「人工の理想」を背景とした「万物照応」のデータモデリング

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問題再設定:叙事的な経験は如何にして可能になるのか

前述したように、万物照応は単なる共感覚ではない。ベンヤミンも指摘する通り、共感覚の実験心理学的概念から万物照応を捉えようとするのは誤りである。しかし実際、この論点はベンヤミンを引き合いに出すまでもなく明らかである。万物照応を単なる共感覚から象徴理論の先駆として仕立て上げたのは、リヒャルト・ヴァーグナーの総合芸術に他ならない。万物照応における「生命の柱」が「曖昧な言葉を漏らす」時、その言葉は「象徴の森」におけるめいた暗号として捉えられる。まさにこの森こそが、ヴァーグナーの有機的な全体性に接続されていく訳だ。

ヴァーグナーの総合芸術作品の構想は、<芸術のための芸術(L’Art pour l’art)>という旗印の下に生み出された。だがベンヤミンから観れば、総合芸術作品とは、芸術を技術の発展から遮断する試みである。それは複製技術時代以降の脱アウラ化の作用を芸術から遮断する試みを意味する。総合芸術作品が自らを厳粛に、つまりアウラ的に上演する際の清めの行為は、商品を美化する気晴らしと対を為す。だが双方とも、人間の社会的な生活を無視している点では同類である。しかしながらボードレールは、こうしたヴァーグナーの魅惑に敗北してしまう。ベンヤミンがこの点を嘆くのは、ボードレールがアウラ的な芸術に屈服したためである。

確かに『リヒャルト・ヴァーグナーとパリのタンホイザー(Richard Wagner et Tannhäuser à Paris)』におけるボードレールは、ヴァーグナー音楽の背景にある理念叙述することに専念していた。彼は万物照応の詩を引用することで、自身の詩学をヴァーグナー音楽に重ね合わせている。ボードレールにおけるヴァーグナー音楽理念は視覚的な形象として叙述されている。つまりボードレールはヴァーグナー音楽理念叙述することとヴァーグナー音楽聴取することとを区別して論じているのである。ボードレールがこの区別を導入したのは、彼の観点から観れば、音楽聴取するという営みが、音楽理念叙述を阻害するためであった。実際、音楽聴取の確実性は、音楽の伝達可能性に左右される。場所が場所なら、その「リズム」は様々な「ノイズ」によって掻き消されてしまう。作曲者の認識と聴取者の認識には、埋め合わせられない差異が伴う。双方の間に透明性は必ずしも確保されないのである。

『タンホイザー』は聴取さえされなかったとボードレールが主張するのは、この関連においてである。彼は音楽理念を追求する一方で、マトリックスとしての大衆の中で住まう同時に、ヴェールとしての群衆に包まれている。これらの<容器>は、決して透明ではない。故に、少なからず都市の中で遊歩している限り、純粋な聴取経験は不可能なのである。実際ボードレールがヴァーグナーの音楽をコンサートホールで聴取したのは数回程度である。その他の大多数の聴取は、友人の演奏やカジノのような場所で実践された。19世紀のパリの時点で、音楽一般はもはやコンサートホールや劇場でしか上演されない訳ではなくなっていた。で言うところの「バックグランウドミュージック(Back Ground Music: BGM)」のように、都市を遊歩していれば、至る所で音楽聴取することになる。複製技術知覚メディアは、これに拍車を掛けた。

BGMとしての音楽は、その名の通り、背景に後退している。当時の『タンホイザー』もまた、聴衆から観れば、都市の背景に後退していた。音楽はもはや必ずしも静的な聴取の対象となる訳ではない。むしろベンヤミンが述べたような触覚的な享受の対象として、「視覚的な無意識」の中で潜在化することになる。それは散漫な態度で聴取するということであって、ボードレールのように、静的な理念叙述へと意志を集中させる態度からは程遠い。意志を集中させずとも、音楽の方から、聴覚的に享受されに来る訳だ。しかもそうして聴こえて来る音楽は「断片」的な音響として拡散されて来る。拡散された音の「断片」は、特定の「リズム」を成立させている訳ではなく、他の「ノイズ」と合成されている。そうした音楽は、コンサートホールや劇場のような特定の空間に限定されない超領域的な性格が伴っている。わざわざ「遠く」の劇場に出向くまでもなく、音楽の方から「近付いて」来る。だから音楽は、ボードレールの意志とは裏腹に、とうの昔に脱アウラ化されていたのである。

無論ボードレールも、このことに気付いていなかった訳ではない。『パリの憂鬱』の「老いた道化師(Le vieux saltimbanque)」で描写されているように、都市の中には、様々な商業主義的な広告宣伝によって入り乱れた「ノイズ」によってその理念を無常化させた音楽が鳴り響いている。都市の音楽は、叫び声、金管楽器の耳を貫くような音、そして打ち上げ花火の爆音などのように、群衆が生み出す「ノイズ」を取り込んだ音楽である。ボードレールは老道化師のように、その群衆と一体感を味わえずにいたのは確かであろう。しかし老道化師に触れる直前の描写から察するに、ボードレールは音楽情動的な陶酔として経験することはできずとも、最低限それを観察することはできていたはずである。

都市の中で響いてくる音楽は、音響の「断片」である。それは音楽の全体性から解放されている。その代わりとして、音響の「断片」はその音楽的な価値や意味を喪失させている。音響の「断片」は、音楽的な連続性からも乖離することで、その持続性も失っている。それはここにおいて響き、消滅するのみである。しかし、瞬間的で儚く消滅していく音楽ではその理念叙述不可能になるという認識は、いわゆる「無調(Atonalität)」という音楽形式が到来して以来、思慮が浅いということが判明している。アルノルト・シェーンベルクとグスタフ・マーラーに関するテオドール・アドルノの音楽哲学的な分析は、ベンヤミンの『認識批判的序論』に準拠した「断片」的な音楽に関する理念論展開している。

問題解決策:協和音と不協和音の区別

アドルノの音楽哲学の前提にあるのは、そもそも音楽を可能にしてきた人間時間感覚である。この関連から彼は、『ミニマ・モラリア(Minima Moralia)』の第二次世界大戦時に記述した箇所で、ベンヤミンのショック体験経験の貧困化を踏襲した時間論を展開している。過剰刺激の四面楚歌となる戦場では、破局の異常事態こそが通常事態となり、非連続なショック体験ばかりが連続的となる。こうした状況下では、ショック体験適応するべく、物理空間上の客観的な時間意識が支配的となる。連続性と非連続性によって構成された活き活きとした主観的な時間意識はもはや通用しなくなる。丁度ボードレールの叙事詩が都市の群衆には通用しなくなるのと同じように、大戦後の近代社会では、叙事的な経験に基づいた時間意識が通用しなくなるということである。

ショック体験が支配的となった近代社会では、もはやボードレールやベンヤミンが批判したような均質に連続する進歩史観的な時間感覚に基づいた音楽が通用しなくなる。哲学においてこの進歩史観に対応するのがフリードリッヒ・ヘーゲルであるのなら、音楽において対応するのはルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンである。

中期ベートーヴェンの交響曲はヘーゲル的な「発展(Entwicklung)」の時間意識を前提としている。事前と事後の線的で不可逆的な差異構成する時間は、音楽においては超越論的な前提となる。だがベートーヴェンの交響曲においては、先行するものにおける矛盾が動態的な運動を繰り広げる。それにより後続するものが必然的な結果として発現するという構成を取っている。つまりベートーヴェンは、超越論的な前提であるはずの時間を作品内部の矛盾によって生じる自己産出的な動態的運動で代替しているのである。超越論的な前提となる時間排除することは、しかし音楽経験の終わりを意味するのではない。ベートーヴェンにとって、この終わりは矛盾止揚なのである。それは音楽による全体性の実現であって、構成されたフィナーレなのだ。

中期ベートーヴェンの交響曲におけるドラマ的な時間は、聴衆を目的論的に啓蒙しようとする論理を有している。この想定に立つ限りで、アドルノはベッカーと共通した観点からベートーヴェンを観察している。聴衆を啓蒙させるかの如く、中期ベートーヴェンの音楽は聴衆を発展した社会へと導こうとする。そして再現部とコーダでは、未だ到来していないユートピアを目指した理想主義者の勝利が高らかに宣言される。音楽ユートピア美的仮象なのである。しかしアドルノによれば、後期ベートーヴェンの作品には、中期には観られなかった破綻が伴っているという。と言うのも後期の作品には、アウシュヴィッツに象徴される現代社会のしき状況が先取りされているためである。それは理想社会の叙述というよりは、現代社会の錯綜した現実を忠実に描写しようとした作品となっている。

芸術歴史として捉えるなら、ベートーヴェンの晩年の作品は破局の様式に準拠している。何よりも後期ベートーヴェンを特徴付けている中間の中断や唐突な断絶は、アドルノによれば、出発の瞬間に他ならない。それは「断片」を寓意的に指し示している。その後も尚残存する作品は、沈黙することで、自らの空虚を露呈させる。次第に漸く次の「断片」がこれに続いていく。だが先行する「断片」と後続する「断片」の関連を判読するのは至難の業となる。それは一蓮托生の縁によって結び付いている。それらの「断片」の位置関係から放たれる形象星座のように判読することでしか、そのを解明することはできない。このめいた様相が、後期ベートーヴェンが主観的な音楽家であるという主張と客観的な音楽家であるという主張の対立を生み出している。

形式としての調性

音楽にとっての時間超越論的な前提となっている。だが一方で時間それ自体は、とりわけ近代の西洋音楽においては、合理性の支配下にある。音楽における時間は、とりわけ17世紀以来の素材(Material)と技術の合理化の結果、楽譜によって制御されるようになった。形式としての楽譜は、音楽を反復的な観察の対象にすることを可能にする。音楽家は楽譜を読むだけで、その音楽の全体性を想定することが可能になる。西洋音楽は、五線譜、楽器、「長調(Dur)」と「短調(Moll)」の区別の導入に基づいた機能和声の形式化によって、事実上の標準化が果たされた。しかし機能和声は抽象化の産物である。そこには捨象が不可避的に伴う。実際西洋音楽は、楽譜に叙述できない音の要素を排除せざるを得なくなった。

ヴァーグナーの音楽は、この西洋音楽史の延長線上に位置付けられている。ベートーヴェンから多大な影響を受けたヴァーグナーの音楽哲学において、その主導的差異構成しているのは、「絶対音楽(absolute Musik)」と「標題音楽(Programmmusik)」の区別である。標題音楽(Programmmusik)は、ルイ・エクトル・ベルリオーズの作品に代表されるように、音楽理念構成表現言語的なプログラム(Program)として叙述した音楽である。これに対して絶対音楽は、音響構成のみで人間情動や感情を表現しようとする。剰えそれは、人間情動や感情を制御しようともする。

ここで鍵となるのも、時間感覚である。ソナタ(sonata)の形式は、機能和声法によって導入できる緊張と緩和の区別を前提としている。ソナタの形式によって、絶対音楽は提示部と展開部と再現部の区別を主調と属調のような調の区別と結び付けることで、時間の流れを制御する。つまり提示部から展開部へ、展開部から再現部へという線的な連続性を前提とした上で、<主調から属調へという緊張感の高まり>が<属調から転調を介した主調への展開>を引き起こし、次いで<主調での緊張の緩和>が成り立つのである。

シェーンベルクによる不協和音の解放は、こうした西洋音楽に対するアンチテーゼとして掲げられている。不協和音を解放することでシェーンベルクが実現した新たな音楽形式は、「調性(Tonalität)」の形式を代替することによって、西洋音楽におけるドイツ国民の優位性を確保するために導入された。形式としての調性は、協和音不協和音区別を前提としている。芸術システム社会構造との関連で言えば、この区別は「美(Schönheit)」と「醜(Häßlichkeit)」の二値コードに対応する。心地良い協和音は美に、そうではない不協和音は醜に、それぞれ対応するという訳だ。そしてこの美醜の二値コード制御するのは、「様式(Stil)」というプログラムである。それは、機能的に分化した芸術システムが他の機能システムとの構造的な結合を前提とした上で、美醜の区別意味処理規則を方向付けている。したがって、どのような音響協和音で、どのような音響不協和音として観察されるのかは、社会構造のとりわけ期待構造に依存する。

形式としての協和音

歴史上初めて協和音を発見したのはピタゴラスであるとされる。ピタゴラスが協和音存在に気付くことができたのは、鍛師とその弟子たちがハンマーで鉄敷を叩いている時であった。ピタゴラスによれば、ハンマーのピッチはその重量に左右される。重いものほど低い音を出すのである。そしてそれらが同時に打ち下ろされた時に鳴り響く快い音の組み合わせには、限りがあった。オクターブ、5度、4度のような小さな整数比から成る完全音程は、協和度が最も高い。比がより大きな整数を含むことで複合的になると、音はより不協和音に近付いていく。そのために彼は、快い音を可能にする事物の重量の間には比率があるという結論に至った。数の関係が、快い音の可否を規定するのである。こうしてピタゴラスは、協和音を整数比で記述することを可能にした。

ピタゴラスは協和音程を最小の音程比率で定義した。そのためにピタゴラスは、ユニゾン、長3度、完全4度、完全5度、オクターブといったペンタトニック音階から成る音程だけを協和音と捉えていた。彼の普遍的調和の形而上学は、後に理念論者プラトンに影響を与えた。だが一方でアリストテレスの弟子の一人であるアリストクセヌスのように、痛烈な批判者たちも現れている。と言うのも、ピタゴラス学派の数学的な音楽哲学は、数の関係に還元するあまりに、実際に聴取される音それ自体に対しては無頓着であったためだ。無論、現代の神経生理学や音響心理学の研究調査を参照すれば、我々の聴覚器官の神経システムもまた数学的に記述することが可能であることがわかっている。しかしこの紀元前の論争は、最終的にピタゴラスの形而上学が相対化される結末を招いている。

実際、の子が生まれる以前の音楽哲学は、教会音楽によって相対化されている。11世紀ごろになると、教会を中心として、いわゆる多声音楽が出現している。この音楽においては、一つの旋律を4度や5度で重複して合唱する「オルガヌム(Organum)」が提唱されている。こうした多声音楽が4度や5度のピタゴラス音律を使用していたのは、初期のみである。遅くても15世紀以降になると、3度や6度のような和声が追加されたことで、音楽はその複合性を増大させることになった。こうした背景から、ルネサンス時代では、長3度と短3度、長6度と短6度が新たに協和音として追加されることになった。

しかしながらこの教会音楽は、更に近代科学によって相対化されている。19世紀になると、ヘルマン・フォン・ヘルムホルツにより、倍音を共有するあらゆる音程は協和音であることが示された。その際不協和音となったのは、2度と7度だけである。つまりオクターブの隣接する音との音程のみが不協和音と見做されたのだ。しかしヘルムホルツの科学的な分析は、の子が生まれる以前の音楽哲学に強い関心を示している。協和音と整数比の関係は、彼にとっても意義深いであったのである。形式的に言えば、協和(consonance)とは、不協和(dissonance)が存在しないことの結果である。不協和は、「うなり(beat)」とそれによる音の粗さ(roughness)に関連している。それは周波数が微小に異なる二つの音が重ね合わせられた時に生じる。そこでヘルムホルツは、同時的に指し示された楽音の間の不協和を特徴付けるために、倍音成分の周波数の「差異」に着目することになる。二つの音の基本波における周波数の差異が$$f_A – f_B$$4であるとすれば、これらの音の高調波間の「うなり」の周波数となる$$n_1f_A – n_2f_B$$は、次数$$n_1$$と$$n_2$$の差に依存する。それ故に音の粗さとしての不協和性は、高調波の振幅と同様に、それらの数と周波数の差分に依存することになる。

無調の棄却

こうした芸術社会構造調性意味論は、如何なる和音も特定の時代背景の文脈を度外視すれば美しくあり得るというシェーンベルクの洞察を裏付けている。確かに、幾つかの甘美な美しい音色は、時代によっては不協和音として捉えられていた。例えば3度音程や6度音程は、13世紀までは不協和音として扱われていた。4度音程や5度音程は、当初は協和音であったが、14世紀以降は不協和音として扱われている。

シェーンベルクによれば、不協和音協和音に劣るのは、聴取者に満足感を与えるというただ一点においてである。協和音は解決を必要としない。それは最終的な音である。一方で不協和音は解決されなければならない。つまり緊張から解決へと移行させることによって、協和音へと継承されなければならないのである。形式としての調性は、リズムや楽句構造や強弱法に基づいている。これらは協和音不協和音区別制御する様式を構造化していた。この関連から最も重要な手段となったのは半音階法である。もともと副次的な手段でしかなかった半音階法が、後に調性という形式の自己破壊をもたらすことになる。だが半音階法が無ければ、そもそも緊張から解決への移行は不可能であったのもまた事実である。

シェーンベルクが見抜いた調性という形式の自己破壊的な性格は、厳密に言えば、協和音不協和音区別に伴う自己言及のパラドックスである。ヴァーグナーのトリスタン和声の解決が永遠の先延ばしであるのは、まさにこの自己言及のパラドックス脱パラドックス化し続ける展開であったためだ。しかしシェーンベルクが目指した不協和音の解放とは、協和音不協和音区別脱パラドックス化することだけを意味するのではない。シェーンベルクは更に、この区別棄却することで、機能的に代替可能な別の音の区別を導入しようとしていたのである。だからこそシェーンベルクは、「無調」という表現を拒否したのである。シェーンベルクはもはや調性無調区別を導入しない。それは、無調という用語の響きが、さも調性という形式外部環境に位置するかのようであったためだ。シェーンベルクにとって、調性無調区別は、調性の内部に再導入(re-entry)されていたのである。

表現主義時代の無調音楽は、進歩史観の崇拝者や啓蒙主義的な精神の持ち主たちから観れば、狂気の戯言に過ぎなかった。だが「狂気の戯言である」という意味では、無調音楽はまだ聴衆に対する伝達可能性を保持していた。好意的に解釈するなら、無調音楽の部分的な「断片」の羅列という印象は、むしろモナド的な構造を前提とした「異化(Verfremdung)」の賜物として理解すべきである。しかしこの調性音楽へのアンチテーゼは、極端に突き進むことによって、シェーンベルクの十二音技法という極限まで及んだ。シェーンベルクは自身の音楽哲学をより良く表現する音楽的な散文に準拠した不協和音を奏でた。その音楽における哲学的ラジカリズムは、他者への伝達可能性を喪失させている。彼の音楽は、それ自体として大きな形式構成することを不可能にした。十二音技法音楽進歩史観によって叙述できないことを端的に指し示す『啓蒙の弁証法』の音楽的な具体例である。しかしながら一方で十二音技法は、調性音楽以上に調性極限まで突き進めた音楽でもある。と言うのもこの技法は、調性音楽以上に緊密な規則に束縛されているからである。十二の平均律にあるオクターブ内の十二の音を均等に使用するという制約は、作曲家の恣意を認めさせない。実際、十二の音から無作為にメロディを選択しただけでは、意図せずして何らかの調性創発してしまう可能性がある。だからこそシェーンベルクは、調性無調区別区別の内部へと再導入しているのである。

問題解決策:叙事的な音楽

マーラーの音楽は、こうした十二音技法の技術的な困難の上に成り立っている。しかしその哲学的ラジカリズムを理解するには、ショック体験を通常化した近代社会の日常に対するアドルノの洞察をその思想的な背景として熟慮していなければならない。アドルノによれば、マーラー音楽においては、既存の形式が保証していた秩序や調和の連関が破局的な破綻へと転じられる。マーラー音楽は、一見すると寄せ集めのメドレーや無秩序なメロディであるかのような「断片」の集積から成り立つ。そこにはもはや、中期ベートーヴェンの交響曲の中で放たれている統一性や求心力は見受けられない。マーラーと中期ベートーヴェンの差異が浮き彫りとなるのは、とりわけ第五交響曲の終楽章である。この主題は単に形式上のものである。楽章を支配することは無い。この主題は、楽章の内部に入る手前で、他の主題に覆い隠されてしまう。元来交響曲は分解された諸要素を劇的に「発展」させる中期ベートーヴェン的なモデルを踏襲してきた。だがマーラーの交響曲には、もはやそれが全く無いのである。

マーラーが中期ベートーヴェンから区別されるのは、啓蒙主義的な精神が欠落していることからもわかるはずだ。音楽に関するパウル・ベッカーの歴史哲学では、ベートーヴェンの音楽大衆啓蒙する社会的な機能が見出されていた。だがこれに対してマーラー音楽には、こうした機能は備わらない。ベッカーはマーラーの『第八交響曲』にも中期ベートーヴェンと機能的に等価精神期待したが、マーラー自身はあくまで社会や群衆を変え得るとは考えていなかったのである。ベッカーの歴史哲学における19世紀はベートーヴェン的な理念の無常化の歴史であった。マーラー音楽はこの儚さを踏襲したままで、決して公共性の再構築などといった大層な啓蒙には結実していない。マーラーにとって、社会は常に目標も定めないままに巡り廻る楽章のようなものであった。歴史の発展の可能性など、彼の眼中には無かったのだ。

しかしマーラーがベートーヴェン的な様式を踏襲しなかったのは、彼がベートーヴェンと同じ土俵に立つことを回避したかったためではない。アドルノも述べているように、統一された全体性よりも「断片」化した個々の部分的な諸要素を重視するのは、マーラー音楽が有する「叙事的(episch)」な性格があってこそである。この観点から一見すれば、マーラー音楽は長編小説(Roman)の様式に類似している。だがマーラー音楽が小説を連想させるとするなら、それは単にマーラー音楽がしばしば何かを物語ろうとしているかのように響くからだけではない。音楽が描写するその線の流れが壮大な状況を志向しつつも崩壊していく様こそが小説的なのである。

叙事的な音楽は、出来事を弁別的に知覚するのとは別次元に属している。本の読者の目がページからページへと移るように、聴衆の耳もまた音楽によって押し流される。こうした神経刺激は、自己自身が意味する世界を叙述する余力を奪う。厳密に言えば、叙事的な意図においては、そもそもそうした意味世界の叙述は初めから拒否されている。むしろ叙事的な意図においては、予め計画されていなかった不確定性に曝されることを最初から自明視している。自明なものが何も無いということが、全く以って自明化しているのだ。

だとすれば叙事的な音楽は、ショック効果に相対しようとしていることになる。叙事的な意図の持ち主は、何ら強圧的な権力には与せず、そうした権力に曝されたとしても、そこから逸脱することができる。マーラーは、最もラジカルで崩壊した音楽の中でさえ、尚真理を保持しているような「断片」に形象を見出そうとする。変容し、変装し、不可視となった客観的な形式の類型や位相が、強固な感受性によって回避されるはずのところで、彼は回帰するのだ。そうした回帰を可能にするのは、「断片」的な瓦礫(Trümmer)である。マーラーは音楽を瓦礫の中から建築するかのように作曲する。そうして組み合わせられた瓦礫の「断片」には、寓意的な性格が備わる。それは扱い難い素材だ。めいた判じ絵のようなものかもしれない。マーラー音楽聴取する寓意家は、沈思を余儀無くされる。

マーラー音楽叙述される形象とは、単なる主観性には還元できない叙事的なものの代理表象である。マーラー音楽寓意的であると同時めいてもいる。言葉の発する沈黙の残響は、音楽秘と同じ一点に収束していく。だがその秘はめいたままで解明される訳ではない。叙事的な音楽は明白であると同時めいている。対象化された現実という本質の範疇にこの音楽を組み込めるのは、その対象の直接性に反して、自らを盲目的にする場合に限られる。叙事的な音楽は、自己自身が世界を象徴的に表現したいという欲求を尽く追放しているのである。

マーラー音楽が単なる主観性や象徴的な表現に還元できない理由は、個々の「断片」がもたらす創発的な秩序にある。演奏の最中、現在のある「断片」が既に演奏された別の「断片」と思い掛けない関連を持つことがある。予め期待できず、偶然に左右される思い掛けない形式が、常に全く異なる非同一的なものの原理となる。注意しなければならないのは、ここでいう「断片」が、単なる音の響きに限られないということである。マーラー音楽創発的な秩序は、中断や冗長的なテンポの「断片」からも聴取できる。音楽が進行するに連れて、徐々に複数の形象が様々に変異して相互に関連し合うようになるために、互いが互いを際立たせるような「断片」から構成された時間の連続性を生み出す。全体性や統一性が放棄されているからこそ、マーラー音楽時間の中では、「断片」同士の関連が重要となる。先行する「断片」と後続する「断片」との関連は、音楽の各時点によって顕在化する場合もあれば、潜在化する場合もある。

狂気としての音楽のシステム合理性

ショーペンハウアーは、この叙事的な音楽寓意的な性格を音楽の有する<影のような性格>と<夢のような性格>の区別を導入することで分析しようとした。しかしアドルノによれば、音楽は心の<影のような状態>と<夢のような状態>の中間を描写する訳ではない。また音楽は、論理とその現象それ自体に対応した夢と影の関係に類似している訳でもないという。音楽は、それ自体の独自の現実性を前提として、まさに現実的ではなくなることによって本質的となるのである。現実的ではなくなるというのは、音楽という現実世界が、その外部環境と接点を持つということである。これによりマーラー音楽音楽世界は、内外の差異を曖昧化させることになる。しかしここでの外部環境は、音楽の内部環境を補完する素材となる。マーラー音楽は内外の環境を同化させている。

この限りで言えば、音楽パラノイヤからの防衛と見立てる精神分析学の理論は真に迫っている。アドルノによれば、音楽は、主観的な投影によって、現実の氾濫から主体を防衛するのである。もしもショーペンハウアーが述べたように、音楽が直接的に本質であるとするならば、音楽狂気以外の何物でもない。言い換えれば、如何なる音楽にも、内部と外部の同一化の作用が潜んでいる。だが狂気は、結果を制御することができない。音楽は本質と現象の区別を自己自身と対象との<境界>として受容することで、本質を掴み取るのだ。

人生の大半をオペラ上演で過ごし、交響曲の動きもオペラのそれと重ね合わせてきたマーラー自身がオペラを一つも構成しなかったのは、オペラという外的な対象を自己の内的な形象世界に受容した結果であるとアドルノは述べている。要するに音楽とは、音楽家の自己と外的対象の区別音楽家の自己の内部へと再導入(re-entry)することなのだ。だとすると、音楽狂気そのものであるという情態は、音楽家の心理システムにおけるシステム合理性の上に成り立っている。狂気としての音楽は、自己と対象との関連に関する自己論理的な推論によって、普遍的となる。

アドルノはそうしたマーラーの交響曲を「絶対オペラ(opera assoluta)」と名付けている。マーラーの小説的な交響曲は、オペラの如き情熱から湧き上がり、また流れ戻る。そうした「リズム」を垣間見るなら、彼の作品にある充足の部分は、他の絶対音楽よりもむしろオペラや小説の方に照応していると言える。

「弱さ」の音楽哲学

叙事的な意図が投企されるのは、音楽家に対して硬直化した事物を偶然突き付けられた瞬間である。その時叙事的な音楽家は、それを音楽内在する主体の経験へと変換する。つまりショック体験ショック経験へと変換するのである。これによりマーラー音楽複合性は増大する。その音楽言語は、あらゆる前提となる形式と諸要素から解放されて作曲主体が純粋に意のままにできるほどには無力化していない。だが他方で逆に自ら全体を構成することができるほどに無傷である訳でもない。アドルノによれば、しばしば指摘されてきたマーラー音楽のある種の「弱さ」は、エルンスト・ブロッホが単なる才能の産物と見立てたような「弱さ」ではなく、まさにこの叙事的な事情から生じている。

マーラー音楽においては、幸福破局の縁で栄える。マーラー音楽では至る所で幸福形象が明白に作用している。あるいは隠蔽された状態であっても、それは求心力を放っている。マーラーにとって幸福とは、散文的に味気無い人生における意味形式である。この幸福という概念に対するマーラー的な観点に立つなら、例えばギャンブラーの予期せぬ勝利は、ユートピア的な願望充足を引き受けている。ギャンブルの幸運が破局的な敗北と隣り合わせであるように、マーラーにおいては幸福がその逆の破局と結び付いている。第六交響曲の終曲における高揚感は、理性と自己保存的な制御を伴わせることなく自ら愉悦に浸ることで、時間を費やしながら、それ自体のうちに没落の目的論を内在させている。飽くことを知らない過剰な願望を抱き、諦観は一切できないまま、マーラー音楽は心電図の如く張り裂ける心の物語叙述する。

この世界が没落するに値するというマーラー音楽目的論は、<歴史神学>的に言えば、ブロッホの『ユートピアの精神』と同様にグノーシス主義的である。アドルノも認めるように、マーラー音楽はフランツ・カフカの諸作と同様の神学内在させている。マーラー音楽は自己破壊的に振る舞うことで、この世界が拒否し、この世界の言語では到底表現し得ない言語で、別のあり方でもあり得る世界の可能性表現する。マーラーは儚く無常にも消え去っていく形象以外は何一つ永遠の形象を信じない。それ故にこそマーラーは、カフカと同様に動物を重んじる。それは太古の形象を重んじるということである。マーラーにとって動物世界とは、カフカの寓意が暗示しているように、人間世界そのものである。それは、救済(Rettung)という立場から観れば、動物世界が人間世界のように視えるということである。マーラーの御伽噺的な音調は動物人間類似性に目覚めさせてくれる。それは有史以前の太古の形象想起させてくれるということである。

問題解決策:音楽とテクストの区別

マーラーの御伽噺的な交響曲は、実際には悲哀に満ちている。全てが喜びへと目覚めるという救済の如き約束の言葉の後にその音楽が途絶えようとも、それが永遠の眠りになるのか否かは誰にもわからない。マーラーは、自身の音楽超越的な風景についての幻灯装置を埋め込むと同時に、それを否定する。喜びは達成され得ない愉悦に留まる。超越は、憧憬以外には何も残さない。しかしながら、カフカとの関連において<歴史神学>的に重要となるのは、ここでいう交響曲の御伽噺的な性格である。我々はこの御伽噺という概念をブロッホの<歴史神学>に接続させることで、マーラー音楽をアドルノ的な判読から展開させることができる。

御伽噺には「有史以前の夢(Träume der Urzeit)」からの目覚めを開始させる形象が含まれている。この形象へと最も肉薄し得るのは、「陶酔(Rausch)」である。ここでいう陶酔は、単なる忘我(Ekstase)の意識状態ではない。また、ここでいう陶酔は、アドルノが条件付きで肯定したような音楽的な狂気という精神分析学的概念からも区別されなければならない。ここでいう陶酔とは、個人的な忘我であると共に、集団の中での個からの脱却も含意する。そして何よりブロッホの概念規定において特筆すべきなのは、陶酔とは有史以前の過去形象現在に回帰する場合に取る形式であるということだ。これをブロッホは中世ヨーロッパ社会で勃発した舞踏病から読み取っている。ある種の個人的な想起がその人間を甘美な陶酔に向かわせるのと同様に、集団的な意識における過去現在への回帰においても陶酔が起こり得るのである。

ここに来て漸く我々は、形象の大量生産を伴わせるショック体験ショック経験へと変換させる問題解決策として、叙事的な音楽蒐集機能的等価性を確認することが可能になる。中期ベートーヴェンのドラマが「出来事が何故そのように起きたのか」を主張するのならば、マーラーの叙事的な音楽は、「出来事が如何にして起こり得たのか」を叙述する。中期ベートーヴェンの音楽ではそれ故に事柄因果関係を記述することが求められるのに対して、マーラー音楽では物語ることそれ自体が重視される。ただしここでの物語は、カフカの物語がまさにそうであったように、神話的ではなく寓意的である。そうした物語は、経験的な世界を象徴的に表現するのではなく、経験内在した不確定性に曝されることで叙述される。

音楽と『テクストとの関係』

音楽が<陶酔の技術>として導入された時、我々はこれまで何の疑いも持たなかった音楽と『テクストとの関係』が、偶発性を放ち出すようになる。シェーンベルクはあの『弦楽四重奏曲第二番』を創作しながら、その一方では『テクストとの関係(Das Verhältnis zum Text)』という短い散文を記述している。通俗的な解釈によれば、シェーンベルクは器楽と声楽のジャンルを橋渡ししようとしていたとされる。その思想的背景にあるのはヴァーグナーの総合芸術作品である。シェーンベルクの音楽がヴァーグナー的な総合芸術から派生しているという批評的見解は、ヴァーグナーに影響を与えたのがベートーヴェンの『交響曲第九番』であるという事実を踏まえれば、確かにわかり易い分析ではある。しかし『テクストとの関係』という散文を観察すれば、シェーンベルクがベートーヴェンやヴァーグナーとは徹底して区別されなければならないことが明白となる。何故なら、歌詞と歌曲の差異に対するシェーンベルクの関わりには、ヴァーグナーの影は見当たらないからである。

誤解を恐れずに言えば、シェーンベルクは歌詞の必要性を等閑視している。と言うのもシェーンベルクにとって、歌詞を知らない場合の方が、音楽の真なる言葉の意図の表層に執着した場合に比して、遥かに深くその内実を理解し得るためである。鍵となるのは、作曲時の陶酔である。シェーンベルクは、歌詞の最初の言葉の響きに「陶酔(berauscht)」することによって、多くの歌曲を一挙に最後まで作曲したことがあるという。その間、詩的な事象の流れに注意を払うことはなかった。それどころか彼は、「作曲の狂乱の中(im Taumel des Komponierens)」では、詩的事象を全く把握することが無かったとすら述べている。

シェーンベルクが陶酔したのは、あくまでも歌詞における最初の言葉の響きに対してのみである。強調しておくが、最初だけである。最初の言葉というのは、<複数の言葉が織り成す歌詞そのもの>の表面であるということである。言い換えれば、最初の言葉の響きとは、<歌詞そのもの>と<歌詞以前>の<境界>に位置する。彼は最初の言葉の響きに陶酔するが、それ以上歌詞というテクストの内部には踏み込まなかった。あくまでもその<境界>こそが、作曲の狂乱の舞台となったのである。

シェーンベルクが自身の作曲した歌曲の詩的内容を考え始めたのは、作曲して数日経ってからであったという。このシェーンベルクが導入している歌詞と歌曲の区別は、音楽とテクストの区別にまで展開されている。シェーンベルクにとっては、テクストの音楽に対する関連は二次的な問題に格下げされているのである。

音楽を聴取することの根源

しかしシェーンベルクが真に提起したい問題は、音楽根源についての歴史哲学的な問題なのであった。彼はこの問題陶酔との関連から論じている。尤もここでいう陶酔とは、ブロッホ的な、御伽噺に夢中になる子供のような陶酔である。

実際、音楽のテクストを生産し続けたアドルノでさえ、真の詩において、テクストと音楽比較不可能であると断定している。それらは一点で接するだけである。それは言葉音楽の真の内実が同程度に結び付けられるような微細で一回限りの凝固体において接点を持つ。この接点を前提として、音楽はテクストに対しては盲目的に流れる線分となる。もしかすれば音楽は、言葉の中で、テクストと交差するのかもしれない。だが真の歌曲芸術存在する場所では、決してテクストを再生産し尽くすことはあり得ない。

テクストと音楽は再生産の関係にあるのではなく、弁証法的な関係にある。言葉音楽の中で見失われるのならば、その代償として、言葉の沈黙という問題それ自体もまた見失われることになる。言葉の沈黙は、それ自体安らぎを得るのだ。歌曲芸術はその発端において悲哀を演じる。だがそれは、悲哀の反復を意味しない。それは慰めの中で、兎にも角にも自己自身を消去する。まさに言葉音楽の中から消え去ろうとしているその瞬間において、音楽言葉が一回限りの接点を持つことになる。豊富な表現力を有した音楽は、アドルノによれば、この悲哀と慰めの弁証法を自己自身の内部に有した音楽なのである。沈黙を余儀無くされていた言葉音楽から解放される時、まさに音楽それ自体が物語り始めるのである。

しかしながらアドルノの自己理解に反して、この音楽とテクストの弁証法的な関係は、まさに彼自身が痛烈に批判していた大衆音楽によって補完されることになる。何故なら大衆は、他ならぬアドルノ自身が述べた通り、音楽に注意を集中して聴取している訳ではないからである。都市の市場では特に、広告宣伝の名目から「情動的な音楽(Emotional music)」が流れて来る。その中でもアドルノが例示した「赤ちゃん言葉(Baby talk)」は、大衆に優しく語り掛けることによって、その緊張を「解放(release)」する。これこそが、子供に語り掛けるかのような御伽噺的な音楽である。

アドルノが否定した大衆音楽は、アドルノの音楽哲学の肯定者である。子供の生においては、沈黙を余儀無くされた言葉音楽から解放されるという情態が見事に成立している。「赤ちゃん言葉」は生後間もない子供たちに呈示される。そうした子供たちは、他の動物たちや事物たちと同じように、言葉の沈黙を余儀無くされている。子供にできることと言えば、泣いて騒ぎ立てる程度しかない。だが泣いて騒ぎ立てるという身振りは、表現可能性を生み出すと共に、周囲の助力を引き起こす。その具体的な助力となるのが、「赤ちゃん言葉」による御伽噺的な子守歌である。子供は子守歌を聴取することで、自らの緊張を「解放」する。「赤ちゃん言葉」は無論「大人の言葉」なるものからは区別される。だが「赤ちゃん言葉」による子守歌を聴きながら、子供は「大人の言葉」を覚えていく。しかし言葉による表現能力を手にした子供には、もはや泣いて騒ぎ立てる必要も無ければ、「赤ちゃん言葉」に耳を傾ける必要も無い。つまり沈黙を破る言葉が、徐々に音楽と接点を持つようになる訳だ。

音楽聴取することの根源となるのは、子供身振りである。子供身振りが、音楽とテクストの関係を解放する。このことは大衆音楽との関連から理解されなければならない。子供の生においては、「赤ちゃん言葉」の子守歌を媒介として、音楽とテクストが極限まで切り離される。もはやただ一点でのみ、一回限りの接点しか持ち得なくなった子守歌と「赤ちゃん言葉」の関係においてこそ、音楽聴取根源現象が成立する。そしてこの音楽聴取することの根源は、子供言語的なコミュニケーションによる表現能力を獲得することによって無常化していくのである。

音楽聴取根源叙述するということは、丁度マーラー音楽がカフカ的な動物世界に照応しているのと全く同じ背景から、ブロッホが論じる「有史以前の夢」やベンヤミンが論じる「太古の形象」を想起することに等しい。カフカが叙述する動物たちの身振り忘却された啓示連関を暗示していたのと全く同じように、シェーンベルクの音楽は、もはや想起することすらできない赤子の願望の残響を暗示している。アドルノがシェーンベルクを観察しながら論じるテクストと音楽弁証法的な関係は、ベンヤミンがカフカを観察しながら論じる<人間物語>と<動物物語>の弁証法的な関係の機能的等価物となる。と言うのも、カフカの物語にせよ、シェーンベルクの音楽にせよ、忘却された啓示連関をまさに集団の身体の中に見出しているためである。この観点で言えば、シェーンベルクの以下の記述は、優れて人間学的唯物論的な音楽論として成立していることを伺わせる記述となっている。

「芸術作品が完璧な生物と同様であるということが、私にとっては明白であった。それはあらゆる細部の中で真実であって、本質的な真実を明らかにするように、その組成において均質である。身体には常に同じ場所に血が行き来している。詩や音の拍子を聴くと、全体を把握することができる。言葉(Wort)、見た目、身振り(Geste)、歩行、髪の色さえあれば、人間の本質を認識するのには十分なのだ。」
Schönberg, Arnold. (1912) “Das Verhältnis zum Text.” Musik und Bildung, 12, 1972, S. 557-558.、引用はS. 558.より。

音楽を聴取することの理念

シェーンベルクの音楽哲学における音楽聴取することの根源という問題は、理念論的に再記述することができる。このことをアドルノは、ベンヤミンの『認識批判的序論』を擬えることで例示している。シェーンベルクが述べたように、何も探求しない者は、何も発見することができない。マーラーは探索的な作曲のために形象の発見に努めようとする。ただその際に彼が採用したのは、しばしば作曲時に必要となる形象を自ら形態化するという方法である。感覚的な素材を享受しようという精神を備えていても、素材に従うことができるようになるためには、まず素材を配備しなければならない。そのため作曲時の客観的な態度は、その実現のために、主観の介在を必要とする。叙事的な音楽の全体性へと取り込まれるものは、如何なるものであっても、変異することを余儀無くする。個々の楽章の<特殊(das Besondere)>で非形式的な理念は、全体性の中の個々の部分の形象を引き寄せる磁石のような作用を持つ。こうして結合されていない個々の「断片」が全体へと追従するのは、予めそれらが全体を欲するべく追従して形成されている場合に限られる。

第六交響曲第一楽章の歌謡風の主題が典型的に例示しているように、全体性は予め想定された類型を有することなく個々の衝動が一つになることで結晶化されなければならない。しかし個々の衝動がその偶然性から救済されることはあり得ない。それらの衝動が統合されるのは、既にそれらの中に全体性への潜在的な可能性内在している場合に限られる。したがってマーラーは、作曲によって、内部的に隠蔽された演出を施そうとする。ただしそこには一種の欺瞞が払拭されずに残存している。と言うのも細部と全体性とは、完結していない場合であっても、破綻することなしに巧く展開することはあり得ないからだ。マーラー音楽はこのアポリアを解決することなく露呈させている。

マーラーの音楽哲学が憂鬱気質とも思えるのは、このアポリアが露呈しているためである。マーラー音楽にとって、真なる全体とは永続的に喪失された対象に他ならない。この永続化された抽象的な対象喪失は、しかし最初から存在しなかったとは限らない。そこでマーラー音楽は、幼年期の記憶の痕跡の中にユートピアを備えようとする。その痕跡は、恰も人生はただそれだけのために価値があるのだと考えられるようなユートピアである。だがその場合の幸福は、不可避的に喪失したものである。むしろその喪失感こそが初めて幸福特徴付けるのだ。

後期マーラー音楽は、プルーストの『失われた時を求めて』と問題設定を共有している。後期マーラーの音楽は、時間の喪失感をより一層強調している。アドルノは『大地の歌(Das Lied von der Erde)』を例示することで、後期マーラー音楽における束縛されない幸福と束縛されない憂鬱気質とが、身振り指し示していることを指摘する。このは、カフカの寓意的な物語がそうであったように、経験された過去の中に隠されている忘却された理念代理表象的な啓示連関、すなわち名を喚起する力に他ならない。プルーストと同様に、マーラーもまた自身の理念を幼年期から救済した。彼にとって過去とは、取り返しの付かない<特殊(das Besondere)>なものであるという点で<一般(das Allgemeine)>化されている。

『大地の歌』の乙女は、密かに恋する相手の男を憧憬の眼差しで見詰めている。この作品それ自体の眼差しもまた、吸い付くように、疑念を抱きながらも、底知れない優しさと共にある。しかしより重要なのは、この眼差しが、まるで歴史の天使のそれのように、過去へと向けられているということである。それは第四交響曲のリタルダンドのみに類似しているかのように思えるが、ほぼ同時期に成立したプルーストの『失われた時を求めて』とも照応している。

想起としての作曲

作曲しようとピアノのキーを気ままに叩く子供をアドルノが例示するのは、この関連においてである。そうした子供たちは、如何なる和音や不協和音にも、意外性と新奇性を見出す。子供はその響きを、恰も全く存在していなかったかのような新奇なるものとして聴取する。子供は如何なる音にも新鮮味を感じ取るのである。アドルノによれば、マーラー音楽にはこの子供の性格が継承されている。だがこの子供の性格は、成長と共に無常化する。マーラーはこの子供の頃の感覚を復興させようとしているようにも思える。だが彼の音楽は、過去を純粋に取り戻すことができるという幻想とは無縁である。彼はその懐古主義的な欺瞞からむしろ子供のような感覚を救済しようとする。彼は自身の楽章の全体に新奇性を「作り与える(anschaffen)」。アドルノはオーストラリアの方言を引き合いに出しながら、この「作り与える」という概念が「命ずる」という意味を含意していると指摘している。そこには幼年期の音の感覚を想起することへの能動性が仄めかされている。

叙事的な音楽は、その手段である経験が作品に染み渡ることで熟成される。そうすることで、マーラーは素材が支配するあらゆる恣意的なものを非恣意的なものに変換することを可能にした。初期マーラー音楽の一部にも、既にこうした叙事的な経験による作品の熟成が伴っていた。それはその<特殊>な性格によって周囲から際立っている。どの音も、聴取する側は聞き逃せなくなるのである。だがそれ以上に特筆すべきなのは、『七つの歌』の歌曲集である。その最後の曲となる「美しさ故に愛するのならば」の中では、歌声は主音の六度上のイ音で終わる。ここでの主和音は不協和音である。アドルノの表現を借りれば、それは恰も感情が外部を志向するのではなく、それ自体の過剰さ故に窒息しているかのようだ。表現されたものがあまりにも重苦しいが故に、それが音楽言語それ自体としてはどうでも良いものになっている。音楽言語はもはや最後まで物語らない。表現は咽び泣きのようなものとなる。後期マーラー音楽では、こうした音楽言語の沈黙と悲哀が、個々の部分的な「断片」で生じている。

しかし一方で『亡き子を偲ぶ歌(Kindertotenlieder)』は建設的に構成されている。最後の曲は初歩的な形式の終曲である。歌曲交響曲という概念は、マーラーの理念に正確に対応している。何故ならそれは、先験的に上部から付与された図式に執着することなく、意味深く互いに連続する個々の出来事の結果として生成される一つの総体であるためである。この論点についてもアドルノは、ベンヤミンの『認識批判的序論』に追従するかのように表現する。『亡き子を偲ぶ歌』と『大地の歌』の関係は、若い頃に生の約束や期待される幸福として知覚した無数の多くの出来事が、時間の経過と共に、実際にはそうした約束の瞬間の一つ一つこそが生そのものであったと認識されるような経験の中にある。後期マーラーはそれ故に獲得されなかった可能性や喪失していた可能性救済するために、そうしたものが可能であった幼年時代を眺めようとする。

ディオニュソス的世界観のよろめき

マーラー音楽が生の現実性を殊更直視しているのは、理由の無いことではない。それは現世の無常性に対する儚さのトポスであるという点では、17世紀ドイツバロック芸術と共通した志向でもある。だが穏やかな頃の現実の生に回帰したいという願望は虚しく終わる。アドルノによれば、マーラー音楽根源は、絶望と絶対的な自由という快楽との間の陶酔の中で形成されている死の領域で渦巻いている。むしろこのマーラーの音楽精神は、彼が若い頃に没頭していたニーチェのディオニュソス的なオルギアに照応している。しかし、対象を喪失した内面のディオニュソスが無力にも主人を演じて宴を開く時、マーラーの音楽は、自己自身の叫びを更に反省することで、自己自身の非真理に対する嘲笑を同時作曲する。この構成によって、マーラーは傲慢な支配欲から脱却しようとする。

確かにこの脱却は自傷的で自己破壊的な陶酔に基づいている。だがこの破壊は和解を求めている。第九交響曲のアダージョ(adagio)の終楽章における第一のニ短調の節の最後の段には、同様の自己破壊的な情動で満ち溢れた音調がある。しかし『大地の歌』の音楽叙述されている陶酔(Trunkene)する者のよろめきは、音と和音との間の隙間を通じて、言わば死を招き入れる。音楽はマーラーの中で、まさにポーとボードレールが戦慄を覚えたあの「虚無の味(Le Gôut du néant)」を獲得することとなる。アドルノの巧い表現によれば、それは恰もその恐怖が自己自身の身体から疎外されることで出現したかのようだ。『大地の歌』は、狂気の領域からもたらされている。

惑星からの美的な離別

しかしこうして単純にアドルノの自己理解に追従するだけでは、このマーラー音楽に潜む陶酔狂気の錯綜が、最終的にはアドルノの本来的故郷への美的亡命へと接続されていくことに気付けなくなる。実際『大地の歌』の「別れ(Der Abschied)」では、それまであらゆる音楽の生の要素であった幸福美的仮象が喪失する。音楽は聖なるものである。だからこそ音楽は、この世俗社会においては、もはやそこにあるようには見せ掛けられなくなる。代わりにそこで漂うことになるのは、もはや何も失うものが無い者の心地良い虚脱感だけだ。とはいえこれは単なる絶望ではない。調性の只中で咽び泣き激しく騒ぎ立てる散文の中では、音調は理由も無しに想起された記憶に圧倒された者のように泣いている。「泣く」ということには、そもそも想起以上の理由が無い。子供のように泣いて騒ぎ立てるのは、記憶想起があってこそである。

それ故にマーラー音楽作曲上の領域は、記憶想起を可能にする日記のページのように構成されている。各日付のページがそれ自体だけで緊迫しており、多くは高みへと舞い上がり、どれ一つとして他から縛られてはいない。それはまるで、ページの一枚一枚が単なる時間の流れによって剥がされていくかのようだ。音楽は言わば、その悲哀モナド的に上映している。

『大地の歌』における「大地(die Erde)」は、永遠ではないにせよ長く、そして揺るぎ無くあると叙述されている。「別れ」において主人公は、この大地に対して、「愛する大地(Die liebe Erde)」と語り掛けている。周囲は闇で包まれている。それ故にここでいう大地とは、森羅万象のような概念ではなく、惑なのである。離別する者は、大地から天高く飛翔することによって、この地球という惑を一望できるようになる。その視点に映るのは、虚無の銀河系の中で埋没した希望無き惑としての地球であって、他の惑にはより幸福な生物が存在するかもしれないという憂鬱気質な希望である。この観点から観た場合の「美」は、死にゆく者が果てしなき空間の雪塊のもとに凍り付くまでその眼を満たしている、過ぎ去った希望の反映として発現している。そうした美に魅了される瞬間は、脱魔術化された自然への凋落に対して大胆にも身を以って持ち堪えようとする。そこにおいては、如何なる形而上学も不可能であるということが、最後の形而上学となる。それ故にアドルノの『美学理論』は、この最後の形而上学の避難所となることで、脱魔術化された世俗社会の大地から本来的故郷への美的亡命を成し遂げるためのグノーシス主義的な<歴史神学>として展開されることになる。

機能的等価物の探索:『とある神経病者の回想目録』

しかしこの惑からの美的な離別という理性の企画は、まさに音楽そのものに内在する狂気によって、空中分解を余儀なくされる。何故なら音楽狂気は、アドルノがマーラー音楽に見出したように、世界の内部と外部の同一化として作用するためである。内部と外部の同一化は、内部と外部の区別棄却であると共に、双方の曖昧化と近接化を意味する。それ故に惑から距離を取る美的な意識も、遠くの銀河系に想いを馳せる憂鬱気質も、アウラの喪失の餌食となる。

マーラーが神経症に強い関心を示していた経緯を知っていれば、マーラー音楽狂気に関連付けるアドルノの発想は、全く突飛ではない。実際マーラー自身が神経質であるばかりか、彼の周辺には精神疾患を抱えた者たちが何人かいたという。その一例となるのが、彼の弟であるオットー・マーラーである。この関連から特筆すべきなのは、グスタフ・マーラーがフロイトの患者であったということである。彼がフロイトの診断を受けたのは1910年ごろである。この頃のフロイトの主要な関心となっていたのは、奇しくも当時パラノイアの症例として観察される傾向にあったダニエル・パウル・シュレーバーの回想目録であった。後に誤りであることが指摘されるものの、フロイトはシュレーバー症例を観察することで、パラノイアの機構を詳細に記述している。しかしそれ以上に重要となるのは、シュレーバーが自らの狂気叙述した『とある神経病者の回想目録』が、狂気音楽の関連を、記憶想起によって提示している点である。面白いことに、『とある神経病者の回想目録』の本文と注釈の隅々まで読み進めれば、シュレーバーもまたヴァーグナーの『タンホイザー』から少なからぬ影響を受けていたことがわかる。

ボードレールの麻薬陶酔に対する危惧は、形象の大量生産によって自我が拡散的となってしまうがために、意志による集中を介した万物照応の契機を逃してしまうという点に要約される。この危機的な意識抽象化するなら、シュレーバーの狂気を一種の形象の大量生産として観察することが可能になる。神経病に侵されたシュレーバーは、その病に端を発する超越的な体験想起した上で、それを「回想目録」という形式叙述している。その際に散見されるのが、や死霊たちの形象である。つまり彼はや死霊たちの形象の大量生産に曝されながら、「回想目録」を叙述したのである。

シュレーバーの回想目録では、の絶え間ない迫害による世界の破局と復興への希望が叙述されている。シュレーバーは、確かに回想目録の内容物語っている。だが彼の語りに耳を傾ける際に注意しなければならないのは、彼本人はこの回想目録を「自作した物語」であるとは考えていなかったということである。シュレーバーによれば、この回想目録の大多数がや死者の魂によって伝承された言葉であるという。

神経言語

もとより、シュレーバーとと魂たちの間には、共に語り合うような関係が形成されていた訳ではない。や魂たちは、シュレーバーの周囲に現われては、彼に罵声を浴びせ続けた。しかしながら、その罵声が言語によって記述された言葉であったのは確かである。シュレーバーは、こうして語り掛けられた言語を「神経言語(Nervensprache)」と呼んでいる。神経言語は、通常の人間言語とは区別される。シュレーバーによれば、その最もわかり易い一例となるのは、幾つかの単語を規定の順序で記憶に刻み込もうとする時の過程であるという。例えばそれは、学校の子供たちが詩を暗誦する場合や、聖職者が教会で呪文を諳んじる場合などの過程である。ここで唱えられる言葉は、声に出さずに詠唱される。

神経言語の操作は、通常その人間の意思によってのみ左右される。しかしシュレーバーの場合は、この神経が外部から絶え間なく操作されてしまっていたという。「神経言語」として語られた言葉は、シュレーバーの神経システムに直接語り掛けてくることで、彼の意識的な思考活動を混乱させた。や魂たちの語り掛けによって、シュレーバーは絶えず罵声を浴びせられた。魂たちの語り掛けの多くは「問い」であったという。それも、シュレーバー自身には関心が無い「問い」である場合も多聞に及んだ。それは無意味(Sinnloses)な声のお喋りであった。次から次へと問い掛けられることで、彼は返答を余儀無くされた。誤解を恐れずに言えば、それはマインドフルネスを強制されているようなものであろう。

シュレーバーは何も考えずに無為でいる自由を奪われていた。何も思考しないことすら困難であった。と言うのも、彼が思考を止めようとしても、「何を考えているのですか」といった「問い」が発せられてくるからだ。シュレーバーがしばしば表現していたような、思考するべく強迫されている状態には、無思考状態についての思考という再帰的で自己言及的な思考状態も含まれていた。

神経言語」という言葉は、シュレーバーに固有の造語であるという訳ではない。シュレーバーによれば、この概念は、「内なる声(innere Stimmen)」が彼に告げたものなのだという。内なる声は、神経言語によってシュレーバーに語り掛けられた声である。その声の主となるのは、死者の魂である。シュレーバーの回想目録では、人間の魂ととの通常の交流が、世界秩序に従って、死後に初めて実施されたと説明されている。は、死体に危険を冒さずに近付くことができる。尤も、死者からは自己意識が消滅した訳ではない。ただ眠っているだけである。は、その者たちの神経を「光線(Strahlen)」の力によって、肉体の中から外へ、すなわち自らの側へと引き出したという。そうすることでは、神の国の守りを固め、死者の魂を神経の一部へと吸収同化させたのである。

しかしながらこの吸収同化には、人間神経の浄化と篩い分けが必要となった。にとっては、純粋な人間神経のみが求められたのである。倫理的に堕落した人間神経は黒く穢れているのに対して、倫理的に純粋な人間神経は白い神経である。倫理的に低級な人間神経では、の役には立てない。したがって魂たちは、浄化されるべき魂である。

シュレーバーは、完全に浄化された魂が、天上界に飛翔していくことで、至福に到達すると述べている。至福の本質は、瞑想と結び付いた終わり無き享楽の状態にある。それは永遠の無為である。魂にとっては、享楽への永続的な没入と、人間であった頃の過去想起に耽ることは、まさに至福を意味するという。シュレーバーはヴァーグナーの『タンホイザー』を引き合いに出しながら、この状態が人間の範疇を超越していると主張する。至福に到達した魂たちは、その交流の中で、互いの記憶を交換し合う。そしての「光線」によって、まだ地上で生活している家族や友人の状況を知ることができる。

根源言語

シュレーバーによれば、その浄化を受ける間、魂たちは言語たる「根源言語(Grundsprache)」を学んでいる。「根源言語」は古めかしいが力強いドイツ語で、とりわけ豊かな婉曲語法を提供する。彼が例示するように、「根源言語」の婉曲語法は、例えば褒賞ならば罰を、毒ならば御馳走を、果汁ならば毒を、不浄ならば聖を、それぞれ指し示す。つまり「根源言語」は、極限の形式として対立し合う諸概念や複合的な諸概念を同時的に指し示す「神経言語」なのである。

ここで着目すべきなのは、とりわけ死霊たちの数であろう。死霊たちが物語るのは、形象の大量生産に他ならない。シュレーバーは、まさにこの死霊たちの形象の大量生産によって、統一的な自己意識を維持することができなくなった。シュレーバーの回想目録には、彼がこの心的状態に達するまでの過程が詳述されているのである。しかも死霊たちの声は、文法的に不完全な形で表現されている。その声の主たちは、意味の成立においては省いてしまって構わないであろう一定の語を省略するという習慣を形成していた。シュレーバーの神経は、こうして省略された語を補うべく、持続的に興奮し続けていた。そしてこの語の探索は、彼自身が認めるように、習と化した。例えばシュレーバーの内なる声は、次のような「問い」を幾度と無く発するという。「何故あなたは言うのですか?」シュレーバーによると、この「問い」の意味を成立させる上で補うべき語は、「声に出さずに?」であるという。そして内なる声は、この「問い」に対する「答え」を、恰もシュレーバー自身が思考したかの如く発するという。「何故なら、恐らく私が馬鹿だから」。

退屈な類似した問題とその解の「無意味」な反復によって、シュレーバーの神経は何年もの間、耐え忍ぶしかなかった。「答え」はあくまでも「問い」に対する「答え」である以上、「問い」と「答え」の間には時系列的な秩序が構成されている。あるいは社会システム理論的に言えば、「根源言語」に準じた極限の形式や複合的な諸概念を同時的に指し示す声が湧き出ていても、そこには「複合性の時間化」が伴っている。の「光線」は、この<非同時性の同時性>というパラドックス脱パラドックス化形式として導入されているのである。

「マークすること」

この回想目録を隅々まで読み込んでみると、興味深い事実が浮上してくる。シュレーバーは形象の大量生産に抵抗していたのだ。その方法となったのは、専ら「マークすること(Zeichen)」である。それは、想起された記憶形象を脳内に発生させるために、人間想像力を意識的に利用することを意味する。人間的な意味における「マークすること」とは、何らかの対象を提示することである。それは彫刻の原型となる塑像とは反対に平面的である。そしてそれは、色彩絵画とは反対に、無色である。

シュレーバーは、この「マークすること」を単なる模写から区別している。「マークすること」とは自然に従って描く行為ではない。もしそうならば、「マークすること」に対して人間想像力が及ぶ余地は無いということになる。「マークすること」には、外部環境には存在していない対象の像を創造することも含まれている。それは純粋に芸術的な美の提示のために実施される場合もあれば、実際にその像を建築的に造るために実施される場合もあるだろう。

シュレーバーによれば、全く以って単調な生活の無限に続く孤独の中で、無意味な声のお喋りは精神的拷問としてシュレーバーを苦しめていた。その際ほぼ毎日のように、「マークすること」がシュレーバーにとっての真の慰めとなっていた。とりわけ旅の思い出から風景の形象想起しようとした時、彼の想起内容は恰も当の風景が意のままに存在するかのような印象を与えてくれたことがあったという。その形象は驚くほど自然のままに得られたために、シュレーバーは大きな喜びを感じていた。彼は他にも、恰も試験でもするかのように、視界にマッターホルンの姿を出現させようとしていた。そしてそれは、彼が眼を閉じている時であれ、眼を開けている時であれ、同様にある程度巧く想像できたのだという。

「精神の眼」

シュレーバーの「マークすること」は、意識的に想像力を働かせることだけを意味するのではない。彼は単に意識するだけでなく、ピアノの演奏という音楽的な活動でも「マークすること」を実践していた。ピアノ用に編曲した交響曲やオペラの楽譜を演奏する際には、言わば当のオペラの上演におけるあらゆる情景やその個々の場面が「マークすること」の対象となった。その際シュレーバーは、楽劇の進行過程や登場人物たち、あるいは舞台の個々の場面を「精神の眼(geistige Auge)」によってしばしば驚くべき程の鮮明さで視るという。

シュレーバーによれば、「精神の眼」で視るというのは、光線によって直接的に神経システムの内部に投射された光や音の感覚を視るということである。通常ならば我々は、外部環境から受けたあらゆる形象を五感を介して享受する。光ならば視覚器官を介して、音ならば聴覚器官を介して、それぞれ知覚される。しかしシュレーバーのように、神経言語という「内なる声」を知覚できる者にとっては、こうした五感は必ずしも必要とはならない。シュレーバーは、たとえ目と耳を完全に塞がれていたとしても、やはり見聞きすることができるのだという。

広い意味で「マークすること」というのは、非常に高度な精神的な集中力を必要不可欠とする。それ故にこの精神的な営みには、良好な頭脳状態とそれに相応する上機嫌が求められる。この前提条件が揃えば、意のままに操れる形象を可能な限り的確に完成させることで、より一層大きな喜びが得られるという。しかし「マークすること」は、決して娯楽などではない。そこにはシュレーバーにとって決定的な意味がある。形象を「精神の眼」で視ようとすれば、光線の側は、それを打ち消そうとする。光線に抵抗しようにも、光線は、シュレーバーが意図した通りに視ようとする形象を不鮮明にしてしまう。だがこの拮抗した情態でも、シュレーバーは大抵の場合は勝利する。それは、自身に断固たる意志があるためであるという。断固たる意志がある限り、シュレーバーにとっては意図された通りの形象が視え続けるのだ。

「リズム」と「ノイズ」の差異

ピアノの演奏中にも、シュレーバーは「マークすること」を試みる。だが光線による打ち消しが、彼の正確な演奏を狂わせることがある。しかしその場合にも、断固たる意志で演奏すれば、少なからず近似的には正確な演奏が可能になる。その際、奇跡の妨害は最小限に抑えられるという。

こうして観ると、シュレーバーの「マークすること」というのは、単に形象想像することであるというよりは、「リズム」を維持することであるように考えられる。実際彼は、この「マークすること」の補足事項として、「リズム」とは反する「ノイズ」の問題を取り上げている。鉄道列車のガタガタする音や、鎖でつながれた汽船のガラガラという音、あるいは演奏会の音楽の音のように一定の持続性を持ったノイズは、「声」によってシュレーバーの脳内に語り入れられる。そうして入力された「ノイズ」は、シュレーバーにとって、恰も自身の思考内容を自身の力で形態化して話しているかのように思えるのだという。

シュレーバー自身も認めるように、これは主観的な感覚に過ぎない。話された言葉やシュレーバー自身によって発せられた言葉音響が、まさに自ずと彼自身によって享受された聴覚的な形象として伝達される。シュレーバーが主張したいのは、鉄道や汽船が自身に話し掛けてくるということではない。だがこの現象は、シュレーバーによれば、とりわけ光線として感じ取れるが故に、格別に煩わしく思えるという。彼は少しの「ノイズ」でも過敏に動揺させられていた。

シュレーバーがこうした「ノイズ」に意味を見出すのは、「ノイズ」が光線に抵抗する有力な武器になる場合だけである。シュレーバーは、少なくとも短時間は自身の意志のエネルギーを緊張させることで、外部環境から呈示されてくるあらゆる刺激を回避しつつ、神経の振動を意のままに制御できたからである。それ故にある程度の時間、彼はあらゆる「ノイズ」を支配することができていた。彼は「ノイズ」による過剰刺激を光線と拮抗させることによって、光線を打ち消す術としていたのである。

「記録システム」

しかしシュレーバーは一方で、「マークすること」に容赦無く対抗するの武器庫には為す術が無かったとも述べている。その武器庫とは、「記録システム(Aufschreibesystem)」である。そこには、長らくシュレーバー自身のあらゆる思考、慣用句、日用品、所有物、身近な事物、そして彼自身が交流する全ての人物が記録されているという。誰がこの記録に携わっているのかはわからない。シュレーバーの仮説によれば、全知全能のに知性や精神が欠落しているとは思えない。彼は、この記録の担い手が、遠く離れた天体にいる束の間に組み立てられた形態の男たちであるという。ただしこの男たちには精神が完全に欠落している。と言うのもその記録は、シュレーバーには、全く以って機械的であったと考えたからだ。

や死霊の魂たちは、この「記録システム」から情報を抽出することで、シュレーバーに言葉を届けているという。の光線は、「記録システム」というデータベースから抽出された膨大な言葉ビッグデータと化している。シュレーバーの神経には言葉の大量データが書き込まれる。その過負荷はシュレーバーの身体と脳髄を破壊してしまう。遂には「マークすること」も不可能になる。と言うのも、「ノイズ」で埋め尽くされた言葉の領域には、もはや如何なる区別を以ってしても、<マークされている領域>と<マークされていない領域>の形式を導入することが不可能になるためである。音楽というメディアも、もはや「リズム」の形態としては機能しなくなる。唸り声を上げながらピアノを破壊した時、シュレーバーの心理システムは、神経システムとの破壊的な相互作用を通じて、「意味」のオートポイエーシスを停止させることになる。彼は自己言及ができなくなった。自己自身と外部環境区別を自己自身の内部で再構成することができなくなるということである。その先に待ち受けていたのは、システム外部環境差異が消滅した、無意味無意志的な「ノイズ」の世界である。

医療の社会構造と「パラノイヤ」の意味論

1911年に提出されたフロイトの『自伝的に記述されたパラノイヤの一症例に関する精神分析学的考察』は、シュレーバーの回想目録に対する分析を主題としている。フロイトがこの考察を展開した時点では、シュレーバーは存命であった。だがフロイトが積極的に観察したのは彼の回想目録であった。フロイトは、パラノイヤ精神分析学的な観察は困難であるという。と言うのも、治療が成功する見込みが無い患者を十分に観察することはできないからである。

フロイトのこの論文は、まずシュレーバーの病歴を確認するところから始まる。そして彼の回想目録の解釈を試みた後に、パラノイヤの機構に関する洞察を展開している。シュレーバー自身は、自らの回想目録と自身の症例が科学的に検討されるべきであると主張していた。フロイトのこの論文は、彼に対する一つの応答となっている。尤も、シュレーバーに対するフロイトの観点は、精神療法医としての観点であった。逸脱した思考であっても、それは有り触れた心的生活の活動に現われてくると精神療法医は考える。妄想についても同様である。

ただし、フロイトの分析に限界があるということは、や周知されている。例えば精神分析学に関連した社会構造とその歴史意味論を遡れば、フロイトがこの論文を筆跡した時点では、パラノイヤに対する精神分析学的な分析方法は確立すらしていなかったことがわかる。実際彼のこの論文のタイトルには、確かに「パラノイヤ(paranoia)」という用語が使用されているが、括弧書きで「妄想性痴呆(Dementia paranoides)」という用語も付加されている。フロイト自身、シュレーバー症例がパラノイヤ類似しているが、実際には異なることを加味していたことは理解できる。

フロイトの良き解説者である小此木啓吾も指摘しているように、フロイトのパラノイヤ研究は、他の精神医学との関連からも歴史的な制約を受けていた。エミール・クレペリンによって「早発性痴呆」という概念が発表されたのは1893年で、オイゲン・ブロイラーが「精神分裂病」という概念を発表したのは1911年である。同時代に活動した二者とフロイトは互いに影響を与え合っていた。小此木も述べているように、こうした歴史的状況では、まだ早発性痴呆、精神分裂病、そしてパラノイヤという概念が、明確に区別されないままに併存していた。そして現代の精神医学からすれば、シュレーバー症例は当時で言う精神分裂病、で言えば統合失調症に分類される。

フロイトの意見に賛同することはできないが、その「主題化」を肯定することはできる。当時の歴史的制約を前提とした上で、シュレーバー症例から概念やモデルを抽出し、そして何を見落としたのかを明らかにするこの姿勢は、「観察観察」という姿勢に他ならない。実際フロイトは、この論文の最後に、自身の理論に妄想が潜むのか、それともその妄想の中にこそ真理が潜んでいるのかの判断を、未来の読者に委ねていた。彼の自らの盲点を差し出す姿勢は、観察するに資する態度である。現時点においても、シュレーバー症例には数々の解釈が寄せられている。後述するように、シュレーバーの記述に対するフロイトの記述に対する私の記述は、まずはシュレーバー症例に深く立ち入る前段階として、フロイトの観察とその盲点を整理しておくことを目指している。

シュレーバー症例に対するフロイトの観点

フロイトがまず着目したのは、シュレーバーが語る救済者としての役割と女性への変身である。シュレーバーにとっては、性的な被害妄想と迫害妄想が救済者としての使命感と結び付いている。その迫害の主体は、当初は精神科医のパウル・エミール・フレックシヒであった。だが最終的にはがこの迫害者となったことも念頭に置いておかなければならない。

フロイトによれば、シュレーバーは、まず最初に女性への変身という妄想が先に芽生え、その後にそれを救済者の観念に結び付けたという。フロイトがこの観念との兼ね合いから重要視する妄想は、と患者の関係に関する妄想である。妄想を扱うフロイトさえ、シュレーバー症例の妄想は非常に奇怪であったという。

確かに、シュレーバーの妄想において登場するなる概念は、他の宗教のそれとは一線を画している。シュレーバーによれば、人間は肉体と神経構成されているのに対して、神経のみで構成されている。太陽とその他の惑から発せられる光によって、は地球で起こる全ての出来事知覚する能力を有している。太陽と々の光を象徴的にの眼として語り得るのならば、知覚は、人間であれば「見ること」に該当するであろう。人間が丁度自身の手仕事による制作物に喜びを抱くように、は自身の被造物に対して喜びを抱く。しかしながらは、創造の後に、自身の創造物との交流に注力せず、言わば世界を放置した。

実際、シュレーバーによれば、人間の霊魂との正しい交流は死後にのみ実施される。だが死後の人間とのみ交流しているはずのは、奇妙なことに、生きている人間から影響を受けることもあるという。は、極度の興奮状態にある人間神経に執着するのである。人間から影響を受けるは不完全であるとシュレーバーは考えた。は、死者との交流に習熟したために、生きている人間を全く理解できていないという。

シュレーバーを迫害したのは、の奇跡や声であった。シュレーバーは、この迫害に抗うために、音楽と共に、精神的な秩序を保とうとした。シュレーバー症例は、に対するシュレーバーという人間闘争物語っている。

シュレーバーが考える至福は、官能的な快楽と密接に結び付いている。発病以前は道徳的に厳格な男性であった彼からしてみれば異常であろうが、との魂の闘争を経て、性愛への関係が変化したという。そして、官能的快楽こそが自身の義務であると考えるようになったのだ。そしてシュレーバーは、女性化することで、に愛されることとなった。そしての奇跡によって、男性の精子にあたる神経が彼の体内に入り、胎児を生み出すという。

との闘争によって、シュレーバーは、弱者たる人間として勝利する。これは、シュレーバーが世界秩序を味方につけたことを物語っている。そこでフロイトは、シュレーバーの妄想の主題を女性化との愛に区別し、に対する女性的な態度を背景とした双方の発生的な関係を明らかにしようとする。

シュレーバー症例に対するフロイトの解釈

フロイトは、自身のシュレーバー症例に対する解釈を患者自身の妄想による表出という側面と、病理の誘因という側面とに区別している。解釈を試みるにあたり、フロイトはまずパラノイヤ表現形式を正常な表現形式翻訳しようとする。

フロイトが着目したのは、最初の主治医フレクシッヒと彼との間の関係である。シュレーバーが主治医に抱いていた感情は、同性愛のリビドーによって促進された爆発的な感情であった。フロイトによれば、シュレーバーは、主治医を通じて、自身の兄弟あるいは父の本質的な存在想起し、彼らを主治医の中に再発見したのである。フロイトは、シュレーバーのに対する視点が、彼の父に対する視点と重なるという。冒涜的な批判と敵対心に満ちた反逆が、尊敬の念に満ちた従順さと驚嘆すべき在り様で混在していた。シュレーバーの父は、あまりにも早くに亡くなっている。父を奪われた息子シュレーバーの愛情の込められた思い出の中で、父がへと変容していくというのは、フロイトにとって、確かに不思議なことではなかったのだと言う。

脱男性化による女性への変身は、フロイトによれば、シュレーバーが子宝に恵まれなかった過去も由来しているという。それ故に、自身が女性化して妊娠し、自身の精神から生じる新たな人間たちを生み出したのである。しかしフロイトが注視していたのは、シュレーバーの父との関連である。光や太陽がシュレーバーにとって特別な存在であったことから、フロイトは、太陽が父の昇華された象徴に他ならないと考える。生きた人間を全く理解していないというへの苦情は、シュレーバーの父の医者という職業への非難であったとフロイトは解釈する。

シュレーバーの妄想の結末は、幼児期の性欲的追求の大いなる勝利を物語る。官能的快楽は尊敬の対象となった。なる父も、シュレーバーにその快楽を求める。去勢の恐怖が、父の恐るべき威嚇となる。だがそれすら、女性化という欲望的な空想の前提となったのだ。したがってフロイトの結論によれば、シュレーバー症例は父コンプレックスに基づいていることになる。

シュレーバー症例に対するフロイトのパラノイヤ論

しかし父コンプレックスだけでは、パラノイヤ特徴を規定することはできない。当時のフロイトの推論によると、パラノイヤは、その病状を形成する何らかの機構や、逆に正常性を抑制する何らかの機構が必要であるという。

フロイトによれば、パラノイヤは、同性愛的欲望的空想に対する自己防衛のために、同じく同性愛的迫害妄想が反応的に惹起されるところに、パラノイヤ特徴があるという。パラノイヤの症状として発現しているのは、根源的に未分化な性愛願望である。リビドーに関する精神分析学によれば、性愛願望は自体愛(Autoerotismus; Autoerotism)から対象愛へと発展する。故に根源的に未分化な性愛願望とは自体愛である。

パラノイヤにおいては、この性愛願望が、同性愛的段階に退行(Regression)するのだという。この同性愛的欲求は、直ぐには解消されない。異性愛の挫折や社会的な不遇によって解消されなかったリビドーが逆行して、妄想の退行現象を生み出すのである。

ここから、パラノイヤ精神内では、「男性が男性を愛する」という同性愛的欲望的空想の欲求というテーゼに対する、強烈に否定的なアンチテーゼが提示されることとなる。すなわち、「僕は彼を愛している」に対する否定である。フロイトは、このアンチテーゼを四つに区別している。「僕は彼を<愛し>ていない」、「僕は<彼を>愛していない」、「嫉妬の妄想」、「誇大妄想」である。

まず「僕は彼を<愛し>ていない」というアンチテーゼは、一種の感情であって、内的知覚である。この内的な知覚は、外部環境による刺激としての知覚によって、「僕は彼を憎んでいる」へと変換される。そして投影が働くことで、「僕が彼を憎んでいる」のは「彼が僕を憎んでいる」からだと解釈される。そしてこの憎しみは、「彼が僕を迫害している」となり、最終的には迫害妄想となる。

「僕は<彼を>愛していない」というアンチテーゼもまた投影機構に準じている。すなわちこのアンチテーゼは「僕が愛しているのは<彼女>である」のであって、何故なら「彼女が僕を愛している」からだと考えられる。こうして愛の知覚は、被愛妄想へと結実する。

「嫉妬妄想」について言えば、フロイトは唐突にもアルコール依存症患者を例示している。フロイトによると、女性に幻滅した男性はアルコールに走り易いという。飲み屋に集った他の男性たちが彼に同性愛的リビドーを向けると、「この男性を愛しているのは僕ではない」という知覚から「彼女こそがこの男性を愛しているのだ」となり、女性と他の男性とのあらゆる人間関係が疑わしいものとなり、嫉妬妄想が成り立つ。ただしこれはあくまでも男性の場合であって、女性の場合の嫉妬妄想はまた別である。シュレーバーが男性であったことから、ここでは男性の場合のみを取り上げておく。

最後に、誇大妄想というアンチテーゼは、「僕は全く愛していないし、誰も愛していない」という全否定から始まる。人間は、自身のリビドーを必ず何らかの対象に向けなければならない。この周囲に対する全否定は、それ故に自己自身をリビドーの対象にすることを促している。「僕は僕のみを愛している」となる訳だ。

一見するとフロイトのパラノイヤ論は、投影機構と深く結びついているようだ。だがフロイトも指摘する通り、投影はパラノイヤに固有の症状ではない。むしろ彼が重視したのは「抑圧(Unterdrückung; suppression)」の機構である。

欲動が正常な場合に期待される発達を示さない場合、そこに潜む発達抑止の影響から幼児段階に留まってしまう抑圧状態を「固着(Fixierung; Fixation)」と呼ぶ。この固着によって、リビドーは無意識の体系に属する流れになり、病因となる。

一方、本来の抑圧たる「原初の抑圧(Urverdrängung)」は、より高次に発達しており、意識化することが可能な自我から発生する。固着が本来受動的であるとするなら、この原抑圧は意識的である分能動的であるかのような印象を与える。しかし実際は、抑圧を動機付ける嫌は、抑圧されるべき対象と抑圧された衝動の間の一定の関連に基づいている。故に、言わば意識の反発力と無意識の引力は同じ意味を成す。

フロイトの精神分析学に準拠するなら、シュレーバー症例は、この抑圧に失敗し、抑圧されていたものが噴出し、回帰することで発症している。フロイトによれば、シュレーバーの世界没落妄想は、彼のリビドーの撤収に端を発する。その結果、シュレーバーにとって、一切は等しく無意味かつ無関係の存在となった。だがそれに対する二次的な合理化によって、その破局した心象風景は奇跡として説明されなければならなくなった。世界没落とは、彼の精神内の破局の投影に他ならないのである。

したがってパラノイヤは、「無意味」から意味を、あるいは「無関係」から関係を抽出しようとする強烈な志向であると言える。宛ら、「お前のやることには意味が無い」と言われた者が、「世界には意味が無い」と言われたと拡大解釈し、「世界に意味を見出そうとする自分のやることには意味がある」と曲解するようなものなのかもしれない。

もう少し厳密性を期するなら、シュレーバーの回想目録の記述を素朴に眺めるだけでは理解が困難かもしれないが、シュレーバーの回想は、内的世界で抑圧されていた感覚が外部環境に投影された結果であると解するのは誤りである。むしろ、内的に破局と見做され破棄されていなものが外部環境から回帰してくると考えるべきであろう。パラノイヤの患者は、没落した世界の再建を志向する。したがってその妄想の形成は、実際には回復の試みであって、再構築なのである。

しかし、フロイト自身も認める通り、以上の精神分析学的な観察は、欲動論の範疇から観た場合の観点に限定される。リビドーと関心一般の関連については説明不足に留まっている。このことを説明するには、自我欲動と性欲動の詳細な関連付けが必要となる。加えて冒頭でも取り上げた通り、現代の精神医学においては、シュレーバー症例は統合失調症に分類されている。パラノイヤ論からシュレーバー症例を観察した場合、その統合失調症としての特徴盲点となることはわかり切っている。

最後に、フロイトのパラノイヤ論それ自体の限界を指摘しておこう。「僕は彼を愛している」に対する否定から始まる四つのアンチテーゼは、どれも一定の「文法」に基づいた構文論的な記号操作に終始している。この観点から観れば、指し示す側と指し示される側の区別に基づいた記号論的な「意味(Bedeutung)」は捉えることはできても、自己指示的で自己包含的な「意味(Sinn)」を捉えることはできなくなる。これでは、心理システムが「意味」を構成するシステムとして汎化され得る点、そしてこの汎化の観点から可能になる社会システムとの相互浸透関連が観えなくなるであろう。つまり、『社会構造意味論』の社会的文化進化パラノイヤ心理システム構成する可能性である。

権力の瞬間

エリアス・カネッティが指摘しているように、シュレーバーの回想目録は、常に何らかの形で「大衆(Masse)」と関わっている。シュレーバー症例に対するカネッティの観点に立つことで、我々は彼の病状を精神医学の問題設定から社会システムの権力論の問題設定へと展開することが可能になる。シュレーバーの回想目録で最も直接的に妄想されている「大衆」は、死霊に他ならない。それも宇宙住まう死霊である。宇宙住まうという描写の意味するところは、その規模や量にある。宇宙に遍在する死霊たちの数は計り知れないということである。

その無数の死霊たちが、ある時、シュレーバーのところへ押し寄せてきたという。大量の死霊の近接化に抵抗するシュレーバーは、近付かぬようにと警告するが、死霊たちはそれを無視する。と言うのも死霊たちにとって、シュレーバーは魅力的な存在であったためだ。シュレーバーによれば、自身に引き寄せられる死霊の大多数は、生前シュレーバーと私的な関係にあった者たちで、その魂はも尚彼に格別の関心を保持していたという。

これは死霊という形象の脱アウラ化を意味する。だがシュレーバーが回想する彼と死霊の関係は、単なるカリスマとその群れの関係にあるばかりではない。カネッティによれば、シュレーバーと魂たちとの間の真の関係は、巨人と小人の区別によって記述できる。一方では一人の巨人が存在し、他方ではその周囲で蠢く小人たちが存在する。小人は巨人に吸収同化されることで、完全に姿を消す。巨人の小人に対する作用は破局的である。巨人に力を与えたのは、まさにこの脅威であった。そして、一旦巨人が小人を制御する方法を知ると、彼は自身の引き付ける権力を大いに誇るようになる。

この巨人と小人の区別は、力の大小関係を指し示している。カネッティによれば、シュレーバーの妄想は、実際には政治権力としてモデル化されている。つまり、大衆を食い物にして生存している権力者のモデルである。この場合、巨人は権力者であって、小人たちは大衆ということになる。だが忘れてはならないのは、シュレーバーの妄想では、ここでいう小人たちが、大衆であると共に、死霊として回想されていたということだ。したがって、巨人と小人の区別は、権力者と大衆区別に対応すると共に、生存者と死者の区別にも対応することになる。

言い換えれば、シュレーバーの妄想の瞬間とは、まさに生存可能性が担保された瞬間である。そしてカネッティが指摘するように、まさにこの生き残る瞬間こそが、「権力の瞬間(der Augenblick der Macht)」と照応する。死という驚異的なショック体験は、生存者と死者の区別によって解消され、一種の「満足(Befriedigung)」へと変貌する。と言うのも、自分自身は死者でないからである。

生存者と死者の区別を主導的な差異として導入している観察者は、他者の死のショック体験に注意を集中させることによって、自己自身の死の可能性に盲目的となる。この盲点が、自己自身の不死性に対する妄想を助長させると共に、より永く生き残りたいという願望を芽生えさせる。しかしこの区別を生存者の側で再導入するには、新たな死のショック体験が必要になる。そのための手段として採用されるのが、殺人や戦争をはじめとした闘争コミュニケーションである。こうして自己自身が唯一の生存者となるまで、生存者は生存者と死者の区別を自己自身の内部に再導入し続ける。カネッティによれば、この生存欲求に駆動されて生み出された観察者が、権力者である。

シュレーバーの妄想的な観察を権力論的に観察するカネッティの観点は、無論両大戦の時代背景に根差している。確かにカネッティのライフワークを象徴している『大衆と権力』には直接的な参照問題として導入している箇所が見当たらないのだが、しかし1920年代から1930年代をウィーンで過ごしたユダヤ人から観れば、この問題は自明な程切迫していた。カネッティの権力論はこの時代背景を抽象化することで、権力者たちの欲求に照準を定めている。

リズミカルな大衆

シュレーバーの妄想的観察に対するカネッティの権力論的観察は、一方で権力者と大衆区別を導入した場合に――恐らくは、生存者と死者の区別を導入した場合にも――伴う盲点を明るみに出している。と言うのも大衆は、自己自身と他者の差異を曖昧化するためである。この点で言えば、大衆音楽狂気機能的に等価となる。大衆の中で構成される群衆は境界を侵犯する。それは社会システムの「分化(Ausdifferenzierung)」を棄却する。否定するのではなく、棄却するのである。シュレーバーが妄想したように、近付かぬようにという警告は、ここでは何の役にも立たない。

大衆と権力』は、社会システム内部での絶対的平等大衆化の条件としている。個々人がそれぞれの差異と境界を抹消して大衆となる瞬間こそが、幸福救済の瞬間となる。カネッティによれば、集団は指導者に先導されて大衆になるのではない。そうではなく、集団は絶対的な平等の状態を目指すからこそ大衆となるのである。その際、大衆形式化するメディアとなるのは、音楽である。カネッティは、大衆音楽による聴覚的体験が共有されることから生起すると考える。こうして形成された大衆運動は、「リズム」を有している。カネッティはこの集団の聴覚的な性質を指して「リズミカルな大衆(rhythmische Masse)」と名付けている。

この大衆論は、シュレーバー自身が死霊を大衆として描いていたか否かはともかくとして、カネッティとシュレーバーの対照的な観点を浮き彫りとしている。と言うのもシュレーバーは、音楽の演奏を「記録システム」の対抗策となる「マークすること」の実践的具体例として取り上げていたからだ。一方これに対してカネッティは、シュレーバーの周囲に群がる死霊に対応した大衆こそが、他ならぬ音楽によって構成されているという。だとするとシュレーバーの「マークすること」という問題解決策は、それが妄想であること以上に、無視できない一つのパラドックスを招いている。シュレーバーの音楽は、一方では死霊としての大衆に抵抗する「マークすること」の営みであったのに対して、他方ではむしろこの大衆の積極的な形態化を助長していたのである。少なからず限界に達する直前のシュレーバーにとって、自身に引き寄せられてくる死霊としての大衆は「ノイズ」以外の何物でもないはずであった。だが当の「ノイズ」としての大衆は、まさに音楽の「リズム」によって構成されていたのである。

しかし、この「リズム」と「ノイズ」のパラドックスは、この区別をこの区別の内部に再導入することによって、「展開」することができる。「リズム」と「ノイズ」の区別を「リズム」の内部に再導入するのである。すると「ノイズ」としか思えない過剰刺激も、それこそリズミカルに制御する可能性があるという認識を持つことができよう。無論シュレーバーのように手遅れになってしまった心理システムには、もはや「意味」を構成するシステムとしては機能不全に陥ってしまったために、この脱パラドックス化形式構成できずにいた。だが、我々の問題パラノイヤ理論や統合失調症の病理学に深入りすることではない。麻薬の諸々の機能的等価物問題となる場合、異なる様相から観点を再設定することになる。つまり、陶酔状態にある神経システム心理システム、そして「意味」を構成するシステムの作動の実態を観察することによって、「リズム」と「ノイズ」の区別を「リズム」の内部に再導入するという意味処理規則が如何にして可能になるのかを確認すれば良いのである。

問題解決策:構成と表現の区別

芸術作品の制作の契機となるのは、芸術家による「素材(Material)」の獲得である。アドルノによれば、素材とは、芸術家の前に現れて、芸術家に決断させるような全ての事物を指す。音楽ならば音響素材となる。芸術家は素材を様々な形態で組み合わせることで、芸術作品を創作する。この形態化を特にアドルノは「構成(Konfiguration)」と名付けている。音楽であれば「作曲(Zusammensetzung)」が構成の一種となる。作曲をはじめとした構成という営みは、『認識批判的序論』の理念論に準じて言えば、個々の素材の「星座のような位置関係(Konstellation)」を形態として叙述する営みとなる。

だが素材は純粋な自然の産物ではない。それは人為の介在を許した人工物である。それ故に素材歴史的な痕跡を内在させている。素材歴史は、素材のユースケースを方向付けてもいる。芸術家はそのため素材を利用することで、素材歴史性による社会化の影響を受けることとなる。だからこそ芸術家は、素材を純粋な恣意として利用することができないのである。

これを前提とすれば、構成によって「表現(Ausdruck)」された芸術作品は、芸術家の内に秘められたものを純粋に投影しているとは限らない。それは、その作品を制作する際の社会的文化的な背景を再現した表現である場合もあれば、社会を批判するための表現である場合もある。だが専ら危惧すべきなのは、社会化された芸術家が、既得権益や文化産業に好都合な表現に徹してしまうという危険であろう。そうした危険が伴う以上、素材の加工の過程における社会化によって、構成形態としての理念を無常化させた表現へと結実してしまう可能性は常に想定しておかなければならない。

アドルノが芸術作品の表現の拠り所に注意を払うのは、このためである。しかしトップダウン的な構成に基づく表現でも、ボトムアップ的な構成に基づく表現でも、アドルノを満足させるには至らない。彼はこの区別棄却した上で、<外部要因による表現>と<内部要因による表現>の区別を導入している。芸術の自律性を追求するためにアドルノが重視したのは後者の表現である。その複雑怪奇な『美学理論』を翻訳するなら、彼が求めたのは、言わば後にニクラス・ルーマンが取り上げたオートポイエーシス的な構成なのである。アドルノは、外部環境による圧力に屈しない自律的な内部からの構成を求めたのだ。

しかし憂鬱気質のアドルノにとって、芸術家は沈黙を余儀無くされている事物の「苦悩(Schmerz)」を表現する使命を担っている。彼にとって表現とは、苦悩表現以外の何物でもない。アドルノは『啓蒙の弁証法』を記述した頃から、苦悩体験こそが真実の条件であるという全く宗教的な物言いを繰り返すことで、被造物でありながらも能動的であろうとする人間苦悩を形而上学的に再記述する神学の隠れ蓑として、自らの『美学理論』を展開する。彼にとっての苦悩とは、偶発性に曝された近代社会における羅針盤のようなものである。『否定弁証法』的に言えば、苦悩体験は、あらゆる否定否定を覆すアルキメデスの支点となる。アドルノの重く深い責任感は絶望をも跳ね除けて、あらゆる事物を救済の観点から観る哲学的ラジカリズムを敢行する。その『美学理論』はまさに疎外の完成による救済を約束する。救済するのはではなく芸術の匿名性である。何故なら、自らの苦悩表現する能力を有しているのは、ではなく芸術家であるためだ。

構成表現区別は、極限の形式の<両極>である。両者の中間を埋める媒介を要求しても、中途半端な理念か中途半端な表現が生み出されるだけである。むしろいずれか一方を極端に突き詰めてこそ、構成表現の関係は合理的な関係となる。一方を徹底すれば、他方も徹底したことになるのである。このことは、シェーンベルクが試みた不協和音の解放にも照応している。協和音不協和音区別区別の内部へと再導入するのと同じように、構成表現区別もまた再導入の対象となる。一見して無調による表現を重視しているかのように思えるシェーンベルクが、実際には調性以上に構成を重視していたのも、このためである。

作曲の作曲

シェーンベルクの構成としての作曲は、構成表現区別構成の側に再導入している。しかしこれに対してアドルノのグノーシス主義的な美学は、苦悩表現するというをも超えた使命を担う都合から、構成表現区別表現の側に再導入している。これこそが、アドルノとシェーンベルクの間に伴う決定的な差異となる。シェーンベルクが<構成>の構成という自己論理的な推論によって作曲システム合理性を可能にしているのに対して、アドルノは<構成>の表現という再導入によって苦悩を<理性>的に体験し続けている。この苦悩体験に没頭しているアドルノの盲点となっているのは、シェーンベルクが実践していたような、構成構成し、作曲作曲するような自己言及的な営みである。

思えばシェーンベルクの『テクストとの関係』は、自らの作曲法に対する自己言及であった。それによれば、彼にとっての音楽陶酔とは作曲の狂乱である。それは最初の言葉の響きから始まるのであった。しかしそれは、テクストの全否定意味しない。実際シェーンベルクの音楽と『テクストとの関係』は、それ自体テクストとして記述されている。アドルノが見出した弁証法的な関係のように、音楽とテクストは一回限りの接点しか持ち得ないのではない。そうではなく、音楽とテクストの関係はパラドックス化された関係なのである。シェーンベルクが作曲を実践する場合には、音楽としての歌曲とテクストとしての歌詞の区別音楽の側に再導入される。だが彼が作曲を再構成しようとする際には、『テクストとの関係』のように、音楽とテクストの区別がテクストの側に再導入されることで、度はテクストの側が、シェーンベルクの作曲作曲という自己言及形式化させるメディアとして機能することになる。テクストという言語メディアがあるからこそ、シェーンベルクは自身の構成としての作曲反省することができたのだ。

機能的等価物の探索:メディアと形式の区別

社会システム理論的に言えば、シェーンベルクの自己言及的な作曲に伴うパラドックスは、ゲシュタルト心理学者のフリッツ・ハイダーに由来するメディア形式区別を導入することによって、脱パラドックス化することが可能になる。このメディア形式区別は、メディア形式の双方が高度に抽象的な関係概念であることを言い表している。端的に言えば、ここでいうメディア(medium)とは、比較的緩やかに関連付いている諸要素の集合である。これに対して形式(form)とは、メディアが提示する諸要素の集合の中から、相互依存性が比較的高い関係にある諸要素を選択することで、緊密に関連付いている諸要素を指し示す。

形態の融解性

更に抽象化して言えば、メディアは、「形態(Gestalt)」が有する凝固した形状を受容する能力と共に、その高度な融解性によって特徴付けられる。このことが意味するのは、メディアが、その形態の範疇において、特定の諸要素から構成されているということである。そしてこの諸要素は、相互に緩やかに結合されている。例えば空気は、気体を緩やかに結び付けているメディアである。空気は、それ自体ではノイズを凝縮する訳ではない。だがノイズを伝達することはできる。我々が時計の規則的な音を耳にすることができているのは、空気自体がその音を鳴らしている訳ではないためである。

これに対して形式は、諸要素の依存関係を集中的に濃縮することで成立する。それは、メディアによって提供される諸要素の選択と集中によって成り立つということである。メディアが緩やかに諸要素を結合するのに対して、形式は緊密に諸要素を結合する。先に例示した空気というメディアに対して、音は形式として構成されていると言えよう。例えば時計の規則的な音は、「リズム」として形式化されていると言える。

<マークされている領域>と<マークされていない領域>の形式

形式を導入するということは、何らかの区別をマークするということである。この「何らかの区別」の選択候補となり得るのが、メディアから提供された諸要素なのである。形式を想定するということは、<マークされている領域>と<マークされていない領域>の差異を前提にするということを意味する。それは、諸区別区別することで、特定の区別を選択するということでもある。言い換えれば、形式はマークされることなしに潜在化している別のあり方でもあり得る区別盲点として位置付けている。

このことは、形式メディア区別にも適用される。形式メディア区別は、それ自体形式としてマークされている。故にこの区別は、何らかの第三項を排除している。しかしながら、この形式メディア区別の自己論理的(autologisch)な推論は、メディアにおいても適用される。形式メディア区別は、メディアとして機能することで、様々な区別形式として導入することを可能にする。実際このメディア形式区別を応用したルーマンは、このメディアによって、知覚メディア言語メディア、そしてコミュニケーション・メディア理論を導入している。これらの理論は、彼自身が記述しているように、別のあり方でもあり得る理論盲点として位置付けることで可能になっている。彼はこれらの理論形式としてマークしていたのである。

メディアとしての「ノイズ」

近代社会機能的な分化という社会構造を前提とすれば、芸術システム象徴的に一般化されたコミュニケーション・メディア芸術作品である。一方で芸術システム形式としての組織システムは、美術館やコンサートホールのような、芸術作品を陳列する空間時間を提供するシステムである。だがヴァーグナー音楽の聴衆に対するボードレールの嘆きからもよくわかるように、都市の群衆は、もはやこうした組織システムの作動に依存していない。ハーバート・アレグザンダー・サイモンに倣っていえば、一般に組織システムは、意思決定のコミュニケーションによる「不確実性の吸収(uncertainty absorption)」という機能を担う。例えばコンサートホールという組織システムは、聴取する音楽主題、演奏者、楽器、あるいは演奏者や聴取者の座席などの選択肢を予め限定することで、音楽主題としたコミュニケーションの不確実性を吸収する。だがボードレールが老道化師と共に観察したように、都市の群衆は様々な「ノイズ」を「リズム」と共に奏でる。ボードレールと老道化師が聴取することになった「ノイズ」とは、コンサートホールが機能していれば直面していなかったはずの不確実性であるとも言える。

したがって、都市の群衆を前提とした音楽観察するには、もはや象徴的に一般化されたコミュニケーション・メディア形式としての組織システム区別棄却せねばならなくなる。その機能的な代替案となるのが、メディア形式区別である。都市をはじめとした空間には、自動的に音源へと結び付き得る様々な音響がある。商業主義の広告宣伝はもとより、スマートフォンや携帯電話の突然の着信音、車掌の独特なアナウンス、駅内を歩く社会人の規則的な靴音、学生の甲高い声、そして電車の走行音など、「ノイズ」の原因を諸々の事物に帰するという観点は、その後の聴覚的な体験経験、そして行為を指し示す上で有用となる。

このことは音楽の場合にも該当する。電車の中で微かに聴こえてくるイヤフォンの音漏れは、周囲の乗客から観れば、それ自体として「ノイズ」ではある。だがそれを注意するのもまた、そのイヤフォンで音楽を聴いている乗客にとっては「ノイズ」に他ならない。「ノイズ」には別の「ノイズ」を遮断する機能がある。音響学的に言えば、このことは「マスキング(Masking)」という概念で一般化できる。我々は大きな音量の音響の直後に聴取された別の音響聴取できない。このことは音圧や周波数の最小値が突如として変異した場合にも起こり得る。

その一方で「リズム」の方には、別のあり方でもあり得る「リズム」を構成する貯蔵器のような機能がある。音楽の「リズム」は、作曲可能性のための空間を創出することで、構成としての作曲意味処理規則となる。音楽芸術作品として観察されれば、その鑑賞者は、その前提となる作曲法を他の作曲法と比較することが可能になる。だが音楽という芸術作品が形式として作曲法を規定しない限り、後続の鑑賞者にとって、どの作曲法を選択すべきなのかは未規定のままになる。つまり形式が緊密な連結を生み出さない以上、如何なる「リズム」も、また別様の「リズム」と緩やかに接続し得るのである。

メディア形式区別を前提とすれば、特定の音配列によって、形式が自己自身を刻印し得るメディアが何よりも優先的に創出されなければならない。例えば作曲と演奏の区別という形式は、記譜というメディアをもたらす。記譜は当初、技術的な支援としてしか用いられていなかった。だがそれは、音楽形式を視覚的に限定するグラフィックなメディアとして利用されるようになっている。音楽は、こうしたメディア形式の様々な差異情報として理解することで、それを主題としたコミュニケーション展開できる人格においてのみ、コミュニケーションとして機能する。音楽として演奏される緩やかにしか連結されていない隙間や行間を聴取することができる人格に対してのみ、音楽は、形式による緊密な結び付けとの関連から、調性を通じて通常期待され得るよりも遥かに多くの音響主題化を可能にするのである。如何なる人格に対しても、「ノイズ」は沈黙から区別された形式となる。「ノイズ」は、沈黙と非沈黙の差異として、我々の注意を引く情報となる。音楽はこのことを前提とした上で、この注意を引くということを強いる。そうすることで音楽は、メディア形式という第二の差異に注意を更に引く。

しかしここでより重要となる第三の差異は、メディアとしての音楽の「リズム」と形式としての音楽の「リズム」の区別である。作曲から演奏への流れにせよ、鑑賞から作曲への流れにせよ、あるメディアとしての音楽は、別の形式としての音楽構成することを可能にする。そして形式として構成された音楽は、度は別の音楽形式化のためのメディアとして機能し得る。音楽作曲という構成は、このメディア形式差異によって駆動される自己言及的なコミュニケーションとなる。

すると逆を辿ることで、我々は<メディア>のメディアを遡及することも可能になる。だがこの遡及は無限後退パラドックスを招く。そもそもにおいてメディア形式区別意味論は、まさに<メディア>のメディア無限後退パラドックス脱パラドックス化する形式なのである。

とはいえルーマンは、この<メディア>のメディアを遡及した際の<極限>を仄めかしてもいる。ここでいう<極限>のメディアとなるのは、社会に他ならない。何故なら社会は、音楽のような芸術に限らず、あらゆるコミュニケーションの総体となるシステムであるためだ。この観点は、アドルノの自律的な芸術という概念とは対照的である。アドルノは社会の外部から社会を批判する力として芸術を位置付けている。これに対してルーマンは、芸術を社会の内部の機能システムの一種に過ぎないと考える。と言うのも社会システム理論は、社会システム外部環境区別社会システムの内部に再導入(re-entry)するためである。

現代音楽聴取可能性の限界を侵犯する試みであった。だがその試みには、あくまでもその侵犯それ自体がコミュニケーション主題として聴取することが可能であるという制約が伴っていた。社会とはコミュニケーションの総体である。社会の外部に自らを位置付けるグノーシス主義的な観点すら、コミュニケーション主題となる以上は、社会の内部に位置する。アドルノがマーラー音楽に見出した惑からの美的な離別の可能性は、社会の内部で実行されることになる。銀河系すら、社会システムの内部に位置するのだ。アドルノの苦悩は、無論彼自身は十分自覚していたようだが、自分の髪の毛を掴むことで自分を泥沼から引き上げようとするミュンヒハウゼン男爵の身振りを認識のモデルにしていたことに由来する。要するに彼の苦悩は、パラドックスパラドックスとして直視するあまりに、それを展開できていないことに起因している。

「ノイズ」の「リズム」

社会というメディアの中には、マトリックスとしての大衆形式として構成されている。ヴェールとしての群衆は、このメディアとしての大衆の中で形式化される。ボードレールが老道化師と共に観察していた都市の群衆の「ノイズ」は、ヴェールとしての群衆というメディアの中に刻印される形式となる。だが群衆形式化させる「ノイズ」は、一方では音楽的な「リズム」のメディアとしても機能する。そしてこの「リズム」は、大衆それ自体に働き掛けることで、「リズミカルな大衆」の構成に寄与する。こうして社会というメディアは、音楽として構成された「リズム」と群衆の「ノイズ」の相互浸透展開される。一方が他方のメディアとなる場合もあれば、その逆もあり得るのである。

ノイズ」が「リズム」を無常化させる阻害要因として遭遇するとしても、最初から「リズム」の構成を断念するのは恣意の戯れに過ぎない。むしろ「ノイズ」が伴い得ることを初めから計算した上で、あえて「リズム」を構成する態度こそが重要だ。「リズム」を作曲する観察者は、その音響群衆の「ノイズ」によってどのような共鳴を引き起こすのかを聴取しなければならない。その残響の隅々まで聴覚的に享受することで、それが如何なるメディアを背景として形式化した「リズム」なのかを判読するのである。

特に音楽を<陶酔の技術>として構成する場合は、むしろ群衆の「ノイズ」と合成されることで引き起こされる創発的な「リズム」こそが参照問題となるであろう。この場合、音響構成者は、群衆と自己自身に対して聴覚的な神経刺激を呈示することになる。その「リズム」と群衆の「ノイズ」が共鳴することで構成される別様の「リズム」が実際に<陶酔の技術>として機能しているか否かは、自己自身と群衆観察することで判断できる。しかもそのフィードバックは恐らく、自己自身と群衆相互行為を介して、即時的に得られるはずだ。構成された音響は、まるでマトリックス化された大衆というデータベースに対する問い掛け(Query)として機能する。結果として抽出されるのは知覚データである。我々はそれを言語というメディアの中で認識するであろう。人間学的唯物論を前提とすれば、このデータの問い合わせを躊躇する必要は無い。既に複製技術知覚メディアが、遊戯空間構成しているためである。「第二の技術」は、集団の身体に対する神経刺激においてすら、その失敗を緩衝してくれるであろう。

問題再設定:「万物照応」の想像力、あるいは「全体」を凌駕する「部分」

ベンヤミンによれば、意志を養って活気付けるのは、想像された形象に他ならない。これに対して、単なる言葉は、意志に点火して激しく燃え上がらせることはあれど、その後の意志は焦げて燻り続けるだけである。健やかな意志というのは、形象を正確に想像することによって可能になる。そして、この形象想像を可能にするのは、神経刺激に他ならない。神経刺激が無ければ、形象想像はあり得ないのである。

この神経刺激想像の関連は、「直感(einer Anschauung)」とアウラの関連でも説明できる。我々がある事物に対して直感的に知覚する時、「無意志的記憶」という「住まい(beheimatet)」の中では、その直感の対象の周囲に様々な表象がアウラとして集合する。この直感対象に纏わり付くアウラは、「利用する対象への習熟として定着した経験(der Erfahrung, die sich an einem Gegenstand des Gebrauchs als übung absetzt)」に対応するようになる。カメラをはじめとした複製技術知覚メディアは、確かに通常、ショック体験として享受される。知覚メディアは、「視覚的な無意識」を暴露すると共に、複製した事物を脱アウラ化することで、我々にショック効果を呈示する。知覚メディアは「意志的記憶」の範囲を拡張する。出来事の細部を映像と音響で記録することが常に可能であるためだ。しかし一方で知覚メディアは、複製技術の大量生産によって、事物を触覚的に享受することによる習慣形成をも可能にする。

したがって、神経刺激を呈示する複製技術知覚メディアには、意志による想像を駆動する機能がある。過剰な神経刺激は、形象の大量生産を生み出すことで、意志による集中を阻害する可能性は勿論否定できない。しかし蒐集のように、触覚的な享受記憶の洪水の防波堤を敷くことができる者は、このショック体験ショック経験へと変換した上で、この神経刺激想像に役立てることができる。そして「視覚的な無意識」を露呈させる知覚メディア特徴的なのは、細部の中に微細なものを、微細なものの中に極小のものを、神経刺激として我々に呈示してくれるということである。それ故に『一方通行路』におけるベンヤミンの想像力に関する次の定義は、知覚メディアを前提とすることによって、極めて実践的な指南となる。

「想像力とは、無限小(unendlich Kleinen)の中に内挿する才能、つまり如何に内部に対して集中しているものでも、外へ伸び拡がるものであると見做し、それに新しい圧縮された豊かさを発明する才能なのである。要するにそれは、あらゆる形象(Bild)を、折り畳まれた扇の絵(Bild)の如く受容する才能なのだ。」
Benjamin, Walter. (1928) “Einbahnstraße”. In: Gesammelte Schriften Bd.IV/1, Frankfurt am Main : Suhrkamp. 1972, S.83-148., 引用はS. 117より。

マトリックスとしての大衆の中で、ヴェールとしての群衆に覆われながら、我々は脱アウラ化された事物で技術的に組織化された集団の身体という「容器」の中に「住まう」。そこに展開されるのは100%の「形象空間」としての「身体空間」である。街路名をはじめとしたユーザー・インターフェイスとしての「名」を経由して、神経刺激が我々の脳髄に浴びせられる。その個々の瞬間で想像力を膨らませることができるのは、大量に生産された形象触覚的に享受できる蒐集家のようなユーザーのみである。そうしたユーザーだけが、万物照応という想起知覚データに接続(access)できる。「知覚できない事物間の類似性」のデータベースは、知覚メディアが顕在化させる無限小の細部の中で保管されている。これに対して音楽は、こうした接続先のデータベースに対する問い合わせ(Query)となる。それは「リズム」として構成される。マトリックスとしての大衆は、問い合わせとして入力された「リズム」に対して、群衆の「ノイズ」と共鳴した「リズム」とその残響を返す。どのような知覚データが返ってくるのかは、社会をも含めた諸々のメディアに左右されることである。

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