「記憶」想起の人間学的唯物論的なメディア美学

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問題設定:美的仮象は如何にして可能になっているのか

古くから芸術家たちは、人間と事物(Ding)のインターフェイスとして機能する知覚メディア(medium)を制作してきた。その設計は「空間(Raum)」を巧みに区別することによって成り立っていた。

空間意味論(Semantik)は、もともと閉鎖的な概念として受け継がれていた。例えば紀元前2世紀ごろからエジプト文明で制作された石造は、抽象的で幾何学的な図形の中に、人間身体を鮮明に表現している。こうした古代の石造を観れば、人間という存在空間的な秩序の中で生きているということに、古代人が気付いていたことがわかる。しかし石造の図柄は、明確な輪郭によって、周囲から厳密に区別されている。古代人の石像を通じた世界観は、閉鎖的で内向的に静止していたのである。

空間意味論に開放性が追加されるのは、これより約1500年ほど後のことである。ギリシアの視覚芸術から生み出された彫刻は、エジプトの作品とは対照的に、周囲への能動的な拡がりを示している。建築についても同じである。例えばエジプトの記念碑が固形の充満した素材空間設計しているのに対して、ギリシアの建築は風通しの良い空間を演出している。彼らギリシア人たちは、幾何学、数学、天文学、そして哲学を通じて、空間に纏わる超自然の価値や迷信に惑わされない空間概念を構成していた。彼らにとって空間とは、論理的で客観的な性質を有している。ギリシアにおける美の概念は、調和と秩序と深い結び付きを持っていた。

歴史の移り変わりと共に、空間意味論変異していく。ルネサンス以前の意味論においては、事物が空間に先行していた。つまり空間とは、まずある「中心」となる事物の「周辺」の背景として認識されていたのである。だがこれに対して、ルネサンス以後になると、まず初めに一定の空間が設定されることになり、そこから質感を持った事物がその空間の内部に配置されるようになったのである。

この空間の内部に位置する事物という視点は、三次元空間知覚を促す遠近法の様式を前提にしている。ルネサンスの芸術家たちが明らかにしたように、事物の大きさは、距離と共に徐々に小さくなる。そして鑑賞者の視点から観た場合、遠ざかる平行線は一点に収束するように見える。これら二つの法則を実用化することによって、芸術における遠近法という様式が形式化されたのである。この様式は、レオナルド・ダ・ヴィンチやアルブレヒト・デューラーらによって受け継がれていった。二次元平面上に想像上の三次元空間を描写することが可能になったことで、無限に拡がり行く空間という形象さえ演出することが可能になった。視覚芸術は大きな進化を成し遂げた。

ルネサンスという時代は、人間空間知覚能力が美学的に調査され始めた時代でもある。それと同時にこの視覚芸術進化は、人々の空間知覚形式変異をもたらした。こうした視覚芸術空間の視覚を形式化させる新たな知覚メディアとして機能するようになったためである。この知覚メディアにおいては、もはや空間は超自然的な概念ではない。それは数学や幾何学で測定することができる法則に基づく概念となった。

奥行きのある想像上の三次元空間という意味論は、美が位置する空間に多様性を付加した。この場合に着目すべきなのは、美とそれを目指す芸術家や鑑賞者たちの三次元的な距離感だ。この距離感が、対象(Gegenstand)を概念(Begriff)として制作することや鑑賞することを可能にする。対象とは、字義的に言えば「対抗して(gegen)」「立つ(stehen)」ことから成り立っている。対象と距離を設けて初めて、我々は対象について俯瞰的に観察できるようになる。そして、そうした俯瞰的な観察は、対象についての抽象的な分析も可能にする。

かくして、美を美そのものとは空間的な距離を取った上で認識できるようになったことで、美の意味論は抽象性を獲得した。歴史的に観て、イマニュエル・カントの『判断力批判』から出発したフリードリッヒ・フォン・シラーが、美や芸術人間の道徳性を高めるという抽象的な視点から美的な人間形成を論じ始めたのも、この美の抽象的な意味論の一種であると言える。

シラーの美学において特筆すべきなのは、「感性衝動」と「形式衝動」の区別である。この区別は、カントの「感性界」と「道徳界」の区別に対応している。感性衝動は、個々人の欲望や願望を満たそうとする衝動である。一方の形式衝動は、普遍的な規則に従おうとする人間の衝動である。人間が道徳的になることができるのは、形式衝動に突き動かされるためである。したがって単純に考えれば、道徳教育において重要となるのは、形式衝動で如何にして感性衝動を抑制するのかである。しかしシラーはそうした単純な見解を排除した。何故なら形式衝動で感性衝動を抑圧すれば、感性と理性、欲望と義務とに人間が引き裂かれてしまうからだ。

そこで、形式衝動と感性衝動を調停する空間が必要となる。シラーによれば、その役割を担うのが「美」なのである。美が求めるのは、欲望や願望の発散でもなければ、道徳的な規範の形式に追従することでもない。美が求めるのは、むしろ「生きた形態」である。例えば音楽から美を感じる場合、その音楽を成立させているのは、音楽形式として秩序付けるリズムである。しかしながら音楽に耳を傾ける時、そこに伴うのは感性だ。このことから美は、形式的な秩序と感性的な満足の併存した関係を人間に覚えさせる役割を担っていることになる。

シラーは、この感性的な状態から形式的な状態へと向かう途上の美的な状態を「遊戯衝動」と名付けている。遊戯とは、人間が日常生活を離れて強制されないままに愉しむ状態を意味する。とはいえ、遊戯に全くルールが無いわけではない。それはゲームの設定の如く所与のものではないが、ノイズから秩序が生まれるかの如く、徐々に形を帯びてくる。シラーによれば、それこそが「生きた形態」となるという。

人間遊戯的な状態の時点でのみ人間的になることができると言う。そうした状態を成立させるためには、純粋に仮象(Schein)を成し得なければならない。と言うのも、この状態は理想的な心理状態を意味するからだ。だが実体無き仮象は、学問の真理や道徳の正義矛盾する。真理や正義を美の空間から排除して初めて、仮象仮象となる。仮象仮象となって初めて、美の空間へと向かう可能性が開かれるのだ。シラーはそれ故に、この仮象芸術に固有な目的と考えた。真理や正義に頼るようでは、遊戯衝動を満足させることはできないという。

しかし、真理や正義に頼らない美的仮象がこの現実世界で如何にして可能になるのかについては、注意深く確認しておかなければならないだろう。

問題解決策:美しく、驚異的なディオニュソス的世界観

アルトゥル・ショーペンハウアーは、シラー同様にカントの思想を継承しながらも、道徳性を排除するという試みに躍り出た。ショーペンハウアーから観れば、因果律に従う科学は、「表象としての世界」を把握するだけであって、物自体の世界となる「意志としての世界」を把握することができない。ここでいう意志とは盲目的で力強い衝動を意味する。そこに合理性目的は無い。むしろそれは本能的で無意識的な欲求に近い。意志としての世界には、理性的な秩序や調和は存在しないのである。「生」への意志は満足というものを知らない。それは常に何かを希求している。だからこそ世界は苦痛に満ちている。

カントが論じた現象世界は、ショーペンハウアーからすれば、存在論的な水準で論じられる夢に過ぎない。我々は目覚めない限り、空想と実在を区別するための経験的な基準を手放さなければならない。世界は私の表象である。それはマーヤの偽りのヴェールに覆われている。それは全て儚く、実体を持たない仮象だ。それを視覚的な幻想と夢に喩えても不自然ではない。存在しているとも、存在していないとも言い切れない。そうした矛盾を兼ね備えたヴェールに、我々の意識は包み込まれている。この仮象の牢獄に閉じ込められたことを悟ったショーペンハウアーにとって、実在とは偶発的に現象の形態に惑わされた者の驚きの中にこそある。

この世界観に基づくショーペンハウアーの厭世主義的な恐怖を強さに換えようとしたのが、フリードリッヒ・ニーチェであった。悲劇(Tragödie)を再評価した前期ニーチェは、道徳からの脱却を前提とした「生」の解釈に挑戦していた。『悲劇の誕生』はギリシア悲劇を抜本的に再記述したことで生まれた著作である。ギリシア悲劇は単なる形而上学的な理念の塊などではない。それは「ディオニュソス的な(dionysischen)」破壊と創造の力を前提とした現実世界なのである。ギリシア文化が勝ち残ったのは、このディオニュソス的な芸術を媒体として構成される「アポロ的な(apollinischen)」芸術を創り上げることに成功したためだ。一方、ギリシアの退行は、理性化したアポロディオニュソスの離別から始まる。真理や道徳は、この延長線上に造り上げられた。これらは「生」の裁きと規制を目論んでいる。ニーチェによれば、こうしてディオニュソス的なものとの離別を前提とした「生」は、袋小路に立たされるという。

アポロとディオニュソスの差異

念を押して言えば、アポロはしばしば太陽と見なされてきただ。アポロはまた、医術や音楽であり、美術、詩、数学、そして予言の守護でもある。一方ディオニュソスは、酒と陶酔と狂宴を司るだ。ギリシア人は、元来生理的な現象であるはずのこの陶酔作用を生存と世界を巡る悲観的なに読み替えたのである。ニーチェはこの関連から、ディオニュソス的な野蛮人とディオニュソス的なギリシア人とを区別している。前者は、生存と現実世界の悲劇に対する嫌感を解消するための、言わば現実逃避として麻薬や酒の陶酔作用を借りる者たちを意味する。これによりアポロ的な秩序を破壊しようとしていたからこそ、彼らは野蛮人なのである。一方の後者は、アポロ的な秩序による本能的な健康や正常な自己意識を獲得しているギリシア人を意味する。

ニーチェが芸術の発展や生を謳歌する人間を評価する際に引き合いに出したのが、このアポロディオニュソス区別なのである。少なからずニーチェが芸術を評価する上では、アポロは、ギリシアの彫刻と視覚芸術における秩序や均衡の「形式」を意味していた。言わば整合性を強調するものに、アポロは宿る。「形式」であるということは、それは区別を前提にしている。それ故にアポロは、周囲の物質から距離を取ることで顕現するのである。

一方ディオニュソスは、混沌とエクスタシーに則って、秩序や調和の形式の破壊を促す。つまり周囲の物質から距離を取るアポロ的な個体化を破壊することで、我々を周囲の自然結合させようと誘うのである。このことが意味するのは、自己自身と外部環境差異が破綻するということだ。故にディオニュソス的状態にある自己は、自己自身を認識することができない。つまりディオニュソス的なものは、忘我を促す陶酔作用に美を見出しているのである。

ディオニュソス的な状態が突き付けてくるのは、生存がそれ自体として混沌に満ちているということだ。ディオニュソス的なものは、人間存在が無意味であるという反人間中心主義的な形象すら指示してくる。実際ディオニュソス的な状態にある者は、あらゆる象徴化された力を全面的に破壊する。この状態もまた一つの伝達形式となる。すなわち単なる発話としてのメッセージではなく、その場で興奮を共有している者に対する伝達を可能にしているのである。それ故に美的コミュニケーションは、記号による刺激が興奮を循環的に反復させることと同義となる。このコミュニケーションが成立するのは、身体が脈動を感じる時だ。ニーチェからすれば、興奮こそが伝達であり、暗示こそが理解であった。だからこそニーチェは、音楽的な陶酔作用のように、ディオニュソス的な芸術には映像や概念が無いと述べているのである。

神々の共演としての美的コミュニケーション

ディオニュソス的状態にある者たちからすれば、コミュニケーションはもはや情報交換でもなければ意思疎通でもない。ましてや合意形成を目指すものでもない。それは心的で動態的な接続なのである。美的状態にある主体は、ヒステリーのように、形象的な暗示に敏感となる。それは情動への迅速な反応を可能にする。したがってディオニュソスとは、神経システムが全体的に興奮した状態に命名されたなのである。ディオニュソス的状態とは、無数に遍在する形象の記号が意識システムに襲来している状態に他ならない。一方、これに対して、アポロ的な芸術は、「夢」という美的仮象から始まる。何故なら夢は、直接的に「形式」の把握を可能にするためである。美的に秩序付けられた調和は、アポロ芸術の前提となる。そもそも調和や秩序が形式化されない限り、我々は世界を認識することができない。

初期ニーチェは、このアポロ的な芸術比較的肯定的に評価していた。尤も、アポロ的なものを否定すれば、我々は一切の認識を持つことができないのだから、これを否定するのは野暮というものだ。しかしながらアポロ的なものは、ディオニュソス的なものによる破壊に肖る必要がある。アポロ的なものは形式の創造を前提とする。だが創造の前提となるのは、創造と破壊の区別である。破壊なき創造は無い。両者は図と地の関係だ。この関連からディオニュソス的なものは、「自然」を指し示すことによって、この反転関係を教えてくれる。自然はもとより、破壊と創造の両者を内包しているためだ。逆に言えば、アポロ的なものがディオニュソス的なものを度外視してしまえば、創造に伴う破壊を等閑視することになる。創造の前提条件を等閑視していては、いずれその創造は破綻するであろう。故にアポロ的なものは、ディオニュソス的なものと結託せざるを得ない。

もとより創造の側と破壊の側のこの関係は、対立的でもあった。ニーチェによれば、このアポロ的なものとディオニュソス的なものの対立は、二つの帰結を生み出したという。それは、ギリシアの宗教の発展と、々の創出である。ディオニュソス的なものの破壊が都市部にまで及び出すと、ギリシアの市民的な秩序が宗教秘儀的に危ぶまれることになる。これに対してギリシア人たちは、新たな美的な形式構成することで、これに応じたのである。それはディオニュソス的なものを制御する形式である。これにより、ギリシア宗教は「通過儀礼」を中心として改変されたのだ。

自己意識自我アポロ的に確立していたギリシア人たちがディオニュソス的なものによる危機に対応するために創出したのは、「オリンポス(Olympier)」の々である。我々は、アポロ的な文化という芸術的な建築から一つ一つの石を取り除いていくことで、初めてオリンポス々の姿を発見できるのである。オリンポス芸術的な<中間世界>、すなわち<境界>に位置する。この位置からオリンポスは、衝動の止まないディオニュソス的な芸術を個別化された形象へと具象化することで、その衝動を封じ込めることを可能にする。しかしながらディオニュソス的なものは、人間人間的な価値を考案するために創造したあらゆる文化的な形式を破壊する。アポロ的なものの負担免除として機能し得るこのディオニュソス的なものは、逆にアポロ的なものに負担を強いる可能性がある。これを抑止するためには、アポロ的なものがディオニュソス的なものを抑圧することで、形式的な調和や秩序を構成しておかなければならない。と言うのもアポロ的な芸術には、人間のより野蛮な衝動的破壊が行き過ぎてしまわないように、限度となる<境界>を構成しているためだ。これによりアポロ的なものは、ディオニュソス的なものと相互に負担を軽減し合う関係になるのである。

歴史の始まりはもとより、原始的に実存していた状況、自然の不透明性の恐怖に象徴されていた。こうした不確定な過剰刺激による負担を軽減するための装置こそが文化であった。とりわけその不確定性から生み出される恐怖の負担を軽減していたのは、美的仮象の魔術だけであった。この美的仮象を生み出していたのは、まだ宗教機能的に分化していない頃の芸術である。ニーチェが芸術を<かつての形而上学>として把握していたのは、このためである。アポロ的な芸術が呈示する秩序や調和は、謳歌されている生の係留に影響するところ多大であった。しかしながらアポロ的な芸術家たちが悲劇を物語る喜びに浸るには、ディオニュソス的な破壊が必要となる。何故なら、アポロ的な芸術が秩序や調和を形式化するだけでは、歴史の始まりに由来する恐怖の記憶が平和惚けの如く、忘却されてしまうためだ。だからディオニュソス的な破壊は、文化が設けた安定した生活世界を生きる我々に、恐怖を想起させてくれるのである。

しかし、ディオニュソス的な芸術があればアポロ的な芸術が成功するという訳ではない。そう考えるだけでは、ニーチェが双方のの共演を称えた理由を履き違えてしまう。そもそもディオニュソス的な状態だけでは、忘我状態が続くことになる。それでは自己自身と外部環境区別自己言及と外部言及の区別が不可能になる。仮にディオニュソス的に破壊を追求するにしても、破壊者は、<破壊という概念それ自体>をも破壊してしまうが故に、結局破壊を成立させることができない。破壊者は、<破壊という概念>を形式化させるアポロ的なものに依存せざるを得ないのだ。ディオニュソス的な状態で構成された形象を認識するためには、こうした区別構成するアポロ的な形式が必要不可欠になる。こうした洞察を先取りしていたからこそ、ニーチェは双方のの共演を称えたのである。

自我とリビドーの差異

この共演は、フロイトの精神分析を受けた患者の「自我(ego)」が「エス(es)」の「リビドー(libido)」を制御できるようになる過程に酷似している。精神分析による補強を受けた自我は、「超自我(superego)」からの独立を可能にすると同時に、自らの知覚領域を拡張することが可能になる。だが神経症の患者の自我知覚領域を拡張させることができない。そのため自我は、高い心的エネルギーを兼ね備えたエスのリビドーによる破壊的で不確定な過剰刺激の負担に悩まされることになる。しかし、ひとたび自我により認識されたエスは、もはやエスではない。知覚領域を拡張させた自我には、エスを自我の一部として包摂することが可能になる。すると自我は自己自身を制御するかの如く、エスで蠢いていたリビドー制御できるようになる。リビドー制御できるようになった自我は、それ故その発散も適切に遂行できるようになる。自我は、身の丈に合った欲望や願望を充足させることができるようになるという訳だ。

ニーチェのアポロ的なものとディオニュソス的なものの区別は、この自我リビドー区別に対応付けることができる。アポロ的なものによる形式的な秩序化が自我によるリビドー包摂に対応するのならば、ディオニュソス的なものによる破壊的な衝動の発散は、エスのリビドーそのものに対応する。一方ではアポロ的な芸術美的仮象の夢を救済し、他方ではディオニュソス的な芸術がこれを破壊する。破壊が済まされれば、再びアポロ的な芸術美的仮象を生み出すことになる。この時、既成の美的仮象から新たな美的仮象への移行は、フロイトならば自我知覚領域の拡張として把握するであろうが、ニーチェ的なジャーゴンでは「力(Macht)」の向上として理解できる。フロイトが衝動や欲望をはじめとした生命力をリビドー表現していたのならば、ニーチェはこれを「力」と呼ぶ。

この「力」の向上が意味するのは、美的仮象への憧憬が増すに連れて、夢が現実世界よりも好まれるようになるということだ。仮象仮象として認識され、仮象仮象としての性質を濃厚にしていくほどに、美的な欲求は満足を覚えていくことになる。それ故にアポロディオニュソスの同盟は、形式と混沌、秩序と無秩序、夢と陶酔相互浸透を形成する。両者が触れ合う時、自我リビドー制御した場合に悦びに浸るが如く、美的な興奮を呼び覚ます形象が訪れるのである。最終的に、アポロ的なものはディオニュソス的なものの言語を語り、ディオニュソス的なものはアポロ的なものの言語を語る。これにより、悲劇的芸術の最高の目的が達成されると、ニーチェは主張するのである。

ソクラテス的なものの登場

素朴に考えれば、ディオニュソス的状態とアポロ的状態を同時に遂行することで、初期ニーチェの目論見は成功を収めることになる。しかし、話はそう単純ではない。と言うのも、社会システムディオニュソス的な世界観を容認することは稀だからである。

もとよりニーチェは、ディオニュソス的な世界観が社会システムから締め出されていく過程を、やはりギリシア悲劇から読み解いていた。美学におけるソクラテス主義者であったエウリピデス以来、ディオニュソス的なものとアポロ的なものは、悲劇舞台から姿を消した。問題となったのは、悲劇舞台の表現形式である。エウリピデス以前の舞台形式は、アポロ的な悲劇的主人公とディオニュソス的なコーラス隊であった。だがエウリピデスは、特に感情が理屈に先行するコーラス隊の音楽が奏でるストーリーを大袈裟なものと非難する。こうしたストーリーを廃止するために、エウリピデスは、庶民的なキャラクターを舞台に登場させるという形式を選択した。すると観客は、キャラクター化されたもう一人の自分を舞台に見出すことになる。

こうなると、悲劇的芸術における美の意味論は、ソクラテス的な理知に委ねられることになる。舞台上の庶民的なキャラクターが理屈を通じて言葉巧みに自己の行為を弁解することや、観客の理知に訴え掛けるキャラクターの情熱的な人格こそが重視されるようになったのだ。こうした演出は、ディオニュソス的なものを排除してしまう。理屈を重視する理知的な思考法では、感情と理屈の立場や本能と意識の立場を逆転させてしまう。

意識による形式的な秩序や調和を重視するソクラテス主義は、アポロ的なものには寛大であった。だがアポロ的なものは、先述したように、ディオニュソス的なものを必要とする。ディオニュソス的なものを軽視したが故に、ソクラテス主義は、アポロ的なものをも失うことになったのである。かくしてエウリピデスは、悲劇を終わらせ、芸術をソクラテス的な主知主義へと向かわせたのだ。ニーチェによれば、エウリピデスへ影響を与えたソクラテスの本質となっているのは、「ソクラテスの“ダイモニオン”(“daimonion” of Socrates)」という不可思議な現象である。ソクラテスの心の中では、禁止を命ずる憑り的な声が聞こえる時があるという。

この不可思議な声が理知の産物として発現していたとは、お世辞でも言えない。この異常な天性は、むしろ本能の側に依拠する。つまり理知的なソクラテスにおいては、本能が意識の理知的な思考を抑圧する妨害因子として働いていたのである。ニーチェがこのダイモン信仰に嫌疑を突き付けたのは、理由の無いことではない。何故ならエウリピデス以前の舞台においては、本能はまさに創造的で肯定的な「力」として働いていたからだ。抑圧する妨害因子として働いていたのは、むしろ意識的な思考であった。だがソクラテスは、本来創造者であった本能に批判者としての役割を与え、本来批判者であった意識に創造者としての役割を与えたのである。これを<異常>と思ったニーチェは、それ故ソクラテスを「欠陥による怪物(Monstrositat per defectum)」と呼び罵倒したのである。

科学万能主義の脱魔術化

ニーチェからすれば、ソクラテス的な者たちは楽天主義的な理論家であった。ソクラテス的な者たちは、科学を信仰する。それは科学万能主義という魔術に他ならない。それはひとえに、ソクラテス的なものは、真理という錯覚に根差した科学万能主義という魔術に傾斜する可能性を持つためだ。この魔術が物語るのは、脱魔術化(Entzauberung)を強迫観念的に追求する科学崇拝に他ならない。それ故にニーチェは、自らが脱魔術化に取り組んでいると信じて疑わない科学信者たちを、脱魔術化しようとするのである。この<脱魔術化>の脱魔術化を念頭に置くのならば、ニーチェの『悲劇の誕生』がディオニュソス的に記述されたものであるという想定の下に、我々自身もこの書物をディオニュソス的に読み取らなければならない。既に述べたように、興奮こそが伝達であり、暗示こそが理解である。情報交換、意思疎通、そして合意形成は、ここでは何の役にも立たない。ニーチェに文献学者失格の引導を渡したソクラテス的な者たちは、このディオニュソス的な<暗示>を等閑視してしまうほど鈍感であったことを、白状せざるを得ないだろう。

ニーチェは科学における楽天主義の横行に早くから立ち向かっていた。科学の楽天主義が蔓延していては、悲劇芸術の振る舞いとは逆行する傾向が生み出される。つまりソクラテス主義以来の科学の歴史が、悲劇の根源を無常化するのである。それは、悲劇を死に追いやることになろう。悲劇が死ねば、その登場人物も死ぬことになる。したがってソクラテス的なものが妄信するアポロ的な形式とは、もはや悲劇に登場するアポロ的なものではない。それは本来のアポロ的なものによく似た<疑似アポロ的なもの>なのだ。ソクラテス的なものがアポロ的なものに近接しているというのならば、その深部には理屈よりも本能を優先するディオニュソス的なものが潜んでいることになる。しかし彼らが妄信するのは、<疑似アポロ的なもの>なのであった。それ故ここで潜在化しているのは、ディオニュソス的なものによく似た<疑似ディオニュソス的なもの>なのである。この意味でニーチェが試みた<脱魔術化>の脱魔術化とは、得てしてソクラテス的なものが<疑似アポロ的なもの>を妄信したが故に派生した<疑似ディオニュソス的なもの>を逆手に取ることによって、その<疑似アポロ的な形式>を破壊する挑戦に他ならない。

派生問題:美的仮象が無常化された世界

アポロ的な形式や調和をディオニュソス的に破壊しようとしていたニーチェの目論見は、しかし仮象否定を言い表していた訳ではなかった。確かにニーチェは仮象で覆われた世界から人間救済しようとはしていたのであろう。だがそれは仮象の全面否定ではない。ニーチェが否定していたのは、意識をマーヤのヴェールに封じ込めている不自由な仮象であった。

ニーチェのアポロ的な形式や調和に対する攻撃的な言動は、単に美的仮象の相対化を意味するのではなく、それを制御するための振る舞いを意味する。その上で、彼は現実世界が仮象に過ぎないことを芸術によって暴露しようとしていた。現実を認識しているようで、我々は夢を見ている。

しかし我々が夢を見ているのは、真の現実があまりにも破局に満ち溢れているためでもあった。この真実に辿り着いたニーチェは、自身が夢から覚めているという認識を持ちながらも、破局した現実に耐えるには尚も夢を見続けることが必要であるとも語っている。夢遊病患者の如く、転倒せずに歩き回り続けるには夢を見続けなければならないと彼は言う。

問題解決策:直観的な隠喩

ショーペンハウアーの悲観主義は、実在する世界を相対化することで、現実であると短絡的に認識されている世界から人間を解放することを目指していた。我々が常々認識しているこの現実が、実はマーヤのヴェールで覆われた偽りの現実であることを指し示せば、実在性や客観性などといった指標で正統化されているこの現実の意義もまた相対化される。

ニーチェはショーペンハウアーの悲観主義を美学的に継承することによって、この現実の仮象から人間を解放する策に躍り出た。それまでは経験的な学問が実在性や客観性を正統化してきたことを踏まえれば、彼のソクラテス主義に対する波状攻撃は『悲劇の誕生』を筆跡した後も止むことを知らなかったのは道理であろう。

ニーチェは更に倫理学を美学に徹底的に還元することで、これに決定的な攻撃を仕掛ける。ここにおいて注意しなければならないのは、ニーチェが科学よりも芸術を容認したのが、科学を破壊するためではないということだ。ユルゲン・ハーバーマスはニーチェを「非合理主義者」として観察していたが、ニーチェは科学の根絶を目指していた訳ではない。彼が目指していたのは、<科学を芸術的に徹底する>ということである。ディオニュソス的なものを排除しようとするソクラテス的なものの盲点となるのは、ディオニュソス的なものとアポロ的なものの共演から生み出される形象である。ニーチェからしてみれば、形象とは、直観的な隠喩であった。人間と他の動物との差異は、この直観的な隠喩をアポロ的に一つの概念形式へと解消させる能力の有無に他ならない。

ニーチェは人間を隠喩を扱う動物として捉えることで、人間と他の動物差異を明確にする一方で、「理性動物(animal rationale)」を崇拝する人間の思い上がりを徹底的に脱魔術化した。人間歴史上発明した「認識」とは、嘘を吐くことに他ならない。と言うのも認識の時点で既に隠喩が駆動されているために、それが真なる現実を捉えた形象に結び付くことなどあり得ないからだ。隠喩は存外に人間生活の至る所で散見される。例えばハーバーマスがそのコミュニケーション理論で望みを託した言語は、ニーチェから観れば、音で表された神経刺激の複製に過ぎなかった。言語構成する人間は、人間に対する事物の関係を指し示しているだけである。これに対応する言語は、その事物の関係を指し示すために、極めて大胆な隠喩を援用している。神経システムに対する刺激が、形象へと移転する。ニーチェはこの時点で既に第一の隠喩が構成されていると喝破している。直後、その形象が再び音において複製される。これが第二の隠喩となる。そして、その都度全く別様にもあり得る、新しい領域の内部へと、各領域間の<境界>上の完全なる跳び越しが遂行される。

つまり初めに形象があるのだ。だからこそニーチェは、神経システム知覚した刺激を芸術的に形象へと転移させる錯覚を「あらゆる概念の祖母(die Großmutter eines jeden Begriffs)」と名付けているのである。しかしながら平常の心理システムには、自己の思考形象に追い付かないという事実を容認する訳にはいかない。人間が安らかな「自己意識」の錯覚を保つためには、<自らが原始的な隠喩の世界を忘却しているということ>を忘却しておかなければならない。つまり、自らが常日頃習熟して確信している概念が、もともとは「あらゆる概念の祖母」である錯覚の「孫」として流動的に遍在していたそれぞれの形象に過ぎなかったということを忘却しなければならないのだ。秩序や調和などというアポロ的な形式を保持しようと欲する限り、この忘却は必要不可欠である。

本能よりも意識を優先しているソクラテス的な者たちの認識は忘却と隣り合わせにある。彼らが夢想する真理など、高が知れている。真理の究明を徹底したいのならば、むしろ意識を遥かに凌駕する「直観」に望みを託さなければなるまい。つまり、原始的な隠喩の必要性を想起する必要がある。ディオニュソス的なものが要請されるのは、この局面である。ディオニュソス的なものは、諸々のアポロ的な形式を破壊することによって、<自らが原始的な隠喩の世界を忘却しているということ>を想起させる。ディオニュソス的なものは、流動化している大量の形象形式として凝固させずに留める。それは過剰刺激を過剰刺激のまま突き付けるのである。もとよりアポロ的な形式が無い世界の場合であれば、無数に遍在している形象に遭遇した観察者は、視野狭窄に陥るであろう。この状態を防ぐためには、過剰刺激を形式的に取捨選択しなければならない。そのためにはやはりアポロ的な形式が必要になる。だからこそ形象知覚には、アポロ的なものとディオニュソス的なものの共演が必要となるのである。

隠喩としての真理を駆使した概念の建設の天才

ソクラテス主義的な科学に依拠する者たちがこの共演の必要性に盲目的になってしまうのは、理由の無いことではない。ニーチェはこのことを指摘するために、真理をも隠喩として定式化していた。真理は、諸関連の緩やかな関連性を持つ隠喩、換喩、擬人観などによる緊密で動態的な集合体である。この意味で隠喩、換喩、擬人観は、真理を形式化しているメディアに他ならない。そしてこうした真理は、末永い習熟を通じて、詩的あるいは修辞的に高められ、転用と修飾が施され、ある民族における確たる規範と拘束力を有していると想定されるようになる。そうした真理により構成された科学的コミュニケーションは、その真理が実際には隠喩の産物であるということに盲目的に突き進む。したがってニーチェが述べたように、真理とは、<それが錯覚であることが忘却されてしまった錯覚>に他ならないのである。

しかしニーチェは錯覚を全面的に否定していた訳ではない。言語、真理、そして認識の錯覚の中には、生の刺激剤として機能する錯覚もある。彼はこの類の錯覚についてはむしろ寛大であった。例えばニーチェが中期以降まで一貫して主張してきたように、言語は真理の基準に従事することで言語体系を整頓している訳ではない。そうではなく、言語こそが真理の準拠対象なのである。言語、真理、そして認識は、自らが嘘を吐く動物に過ぎないことを忘却した動物が知性を個体として保存するために設計した偽装の形式である。言語は認識のツールなのであり、言語が指し示す真理は錯覚に過ぎない。神経システムに対する刺激が、形象へと移転する。既に述べたように、この時点で第一の隠喩が構成されている。この隠喩が次々と複製されていく過程で、概念、言語、そして真理が生み出されていくのである。しかしながら、このことは概念、言語、そして真理に希望が無いことを意味するのではない。見落としてはならないのは、ニーチェが言語を記述することそれ自体に帯びている創造性にも注意を払っていたことである。言語という認識の道具のユーザーである我々は、不確定性に曝されている状況下で限りなく複雑な「概念」のドームを築き上げた「建設の天才(Baugenie)」としての人間なのである。

無論ニーチェはこれを条件付きでしか肯定していない。如何に天才であるとはいえ、人間であることに変わりは無いからだ。人間には、人間の範疇を超越した真理を獲得することはできない。得られる着想は<真理それ自体>ではなく、真理の隠喩に向けられる。それは世界を人間形式で把握するための認識に他ならない。かつて占師がの世界を人間幸福苦悩と関連する形式として観察したように、真理の探求者たちは世界を人間に関連付いた形象模倣として把握しているのである。

まず言語が、後に科学が、概念の大建造物を設計するに至った。それは時間空間、そして数字をはじめとした諸関連の模倣に他ならない。科学は休むことなくこの大建造物を複製し続けている。科学それ自体は、自らが調和や秩序を形式化しているという疑似アポロ的な仮象に浸りながら発展してきた。だがそうして知性を宿した人間こそが「欺瞞」の修得者なのであり、偽装の形式を身に付けているのだ。

したがって、我々が概念に依存した認識ではなく直観の契機を得るには、疑似アポロ的な科学の知性をまず構築し、それを疑似ディオニュソス的に破壊するという手筈を整えておかなければならない。知性はこの準備を可能にする。と言うのも知性には、疑似アポロ的な側面のみならず、疑似ディオニュソス的な側面も含まれているからである。

人間は、知性の扱い方次第で、概念の巨大な建造物を混沌とした状況下に叩き落すことができる。これがまさに生の刺激剤となる。知性故の錯覚に浸る人間は、生の刺激剤によって、自身の内に潜む芸術的に創造する主体を目覚めさせるのである。その主体は、概念の建造物に輪郭を付与していた抽象という名の境界石をずらすことによって、最も異質な事柄を関連付けると共に、最も近接している事柄区別することを可能にする。それは「禁じられた隠喩や前代未聞の概念の連結(verbotenen Metaphern und unerhörten Begriffsfugungen)」に着手するということだ。

ニーチェはこうした形象から直観的な隠喩への流動的な認識を説明することで、錯覚こそが生の刺激剤であることを主張した。ここにおいて、ショーペンハウアーが導入した仮象と実在の区別は別の区別へと置き換えられる。ニーチェは実在の仮象性を指摘するのではなく、仮象こそが唯一の実在であることを指摘したのである。

派生問題:神々の共演の無常化

しかし近代社会機能的な分化が進行すると、シラーやニーチェのように仮象を讃える主張を展開することが至難の極みとなる。美学は、分化したシステムの一種に過ぎなくなった。そのために、仮象こそが実在であるという主張はいとも容易く相対化されることになってしまった。もはや現実の悲劇を美学だけに「還元」することはできない。道徳や社会的な機能から距離を取り、陶酔やエクスタシーのような美的なコミュニケーション救済の余地を見出すニーチェの姿勢は、ヴァルター・ベンヤミンから観れば、単なる唯美主義に過ぎなかった。

ハーバーマスが述べていたように、排他的理性の本性を暴く美的コミュニケーションすら、近代化という、その矛先として向けられる科学と道徳の分化と同一の過程で成立している。ハーバーマスによれば、科学と道徳が分化するのは、芸術の詩的で世界開示的な力を抑圧する理性が形成される過程なのである。仮にこのハーバーマスの指摘が正しいとすれば、美的体験に徹するためには、まず理性的に洞察するところから出発せざるを得ない。だとするとニーチェは、<脱日常的な理性批判>を理性的に遂行するというパラドックスに陥ることになる。

ニクラス・ルーマンの社会システム理論の射程から観察した場合でも、ニーチェの美学には致命的な盲点が伴っていることがわかる。ニーチェの美学では、芸術は生起する見込みの無いものとなってしまう。何故なら、近代社会のあらゆるコミュニケーションの「形式」は、人間の「内容」を置き去りにしたまま突き進むからだ。それは芸術という機能的なサブシステムにおいても同様である。美的仮象への憧憬にせよ、形象への直観的な認識にせよ、あるいは本能的な破壊衝動にせよ、人間の「内容」がコミュニケーションに反映されることは、ありそうもない現象となる。疑似アポロ的なものと疑似ディオニュソス的なものの共演というニーチェの美学に倣うのならば、まずコミュニケーション人間の断絶を埋め合わせなければならない。しかしこの埋め合わせは、システム環境差異を前提とするならば、極めてありそうもない。人間社会システム環境に位置する。我々は、人間不在の社会システムの作動から、美学が如何にして可能になるのかを見定めていかなければならないのである。

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