一例である。言い換えればこれは、キーボードを叩く指による模倣的神経刺激複製技術に伝播している事象の一例であると言えよう。このタイピングに応じた入力補完が、瞬間的に呈示される視覚的に無意識的なショック効果として機能する。これによりカードボックスのオートコンプリート機能は、し方生成しようとしているカードと過去のカードとの間に潜む「知覚できない事物間の類似性」を顕在化させる。ユーザーは、このカードボックスによって呈示される刺激を触覚的に享受することによって、入力内容と入力補完内容の「断片」的で非連続な関連を学習できるようになる。

問題再設定:無限小の万物復興、あるいは「全体」を凌駕する「部分」

我々は情報処理やデータ分析における「速度(Schnelligkeit)」の問題に敏感にならなければならない。事実ベンヤミンも、『一方通行路』の「プラネタリウムへ」において、「速度経験(Erfahrung von Geschwindigkeiten)」を記憶に留めておくことの重要性を語っている。彼がこの速度問題を取り上げたのは、技術による集団の身体が形成されていく過程で癲癇にも似た陶酔状態が可能になるという驚くべき結論に至る直前の文脈であった。技術によって可能となる速度の力により、や人類は、「時間の内部への予測不可能な旅(unabsehbaren Fahrten ins Innere der Zeit)」に向かう準備を整えた。人間学的唯物論に依拠する知覚メディア設計者たちが取り組む設計は、この時間の旅人たちの旅先を方向付けることになるだろう。

とりわけカメラのような知覚メディアは、記憶の中に埋もれている潜在的で断片的な細部を視覚的な無意識として暴露する。クローズアップにおいては空間が、高速度撮影においては運動が、それぞれ顕在化の対象となる。そして拡大撮影の機能は、単にそれまで不明確にならば視えていた事物を単に明確化することにあるのではない。むしろその機能は、事物の全く新たな潜在的構造を顕在化させることにある。高速度撮影は運動の既知の諸要素を抽出するのではなく、この既知の諸要素の中に未知の諸要素を発見することをその機能として有している。

ベンヤミンによれば、この未知の諸要素は、奇妙に滑るような、漂うような、この世のものとも言えぬ運動といった、シュールレアリスム的な印象を与える。写真撮影は、既存の、つまり既に存在していた対象事物をその通りにフィルムに収めることを意味するのではない。そうではなく、それはその都度全く新たな事物の細部を発見する営みなのである。

それ故にこそ、カメラに語り掛ける自然は、眼に語り掛けるそれとは異なる。双方の自然は、とりわけ人間によって意識に織り込まれた空間の代わりに、無意識的なものが織り込まれた空間が登場するという点において区別される。写真に写されているのは、人間の眼には映らなかった細部の盲点である。カメラは、意識的な顕在記憶としては定着しなかった出来事忘却されたままになることを食い止める。この意味でカメラという知覚メディアは、記憶というメディア機能的等価物なのだ。

ベンヤミンにおける過去想起は、言語メディア知覚メディア、そして記憶メディアの中で実践される。それは、「断片」の中に「断片」を、細部の中に細部を、次々と没入していく体験形式である。その断片化の極限にあるのは、非連続な「無限小(Infinitesimal)」であろう。それは「全体」を凌駕する「部分」に他ならない。

「一度思い出(Erinnerung)の扇を開き始めた者は、次々に新しい節々を、新しい骨を見出す。どの形象も、その者を満足させはしない。何故なら、その者はその形象が更に自らを展開(entfalten)させることを見抜いているからである。幾つもの襞(Falten)の中にこそ本質(das Eigentliche)がある。つまり、そのためにこそ、我々がこうした全体を分割すると共に展開されてきたあの形象、あの味覚、あの触覚があるのだ。そして今や想起(Erinnerung)は、小さなものから最小なものへ、最小なものから極小のものへと進み、こうした微小な小宇宙における想起は、一層凄まじい力に直面することになる。」
Benjamin, Walter. (1932) “Berliner Chronik”. In: Gesammelte Schriften Bd. VI, Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1972, S.465-519. 引用は、S.467-468.より。

複製技術知覚メディアを前提とした人間学的唯物論の観点から言えば、この微小な小宇宙における想起が、100%の「形象空間」を、すなわち「全方位的で積分された現実の世界(des Welt allseitiger und integraler Aktualität)」を顕現させる。この空間は、知覚メディアの中で形式化しているが故に、集団が器官を接続させる「身体空間」となる。

歴史哲学的に言い換えれば、この非連続な無限小想起は、根源現象想起に他ならない。それはこの「今」において、星座のように配置されたモナドとしての理念形態によって認識可能になる。まさにモナド論の創始者ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツも述べていたように、極小化された微細知覚対象としての事物の断片は、個と宇宙の結び付きを指し示す。それは我々が意識的に知覚し得ないという意味で、無意識として潜在化している諸要素である。個は、自身が認識している以上に、宇宙と結び付いているのである。ベンヤミンから観れば、この個と宇宙との関連は、太古の形象として忘却されてしまっている。この無意識として潜在化している宇宙との関連性を想起することこそが、彼の歴史哲学、より正確に言えば、歴史神学問題設定なのである。

ベンヤミン流のメシア主義における過去の全体の歴史的な万物復興は、まさにこの無限小区別の最果てにある。それは根源的な創始状態の復元を言い表す宥和の教義である。この微小なる無限区別は、否定的なものと肯定的なものの区別として再帰的に導入される。そして、否定的なものとして排除されている全てのものに対して、再び肯定と否定の二分法を適用させていく。まさにありとあらゆる全ての現象が救済されるまで、この二分法を再帰的に反復していくことこそが、「歴史的な索引(禁書目録)」を弁証法的形象として引用するベンヤミンの批評様式であると共に、記憶想起のコペルニクス的転回を物語っているのである。

参考資料と参考文献

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