ヴァーチャルリアリティにおける動物的「身体」の物神崇拝的なユースケース

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派生問題:人間中心主義的な自己認識からの脱却は如何にして可能になるのか

1960年代には下火になった閾下知覚の研究も、プライミング効果方法に観点が移されることによって、遅くても1980年代には再び注目を集めるようになった。「閾下刺激」という用語を使用することに抵抗を覚える心理学者であっても、例えば「プライミング(priming)」という用語ならば躊躇わずに使うことができる。そしてリベットをはじめとした神経科学的な実験報告は、閾下知覚潜在記憶可能性を否認することを不可能にしている。

リベットの神経科学的な実験報告によって勃発したのは、専ら人間の自由意志の有無であった。しかし上述したように、閾下知覚を可能にしているのが広告をはじめとしたメディアであるという前提に立つのならば、派生問題として観察されるべきなのは、「人間」という概念の問題である。「人間」という概念が、「人間」の気付かぬうちに、非「人間」的な人工物によって変異させられ得るということこそが、ここでの参照問題である。

社会が閾下刺激可能性に盲目的であれば、メディアによる身体拡張の影響を計り難くなる。正確に言い直せば、メディアによる身体拡張は、本来潜在的なのである。等価機能主義的に観察するなら、この問題は更に拡張することができる。メディアによる身体拡張エンハンスメント機能的等価物であるのならば、「人間」を変異させ得るエンハンスメントもまた、やはり潜在的に実行され得るのである。

もとより哲学者や政治学者たちの規制論によって、確かに遺伝子操作をはじめとしたバイオテクノロジーが顕在的な問題として観察されるようにはなっている。しかし、それは歴史偶発的な出来事である。歴史上、偶発的にこれらの科学技術が比較的早期に「人間」に関する主題として観察されたというだけのことであって、本来的には原理上如何なるメディアも潜在的に「人間」という概念を変異させ得るのだ。

これほどまでに「人間」の概念が揺らぎ易いのは、通信工学制御工学、バイオテクノロジー、そしてメディアのような技術が発展したために顕在化した可変性である。言い換えれば、「人間」という概念は、初めから普遍的に妥当な概念ではなかった。それは流動的な変数に過ぎない。もはや確実な「人間」概念に依拠した人間中心主義の再構築に資する取り組みは、断念せざるを得ないであろう。

それどころか、皮肉にもハラウェイが言い当てたように、サイバネティクス以降の理論、例えば神経科学やオートポイエーシス的なシステム理論は、人間に関する人間学的な諸概念に回帰する全ての道を閉ざしてしまう。ルーマンの等価機能主義的な社会システム理論は、「人間」を社会システム環境に位置付けることで、「人間」によって構成された社会や組織可能性に希望を見出すことを不可能にした。ルーマンがこうした理論を記述した理由は単純である。「人間」を構成しているオートポイエーシス的なシステムの全てから構成されたオートポイエーシス的なシステムの統一体なるものは存在しないためである。確実であると言えるのは、精神や脳が、「一つ」の作動上の閉鎖性を保持した自己言及的でオートポイエーシス的なシステムを造り上げることは決してあり得ないということである。何故なら、諸々の思考意識は、精神の諸要素として、神経システムの諸要素となる神経生理学的な出来事とは同一視され得ないからである。

この事実は、我々が皆「人間」的であるということを否定する論拠になる訳ではない。しかし、「人間」的であろうと欲することには、科学的な基礎付けが全く何も存在しないのである。そうであるにも拘らず、そう欲するのは、衒学的な志向以上の何物でもない。

とはいえ我々は、未だ「人間」のように視え、また「人間」であるかのように振る舞うであろう。我々が我々を「人間」として認識するのは、近代の人間中心主義による影響に他ならない。

「近代の人間中心主義は、個人主義化された形式における普遍的な『ロゴス(logs)』の合理的な自己認識(self-awareness)を志向することにかなりの労力を支払っていた。そうした人間中心主義者たちは、人間の『本質(essence)』が客観的(普遍的)な「ロゴス」と同伴した主観(個人)の統一(unity)であるに違いないと主張していた。これらの2つの次元の『ロゴス』は、その核心を『人間』と見做すことができる存在論的な統一体(ontological unity)を構成する。『人間』は、主観性と客観性の双方が出会い合併する世界で唯一知られている『位置(place)』と見做されている。したがって、人間は自己自身を意識しているという事実に基づいて特権的地位を享受している。」
Benedikter, R., Giordano, J., & Fitzgerald, K. (2010). The future of the self-image of the human being in the age of transhumanism, neurotechnology and global transition. Futures, 42(10), 1102-1109. 引用はp.1103より。

人間の「本質」に関するこの人間中心主義的な概念は、社会構造意味論に方向付けられた文化的かつ文明的な自己認識を構成している。それは、「自己(Self)」や「私(I)」に関する自己認識に他ならない。こうした自己認識は、旧ヨーロッパ的な古典的近代主義の努力の賜物とも言える。近代社会社会構造と「人間」に関する人間中心主義的な意味論は不可分の関連にあった。しかし、サイバネティクス以降の諸理論は、この思想が誤謬であったことを暴露している。トランスヒューマニズムや「人間後(ポストヒューマン)の存在」は、「自己」や「私」の問題を派生させているのである。

だからこそルーマンも、こうした「人間」であるかのような者に対する観察を記述するための新しい概念的人工物を発明しなければならないと述べているのである。すなわち、我々が我々を人間であると認識することが如何にして可能になるのかを問う訳だ。

しかしルーマンは、我々が我々を「人間」であるかのように視ずに、また「人間」であるかのように振る舞わずに済む理論に関しては、何も述べていない。もしかすればこのことは、彼の理論が科学技術を主導的に取り扱っていないことと相関しているのかもしれない。もしこうした方法理論が提供されるのならば、技術と結合している我々が「人間」であるという確信が持てないことの認識論的な負担から免除されるはずだ。それは、サイボーグという形式にせよ、エンハンスメントという形式にせよ、あるいはメディアによる身体拡張という形式にせよ、「人間」と技術の差異意識せずに済むような理論になるはずである。

問題解決策:物神崇拝

人間」と技術の差異意識せずに済むような理論を記述していく上で、「人間」と技術を「事物」の一種として把握する「物象化(Verdinglichung / Versachlichung)」の理論は、実り多き発見を可能にする。ここで私は、『「記憶」想起の人間学的唯物論的なメディア美学』で詳細に論じた内容を再記述することで、物象化理論が「人間」と技術の差異意識せずに済むような理論として機能することを主張したい。

物象化理論は、マルクス主義的な概念から成り立っている。カール・マルクスによれば、社会を決定付けるのは技術や生産体制である。そして社会は、社会の構成員たる我々の認識を決定付ける。人間は「商品(Waren / produkt)」を生産することで生計を立てる生き物だ。この営みは、経済、法、そして政治を構造化する。社会構造はこれらの構造によって生み出される。社会的で集団的な意識というものも、こうした社会構造と共に発現する。だから哲学的な思想や宗教的な信条も、経済的な関係によって規定されている。

この物象化の成れの果てにあるのが、商品の「物神崇拝(Fetischismus)」である。それは財産や所有物の位置付けによって支配された社会的諸関係を表している。マルクスによれば、頭脳労働と肉体労働、資本と賃金労働、使用価値と交換価値がそれぞれ区別されるようになって以来、「人間」は、他者との関係を専ら事物の異なる価値同士の関係としてしか感じられなくなっている。そうした人間思考はそれ自体物象化されているために、それに応じて「人間」そのものもまた事物と化す。

媒介の力

ゲオルク・ルカーチの『歴史と階級意識』における研究は、この物象化の対象範囲を明確化することに寄与している。近代資本主義の到来によって、諸々の社会的諸関係が物象化されると、「人間」の意味の世界が空洞化することになる。あらゆる対象は物象化されることで商品と化す。その結果、「人間」が生産した世界が、逆に「人間」に対して敵対的で疎遠な存在となる。このことをヘーゲルは「疎外(Entfremdung)」と呼んでいた。マルクスの物神崇拝概念は、これを再記述した概念である。一方ルカーチは、これを社会的な「媒介(mediation)」との関連から再記述している。

ルカーチの媒介概念が意味しているのは、社会的な現実に対する現状認識の様相である。世界の対象性に抵抗したのがカントであった。ヘーゲルはこれに代わり、世界の対象性の媒介を指摘している。社会の本来的かつ客観的に対象化された構造が明らかになるのは、媒介を前提とした場合である。社会的な現実の観察者は、その現実の如何なる面においても、その最終的な形を視認することができない。言い換えれば観察者には、社会的な現実がそれ自体として完結しているとは認識できないのである。媒介指し示しているのは、諸々の社会的な現実に対する直接的な到達可能性が、生成の過程である「全体」によって規定されているということだ。ルカーチによれば、この「全体」を凌駕するために労働者階級が採り得る唯一の道は、共産党であるという。

媒介との関連で言えば、ルカーチの物象化に対する分析は、物それ自体の問題歴史上一回的な現象として解釈する視点を提供している。その背景にあるのは、資本主義における歴史上特有な商品形態が形成されたということである。そしてまた、彼はカントにはじまる超越論的主観性を抽象的で合理的な交換関係を代理表象する概念として把握する。と言うのも物神崇拝の性質は、本来は後天的であっても、それが歴史的にも具体的にもアプリオリ(a priori)なものになってしまうためである。

媒介は、直接的な所与を客観的な現実に転換させる。物それ自体が事物となるのは、何らかの社会的諸関係を介してのことである。この媒介がなければ、物は物のままだ。逆に言えば、媒介はそれぞれに全体性を指し示す。あらゆる社会的諸関係が、一つの全体性を提示する。近代の社会的諸関係は物象化された事物の関連となる。この事物の関連には、物象化された「人間」もまた組み込まれている。

このことからルカーチは、事物としての「人間」が、事物という客体としてのみならず自己意識を有した主体として、全体性を提示する可能性も持ち合わせていると考えた。この観点から彼は物象化をカント以来の主体と客体の分裂の突破口として捉える。事物という客体として扱われるようになった「人間」が主体として自己意識を持てば、主体と客体の対立が克服されるという。無論これは観念論的過ぎるために、現実の労働者階級の具体的側面との乖離が目立つというのも全うな指摘ではある。しかしここで重要なのは、ルカーチがあえてこの物象化という事象を好意的に評価しているということである。

物象化の徹底

歴史は、物象化の果てに、実質的に全体性へと集束してしまった。このように見做すルカーチにとって、社会的な対象の全体が認識可能になるのは、その主体それ自体が全体である場合のみである。つまり、主体がその主体自らを思考する上で、自己を全体性として思考しなければならない場合に限られる。しかしこの全体としての自己言及は、全体そのものを変えてしまう。社会的諸関係の全体を規定しているのは、物神崇拝という仮象である。だがこの全体としての自己言及による思考が合理主義的に行き届くなら、この仮象ヴェール脱魔術化されることになる。それ故に社会の全体性に関する思考は、物神崇拝を促している近代資本主義を没落させるための方法となる。

ルカーチの物象化論は、近代資本主義に対するマルクスの物神崇拝という分析内容を、近代資本主義に対するマクス・ウェーバーの脱魔術化された世界の観点に結び付けて再記述した理論である。物象化をあえて好意的に評価するルカーチは、『脱魔術化された世界からの脱却』を、物象化の徹底化による解放として構想している。即物性と合理性によって支配された世界は、その非人間性の極限において、その核にある社会化された「人間」を曝け出すという訳だ。

しかし一方でルカーチは、市民社会の分析によって、物象化の諸形式が次第に空洞化していくと予測していた。それは言わば物象化それ自体が物象化するという自己論理的(autologisch)な展開である。脱魔術化された世界に住む市民階級の物象化された思考は、事実の崇拝によって、現存する事物の物象化運命的に不可避とさせる。本来的に事物であった対象が商品として改めて物象化されれば、当の事物の新たな事物性は、本来の事物性を潜在化させることになる。事物の商品としての性質が普遍的になってしまえば、本来的な社会的諸力は、物神崇拝ヴェールで覆い隠すことになる。そうした事物の諸関係は、「人間」による人為的な第二の自然(zweite Natur)として硬直化しているのである。

既に物象化が行き届いた社会においては、第一の自然に対して如何に合理主義的に解放されようとしても、その人為は自らで生み出した第二の自然による束縛を強めることになる。それ故に、丁度ウェーバーにとって近代社会脱魔術化運命という魔術と化すのと同じように、ルカーチにとっては物象化こそが運命的に不可避な魔術と化していたのである。

資本と労働の差異

ルカーチの物象化に関する記述は、マルクス以上にこの概念の精密化に貢献していた。その観念論的な記述は、後にネオ・マルクス主義を標榜するフランクフルト学派に思想的な影響を与えている。尤も、フランクフルト学派共鳴したのはマルクス主義の主導的差異とも言える資本と労働の区別ではない。確かに資本主義的な経済システムにおいては、労働者は疎外や搾取の対象となる。資本家と労働者の対立関係が芽生えるのは、このためである。だが一方でマルクスは、資本主義の発展によって、資本と労働の区別が生産と消費の区別に移行していくことを指摘していた。マルクスなりの言い方をすれば、社会的に生産された個々の事物は、それぞれの消費者によって、私的に所有されることになる。この局面において商品は、生産体制と言うよりはむしろ流通体制に関わることになる。商品の流通を方向付けるのは交換価値に他ならない。すなわち価格が重要な観点となる。

それ故に流通体制の焦点となるのは、もはや労働者ではなくなる。むしろマーケターたちが注視するように、消費者の欲求こそが参照問題となる。だからこそマルクスは、この流通体制においては、労働者を労働者として規定する起点が消滅していると述べていたのである。

このマルクスの視点に立つならば、労働者による物質的な生産が継続されなければ、資本主義的な経済システムの存続も不確実になる。しかしそうであるにも拘らず、資本主義的な経済システムはその流通過程において、いつしか労働者を視えなくする。労働者に着目してきたマルクスからすれば、これは一つのパラドックスである。

<商品化した人間>と<人間化した商品>の差異

フランクフルト学派の一人であったヴァルター・ベンヤミンは、ルカーチの分析に促されつつ、このマルクスが無視できなかったパラドックス脱パラドックス化する区別を導入している。労働者は消費者であると同時に被消費者でもある。実際、ベンヤミンが着目していた娼婦たちは、この労働者の二面性をわかり易く示してくれていた。娼婦は他の労働者が生産した商品を消費すると共に、自らも消費の対象となる。しかしながら、この物象化された娼婦という存在を単に<商品化した人間>として見定めてはならない。この視点では彼女たちが持ち得る商品としての決定的な側面を見落としてしまうことになる。むしろ我々は、娼婦を<人間化した商品>として観察する視点を持ち合せておかなければならない。

ベンヤミンが娼婦を観察し続けたのは、彼女たちが商品経済を理解するための鍵になったからだ。その観察の背景にあるのは、やはりマルクスの洞察である。資本主義的な生産様式は巨大な商品の集積として現われたというマルクスの分析には、商品の交換価値がそれ自体の自然性とは異なる人為的な「物神性(Fetisch)」を派生させるという見解が結び付いている。ベンヤミンによれば、資本主義はこの商品物神崇拝を背景とした「宗教(Religion)」として成立しているという。

「時代の夢」

資本主義宗教と関連付ける洞察としてまず挙げられるのは、資本主義精神に関するウェーバーの見解である。それは資本主義がプロテスタントのキリスト教に促進されることで形成されたという発想に基づいている。プロテスタンティズムの禁欲的な生活形式は、日常生活を規定する生き方を「意味」付けたという訳だ。こうした生き方は、資本主義的な経済システム構造的に支援するだけではなく、宗教的な救済を有意味出来事にしてくれる。

多くの社会学者たちが、このウェーバーの見解に同調してきた。と言うのもこの発想は、「人間」の社会的な存在が「人間」の意識を規定するというマルクス主義の基本的な発想に対するアンチテーゼであったためだ。だが一方でベンヤミンは、資本主義宗教的に条件付けられているという発想を極端に押し進めることで、全く別の見解を表明している。確かに資本主義は、キリスト教に寄生してきた。だが資本主義や、その宿主を食い破り、遂には乗っ取ってしまった。資本主義はキリスト教に代わる宗教となったのである。故に、近代社会におけるキリスト教の歴史資本主義歴史と重なり合う。

ベンヤミンにとって、中産階級が主導的に取り組んでいた近代資本主義は、近代における「時代の夢(Zeit-traum)」を象徴する歴史である。それは近代の歴史や伝統が冗長的に連続するという錯覚をもたらす。この夢という言葉には、未だ魔術的な響きが伴う。もとよりそれは、アウラを伴わせた仮象なのである。「時代の夢」に浸る集団は、弁証法的な歴史家ならば疑いの目を向けるであろう全ての発展や進歩を盲目的確信してしまう。

アルカイックな仮面

とりわけ複製技術時代以降の近代社会では、高度に複雑な技術が加速的に進化するようになる。技術の進化が加速化すれば、それを享受することは難しくなってくる。技術を習得するには、それを何度も反復して利用し続けなければならない。だが技術の進化はその隙を与えない。ある一つの技術を習慣化する前に、次々と新しい技術が生み出される。

それ故に複製技術時代以降の近代社会は、未だに仮象に縋り付こうとするのである。技術に仮象を見出す姿勢は、アウラを伴わせるために、自己と技術の遠距離性を実感させてくれる。ベンヤミンはそれ故に技術の加速的な進化がある種の「アルカイズム(Archaismus)」を派生させることに気付いていた。通常我々が「アルカイック(Archaic)」な芸術作品と言う場合、とりわけ初期ギリシア芸術に観られるように、古風でかつ素朴であり、原始的な芸術形式意味している。

このベンヤミンの分析から想起しなければならないのは、自らが脱魔術化された世界を生きていると自覚してしまった人間ほど過去の由来を探求するようになるというニーチェの洞察だ。技術の加速的な進化の副産物として生じるのは、過去に通用していた形式現在の技術にも通用するという錯覚である。過去形式を反復することで利用できるようになるという錯覚が無ければ、とても現在の高度に複雑化した技術を受け入れることはできない。到底習得できないという惨めさ、高度に複雑化した技術のリスク、その他諸々の「臭い物」に「蓋」を閉める上で、この錯覚は役立つ。言い換えれば、過去形式へのアルカイック信仰心は、無能なユーザーの愚鈍を覆い隠すための「仮面(Maske)」であると同時に、加速的な進化から連想される技術への脅威を隠蔽する「ユーザー・インターフェイス」なのである。

個人と集団の反転関係

だが夢を見るのはあくまで集団だ。個人は目覚めたままである。個人と集団は、この意味で反転関係にある。集団が夢を見ている時、個人は目覚めている。逆に集団が目覚めている時は、個人が夢を見ることになる。とりわけ複製技術時代以降の資本主義社会では、流行現象(Mode)が頻発することになる。流行現象は、集団が見る典型的な「時代の夢」の一つである。一見すると流行現象は、個人の生活様式に準拠しているように見える。だがベンヤミンによれば、流行現象は個人とは無縁であるという。確かに新たに生じた流行現象は、時代の進歩物語る。まだ流行の波に乗っていない個人から観れば、その流行は新しい。しかし流行現象それ自体は、集団が習熟している対象である。

そもそも諸々の事物が流行の対象となるのは、集団がそれらを反復的に観察するためだ。そうした事物は、個人から観れば新しくとも、集団にとっては何度も反復的に体験している事物なのである。それ故に流行現象は、集団の夢だということになる。流行している事物を主題としたコミュニケーションは、反復的に体験されるが故に、冗長的に反復する連続的な歴史がまだ続くかのような錯覚を構成しているのである。

目覚めている個人が自由に振る舞えるのは、集団が夢を見ているためである。集団が夢から目覚めれば、個人は集団の中に埋没してしまう。それどころか個人は、目覚めた集団による抑圧や同調圧力を受けることになるだろう。そうなれば個人は、もはや集団が眠っていた時のように自由を謳歌することができなくなる。そうした個人は、目覚めている個人とは言えない。自由に物事を反省する機会が個人に与えられることも無くなる。

したがって個人は、集団の中で、その個性を眠らせることになる。集団が目覚めれば、個人は夢を見ることになる。個人と集団は、つまり二重の意味で反転関係にあるのだ。したがって、流行現象をはじめとした「時代の夢」は、確かに目覚めている個人の自由を保障している。ただしそれは、流行現象という夢に浸る集団に余分な刺激を与えない限りにおいての自由なのである。

物象化の機能

ベンヤミンからすれば、20世紀初頭が技術の時代であるという認識が意味を持つのは、この時代が同時に儀式的で祭儀的な伝統の復興の時代でもあると認識できる者にとってのみであった。資本主義宗教的な祭儀は、日常生活を物神崇拝のための祭日に換えてしまう。日常生活は、商品物神性を崇める儀式として形式化されたのである。まさにこの関連から、ベンヤミンの『パサージュ論』はマルクスの『資本論』の機能拡張案となる。マルクスの歴史的唯物論を人間学的唯物論へと結実させたベンヤミンは、ジョルジョ・オスマンらによるパサージュの建設を物象化象徴として読み取っている。

ベンヤミンによれば、近代社会におけるアウラもまた物象化されているという。だからこそベンヤミンは、弁証法的に打開すべき対象に物象化を指定するのである。彼は弁証法物象化アウラを帯びた冗長的に連続する歴史の均質性を破壊するべく記述する。そうすることにより、歴史の刹那の裂け目の只中で、彼は「時代の夢」からの<目覚めの瞬間>を実現しようとするのである。

批評家ベンヤミンにとって、物象化は破壊の対象であると同時に、批判の対象でもあった。しかしながら、夢から目覚めるためには、まず夢を見なければならない。だとすると物象化にも機能があるということがわかる。つまりそれは、パサージュが体現していたような「時代の夢」を形成するという機能である。無論その夢の具体的な形式となるのは、物神崇拝に他ならない。

無機物へのエロティシズム

こうした物象化理論をわかり易く例示するのが、他ならぬ娼婦なのである。パサージュが建築される以前、売春は厳格な管理の対象であった。中世を生きた娼婦たちは、キリスト教による道徳的な規制によって、その営業範囲を狭められていた。一方ルネサンス以降の娼婦たちは、性病の蔓延を防ぐために、特定の街に囲い込まれていた。ところがオスマンらの手により、仏蘭西第二帝政期にはパサージュが建設されると、事態は一変する。鉄で構成された骨組みに、輝かしいガラスの丸天井が、大理石で造られた街路を包み込む。その曲線の両端に位置する無数の店舗で展示され始めた個々の商品は、消費者たちを夢の中のパノラマを連想させる勢いで誘惑し始めた。

この商品による誘惑こそが、物神崇拝の引き金となる。商品物神崇拝は、商品という無機物による誘惑への屈服を言い表している。娼婦もまた例外なく物神崇拝の対象となった。パサージュが建築されたことで、群衆が夜でも街を出入りできるようになったためだ。購買者が増加したことで、売春の市場は活性化することになったのである。

群衆の多くの男性消費者たちが娼婦を愛したのは、理由の無いことではない。ベンヤミンによれば、それは商品に対する感情移入が格化されたことを意味する。ここで彼が指摘している商品への感情移入とは、商品の交換価値への感情移入に他ならない。それは価格で指し示された商品の等価性を支えるものへの感情移入である。

ただし娼婦の消費者たちの性的な眼差しがまず以って向けられるのは、彼女らの有機的な側面ではない。消費者によって注視されるのは、娼婦という商品においても例外なく、無機物としての側面なのである。彼女たちは化粧で個性を覆い隠している。その代わりに見せるのは、職業的な表情だ。御揃いの衣装を着用した踊り子たちが、こうした特徴を際立ててくる。物神崇拝者たちの視線を集めるのは、女の裸ではなくなる。むしろ流行に身を纏った女の外観の方が、展示上の価値を持ち始める。物神崇拝者たちは無機物として構成されたマネキンに性的な魅力を感じる一方で、有機物として構成された女の裸体をマネキンのように扱う。

この観点から言えば、物神崇拝無機物に対する「エロティシズム(Erotik)」となる。物神崇拝において、性は有機的な世界と無機的な世界の間の壁を取り払う。服装と装飾は性と結託している。髪は有機的な世界と無機的な世界の境界に位置付けられる。身体の様々な光景は、観る者の性欲を激情の陶酔の最中へと開放する。

幻灯装置

宗教としての資本主義における商品物象化された性質は、資本主義の「幻灯装置(Phantasmagorie)」に照応する。商品幻灯装置としての性質が付加されると、商品は自身の事物としての特性を超越するほどの交換価値を有するようになる。Phantasmagorieという用語には、「変幻自在」という意味や、「幻像」という意味も込められている。幻灯装置で照らされた事物は、たとえそれ自体何の特徴も持たずとも、巨大な怪物の如き「影」として映像化される。その怪物染みた映像は視る者を圧倒することで、距離感を植え付けようとする。つまり幻灯装置は事物にアウラを付加させているのである。

資本主義幻灯装置は、人間身体的な欲求をその動力源とする。消費者たちは、単なる事物でしかない商品に対して、身体的な欲求不満を解消させるという希望の光を投影している。事物たる商品がその光に照らされると、その影が市場という名のスクリーンに巨大な怪物の姿として映し出される。その影の大きさからアウラを視認した消費者たちは、光に照らされているだけの事物たる商品を過大評価するようになる。その結果として消費者たちは、より大きな欲求の解消へと突き動かされていく。それによって生じたより強い希望の光に商品が照らされることで、更により巨大な影が発現する。

したがって幻灯装置は、消費者集団の身体的な欲求を拡張していく。ベンヤミンによれば、とりわけ自然への回帰願望を満たし得る商品幻灯装置で照らされると、消費者はより活発に欲求を拡張させることになるという。ここでいう自然への回帰願望とは、その核心において、ベンヤミン特有の歴史哲学的な理念論に結び付いている。と言うのも、歴史的に無常化された生の根源は、まさに彼が述べる意味での「自然史(Naturgeschichte)」として叙述されるからだ。「自然」の中に刻み込まれたの文字を解読することが17世紀ドイツ・バロック時代の寓意的な詩作に課せられた問題設定であったことと同じように、19世紀パリ・パサージュ論における寓意的な蒐集家たちの問題設定となるのは、集団が見る「時代の夢」の中から「太古の形象(den archaischen Bildern)」を読み取ることなのである。

階級なき社会

注意しなければならないのは、この太古の形象に対するベンヤミンのアルカイムズ的とも思える志向が、単なる過去への憧憬ではないということだ。むしろこの太古の形象には、未来志向的な願望の形象(Wunschbilder)が宿っている。臆せずに言い換えるなら、この形象は、「階級無き社会(klassenlosen Gesellschaft)」という、身体的な欲求不満など無縁とも思える一種のユートピアをも暗示しているのである。

「新しい生産手段の形式(Form)は、初めはまだ旧いものに支配されていた訳だが(マルクス)、集団的意識(Kollektivbewußtsein)において、こうした形式に相当するのは、新しいものが古びたものと浸透する場となる諸々の形象(Bilder)である。これらの形象は、願望の形象(Wunschbilder)であって、この形象の中で、集団は社会的生産物の不完全性や欠陥を止揚しようとする。しかしながら一方で、集団はそうした不完全性や欠陥を美化しようともする。このことと並行して、願望の形象には、古びたもの――とはすなわち、今し方過ぎ去ったもの(Jüngstvergangene)である――と自己とを強調して区別したいという強い欲求が現われる。この傾向によって、新しいものに触発された形象の空想力(Bildphantasie)が、原始的な過去へと向けられる。あらゆる時代は、その夢の中に(In dem Traum)、自己の次の時代が形象として発現している様を見出す。すなわち、階級無き社会(klassenlosen Gesellschaft)である。」

Benjamin, Walter. (1928-1929/1934-1940) “Das Passagen-Werk”. In: Gesammelte Schriften Bd.V Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1989. 引用はS.46-47より。

新奇性と同一性の差異

人間の周辺にある事物の世界は、幻灯装置の効果も相まって、物象化された商品として顕現している。それは、あからさまに商品の姿を取るようになった。我々がこのことに違和を感じないでいられるのは、広告が事物の商品としての性格から我々の目を逸らす役割を担うようになったためである。

万国博覧会は、商品物神崇拝者たちの霊場となっていた。この霊場は、商品の交換価値が聖なるものとして顕現する場所である。物たる商品の礼拝における祭儀の様式を規定するのは、「新奇性(Neuheit)」を追い求める流行という現象だ。流行化した商品極限まで追求する消費者の姿勢は、人間を含めた有機的な存在の諸々に抵抗しつつ、生気を漲らせた自身の肉体を無機物の世界へと接続させる。それは言わば、生ある者に死体の定めを付与するということだ。

商品物神性を崇拝するということは、無機物の性的魅力の虜になるということだ。ベンヤミンの喩えによれば、この物神崇拝流行の自律神経として機能する。この自律神経を思うが儘に制御し得るのは、商品信仰者に限られる。

商品信仰する消費者たちの中でも、とりわけ流行と目配せする遊歩者たちの目標は、商品新奇性にある。資本主義的な経済システムにおいては、商品新奇性は「需要を駆り立てる刺激剤(Stimulanz der Nachfrage)」となる。それは複製技術時代の大量生産体制が形式化された頃から、かつてないほどの重要性を帯び始めた。と言うのも、新奇性は常に同一性との対立関係を育むからだ。全てが「常に同一である(Immergleichen)」だけの商品をただ複製するだけでは、消費者に商品存在知覚させることが難しくなる。売春の市場を引き合いに出すならば、同じ表情をしている娼婦の中から自分好みの女を選好することが困難となる。それ故に個々の商品は、ブランド化することによって、他の商品との差異を確保しなければならない。

ベンヤミンが新奇性に着目する直接的な理由は、寓意家シャルル・ボードレールの生き様に見出される。資本主義的な経済システムが作動し始めると、原理上如何なる事物も価格という変数で観察されるようになる。もはや貨幣で取り扱えない事物など無い。それは芸術作品とて例外ではあるまい。芸術に向き合うボードレールからすれば、こうした交換価値に囚われた商品経済の日常は、退屈で憂鬱な日常に他ならなかった。彼はこの灰色の日常が冗長的に連続していることに嫌気を差していた。だから彼は、この冗長性を突き破る新奇性に魅了されていたのである。

この関連からベンヤミンは、新奇性芸術における最後の防護壁であると共に、商品による攻撃の最前線であるという。ベンヤミンによれば、ボードレールに気付くことができたのは、商品物神性が消費者集団の欲求を満たすかのような夢を魅せてくれるという点だけであった。彼は新奇を衒う商品が攻撃の最前線となる可能性を見落としていたのである。新奇性機能は、冗長的に連続している灰色の日常を突き破ることに限られない。新奇を衒う商品は、日常で発現している「時代の夢」さえも破壊する。バロック悲劇寓意的な形象救済の瞬間を待ち焦がれていたように、断片化した商品の瓦礫は「目覚めの瞬間」の契機を生み出す。

寓意としての商品

しかし現代を生きる人間にとって、「極限的に新奇なるもの(eine radikale Neuigkeit)」は一つしかない。つまりはベンヤミンが断言するように、それは「死」である。新奇性を帯びた商品物神崇拝を招くと共に、死の世界、すなわち有機物の世界に内在する生から乖離した無機物超越的な世界へと我々を誘う。娼婦から多くを学んだ資本主義的な経済システムは、物神崇拝を背景とした流行現象によって、女と商品との間に、言い換えれば生物的な快楽と無生物的な死体との間に、弁証法的な接点を設けた。流行とは女を援用した死の挑発である。

しかしながらその新奇性仮象に過ぎない。何故なら有機的な生の世界に内在する我々には、超越的な死の世界に到達することができないからだ。原理的に流行においては、あらゆる事物が生という範疇の内部に留まることとなる。生という有限性に冗長的に制約されているという意味で、あらゆる事物は同一なのだ。新奇性が帯びた商品であるかのように思える事物は、実際には形を変えただけである。流行から退却したかのように視える事物でさえ、死滅せずに、再び新奇を装う商品として目の前に現れる。商品経済は事物に死を許さない地獄の時間を与えてしまった。消費者や遊歩者たちが商品を介して抱く超越的な死の世界への期待は、それ故に期待外れに終わる。

物神崇拝者たちの中でも、とりわけボードレールやベンヤミンをはじめとする憂鬱気質寓意家たちは、この期待外れに敏感となる。特にベンヤミンのような弁証法的な歴史家は、期待外れを見出した商品に独特の様式で接近していく。寓意家たちは、あらゆる商品が常に他の商品を利用して生産されることを決して忘れない。如何なる商品の生産に携わる労働者でも、衣食住をはじめとした商品を利用しているのは、間違いないだろう。複数の商品から一つの商品が製造される場合など、枚挙に暇が無い。故にどの商品にも、他の商品の痕跡が残されているということになる。商品は、恰もバロックにおける寓意画と同じように、一にして多を指し示す。商品は、複合性偶発性をあるがままに消費者に突き付けられる。この意味商品寓意機能的等価物となる。

したがって我々が着目すべきなのは、商品矛盾した機能である。一方で商品は、寓意的なショック効果によって、「時代の夢」を粉砕する。だが他方で商品は、均質化された歴史構成に一役買うことによって、「時代の夢」の延命にも貢献する。商品の意義はそれ自体にあるのではない。商品は互いに交換価値たる価格の中で均質化されている。言い換えれば、商品経済は一つの労働力と一つの労働力が空虚な交換を行なう歴史的な空間と化したのだ。均質な歴史を冗長的に刻み続けるという意味で、商品の交換を介した資本主義は、やはり「時代の夢」の構成に一役買っているのである。

機能的等価物の探索:エロスとタナトスの区別

有機的な生と無機的な死の区別は、商品物神崇拝に対するベンヤミンの寓意論における主導的差異の一つである。商品物神崇拝は、有機的な生による無機的な死に対するエロティシズムとして叙述される。生物的な快楽と無生物的な死体との間に弁証法的な接点を設けるベンヤミンの洞察は、何処か晩年のフロイトが展開したあの憂鬱気質文化論を連想させる。確かに、フロイトの文化論がベンヤミンをはじめとしたフランクフルト学派の思想家たちに影響を与えたというのは有名な話ではある。しかし、人間中心主義的な自己認識からの脱却という問題設定を前提とした場合、ベンヤミンのパサージュ論とフロイトの文化論は機能的に等価とはなり得ない。

エロスとタナトスの差異

フロイトの文化論は、文化を一種の有機的な過程として叙述する理論となっている。フロイトにとって、有機物は欲動に駆動される生である。この欲動に駆動された生としての文化を彼は「文化過程(Kulturprozess)」と名付けた。

フロイトが文化過程を記述する上で導入した主導的差異は、「エロス(Eros)」と「タナトス(Thanatos)」の区別であった。エロスが生の欲動であるのに対して、タナトスは死の欲動を意味する。それは、生を無機物に回帰させようとする欲動である。文化過程は、この二つの欲動が闘争を繰り広げる過程となる。フロイトによれば、一方で文化過程とは、個人から始まり、家族、部族、民族、そして国民を人類というより大きな単位で統合しようとするエロスの過程である。だが他方で文化過程は、人間が生まれ持つ攻撃欲動をも具現化する。

創造や結合の力に対応する生の欲動と分離や破壊に対応する死の欲動は、個別具体的な人間の営みを指し示すというよりは、一種の変数として機能する。双方の矛盾した対立関係は、文化の発展と共に、抑圧、昇華、代償などを通じて、様々な文明の闘争として結実する。こうして独立して展開される文化過程は、人類の頭上を過ぎ去っていく。しかしそれは人間の欲動を方向付けもする。文化的な欲動の方向付けは文化過程によって決まる以上、人間の欲動が文化制御できる可能性は低い。むしろ逆に文化こそが人間の欲動を強いる場合もあろう。こうして人間は、文化過程の欲動に自らの欲動を合わせざるを得なくなる。その不一致が際立つ場合には、人間の側の欲動が抑圧されることとなる。

フロイトの文化論が憂鬱気質なのは、彼がこの文化過程による人間の欲動制御が、廻り回ってタナトスの増幅へと帰結すると邪推していたからである。彼がタナトスを切実に思い知ったのは第一次世界大戦直後の文化観察した時である。人間は、それまで自身の欲動を制御していた文化過程から解放された時、エロスのみならずタナトスの欲動をも解放することになる。タナトスは破壊や暴力を駆動する。それはエロスによって形成された文化それ自体をも標的としてしまう。タナトスエロスを弱体化させれば、破壊された文化の復興力も減少してしまう。だとすれば結局、人間の欲動にせよ、文化過程の欲動にせよ、我々は自己破壊の宿命から逃れられないということになる。故にフロイトは、エロスがこの宿敵と互角に渡り合えるように尽力することを期待するしかなかった。

不幸せな「人工の神」

こうした暗い文化論においても、フロイトは何故「人間」が文化に従事するのかを説明している。「人間」は自然の中で、生存の危機に曝されながら生まれた。文化は当初、こうした「人間」の負担を軽減するべく造り上げられた。その過程で「人間」は、自然の制約下では果たせない願望や禁じられていた事柄々の姿として描写してきた。全知全能のに対する信仰は、「人間」が抱いていた文化の理想像を表しているという。そしてや、科学技術の発展によって、「人間」はこの理想へと限りなく接近している。科学技術は、「人間」の願望を叶える御伽噺のようなものとなった。これにより「人間」は、模倣文化的に実現しつつある。「人間」は、科学技術という補助器官と一体化した「人工の神(Prothesen Gott)」となったのである。

しかしながら、この「人工の神」たる「人間」は、文化に不満を抱いている。その理由は、文化が本能の断念を強いるためである。文化過程は、エロス的な性欲のみならず、タナトス的な破壊欲求すら抑制させる。例えば性的アピールのタブー化はエロスを抑制する文化過程として、また背徳感の道徳的な設定がタナトスを抑制する文化過程として導入されている。それ故に厳密化して言い直せば、文化の中で生きる「人間」は、不幸せな「人工の神」なのである。

人工の神」が不幸せであるのは、「人間」の抑制によって可能となった文化過程が、更なる「人間」の抑制を要請してくるためである。けれどもフロイトによれば、「人間」の努力目標は幸福である。「人間」は幸福になり、幸福の状態を持続させたいと願っているという。「人間」の幸福は如何にして可能になるのかと問う時、彼は科学技術の進歩が解決策として無価値であるとは断定していない。

技術的に設計された道具は、「人間」の運動器官や感覚器官の機能を補足するか、その機能の制約を解消する。「人間」はモーターが提供する強い力を恰も自己自身の筋肉であるかのように利用することができる。船や飛行機のような道具はまた、波や大気に阻まれることなく、臨む場所に向かうことを可能にする。眼鏡という道具は、目のレンズの欠陥を補正してくれる。望遠鏡や顕微鏡という道具は、視覚の限界を超えることを可能にする。カメラは移ろいゆく一瞬の視覚的な印象を固定化する。同様にレコードは、一瞬の音響的な印象を固定化する。いずれの道具もまた、「人間」の記憶能力を物質化した道具である。

だがフロイトは、一方で科学技術の文明的な発展によって、「人間」から幸福が遠ざかっていく状況を見過ごすことができなかった。例えばもし鉄道が無ければ、子供が故郷から移動する可能性も低かったはずだ。それ故、その子供の声を聴くための電話も不要となる。もし大洋航路が建設されていなければ、船旅に出る人々もいなかったはずだ。それ故、旅人の安着を知るための電報も不要となる。

フロイトのこの否定的な技術論は、医療にも及ぶ。医療技術の発展によって、乳児の死亡率は確かに低下したのかもしれない。だがそのために夫婦は、生殖活動を著しく抑制せざるを得なくなった。結局のところ、子供の人数は、衛生学が支配する時代と何ら変わらなくなっている。我々の寿命が延びたとしても、困難で苦痛に満ちた人生を送らざるを得ないとすれば、もはや死を救済として歓迎せざるを得なくなってしまう。

こうした科学技術の発展に対するフロイトの否定的な捉え方は、科学技術の発展が、更なる科学技術の発展を要請しているということを示唆している。科学技術の発展は、「人間」を幸福から遠ざける。そして、幸福から遠ざかった「人間」たちは、遠ざかった幸福へと肉薄するための手段として、更なる科学技術の発展を望むのである。

人間」が、ただ一人で生存することがほぼ不可能であるにも拘らず、共同生活のために文化から要求される抑制を大きな制約として感じてしまうのは、決して奇妙なことではない。フロイトによれば、それは文化人間タナトス的な欲動を抑え付ける機構であって、「人間」の生を動物のそれから区別する機構であるためだ。タナトス的な衝動から免れ得ない以上、「人間」が造り出した人工物は直ぐに破壊されてしまう。「人間」がエロスに基づいて創造してきた科学技術は、それ自体を破壊するために利用することも可能なのである。だからこそフロイトは、文化を「人間」個人から防衛することが必要であると主張するのである。文化の機構、組織、制度は、この防衛のために存在する。こうした文化的装置によって実現し得るエロス的な調和は、財を配分するだけではなく、文化を維持するためにも必要となるのである。

悲哀と憂鬱の差異

フロイトの憂鬱気質文化論は、人間中心主義に与する思想ではない。むしろ「人間」に対する徹底した過小評価としてすら見て取れる。この意味では、フロイト流の文化概念は人間中心主義的な自己認識からの脱却として機能する可能性はある。

しかしフロイトの文化論は、エロスに全ての望みを託すあまりに、それによる創造や結合の力を過大評価してしまっている。ベンヤミンの近代寓意論の背景にあるのが儚さのトポスであるということを忘れてはならない。儚く無常な現世としての近代世界では、そもそもにおいて、空虚感が日常的に持続している。ベンヤミンはこの永続的な喪失感を、フロイトが導入していた「悲哀(Trauer)」と「憂鬱(Melancholie)」の区別によって叙述していた。

ベンヤミンの世界観の背景にあるのは、確かにフロイトの精神分析学に他ならない。フロイトによれば、悲哀は愛の対象を喪失した状態から発生する。この対象喪失が認識されると、その認識者のリビドーはもはやその対象には向けられなくなる。だが人間は、その喪失した対象を簡単には諦められない。その者の自我が別の対象に関心を向けることは困難極まりない。そのため、時間と労力を掛けて、悲しみながらも折り合いをつけていく必要がある。これを特に「悲哀の仕事(Trauerarbeit)」と呼ぶ。

ベンヤミンが近代世界を叙述する上で取り上げた17世紀ドイツ・バロック悲劇における寓意は、鑑賞者の悲哀を誘う作品ではなく、悲哀で満足させる作品である。と言うのも、バロック悲劇における悲哀機能は、何も無い空虚な世界を埋め合わせることにあるからだ。ベンヤミンはこの埋め合わせの形式をとりわけ「仮面(Maske)」という用語で取り上げていた。バロック悲劇は、日常に悲哀という仮面を付けることによって、その空虚感を紛らわせていたのである。無論この感情に持続性は無い。仮面機能も刹那で消滅する。儚く無常な現世を埋め合わせる仮面は、それ自体儚く無常であった。憂鬱気質(Trübsinn)の者たちにおいて特徴的なのは、個別具体的に何を喪失しているのかを明確化できていない点である。その永続的な対象喪失感は、抽象的な対象の喪失感なのである。

ベンヤミンはこの憂鬱気質独特の世界観を「破局(Katastrophe)」という用語で描写している。破局は、精神分析学的に言えば外傷性神経症が伴うほどのショック体験を生み出すような出来事だ。それは危機であり、異常事態に他ならない。だが憂鬱気質の者たちを代弁するベンヤミンからすれば、この異常事態こそが日常であるという。言い換えれば、異常であることの方が日常茶飯事なのだ。総じて言えば、憂鬱気質の者たちは、絶え間なくショック体験し続けている。ベンヤミンの近代寓意論においては、この永続するショック体験による対象喪失によって、エロスタナトスも儚く無常にも喪われてしまっている。創造や結合の復興はおろか、攻撃や破壊すら儘ならないというのが、ベンヤミンの近代世界に対する現状認識であった。

寓意化された事物世界

しかしベンヤミンによれば、憂鬱気質バロック芸術家たちは、ショック体験をただ何もできぬままに受容していた訳ではなかった。まさにこれこそが、ベンヤミンの『ドイツ悲劇の根源』における問題設定の一つとも言える。バロック悲劇の担い手たちは、むしろこの絶え間ないショック体験美学的に逆手に取ろうとしていたのである。

だとすれば19世紀の資本主義における寓意機能的等価物としての商品にも、この破局した状況を逆手に取る機能があると見做せる。ベンヤミンが叙述する寓意化された事物世界では、あらゆる有機的なものは破壊される。それは文字による「意味(Bedeutung)」に分解される。アウラは喪失し、死した事物が周囲を埋め尽くす。死した事物においては、記号と「意味(Sinn)」の分裂が撤回できなくなっている。寓意象徴否定するのは、事物世界が「人間」の個々人よりも優位となり、「断片」的な部分こそが全体を凌駕することと同様の原理である。寓意的な形象は文字による「意味(Bedeutung)」、すなわち記号に他ならない。それ故に寓意は図式として機能することで、固定した形象と固定した記号を統一した概念となる。寓意化された対象は、それぞれに組み合わせられることで、判じ絵や象形文字として叙述できるようになる。

こうした寓意的な記号化は、商品物神崇拝照応している。この寓意化された事物世界では、事物が主体なのであって、「人間」が主体なのではない。商品市場と寓意においては、記号の恣意性が支配的となっている。「人間」が主体的に振る舞わなくなれば、事物は錯綜し、記号は混乱を招くことになる。全体の統一的な象徴が破壊されたこの世界では、もはや知は「断片」と化す。

ベンヤミンは、娼婦を死への転換をもたらす近代の寓意と見做している。娼婦は、生の物象化を完遂することによって、歪められた生の救済表現している形態なのである。17世紀ドイツ・バロック悲劇寓意がそうであったように、あらゆる事物が死に絶えた時、寓意は「死」とは対極の「復活(Aufbrstehung)」の寓意として復興する。と言うのも、指示可能なあらゆる事物を「死」へ追い遣った寓意は、最終的には自己自身しか指し示しようが無くなるからだ。この時「死」の寓意は、言わば自己破壊的になる。その「死」の寓意の「死」によって、寓意の指示は反転する。すなわち、死した事物の「復活」へと変貌するのである。

有機的な生と無機的な事物の間を取り持つ売春は、双方の堕落した宥和関係を築く。寓意においては、死した事物が発する性的アピールが、「復活」への約束へと転換されていく。ただし、寓意としての娼婦において救済されるのは、「人間」ではなく商品である。何故ならこの救済は、全ての有機的な生を死した事物へと転換した後に初めて実践可能になるからである。だとすると、我々が皆娼婦であるべきだというベンヤミンのあの極端にも思える主張は、事物との「意味(Bedeutung)」を介さない直接的な関連を結ぶことによる「復活」に向けた信仰告白のようなものであったと考えられる。

機能的等価物の探索:集合的無意識

「第一印象だけ」で述べるなら、「元型(Archetypen)」に関するカール・グスタフ・ユングの仮説は、「時代の夢」から形象を抽出しようとするベンヤミンの『パサージュ論』と類似している。しかしベンヤミンはむしろユングの痛烈な批判者である。それ以前に、類似していることが機能的等価性の条件である訳でもない。ここでは、ユングの理論がベンヤミンのパサージュ論機能的等価物とはなり得ないことを補足しておこう。

ユングによれば、元型は「集合的無意識(Kollektiven Unbewusten)」を構成する諸要素である。集合的無意識という概念は、個々人のそれぞれによって一度たりとも意識されたことの無い無意識の領域を言い表している。元型は人類に共通する経験の型となる上位概念である。それは動物人間における本能的な行動さえ包括する振る舞いの心的なパターンだ。元型は、それ自体としては内容を持たない形式に他ならない。それは所与の形式に関する先験的な可能性を言い表している。元型は、それ自体としては認識されない。それはそれ自体として経験されることも無い。元型が我々の認識世界に発現するのは、主体において有意味出来事、人物、事物といった諸要素の配列としてである。

ユングによれば、元型から成る集合的無意識は、「今」我々が有する一時的な意識化された世界像とは対置されるという。それはむしろ無時間的な永遠の世界像なのである。ユングは集合的無意識をこのように捉えることで、それを時間を前提とした我々の意識的な活動から区別しようとしたのだ。しかし、別のあり方でもあり得る未完の過去を批評で救済していくベンヤミンにとって、ユングのこの認識論は危険であった。集合的無意識が我々の意識からは独立して存在しているとするならば、現在を生きる我々の個々人は皆過去における「太古の形象(den archaischen Bildern)」から一方的に影響を受けていることになってしまう。それは「今」に特有の認識可能性否定することに結び付いてしまう。

ユングが語る元型を鵜呑みにしてしまえば、どの「今」も特有の認識が可能な「今」であるという人間学的唯物論の着眼点に盲目的になってしまう。それは結局、集団の夢からの目覚めを拒絶するということだ。ベンヤミンが指摘した通り、ユングは夢に目覚めが無いようにしているのである。完結した過去に依拠して現在の振る舞いを読み取るユングの分析心理学は、言わば覚めない麻酔のようなものなのだ。

医師の人間学的虚無主義

ベンヤミンは、ユングが医師の経歴を持つがために、その理論に医師に特有な虚無主義が孕んでいるという。その虚無主義とは、人間の臓器が医師たちに与えたショックから生じた虚無主義である。事物という観点から観れば、人間は肋骨、臓器、血液、体液などのような事物の集合から構成されている。我々が美を感じるとすれば、精々のところ皮膚程度である。一度その皮膚を剥ぎ取って観れば、そこにあるのはグロテスクな事物だけだ。

医師たちの中には、こうしたグロテスクな事物によるショックから立ち直れない者たちもいる。ユングがその典型的な一例だ。彼はそのショックから、人間を事物の観点から理解する可能性を諦めてしまった。そして、逆に彼は事物の観点からではなく心的な現象や精神論を極端に重視するようになってしまったのである。

ベンヤミンはこのユングに典型的に観られる極端な姿勢を「人間学的虚無主義(anthropologischen Nihilismus)」と名付けた上で、彼を批判している。確かにユングは「元型」や「集合的無意識」などのような集団の夢の諸要素を分析しようとしていた。しかし近代社会におけるこうした集団の夢の分析の大前提にあるのは、物象化なのである。意識を有して目覚めている健康な個々人にとって、健康身体活動の背景にある血圧や内臓の働き、心臓の鼓動や筋感覚は、全く以って無意識的な現象だ。集団にとっても同じことが言える。例えば建築や鉄道、パサージュや街路などは、集団が完全には意識化していない無意識的な現象となる。これらは皆物象化アウラを招いている。つまり事物と事物の関係が集団の無意識下で活発な身体活動を実現しているのである。

「時代の夢」と「集団的無意識」の差異

したがって、ベンヤミンが叙述する「時代の夢」は、決してユングが述べる意味での「元型」で構成された「集団的無意識」なのではない。弁証法的な歴史家が有する認識可能性は、決して「太古の形象(den archaischen Bildern)」から一方通行的に影響を受けている訳ではないのである。

ベンヤミンの「夢見る意識」というテーゼは、あくまでも「目覚めた意識」というアンチテーゼとの関連から記述されている。そしてこの双方を統合した「ジンテーゼ」となるのが、「目覚めの瞬間」である。この目覚めの瞬間は、決して過去形象を追認するのではなく、あくまでも「認識可能性の今(Jetzt der Erkennbarkeit)」に準拠している。均質的で連続的な歴史という概念を葬り去ろうとするベンヤミンにとって、このとは、過去から未来へと連続している途上としての現在意味しない。この「今」とは、歴史時間軸上の「線分」というよりは、「点」として指し示される。それ故、どの「今」も、過去から未来への連続性に縛られている訳ではなく、特有の認識が可能な「今」なのである。

こうした形象の認識可能性が拓かれる「今」は、瞬間的な刹那である。故に形象を認識したとしても、それは一瞬の着想に限られる。ベンヤミンが述べたように、それは一つの稲妻の如き<閃き>なのだ。この形象ジンテーゼとしての「目覚めの瞬間」で発現することから、ベンヤミンは一連の思考法を「静止の弁証法(Dialektik im Stillstand)」と名付け、この弁証法から発現する形象を特に「弁証法的形象(dialektische Bild)」と呼ぶ。

目覚めの瞬間

商品物神崇拝を介した「時代の夢」を前提とすれば、少なからず人間学的唯物論を念頭に置いた弁証法的な歴史家たちは、この商品市場を舞台とした「静止の弁証法」を敢行することが可能だということになる。目覚めの瞬間の鍵となるのは商品に他ならない。実際ベンヤミンは、17世紀においては寓意弁証法的形象の基準であったのに対して、19世紀になると、新奇性弁証法的形象の基準になったという。

この関連から我々は、商品矛盾した機能にもう一度着目しなければならない。商品新奇性と同一性を併せ持つ。一方で商品は、大量生産体制から生み出されたという理由から、不可避的に歴史を均質化させる社会構造の一部に組み込まれてしまっている。この社会の部分としての商品は、常に他の商品との同一性を指し示すことになる。だが他方で商品は、それ自体が寓意的であるが故に、そうした社会構造の網の目からは切断された「断片」としての自己を誇る。それは他の商品との同一性を否定するという意味で、新奇を衒うブランド化された商品として展示されているという訳だ。

この商品の両義性は、「静止の弁証法」におけるテーゼアンチテーゼの関係を言い表している。つまり大量生産体制から生み出された商品の同一性がテーゼに対応しているのに対して、ブランド化された商品新奇性アンチテーゼに対応しているのである。前者は均質化された歴史を背景とした集団の「夢見る意識」を言い表す一方で、後者は弁証法的な歴史家個人の「目覚めた意識」を言い表している。問題となる「目覚めの瞬間」は、このテーゼアンチテーゼジンテーゼとして発現する。これと共に「今」の認識可能性が浮上する。弁証法的な歴史家は、弁証法的形象という、均質化された歴史に左右されない自由な発想で商品を利用することが可能になる。

問題解決策:人間学的唯物論

医療に携わる医師たちの人間学的虚無主義に対抗する策としてベンヤミンが提唱したのは、「人間学的唯物論(anthropologischen Materialismus)」である。この人間学的唯物論は、ユングの思想から区別されるばかりか、正統マルクス主義から距離を置くと共に、盟友テオドール・アドルノとの意見の不一致を招いたほぼ唯一の論点でもある。人間学的唯物論はそれ故にマルクスの歴史的唯物論とは同一視することができないばかりか、フランクフルト学派批判理論の一種として受け止めることもできない。人間学的唯物論においては、意識や社会を規定するとされたマルクス主義の抽象的な物質概念が、具体的な身体に取って代わる。ただしそれは没歴史的に「人間」個々人の身体を対象にしているのではなく、歴史的に構成された集団の身体なのである。

身体空間

人間学的唯物論は、二重の結び付きによって定義されている。一つは生物学的・動物的な次元への結び付きで、もう一つは政治的・唯物論的な次元への結び付きである。しかし、これらの次元が相互に浸透するようになるには、従来の旧い結び付きをまず破壊しなければならない。そのための美学的な規範となったのがシュールレアリスムである。シュールレアリスムは、ショック体験によって、芸術を生理学と政治に区別すると共に、中産階級の諸個人を生物的存在と集団身体区別する。

この美学的な規範に倣うベンヤミンは、個々の「人間」の身体に対して徹底的に破壊的に振る舞う。それは、旧いヨーロッパの人間中心主義者たちが考えるような「存在論的な統一体」や「自己」の同一性を尽く度外視するということでもある。実際ベンヤミンは、集団身体歴史的に組織化された事物として考える。中産階級の「人間」諸個人を集団身体に「媒介」するには、その個体の境界を粉砕する必要がある。恰も初期ニーチェの美学の如く、彼はアポロ的に保持されていた個体の同一性をディオニュソス的に破壊することで得られる形象弁証法的形象として叙述しているのである。こうした弁証法的な破壊の後にこそ、初めてベンヤミンの名付けた100%の「形象空間(Bildraum)」が、すなわち「身体空間(Körperraum)」が展開される。

かくしてベンヤミンは、この身体空間組織化することこそが、資本主義の地獄から解放された技術の使命であると考える。この関連から想定しておかなければならないのが、第一次世界大戦の恐怖である。何故なら資本主義主題とした『パサージュ論』の前提にあるのは、19世紀における技術の受容の失敗が、この世界大戦で頂点に達するからである。ベンヤミンによれば、第一次世界大戦は、進歩した科学技術による「人間」に対する反乱である。近代社会の科学技術は資本主義の生産体制下で、道徳を度外視したまま発達した。これを正当化しようと勃発させたのが、大戦である。この意味で第一次世界大戦は、科学技術の加速的発展に対して嵌められたアルカイック仮面が剥ぎ取られた実例であると共に、また19世紀の「時代の夢」が悍ましく目覚めた歴史として語り継がなければならない。

反自然目的論

技術の受容が失敗に終わってしまうのは、技術が自然支配を目的として設計されている場合である。まさにこの設計思想に対立するのが、集団の身体と技術の関連を「集団の技術的器官(der Technischen Organ des Kollektiv)」として把握するというベンヤミンの人間学的唯物論なのである。人間学的唯物論が掲げる通りに技術の受容が可能になれば、技術はもはや自然の支配の手段ではなくなる。そうではなく、それは「人間」と自然の関係を支配する際に機能するのである。実際ベンヤミンはこのことを教育の比喩で説明している。仮に教育が支配の形式だとするならば、それは大人による子供の支配を意味するのではない。教育は、大人と子供の関係を支配する形式なのである。

「第一の自然」と「第二の自然」は、正統マルクス主義の間でも、ネオ・マルクス主義の間でも、よく知られている区別である。ベンヤミンはこの区別棄却すると共に、「第一の技術(erste Technik)」と「第二の技術(zweite Technik)」の区別を導入している。「第一の技術」は「人間」を消費する。その極限にあるのが「人間」の犠牲である。「第一の技術」は、自然を支配しようとする。一方「第二の技術」は、「人間」の投入を可能な限り控える。それは、例えば遠隔操作で深海や宇宙を探索できるかのように、「人間」と自然との間に距離を設ける。この「第二の技術」を可能にするのが、カメラや映画をはじめとした複製技術知覚メディアである。複製技術時代の芸術作品は脱アウラ化を招くことで、美的仮象(schonen Scheins)を追放する。それと同時に巨大な遊戯空間(Spielraum)を生み出すことで、これを「第二の技術」の身体空間へと拡張する。

これを前提とすれば、人間学的唯物論自然目的論に反する姿勢で記述されている。自然目的論的に観るのならば、自然は達成すべき目的を指向していることになるだろう。自然主義的に人間を捉えるのならば、連続的に発達していくという進歩史観こそが自然だということになる。しかしベンヤミンは決して自然人間が連続的に進歩していくとは考えなかったのだ。彼にとって自然とは、本来の自然を取り囲んで閉鎖された硬い殻に過ぎない。それ故に彼は、この殻を噛み砕くことができる非人間的な野蛮人の鉄の顎が必要になるという。

このことが意味するのは、彼の人間学的唯物論が反自然目的論的であると同時に反人間中心主義的でもあるということだ。事程左様に『一方通行路』は、「プラネタリウムへ(ZUM PLANETARIUM)」と題された驚くべき格言で幕を閉じている。第一次世界大戦は、一つの「陶酔(Rausche)」の最中で現実化した。それは、陶酔することで宇宙と美的にコミュニケートしてきた古代人の経験人間中心主義の所産となる近代科学によって抑圧されたために、その埋め合わせとして生じたのである。

「先の戦争は、宇宙の諸力との新しい前代未聞の結婚を試みるものであった。人間の集団、ガス、電力が平原に投下され、高周波の音が風景を貫き、新しい星々が天空を昇り、大気と深海ではプロペラが唸り、母なる大地の至る所に人間は犠牲者を埋める穴を掘った。宇宙へのこうした大規模な求愛は、初めて惑星規模で、つまり技術の精神で実施された。しかし、支配階級の私利私欲が技術における自分の意志を満たそうと考えたために、技術は人類を裏切り、初夜の寝床が血の海へと変わった」。
Benjamin, Walter. (1928) “Einbahnstraße”. In: Gesammelte Schriften Bd.4, Frankfurt am Main : Suhrkamp. 1980a, S.83-148. 引用文については、S.147を参照。

ベンヤミンにとってこの戦争は、人類が宇宙との陶酔に満ちたコミュニケーションに失敗したことで派生した。もし人類がこの時点で「第一の技術」から「第二の技術」への移行を承認していれば、世界大戦は起こり得なかった。この類の戦争を回避するためには、「第二の技術」の遊戯空間で集団の身体展開させる必要がある。つまり肝心なのは、遊戯空間における「第二の技術」を宇宙との陶酔に満ちたコミュニケーション形式化させるメディアとして位置付けることなのである。

「先の戦争における死滅の夜に人類の肢体を震撼させたのは、癲癇患者の至福にも似た感情であった。そして、その後に起きたいくつかの革命は、新しい身体を自由に操る最初の試みであったのだ」。
Benjamin, Walter. (1928) “Einbahnstraße”. In: Gesammelte Schriften Bd.4, Frankfurt am Main : Suhrkamp. 1980a, S.83-148. 引用文については、S.148を参照。

世俗的啓示

こうした<技術による陶酔>に<陶酔の技術>を以って対処しようというのが、ベンヤミンの「世俗的啓示(profane Erleuchtung)」に他ならない。世俗的啓示とは、人間学的唯物論における霊感である。この霊感は、決して超越的な理想や夢に望みを託す宗教的な啓示なのではない。それはむしろこの内在的な世界で習熟されている事物を援用した啓示なのである。麻薬やその他のものは何であれ、世俗的啓示に至るまでの予習に過ぎない。ベンヤミンの人間学的唯物論において麻薬が特筆すべき機能を持つのは、シュールレアリスム経験としての陶酔状態を可能にするという機能においてのことだ。機能的に等価問題解決策は、麻薬以外にも、宗教的エクスタシー、都市の街路名を辿った遊歩、文献のテクストの探究、そしてギャンブルなど、様々である。

シュールレアリスムは、陶酔の力を革命に用いるようにする最初の試みである。その力は、それ自体、絶縁や分裂の作用を持つ。尤も、陶酔の力はこの区別された双方の止揚にも関わる。それは理性的個人を陶酔で克服することである一方で、動因となる情動的な個人を集団の行動で克服することでもある。陶酔が中産階級の諸個人が有した近代的理性に対して提示する破壊的な相互浸透は、革命の自由なエネルギーとして機能しなければならない。この「政治的」な機能こそが、陶酔を無政府主義から解放すると共に、人間学的唯物論の霊感とする。

加速的な神経刺激

これを前提とすれば、複製技術時代における芸術作品の社会的な機能となるのは、集団の身体を「第二の技術」の遊戯空間展開させるという革命の試みを反復することである。複製技術知覚メディアに求められているのは、宇宙との陶酔に満ちた美的なコミュニケーションを成功させるメディアとしての機能なのだ。そこで集団には、是非とも自らの身体遊戯空間適応させて貰わなければならない。

「この適応を加速させることが、革命の目的なのである。革命とは、集団の神経に刺激を通わせることなのだ。より正確に言えば、歴史上初めて成立した新しい集団の神経に刺激を通わせる試みなのである。この集団の器官となるのが、第二の技術だ。この第二の技術の体系においては、社会の基礎的な力に対処することが、自然の基礎的な力に対処することにおける前提条件となる」。
Benjamin, Walter. (1935/1936) “Das Kunstwerk im Zeitalter seiner technischen Reproduzierbarkeit (Zweite Fassung)” In: Gesammelte Schriften Bd.7, Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1989, S.350-384. 引用については、S.360を参照。

尤もこの革命論には、具体的な実践の過程を記載した計画書や公約文書は無い。即興と不意打ちこそが肝要だ。だがこの人間学的唯物論を思想的背景とした知覚メディアのテクノロジーによる美的な陶酔の企画は、政治的な領域を「革命」の舞台とする。この革命論は、政治の領域から道徳を追放する代わりに、政治的な領域に100%の「形象空間」を見出すことになる。この形象空間は、「全方位的で積分された現実の世界(des Welt allseitiger und integraler Aktualität)」に他ならない。この空間の内部では、政治的唯物論と身体的生物とが、内面性、心、個性、あるいは我々が非難したくなるような対象の全てを、弁証法的な公正性に従って何もかも破壊した上で共有し合うことになる。

だが、そうであるにも拘らず、否、まさにこの弁証法的な破壊の後でこそ、この空間形象空間であると共に、集団の器官を有した「身体空間」となる。そしてこの集団の身体は、複製技術時代以降、遊戯空間を形成している「第二の技術」によって組織化されている。ただしこの技術的に組織された集団の身体が発現するのは、その政治的で事実的な現実性の全てにおいて、形象空間の中に限定される。脱アウラ化された事物との結合を前提とした身体空間形象空間とが深く相互浸透すれば、その結果として、ショック体験による革命的な緊張の全てに集団の身体が反応することになる。言い換えれば、知覚メディアと接続された身体形象空間とが相互浸透することで、革命のあらゆる緊張が「身体的で集団的な神経刺激(leibliche kollektive Innervation)」となる。革命においては、「集団の技術的器官の神経刺激(einer Innervation der Technischen Organ des Kollektiv)」が、集団の身体で放電されるのである。

破壊的性格

したがって、人間学的唯物論を提唱するベンヤミンは、救済的な批評を破壊的に実践することになる。だが破壊による救済が非道徳的に思えるとするなら、それはフロイトの憂鬱気質文化論が告げるように、タブーが様々な破壊の可能性を覆い隠しているためであると言える。そしてこの救済的な批評が建設的な批評ではないと批判する者たちがいるとすれば、その者たちは創造と破壊の切っても切れない関係を隠蔽していることになる。ベルトルト・ブレヒトをはじめとした『破壊的な性格(Der destruktive Charakter)』の持ち主たちに対するベンヤミンの洞察は、こうした素朴な見解に対抗する概念を提供している。

真に破壊的な性格の持ち主にとって、掲げるべきスローガンは一つしかない。「場所を空けろ(Platz schaffen)」。そして、このスローガンに基づいて実行される行動は、何もかもを「取り除くこと(räumen)」だけである。破壊的な性格の持ち主は、新鮮な空気と自由な空間を欲している。その欲求は、如何なる憎よりも強い。

破壊的な性格の持ち主には<選択の自由>があるとは思えない。何故なら、そうした者たちは、常に残存している抜け道のみを調べ尽くすからだ。<自由>な選択というのは、臨機応変な決断の力を麻痺させる仮象の自由である。如何なる瞬間でも、次の瞬間に何が起こるのかはわからない。破壊的な性格の持ち主は、だからこそこのままではもうこれ以上進むことができないということを、日常において直感している。抜け道を絶えず求め続ける振る舞いは、歩む道の限界を直感することで、次の瞬間には別の道へと極端に進もうとする姿勢を示している。破壊的な性格の持ち主は、一つの極限からもう一つの極限へと突き進む過程で、常に自分が岐路に立たされていると認識する。そしてその岐路は、瞬間ごとに異なる岐路なのだ。

こうした破壊的な性格の極端な姿勢は、臨機応変に破局を回避しようと動き回る姿勢を意味する。この姿勢にテンポを与えているものがあるとするならば、それは自然である。自然は、生成消滅を繰り返す。放置しておけば、破壊対象は自ずと取り除かれていく。だからこそ破壊的な性格の持ち主は、自然現象としての消滅よりも速く、対象を破壊しなければならない。この意味で破壊には、速度が求められる。そうした加速的な破壊は、人為的で<人工的>なのである。<人工的>であるということは、創るということを含意している。創造と破壊は紙一重なのだ。

破壊的な性格の持ち主は、存外にも伝統を重んじる。ただし、権威とは違ったやり方で、伝統を重視する。権威は伝統を型に嵌めた上で伝承しようとする。一方、破壊的な性格の持ち主は、伝統を有用なものとして流動化することで、普及させようとする。とするなら、伝統は交換価値や機能的等価性によって相対化されることになる。これが破壊的であるのは、伝統に対する現状維持を棄却する態度となるためである。

まさに現状維持を求める権威からすれば、この振る舞いは破壊的であろう。しかし破壊的な性格の持ち主にとって、歴史上持続する事物は何一つとしてあり得ない。破壊的な性格の持ち主は、事物の進歩のあり方に対する不信を以って、歴史的であろうとする。だがまさにそれ故に、破壊的な性格の持ち主には、至る所に道が見える。彼ら彼女らは、進歩史観が描写する右肩上がりの一本道こそが伝統であるという考え方から、自らの志向を区別できる。破壊的な性格の持ち主たちは常に岐路に立たされている。しかしそれ自体が危機的状況の破局を言い表す訳ではない。むしろこのまま一本道を進んでいくことこそが、破壊的な性格の持ち主にとっての破局意味する。

創造する者の中には孤独を好む者がいるかもしれない。一方で破壊的な性格の持ち主は、むしろ自分の働きを証明してくれる誰かを欲している。恐らくは、破壊の痕跡を残すことが難しいからであろう。真に破壊的であるならば、破壊の痕跡それ自体も破壊してしまう。だから最低限、破壊の記録を残したい時には、破壊の目撃証言が必要なのだ。

しかしながら、そうした証言が的確であるとは限らない。その証言が破壊の被害者による証言であれば、その証言は破壊的な性格の持ち主に対する負の印象を招くはずだ。破壊的な性格の持ち主に対して好意的な証言は稀かもしれない。だがそれでも、破壊的な性格の持ち主たちは、自らの理解者を求めようとはしない。恐らくそうしたコミュニケーションもまた、破壊の対象となり得る。むしろ破壊的な性格の持ち主たちは、周囲を挑発する。彼ら彼女らは、話し合い、わかり合うこと、合意形成を求めていないのだ。

人間性の風土としての破壊

破壊的な性格の持ち主は、世界を白紙状態(tabula rasa)になるまで片付けることで、革命的な構築の前提を配備する。破壊的な性格の持ち主は、世界を貪り食い尽くすことで、世界を空にする。まさに空であるということを以って、真に統一された世界を指し示すのである。現存する事物は全て破壊するに値するという敬意を持つことが、破壊的な性格の持ち主とあらゆる世界の事柄を結び付ける。ここに来て漸く、ベンヤミンの「政治」概念に孕むユートピア的な要素が明快となる。それは政治の虚無主義と分かち難い関連にある。政治的ユートピア機能は、破壊に値する物事の地区をサーチライトで照らし出すことであって、破壊対象の発見探索に資することなのである。

破壊を真の人間性の風土とすることは、ブレヒトのみならず、ボードレールやカール・クラウスなどのような者たちの観察観察するベンヤミンの主要動機となっている。これらの研究は、いずれも破壊的な性格を有した非人間性こそが真の人間性であることを暴露する挑発となっている。破壊とは、建設的で創造的な事柄に対する物神崇拝とは対極的な、世界を貪り食い尽くす純化活動なのである。

破壊的な性格の反人間中心主義的な人間主義は、「有機的なもの(organisch)」に対する人間中心主義的な物神崇拝が、「集団の技術的器官(der Technischen Organ des Kollektiv)」の「組織化(Organisation)」を妨げると考える。だからこそベンヤミンの人間学的唯物論は、近代の旧いヨーロッパ的な人間中心主義から距離を取る。人間中心主義的な自己認識を前提とした場合、そうした「人間」たちの経験は、既に「貧困」と化している。ベンヤミンはこのことを「経験(Erfahrung)」と「体験(Erlebnisses)」の区別を導入することで精確に叙述している。

経験歴史的な時間の連続性を前提としている。それは世代から世代へと伝承されることができる。そうした経験から培われた知識や教養は、常に「人間」と結び付いている。これに対して体験は、弁証法的な歴史家が想定するような、非歴史的で非連続的な時点の移行を前提としている。体験の認識は過去の由来に基づくのではなく、「認識可能性の今」に基づいている。逆に言えば、経験は「時代の夢」に対応している。つまり経験とは歴史的な時間が連続するかのような錯覚として知覚されるのである。ベンヤミンが観察した破壊的な性格の持ち主たちの行動は、全て体験を招いている。そうすることで、人間中心主義の仮象を剥奪すると共に、「人間」の経験を脱アウラ化するのである。

機能的等価物の探索:過渡的対象

人間と事物の一体化という観点から観れば、英国の精神分析医であるドナルド・ウッズ・ウィニコットが提唱した「過渡的対象(Transitional Object)」の理論は、ネオ・マルクス主義的な物神崇拝理論機能的等価物と見做すことができる。実際ウィニコットも、自らの理論物神崇拝と関連付けられることを認めている。そして、言わば「人間」と自然との間の緩衝材として事物を位置付ける過渡的対象理論は、ベンヤミンの「第二の技術」概念に対する理解を深化させる上でも有用となり得る。また「子供(Kinder / child)」にあくまでも注意を向ける姿勢は、ウィニコットとベンヤミンの共通点として挙げることもできる。しかしこの過渡的対象理論では、「子供」の幼少時代の分析に注力するあまりに、社会的文化的背景が盲点となってしまっている。このことは直ぐに説明する。

過渡的対象とは、客観的に観れば単なる事物に過ぎない。だが「子供」次第では主観的な愛情や愛着の対象となる場合もある。そうした客体をウィニコットは過渡的対象と呼んでいる。ここでウィニコットが想定する「子供」とは、「母親」に依存している存在に他ならない。この「子供」と「母親」の依存関係を説明する上で、ウィニコットは「絶対的依存(absolute dependence)」と「相対的依存(relative dependence)」の区別を導入している。絶対的依存とは、「子供」が自身と「母親」との関係が依存的であると認知してない状態での依存である。一方相対的依存は、「母親」との依存関係を認知した上での依存を意味する。ウィニコットによれば、「子供」の「母親」への依存は、その成長に従って、「絶対的依存」から「相対的依存」へと変異していくという。

過渡的な<境界>の錯覚

絶対的依存期の「子供」と「母親」の依存関係は、「母親」が幼児たる「子供」の欲求にただひたすら応じているという点で、「一者的な関係(one-body relationship)」という形式で成り立っている。例えば「母親」は、「子供」の母乳への欲求を直ぐに察知して、幼児の口元に乳房を宛がうことができる。言わば「子供」による需要と「母親」による供給の均衡した状態が続いている限り、「子供」の「母親」に対する依存は、「子供」が「母親」の乳房をはじめとした身体を自己自身であるかのように「錯覚(illusion)」 するほどまでに達する。絶対的依存が依存そのものを認知しない依存である理由は、まさにこの錯覚によって、「子供」が「子供」とは区別された他者である「母親」に依存している状況が盲点となるためなのだ。

だがこの絶対的依存は長続きしない。「母親」が「子供」の欲求を満たし続けることにも無理がある。再び「子供」による需要と「母親」による供給の関係に喩えるのならば、その均衡が崩れることによって、「錯覚」が破られる訳だ。するとそこから、「子供」と「母親」の差異が顕在化することになる。「子供」は、「母親」が自己の一部ではないということに気付き始める。かくして、双方の一者的な関係は二者的な関係へと変異する。絶対的依存関係は、相対的依存関係に移り変わる。

尤も、この「子供」の「錯覚」は、一者的な関係から二者的な関係へと移り変わるその移行期においても発現する。絶対的依存と相対的依存の過渡的な<境界>においても、「錯覚」は起こり得るのだ。この時、「母親」は両義的な概念へと変貌する。一方では、「母親」は依然として自己の一部であると共に、主観的な愛情や愛着の対象だ。だが他方では、「錯覚」が喪失しつつあるが故に、「母親」は客観的な事物ではないかという疑念も生まれてくる。

万能感の体験

絶対的依存と相対的依存の<境界>上の「錯覚」を構成しているのは、「環境としての母親(Environment-Mother)」への没入だ。「環境としての母親」とは、母親の腕、膝をはじめとした「子供」の周辺環境意味する。相対的依存期が始まれば、「母親」は概念的に両義的な存在となる。だが「環境としての母親」は、「子供」を支えることや抱き抱えることをその機能とする。そうすることで、尚も「子供」による主観的な対象として位置付けを保持する。それどころか、「環境としての母親」が「子供」の欲求に対して完璧に近い対応を実現すれば、たとえ相対的依存期に差し掛かっている「子供」であっても、「万能感の体験(Experience of Omnipotence)」に没入することができるようになる。こうした体験は、「子供」の現実世界に対する適応力が不足している場合の負担を軽減してくれる。この意味で、「環境としての母親」は「錯覚」を打ち破る現実のショック効果に対する緩衝材として機能する。

尤も、相対的依存期以降の「母親」はあくまでも両義的な存在となる。「母親」は、環境として振る舞うと同時に、「対象としての母親(Object-Mother)」という概念で観察されるようにもなる。「環境としての母親」が人間的であるのに対して、「対象としての母親」は事物的だ。「対象としての母親」は、「子供」が欲求を満たすために、道具的に機能するのである。

環境としての母親」は「子供」の発達を促進する。だがその一方で、次第に「母親」は「子供」の欲求の全てに対応し切ることができないという現実が顕在化することになる。欲求が充足しない現実が顕著になると、「子供」の攻撃性が高まっていく。その攻撃の対象となるのは、「対象としての母親」だ。「錯覚」を抱いていた「子供」たちは皆、程度の差こそあれ、「幻滅(disillusionment)」することになる。だがその幻滅の度合いは、「対象としての母親」が如何にこの攻撃を対処するのかに懸かっている。このように述べても過言ではない。

「本当の自己」と「偽りの自己」の差異

ウィニコットによれば、この幻滅が急激な負担として発生した場合には、「子供」が精神病を患う危険があるという。錯覚から幻滅への移行がショック体験となれば、「子供」はその現実の過剰刺激に適応することに特化した「偽りの自己(False Self)」を構成することで、「本当の自己(True Self)」を隠蔽してしまう。「偽りの自己」は、「本当の自己」の防衛として機構化される。だがこれら二つの自己が激しく「分離(splitting)」しているようでは、その後の精神的な成長にも良からぬ影響を与えるという。

過渡的対象は、こうした問題設定から必要とされる。ウィニコットが過渡的対象機能として挙げているのは、対象喪失による抑鬱的な不安に対する防衛の機構である。この意味過渡的対象は、「対象としての母親」の原初的な機能的等価物として位置付けされよう。例えば「子供」が肌身離さず持ち歩いている玩具などの事物は、ウィニコットによれば、過渡的対象として「十分良い(good enough)」とされる。客観的に観れば、そうした事物は単なる「物」でしかない。だが当の「子供」から観れば、過渡的対象は「母親」と機能的に等価な対象となっているのである。

過渡的対象は、自己自身と外部環境の<境界>に位置するインターフェイスのように機能する。この意味過渡的対象は、「母親」同様に、概念的には両義的な位置付けにある。それは自己の一部であると同時に自己とは区別される客体でもある。そのため、客体としての過渡的対象が物理的に破壊された場合には、「子供」もまた主観的にショックを受けることになる。

物神崇拝の「可能性の空間」

しかし過渡的対象は、物理的に破壊されたからといって、単純に消失する訳ではない。と言うのも、そうした事物が物理的に破壊されたところで、それが主観的に無意味になる訳ではないからだ。過渡的対象は、自己自身と外部環境との<境界>において、尚も存続する。そしてこの<境界>は、「子供」の成長と共に、文化体験形式が蓄積されている「可能性空間(potential space)」として拡張されていくという。そして「可能性空間」に分布することになった過渡的対象は、遊戯芸術宗教、儀式、夢見、麻薬依存、そして物神崇拝などのように、多種多様な文化体験を生み出すという。

この「可能性空間」における文化体験形式としての物神崇拝という記述は、フロイトの精神分析学における物神崇拝概念とは明確に区別される。フロイトは、あらゆる物神崇拝の対象は男性性器の代理物(penissubstitute)であるという。ただしここで代理されるのは、現実に男性に備わる性器ではない。物神崇拝は母親の男性性器の不在を否認するところから始まる。だがこの不在の認識それ自体は、現実の知覚である。この不在を否認するということは、現実を否認することに等しい。この否認が成立した時、自我は現実を受け入れる自我とそうではない自我に分裂し、複合化することになる。場合によっては、この否認は精神病の温床にもなり得る。

もとより、目的論的な思考を重視するフロイトにとって、物神崇拝は性的な目的達成の遅延を意味していた。性的欲望がその「目標(Ziel)」と「対象(Objekt)」によって定義されるというフロイトの概念規定を前提とするなら、鼻や足を対象とした性的な興奮に駆動されたところで、直接的に性的な目的を達成できるとは限らない。目的達成に向けて合理的に思考するなら、なるほど身体の一部に対して興奮する様は「異常」なのである。

しかし一方でフロイトは、物神崇拝という衝動を、女性を性的な対象と見做すエロティシズムの発生源としても説明している。ここでいう衝動は、「人間」以外の動物の本能的欲求からは厳密に区別される。女性を性的対象として捉える性的欲望の機構は、「人間」の場合には既に成長の初期の段階から、本能的な生欲からは逸脱した性質を有しているというのである。

これに対してウィニコットの物神崇拝概念は、対象喪失による抑鬱的な不安に対する防衛という発達段階の痕跡が前提となる。「子供」がどのような発達段階を辿るかによって、必要とされる過渡的対象も変わる。その結果、「可能性空間」に蓄積される文化体験形式にもまた個人差が生まれる。つまりウィニコットの過渡的対象理論を採用するなら、「子供」時代のライフヒストリーを加味した上で、各個人の物神崇拝を分析することが可能になる。

尤も、ウィニコットが提唱した「可能性空間」は、一般性に欠ける。ウィニコットの研究対象はあくまでも乳児に限定されていた。故に「可能性空間」が言い表しているのは、幼少時代に蓄積された過渡的対象意味がそれ以降の文化的な体験に影響を及ぼし得るという可能性のみである。しかし、それが如何にして可能になるのかは、十分に追究されていない。このことについては、過渡的対象理論とは別の理論に頼らない限り、明確とはならないであろう。むしろこの過渡的対象という概念を前提とした場合、子供の幼少時代の経緯を迂回しなければならないために、逆に社会的文化的背景がわかり難くなる。とりわけ最先端の科学技術との関連から観れば、ウィニコットの過渡的対象理論には、物象化を出発点としたネオ・マルクス主義物神崇拝概念ほどの発見は伴わないと言える。

問題解決策:物の世界の観相家

子供は、事物と特殊な関係を築くことで、子供に固有の世界観を創造している。このように認識するウィニコットの子供に対する眼差しは、ベンヤミンのそれと通じるところがある。しかしながらベンヤミンの子供と事物の関係に対する観点は、単にその子供個人の発達に向けられている訳ではない。ベンヤミンにとって重要となるのは、事物に対する子供の接し方が、そのまま人間学的唯物論の模範となるということである。実際ベンヤミンは『一方通行路』の「建設現場(BAUSTELLE)」の節において、子供の事物に対する創造的な世界観を讃えている。

「子供向けに造られた事物――模型や玩具や児童書――の製作について衒学的に頭脳を絞るのは愚かなことである。啓蒙時代以降、教育学者たちはこの類のことに頭を悩ましてきた。だがそうした思弁には、カビが生えている。心理学に気を取られ過ぎている彼らには、世界が、子供の注意を引き、子供の練習用具となる物、全く比類の無い事物で満ち溢れているということが視えなくなっているのだ。そう、実に子供向けの事物が溢れ返っているのである。つまり、子供たちは、事物に関わる作業の進行する状況が手に取るように見て取れる場所にならば、如何なる作業場へも、特別に興味を抱いて訪れていく。子供たちは、工事の際に、庭や室内での作業の際に、また裁縫職人や家具職人の仕事の際に発生する廃棄物に魅了されている。派生した老廃物の中に、子供たちは、物の世界(Dingwelt)がまさしく自分たちに、自分たちだけに差し向けてくる相貌を認識する。そうした廃棄物を利用することで、子供たちは、大人たちの仕事を模倣するというよりも、むしろ遊戯(Spiel )の中でそれらから何かを仕上げることによって、様々な種類の材料を、飛躍的に新しい相互関係の中に移行してしまう。こうして子供たちは、自身に固有の者の世界を、大きな世界の中の小さな世界を、自らの手で造り上げる。意図して子供たちのために何かを製作しようという人々は、この小さな世界の様々な規範を見落としてはならない。見落としてしまうような人々は、その仕事をその全ての道具諸共捨て去って、自力で子供たちへの道を探索させた方が良いであろう。」
Benjamin, Walter. (1928) “Einbahnstraße”. In: Gesammelte Schriften Bd.4, Frankfurt am Main : Suhrkamp. 1980a, S.83-148. 引用文については、S.92-93を参照。

この子供の事物に対する振る舞いは、「蒐集家(Sammler)」のそれに近付いていく。蒐集家は、世界に散乱している事物を「所有」するべく、本能的に動機付けられている。そして蒐集家にとっては、所有している事物と類似した対象であれば何であれ、新たな蒐集対象となり得る。所有された蒐集対象についての記憶が、新たな事物を選好する際の指針となる。言い換えれば蒐集家は、既存の蒐集対象に関する記憶に準拠した上で、新たな事物を蒐集していく。ただしここで重要なのは、蒐集家が、蒐集された対象が有していた本来の機能には囚われていないということである。蒐集家は、想像し得る限り類似した蒐集対象同士を関連付けていく。ベンヤミンの言葉で言えば、蒐集によって、事物の「完全性(vollständigkeit)」がその「有用性(nutzen)」に取って代わる。

「それは、新たな構造の歴史的な体系に分類することを通して、すなわち蒐集することを通して、単なる存在という全く以って非合理的な有り様を超克する偉大な試みである。」
Benjamin, Walter. (1928-1929/1934-1940) “Das Passagen-Werk”. In: Gesammelte Schriften Bd.V Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1989, S.271.

物の世界の観相家

この蒐集家の試みは、制度化や標準化に勤しむ専門組織や特定の問題解決にのみ関与する社会的機能システムの意図とは全く逆行している。何しろ近代の専門組織システム機能システムが重視する効率性や有用性など、蒐集家の眼中には無いからだ。この新たな歴史的体系の中で、機能とは無関連に関連付けられた個々の蒐集対象は、その時代、地域、産業や、元の所有者に関するあらゆる知識を蒐集した魔術的な「百科事典(Enzyklopädie)」となる。蒐集家記憶、想像、認識の全てが、その所有物についての百科事典の枠組みとなる。

あらゆる蒐集家蒐集において重要となるのは、蒐集される対象についてのデータだけではない。その事物の以前の所有者、購入価格、本来の相場などといった一見有用とは思えない細部の様々なデータもまた、重要な事柄となる。ベンヤミンも述べているように、蒐集された個々の事物の中では、それぞれの事物に関わる細部の様々なデータを背景に、一つの「世界」が秩序を形成している。このそれぞれの事物に固有の世界が、全く新しい歴史的な体系を織り成している。この百科事典としての蒐集対象の「世界」の総体によって、蒐集家蒐集対象となった事物の「運命の判読(Schicksalsdeutern)」を務める。蒐集家とは、「物の世界の観相家(Physiognomiker der Dingwelt)」なのである。

ベンヤミンは、この観相家としての性質を蒐集家の「老人的な形象(Greisenbilde)」として捉える一方で、蒐集家には子供のような性質(Kindhafte)も宿っているという。真の蒐集家にとって、一つの事物を獲得するということは、その事物を「再生(Wiedergeburt)」させることに他ならない。まさにこの点において、蒐集家の中では、老人的な性質と子供的な性質が相互に浸透しているのである。

「子供たちは、この世の存在を意のままに、新たに生まれ変わらせて、しかも百通りものやり方で苦も無く操って見せる。そこでは、つまり子供の中では、蒐集は一つの改修の方法(ein Verfahren der Erneuerung)に過ぎず、対象に色を塗ることはそのまた別の方法であって、切り取ることや引き剥がすこともやはり改修の方法なのである。こうして、手で触れるところから名付けるところに到るまで、子供たちが何かを自分の物にするやり方の全ての過程が構成される。旧い世界を一新すること(Die alte Welt erneuern)――これは、新しい物を獲得したいという蒐集家の願望の中に潜む最も深い衝動だ。」
Benjamin, Walter. (1931) “Ich packe meine Bibliothek aus Eine Rede über das Sammeln”. Gesammelte Schriften Bd.IV/1, Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1972, S.388-396. 引用はS.389-390.より。

寓意家としての蒐集家

ここで気付かなくてはならないのは、この蒐集家子供的な性質に潜む破壊的な性格である。「百科事典」という新たな固有の歴史的体系に獲得した事物を収める時、その蒐集家は、既存の社会的秩序における機能的連関を破壊していることになる。言い換えれば、蒐集家は社会の「全体」の中でその「断片」を掴み取っている。だからこそベンヤミンは、蒐集家が無秩序と秩序の間で弁証法的に緊張していると述べているのである。

ベンヤミンが指摘するこの両義的な性質は、蒐集家寓意家を関連付けることで判明となる。彼の近代寓意論によれば、蒐集家寓意家は表裏一体の関係にある。蒐集の魔術は錯覚的な秩序であるが故に、現実的には不可避的に不完全に終わる。蒐集家は「断片」的な事物の蒐集に終始することになる。ベンヤミンによれば、事物の「断片」しか掴み様がないというこの状態は、まさに寓意家が根本的に前提とする状態に他ならない。寓意家には、調和が形成された世界全体の秩序など眼中に無いのである。蒐集が秩序を形成していく営みであるならば、寓意は持続可能であるかのように魅せる「所与の秩序」の仮象や固定観念を破壊する無秩序な営みである。

こうして観ると、寓意家蒐集家は相互に対極的な性質を有していることがわかる。破局を直視する憂鬱気質寓意家には、調和が形成された世界全体の秩序を信頼することができない。繰り返すように、蒐集が秩序を形成していく営みであるならば、寓意は持続可能であるかのように魅せる「所与の秩序」の仮象や固定観念を破壊する無秩序な営みである。寓意家は習慣形成とは無縁の生活を送る。蒐集家が所有物の「百科事典」に腐心するなら、寓意家は掴み取った「断片」に対する沈潜を反復していく。

もとより事物をその機能的な連関から切り離すという点においては、両者は一致している。つまり寓意家のみならず蒐集家もまた、蒐集した個々の事物の「断片」の中に、一つ一つの世界を描いているのである。ただし寓意家に限っては、切断した個々の「断片」を類似した他の「断片」と関連付けようとはしない。寓意家は、「断片」を「断片」のまま保持する。

「寓意的な意図に影響を受けているものは、生との関連から切り離される。すなわち、それは破壊されると同時に保存されるのである。寓意は瓦礫を着実に保持し続ける」。
Benjamin, Walter. (1928-1929/1934-1940) “Das Passagen-Werk”. In: Gesammelte Schriften Bd.V Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1989, S.414-415.

観相家の身体、脱因果論的な「運命」概念

寓意的な蒐集家蒐集するのは、したがって物の世界の「断片」としての事物である。だが蒐集家観相家としての観点から観れば、この「断片」の内部には、一つの「世界」が固有の歴史的な体系として宿っている。寓意的に蒐集された事物は、物の世界の「全体」の細部で、「全体」を凌駕する「部分」として、物の世界を破壊的に改修する。

この寓意的な蒐集家観相家としての姿勢を、通俗的な意味での占い師の姿勢と同一視してはならない。ベンヤミンによれば、占い師に「運命(Schicksal)」を明かして貰おうとするのは、好奇心というよりも怠惰である。未来を占って貰おうという姿勢は、自身の内部に秘められた知らせを棄て去るようなものである。

ベンヤミンは「運命」を論じるにあたり、「運命」概念と因果連関を結び付ける思考法を批判している。因果論的に人間の生を視るのは、既に起きた過去出来事未来に起こり得る出来事に対する責務を人間に負わせるという点で、言わば「罪の文脈(Schuldzusammenhang)」を形成してしまう。この罪の文脈とは、過去の前史における起源としての「原」から未来の後史における「贖」としての死までの過程に他ならない。そしてこの罪の文脈は、専ら「掟(Gesetz)」という形で人間を支配する基本構造として成立する。

「運命とは、生における罪の文脈(der Schuldzusammenhang des Lebendigen)である。これは生命の自然状態(der natürlichen Verfassung des Lebendigen)に対応する。だがこの構造は、まだ余すところなく解放されていない仮象(Schein)に他ならない。それは人間(Mensch)とは遠く離れたものであって、決して人間と完全に合致するものではなかった。この仮象の支配下では、人間は最良の部分だけ、不可視のものとして存在できたに過ぎない。それ故、人間は基本的に運命の所有者ではない。人間が運命の主体を規定することは困難である。裁判官は、お望みならば何処であれ、運命を視ることができる。刑を負わせることで、裁判官は必然的に、訳もわからないまま、運命をも課してしまうのだ。」
Benjamin, Walter. (1919) “Schicksal und Charakter”. In: Gesammelte Schriften Bd.Ⅱ/1 Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1977, S.171-179. 引用文については、S.175を参照。

ベンヤミンは因果論的な「運命」概念を批判する際に、「運命」と「性格(Charakter)」の区別を導入している。ベンヤミンによれば、現代人は身体的な特徴からその者の性格を読み取ることには慣れていても、その者の「運命」を手相から読み取るという占いに対しては受け入れ難く感じているという。「運命」を占うのは、「未来を予知すること(die Zukunft vorauszusagen)」に等しい。これは一見して不可能な取り組みである。一方、性格を読み取る取り組みは、専ら過去現在の性格が対象となるために、可能であると考えられている。しかしながら「運命」の占い師たちは、自身の占いが現在の中に内在していると主張する。より慎重に言えば、占い師たちは、「運命」が「この場にある(zur Stelle sein)」と主張するのである。

しかしベンヤミンの洞察に依拠して、「運命」を罪の文脈と結び付けるならば、この占い師の仮定は鵜呑みにすることができなくなるであろう。罪の文脈としての「運命」にも時間は関わるはずだ。だがそれは、本来の意味時間的であるのではない。この「運命」概念を前提とすれば、あらゆる時間は最終的な結末への「伏線」を回収する因果連関に規定されていることになる。「運命」における罪の文脈には現在が無いが故に、現在によって過去未来構成される可能性は無い。すなわち、「認識可能性の今」があり得なくなってしまうのである。過去の前史における起源としての原から未来の後史における贖としての死までの過程は、均質で連続的な歴史観を暗に自明視してしまっているのだ。

「いずれにせよ、カルタ占い師や手相占い師は、この特殊な時間がいつでも別の(ただし現在ではない)ある時間と同時的になされ得ることを訓えてくれる。この時間は自立的な時間ではなく、高次のより自然的ではない生の時間に寄生(parasitär)せざるを得ない。この時間は現在を持たない(実際、運命的な瞬間(schicksalhafte Augenblicke)などというのは、下手な小説の中にしかない)上に、過去も未来も必ず奇抜に変形させている。」
Benjamin, Walter. (1919) “Schicksal und Charakter”. In: Gesammelte Schriften Bd.Ⅱ/1 Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1977, S.171-179. 引用文については、S.176を参照。

したがって、寓意的な蒐集家観相家としての姿勢を貫くベンヤミンが真に重視するのは、脱因果論的な「運命」概念である。彼にとって決定的に重要なのは、遠い彼方に対する未来予知などではなく、この瞬間に成就されることに精密な注意を向けることなのである。そしてこのベンヤミンの注視は、精神を活き活きと現存させている「身体(Leib)」によって発せられた「サイン」に向けられる。

「事実、昼も夜も、我々の生体(Organismus)の中には、前兆(Vorzeichen)や予感(Ahnungen)や合図(Signale)が、波のように打ち寄せている。それらを説明(deuten)すること、あるいは利用(nutzen)することが問題だ。しかし、双方は一つにはならない。臆病と怠惰は前者を促し、冷静と自由は後者を促す。実際、そうした予告や警告は、言葉や形象のような間接的なものとなる以前に、直ぐにその最高の力を、すなわち我々の心の中心に的中して、我々を強制する力を失くしてしまう。何故か我々には、それに従って行動する術がわからない。そして、我々がそうした行動を怠ると、その時にばかり、それは解読(entziffert)される。我々はそれを読む。だが、時既に遅しなのである。だから、想定外の火事が発生した場合や思いも寄らない時に誰かの死の知らせが届いた場合には、最初の口も利けない驚異の瞬間に、自分は心の底ではこのことを予知していたのではないかという罪責感が、もやもやとした非難が襲って来る。」
Benjamin, Walter. (1928) “Einbahnstraße”. In: Gesammelte Schriften Bd.4, Frankfurt am Main : Suhrkamp. 1980a, S.83-148. 引用文については、S.141を参照。

身体は、身体それ自体の奥底で、「運命」と競い合い、「運命」に打ち勝つ力を有している。ベンヤミンは、「(Jetzt)」という瞬間こそが「運命」を屈服させる時でなければならないという。

「未来への脅威を転じて充実した今を生み出すことは、比類なき望ましいテレパシーの奇跡(telepathische Wunder)と言えるであろう。これは、精神を活き活きと現存させている身体によってこそ成され得ることなのである。太古においては、こうした振る舞いは、人間の日常茶飯事の類のものであった。裸の肉体の中に、最も信頼の置ける予感の道具が、人間には与えられていた。カルタゴの土地を踏んで躓いたスキピオは、倒れながら両腕を大きく広げて、『アフリカの大地よ、お前は私のものだ!』と勝利の声を上げる。怖ろしい印や不運の象徴ともなり兼ねなかったものを、彼は身を以って現在の瞬間に結び付けている。彼は自分を自分の身体に従わせている。断食や貞操や不眠などといった昔の禁欲的な苦行が、その最高の勝利を言葉で祝福できたのも、まさにこの点においてであった。」
Benjamin, Walter. (1928) “Einbahnstraße”. In: Gesammelte Schriften Bd.4, Frankfurt am Main : Suhrkamp. 1980a, S.83-148. 引用文については、S.142を参照。

蒐集家の触覚

これを前提とすれば、寓意的な蒐集家物の世界の観相家として事物の「運命」を判読するのは、「認識可能性の今」においてその「運命」を屈服させるためである。この「運命」を屈服させる試みは、事物をその機能的な連関から切り離す蒐集家としての試みも含意している。だからこそ寓意的な蒐集は破壊的なのであって、その破壊の対象は物の世界に位置する訳だ。

寓意的な蒐集、物の世界の観相、そして事物の「運命」という三つの要因を結び付けるのは、蒐集家触覚である。事物の「運命」を説明することよりも利用することを重視する蒐集家観相家としての姿勢は、事物の利用に対する「習慣(Gewohnhei)」を形成する。この習慣形成をベンヤミンは「触覚的な享受(taktische Rezeption)」と名付けた。触覚的な享受は、意識的に注意を働かせる方法ではなく、習慣形成という方法で成し遂げられる。そしてこの習慣形成は、注意力が散漫な人間であっても可能である。熟考せずとも、身体が慣れ親しんでいくからである。この姿勢は、対象を注視して熟考する「視覚的(optisch)」な姿勢から厳密に区別される。視覚的な享受が「眺めることを通じて(durch Wahrnehmung)」可能となるのに対して、触覚的な享受は「利用することを通じて(durch Gebrauch)」可能となるからである。

蒐集家は本能的に触覚的な人間だ。つまり蒐集家は、過剰なまでに散乱している事物を触覚的に享受していくように、本能的に突き動かされているのである。ベンヤミンによれば、この触覚的な享受方法となるのは、「所有」である。触覚性と視覚性の区別で言えば、所有とは触覚的な側に分類される。こうして所有された蒐集対象についての記憶が、新たな事物を選好する際の指針となる。言わば所有の記憶が、感覚器官に迫り来る事物の過剰刺激とそれに伴い活性化する記憶の洪水に対応した「防波堤(Damm)」 になるのである。

しかしこの防波堤は、常に決壊のリスクを背負っている。触覚的な享受は、決して事物が平穏な日常の一部として緩やかに享受されていく過程を物語っているのではない。むしろ逆である。とりわけ複製技術時代以降、大量の事物が複製されることによって、知覚メディアが我々の全身に事物に関する度重なる過剰な刺激を呈示してくるようになっている。

「我々が事物の中に移動するのではない。事物が我々の生活の中に踏み込んで来るのである」。
Benjamin, Walter. (1928-1929/1934-1940) “Das Passagen-Werk”. In: Gesammelte Schriften Bd.V Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1989, S.273.

動物の物語

この迫り来る事物との関連から重要となるのが、ベンヤミンが複製技術論の一つである『写真小史(Kleine Geschichte der Photographie)』を書き上げる時期に行なっていたフランツ・カフカに関するラジオ講演である。『万里の長城の建設(Beim Bau der Chinesischen Mauer)』と題されるこの講演では、カフカの作品が予言的(prophetisches)な作品として紹介されている。この予言と関わる生は、極めて精確に叙述された奇妙な出来事で満ちている。だがそうした出来事は、読者には僅かな変位しか伴わない兆候や徴候としてしか理解し得ない。一口に言えば、カフカの作品に登場する生はに満ちているのだ。一方、カフカはこの変位があらゆる状況で起こり得ると感じ取っている。だがそれでも彼は、その出来事に備わる秩序を捉え切れずにいた。

そこでカフカに残された策となるのは、現存在のほぼ理解不能な「歪み(Entstellungen)」に応じることだけであった。この歪みは、我々の生が、ある種の不透明な「掟(Gesetze)」の影響下にあるということを仄めかしている。カフカの歪みに対する反応にパニックのような恐怖が入り混じっていたのは、まさにこの非知の「掟」に対する恐怖が叙述されていたためである。カフカ自身もまた、この歪みに全面的に侵されてしまっていた。そのため、彼が描写した対象は尽く歪まずにはいられなかった。その結果としてカフカが描写した対象は、全てそれ自体とは異なる他の何らかの非知についての叙述を為していた。ベンヤミンはカフカの『城(Das Schloss)』に登場するKの物語を例示することで、この「歪み」と「掟」が我々の生と結び付いていることを指摘している。

「Kが村の中に住むのと同じように、現代の人間は自身の身体(Körper)の中に住んでいる。つまり現代の人間は、この身体(Leib)をより高次元の更なる諸秩序と結び付ける諸々の掟(Gesetzen)については何も知らない余所者、追放された者なのである。問題となる事柄のまさにこの側面について、有力な解明の鍵を与えるのは、カフカが物語の中心に頻繁に動物(Tiere)を位置付けているということである。しかも読者は、そうした動物の物語(Tiergeschichten)がそもそも人間(Menschen)の物語ではないということに気付かないまま、かなり先まで読み進めてしまう。その時、不意に、その動物の名前――鼠やモグラ――に直面することで、初めてあるショックと共に目覚め、自分が人間の大陸から既に遠く離れてしまっているということに気付くのである。」
Benjamin, Walter. (1929) “Franz Kafka: Beim Bau der Chinesischen Mauer”. In: Gesammelte Schriften Bd.Ⅱ/1 Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1977. S.676-683. 引用文については、S.680-681を参照。

文学の作者としてのカフカ

そのためなのかカフカは、この裁きに対して我々が如何に考えるべきなのかを読者に訓えることが無かった。もしかすればこの裁きの判決は、最後の審判であったのかもしれない。その時の裁判官はむしろ被告になるのかもしれない。訴訟手続きとは、それ自体既に罰であったのかもしれない。これらの可能性について、カフカは何も答えていないのだ。しかしながらベンヤミンは、むしろカフカにおいて重要となるのは、こうした問いへの答えを遅延させることなのである。何故なら引き延ばすというのは、『訴訟(Der Prozeß)』における被告人の希望そのものであったからだ。

ベンヤミンによれば、『掟の門前(Vor dem Gesetz)』という寓意は、読者に雲のように掴み処の無い印象を与える。カフカは、終わりの視えない吟味を展開しているのである。作者の解釈は『訴訟(Der Prozeß)』の中で僧の口を通して提示される。しかもそれは小説の中でも目立つ個所で行なわれているために、小説全体がこの寓意展開した構成になっていると推測することさえできてしまう。しかしここでいう「展開する(entfaltet)」という概念には二重の意味がある。一方でそれは、蕾が展開して花開くという意味を持つ。だが他方でそれは、大人が子供に教える折り紙の船を平たい一枚の紙にしてしまうという意味も持つ。カフカの寓意は、ただ蕾が展開して花開くという意味展開される。それ故に寓意展開によって得られる叙述は、文学に類似している。しかしながらこのことは、カフカの作品が旧いヨーロッパ的な散文形式に合流することを意味しない。

カフカが自身の作品の発表を控える傾向にあったのは有名な話である。カフカの遺言においては、自身の遺稿を全て焼却するように記述されていたという。カフカの遺言は、彼がその文学に満足していなかったことを物語っている。つまり彼にとって、全ての作品は失敗作であったのだ。ベンヤミンによれば、カフカが失敗したのは、文学を教義へと展開させることによって、その寓意的な性質を回復させることであった。

身振りの規約

カフカには比喩を創造する類稀なる才能があった。その能力は、テクストの常に別のあり方でもあり得る解釈可能性を提示する上で活用されていた。カフカの比喩は、テクストを一律に解釈しようとする読者に対する抵抗力としての効果を発揮していたのである。カフカは自身の作品に想定可能なあらゆる予防線を張り巡らせている。読者は慎重に用心深く不信を抱きながら読み進めていく必要がある。

ベンヤミンが注釈するように、カフカの作品は比喩を中心とした作品ではない。とはいえ彼は、自身の作品がそれ自体として読者に受け取られるように望んでいた訳でもなかった。彼の作品は引用、注釈、物語ることが可能な構成になっている。だが我々は、カフカの比喩に付き添われたとしても、Kの「身振り(Gesten)」や動物たちの「仕草(Gebärden)」において注釈されるその教義を十分には理解し切れない。ベンヤミンが指摘するように、そこにユダヤ教の伝承が暗示されていたとしても、暗示以上に明確化して認識することは不可能なのである。

しかしそれでも尚確実だと言えることがある。カフカにとっては常に、身振りの中でのみ、何かを具体的に把握することができたのだ。ベンヤミンも述べているように、カフカの作品に潜む最も壮大なは、この最も壮大な単純さ(Schlichtheit)を兼ね備えた身振りによって叙述される。こうした身振りは得てして無意識的に発現している仕草である。この単純さを兼ね備えた身振りは、様々な動物物語構成する。だからこそベンヤミンは、全てのカフカの作品が「身振りの規約(Kodex von Gesten)」を叙述していると喝破し得たのである。

こうした身振りは、決して初めからカフカにとって象徴的な意味を有していた訳ではない。むしろ絶えず他との関連付けや実験的な配列化によってその都度その意味変異する。それ故に、単純な身振りは複合的なを指し示す寓意として機能する。読者は、常にこの別のあり方でもあり得る何かを指し示している単純な身振りによって、複合的な解釈可能性を手にするのである。

太古の世界の忘却されたもの

カフカの小説では、Kと他の登場人物とのコミュニケーションがある種の自明性に基づいて規定されている。他の登場人物たちがKに何かを言う時、その語り口調は、「Kも当然知っているはずである」という前提の上で成り立っているのである。それは恰も、周囲の者たちの発言の中には新しい事柄が何も無いかのように叙述されている。そうした台詞を耳にするKは、恰も「忘却(Vergessenheit)」していた事柄想起するかのように対応していく。『訴訟(Der Prozeß)』においても、確かに忘却されているのである。しかし、忘却されているものは、決して単なる個人的な事柄なのではない。まさにこの記憶に対する認識によって、我々はカフカの作品に潜むユダヤ教的な特性に肉薄していくことになる。

「忘却されているものは全て、太古の世界の忘却されたものと混じり合い、これと無数の不確実な変転する結合を繰り返しながら新たな奇形を生み出していく。忘却とは、カフカの物語の無尽蔵の中間世界が、陽の目を見ようと犇めきながら溢れ出てくる容器(Behältnis)なのである。」
Benjamin, Walter. (1977) “Franz Kafka”. In: Gesammelte Schriften Bd. II/2 Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1991, S.409–438. 引用はS.430より。

ここでいう「太古の世界(Vorwelt)」は、有史以前の世界である。それは「神話」が生じる以前の世界に他ならない。つまり太古の世界とは、「神話」が々による創造物、すなわち「法(Recht)」として登場する以前の世界なのだ。逆に言えば、太古の世界忘却されたものの形象は、その後の連続する歴史によって叙述された「神話」の仮象によって覆い隠されていたことになる。そしてこの前提に立つことで初めて、何故カフカが動物たちの物語展開していたのかが明確になる。カフカは、この太古の世界忘却されたものを動物たちの仕草から聴取しようとしていたのだ。無論、動物物語展開することが、カフカにとっての最終目標であった訳ではない。だが有史以前の形象を抽出するには、動物が不可欠であったのだ。

実際、カフカの作品に登場する全ての被造物の中で、思案することが最も多いのは動物たちである。例えば巨大なモグラが土の中を引っ掻き回すのは、頭の中であれやこれやと詮索していることを描写している。掟における腐敗に該当するものが、動物たちの思考の恐怖(Angst)を占める。ただしここでいう「動物」を生物学的な定義を遵守した概念であると理解してはならない。この「動物」概念は寓意的である。とりわけここで想起しなければならないのは、「掟」が忘却されて非知となっている者にとっては身体こそが重要となるというベンヤミンの指摘である。自分自身の身体(Körper)は、最も忘却されている異郷である。だからこそカフカは『巣穴(Der Bau)』において、自分の内部から飛び出てくる「咳(Husten)」を「あの動物(das Tier)」と名付けていたのである。

ベンヤミンが補足する通り、カフカによるこれらの動物の選択には一定の法則がある。これらの動物たちは、常に地中で生きているか、少なからず『変身(Die Verwandlung)』の甲虫のように、床の割れ目や隙間に這い込んで生きている。こうして這い込んで身を隠している状態が、身体と結び付いている高次元の諸秩序の影響下にある者たちに相応しい姿勢であるという訳だ。この「掟」に対する非知の状態は、恐怖を招く。この恐怖は、太古のもので、人間記憶の及ばないものに対する恐怖である。その一方でこの恐怖は、身近にあるもので、眼前に迫り来るものに対する恐怖でもある。言い換えればこの恐怖は、未知のと贖に対する恐怖である。しかもこの贖において作用しているのは、ただこの贖こそがを知らせるという「至福(Segen)」なのである。が未知なのは、それを忘却しているからである。そしてこの至福としての贖は、忘却された想起意味する。

「神話の暴力」と「神の暴力」の差異

無論、贖として突き付けられる死は、世界の「暴力(Gewalt)」である。カフカはこの暴力に対して為す術を持たなかった。彼はこの暴力をそれ自体としては理解していなかった。生にとっては、が未知であるためだ。彼はただ、太古の世界が彼にという形態で突き付けた鏡の中に未来が裁きという形態で発現しているのを垣間見ただけであったのだ。

しかしながらこの世界の「暴力」は、過去の前史における起源としての「原」から未来の後史における「贖」としての死までの因果論的な「運命」、すなわち「罪の文脈」を前提としている。つまりこの場合の世界の「暴力」とは有史以来の「神話の暴力(mythische Gewalt)」なのだ。その神話を肯定することを自明視する歴史を生きている者たちにとって、「神話の暴力」は批判不可能な対象となる。こうして批判不可能な暴力を批判するには、「神話の暴力」そのものを一掃しなければならない。

この関連からベンヤミンがカフカの作品から読み取ったユダヤ教的な教義は一層明確になる。カフカの作品は「神話の暴力」が蔓延る歴史からのメシア的な救済を暗示しているのである。ただしカフカの作品は、因果論的な「運命」が蔓延る歴史救済物語るのではない。むしろその歴史からの救済叙述している。言い換えれば、この場合の救済は、歴史の目標(Ziel)として設定されるのではなく、むしろその終焉(Ende)として叙述される。つまり、均質に連続する歴史の尽くを粉砕する破壊的な性格を有したメシア的な力によってもたらされるのである。

このメシア的な力を指し示す上で、ベンヤミンが導入したのは、「神話の暴力」と「神の暴力(göttliche Gewalt)」の区別である。究極的には、「神の暴力」は「神話の暴力」に停止を命ずる。あらゆる領域で神話が対立するように、あらゆる「神話の暴力」にも「神の暴力」が対立する。しかも、あらゆる主題において、双方は対立する。「神話の暴力」が「掟」を遵守するなら、「神の暴力」は「掟」を破壊する。「神話の暴力」が境界を設定するのならば、「神の暴力」は境界を否認する。「神話の暴力」がを背負わせるのならば、「神の暴力」はそれを除去する。「神話の暴力」が脅迫するのならば、「神の暴力」はショック効果を与える。「神話の暴力」に血生臭さが伴うのならば、「神の暴力」は無血かつ致命的な結末を招く。

まさにこのメシア的な力が到来する瞬間こそが、ユダヤ教の預言者たちがの審判と結び付けた状況なのであった。如何なる瞬間も、過去の何らかの事物や事象にとって、最後の審判となる。どの時代も、過去の何らかの時代にとってのメシア的な時代として結実している。その時代がと直接的に接見を持ち得るのならば、その時代こそが、最後の審判の時代となるのだ。

愚者の学習

この「神話の暴力」と「神の暴力」の区別を前提とすれば、「神の暴力」による歴史からの救済は、「神話の暴力」よって覆い隠されている「認識可能性の今」を掴み取ることによって初めて可能になる。太古の世界形象忘却してしまうのは、確かに致し方が無いことではある。我々が何かを想起できるのは、それを忘却しているからなのだ。忘却それ自体はではない。だが忘却していることそれ自体を忘却しないように努めることは可能である。それを怠ることこそがだ。ベンヤミンも述べているように、忘却救済可能性を襲う。

カフカにとって、この忘却に抵抗する策となったのは、「学習(Studium)」であった。カフカは禁欲的な学習に敬意を払っていた。ベンヤミンは、カフカが丁度恐怖を学習しようと出て行った『グリム童話』の少年のようだと述べている。そしてこの学習に勤しむ者たちは、カフカの作品の中でも登場する。測量技師であるKは、仕事に赴いた山のふもとの村で、仕事を与えられることもない余所者として暮らしていた。彼は自身に何らかの指示を出すであろう城からの連絡を待っていた。だがその使者である助手たちは、何の情報も提示してこない。仕事が無い以上、助手たちが仕事の助力となることもあり得なかった。Kには、そうした助手たちの振る舞いが愚かに見えた。

観察(Betrachtung)』の中で化けの皮が剥がれるペテン師(Bauernfänger)、夜にバルコニーでカール・ロスマンの隣人として現われる学生(Student)、そして南の町に住んでいて疲れることを知らない愚者(Narren)たちも、この助手たちと同様に、何の役にも立たない者たちである。例えばカール・ロスマンの隣人である学生は、実際に彼を手助けすることは無く、ただ「電光石火の速度(Blitzesschnelle)」で奇妙で滑稽な身振りを示しただけであった。彼は本の幾つかのページを読み、ページをめくり、また別の本を早業で手に取っては、時々何かを参照し、頻繁にノートにメモを取る。そしてその度に、彼は驚くほど深く顔をノートに近付けるのである。学生は寝る間も惜しんで学習し続ける。いつ眠るのかというカールの問い掛けに対して、その学生は、勉強が片付くまでは眠らないと答えている。

ベンヤミンはこうした学習者たちの姿勢から「子供」のような性質を連想している。子供たちが眠るのを嫌がるのは、眠っている隙に、自分に必要な何らかの出来事が起こり得るためである。学習の最良の美徳(beste Tugend)は、学習者を目覚めさせておくことである。

学習者たちは、同時蒐集家としての性格も有している。学習とは知識の蒐集である。それは、書籍や論文の蒐集という形で実践されるだけではない。知識の蒐集家は、本や論文の内容を自身のノートに書き写すことでも、蒐集を実践するのである。

ベンヤミンは、こうした学習のために眠らずに机に噛り付いている者たちに希望を見出している。と言うのも彼ら学習者たちに共通しているのは、家族という束縛から脱却している点であるためだ。それは「掟」から解放されているということである。彼ら学習者たちは、主人公を苦しめる家族や役所からは離れた場所で登場する。だからこそ彼らは、主人公を直接的に追い詰めることも無ければ、また主人公を十分に手助けすることも無い。彼ら学習者たちが愚者であると評価されるのは、まさにこの無関係性ゆえのことである。初めから逸脱した存在である彼ら学習者たちは、無論訴訟に巻き込まれることも無い。彼ら学習者たちは、「神話の暴力」の対象外ですらある。

神話と御伽噺の差異

ベンヤミンはカフカの『人魚の沈黙(Das schweigen der sirenen)』を引き合いに出すことで、この愚者論を「神話(Mythos)」と「御伽噺(Märchen)」の区別を導入することで展開している。

「オデュッセウスは神話と御伽噺を区別する敷居に立っている。理性と策略は神話の中に様々な詭計を組み込んだ。神話の暴力は、もはや無敵ではなくなる。御伽噺とは、神話の暴力に対する勝利の伝承である。そして伝説に取り組むことで、カフカは弁証法家のための御伽噺を描いたのである。」
Benjamin, Walter. (1977) “Franz Kafka”. In: Gesammelte Schriften Bd. II/2 Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1991, S.409–438. 引用はS.415より。

これによりカフカは、伝説から不十分で幼稚とすら思える手段を抽出することで救済に役立てることができると証明して見せた。『人魚の沈黙(Das schweigen der sirenen)』において彼は、人魚たちを沈黙の中で描いている。人魚は、ギリシア神話に登場する怪物である。彼女たちは美しい歌声で船乗りを誘導して難破させようとする。だが彼女たちの最も恐ろしい武器は歌声ではない。その沈黙なのだ。彼女たちはこの武器をオデュッセウスに向けて行使しようとする。しかしオデュッセウスは、耳栓をはじめとした対策を講じて、人魚たちの歌声に愚かにも無意味に備えようとする。結果的に彼は人魚たちの傍を通過することに成功する。だが人魚たちは歌っていなかった。人魚たちの沈黙は、後から観れば、オデュッセウスの対策によって実現したと思い込むかもしれない。愚者はそれ以上深くは考えず、軽やかに通り過ぎて行く。

だが一方でカフカは、別のあり方でもあり得る解釈可能性叙述している。カフカによれば、オデュッセウスは、運命の女にすらわからないほど策略に富んだ強かな古狐であった。もしかすれば彼は、もはや人知を超えた方法によって、人魚が沈黙していることに気付いていたのかもしれない。カフカは、伝承で物語られているオデュッセウスの人魚対策は見せ掛けであったという。

ベンヤミンが愚者たる学習者たちに希望を見出しているのは、彼らにこのオデュッセウスのような性格が備わっているからだ。愚者は、「掟」や「神話」を軽やかに回避する。だからこそ救済する者は、何の有用性も無い愚者でなければならない。愚者救済だけが、真の助力となる。

猫背の小人

残る問題は、愚者による助力が「人間」にとっての助力となり得るか否かである。歴史からの救済対象の最たるものをカフカの作品から読み取るとすれば、それは太古の世界との関連で産み落とした最も奇妙な雑種である「オドラデク(Odradek)」である。オドラデクは、虫とも動物とも思えない奇妙な生き物だ。一見してそれは、平らな形の糸巻きに視える。実際、糸が巻かれている。尤も、この糸は色も種類も雑多な旧い切れ端に過ぎない。この「断片」的な諸々の糸が、「組んず解れつ」の状態になっている。だがそれは単なる糸巻きではなく、形の中心から小さな棒が横に突き出している。この棒には更にもう一本の棒が直角に接続されている。この二つの棒が結局全体を支えているために、傍目から観れば、この生き物は二本足で直立しているかのようにも視えるのだ。

ベンヤミンによると、オドラデク忘却の中の事物が取る「形式(Form)」であるという。こうした事物は歪められている。それが何なのかは誰にもわからない。ベンヤミンによれば、カフカのこの形象は、歪みを描写する上での際たる身振りである「猫背(bucklicht)」に結び付けられている。カフカの物語に登場する様々な身振りの中でも、とりわけ頭を深々と胸に垂れている人間身振りほど頻繁に目に付く身振りは無い。それは、『訴訟(Der Prozeß)』の裁判官においては疲労を、また回廊の傍聴者においては低い天井を、また『失踪者(Der Verschollene)』(『アメリカ(Amerika)』)のホテルの守衛においては騒音を、それぞれ意味している。これに対して、『流刑地にて(In der Strafkolonie)』では、権力者がある機械仕掛けの古めかしい装置を利用することで、人の背中に飾り文字を彫り込む描写がある。人の背中は、刺し傷によって装飾される。その後、人は背中を透視する力を獲得することで、記述されたものを自分で判読できるようになる。そしてその文字によって彼は、それまで非知であった名前を読み取らなければならなくなった。カフカの作品においては、常に背中が煩わしい想いをしていたのである。

重荷を背負わされるということは、を知らない夢見の状態からの目覚めを指し示している。だがそれは、想起が、眠る者の忘却と連携していることを意味する。ベンヤミンによれば、まさに『猫背の小人(Das bucklicht Männlein)』の民謡がこのことを象徴的に表現していた。

「この小人は、生が歪められている世界に住んでいる。もしメシアが到来するのならば、この小人は消え去ることができるであろう。ある偉大なラビの言葉によれば、メシアは暴力を以って世界を変えようとする訳ではなく、ただ、ほんの少しだけ、世界の歪みを正すはずなのだ。」
Benjamin, Walter. (1977) “Franz Kafka”. In: Gesammelte Schriften Bd. II/2 Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1991, S.409–438. 引用はS.432より。

このユダヤ教的な表現における世界の歪みは、空間的な歪みのみならず、時間的な歪みも含意している。ベンヤミンも補足しているように、この時間的な歪みは、人生の短さと照応している。人生は驚くほど短い。振り返ればそれは、収縮しているかのようだ。

複製技術時代のカフカ

カフカが身振りを様々に描写することを怠ったことは一度も無い。だがそこには必ず、ショック体験に対する驚異が含まれていた。それを視覚的に享受することは至難の極みである。カフカにとって、経験の貧困化は自明であった。複製技術時代知覚メディアが我々の物の世界に流入してから、彼は自身の存在の様々な「断片」と遭遇することになったのだ。言い換えれば、カフカは自分の失われた身振りの全容を捉えるために寓意や小説を叙述していた。つまりカフカにとって身振りは既に忘却されていたのである。

「人間相互の疎外が頂点にまで達した時代、見極め難いほどに媒介された関係性が人間の関係性の唯一のあり方となってしまった時代、この時代に映画(Film)と蓄音機(Grammophon)が発明された。映画の中では、人間は自分自身の歩行を見分けることができない。蓄音機の中では、自分自身の声を聴き分けることもできない。実験はこれを証明している。こうした実験における被験者の状況が、カフカの状況である。」
Benjamin, Walter. (1977) “Franz Kafka”. In: Gesammelte Schriften Bd. II/2 Frankfurt am Main : Suhrkamp, 1991, S.409–438. 引用はS.436より。

ベンヤミンが複製技術論の一つである『写真小史(Kleine Geschichte der Photographie)』を書き上げた時期が、カフカに関する『万里の長城の建設(Beim Bau der Chinesischen Mauer)』と題されるラジオ講演を実施した時期と重なるのは、単なる偶然ではない。ベンヤミンがカメラの知覚メディアとしての機能に強い関心を示したのは、事物の細部に潜む「視覚的な無意識(Optisch-Unbewusten)」を露呈させることによって、この忘却されている身体から身振りという「サイン」を抽出するためでもあった。ここでいう事物の細部には、我々「人間」の身体も含まれている。知覚メディアの中で身振りを顕在化させる試みは、それ故に身体が無自覚のうちに発している「サイン」を――こう述べて良ければ、「バイタルサイン」や「潜在記憶」を――判読することを意味する。

カメラのような知覚メディアは、記憶の中に埋もれている潜在的で断片的な細部を視覚的な無意識として暴露する。クローズアップにおいては空間が、高速度撮影においては運動が、それぞれ顕在化の対象となる。そして拡大撮影の機能は、単にそれまで不明確にならば視えていた事物を単に明確化することにあるのではない。むしろその機能は、事物の全く新たな潜在的構造を顕在化させることにある。高速度撮影は運動の既知の諸要素を抽出するのではなく、この既知の諸要素の中に未知の諸要素を発見することをその機能として有している。

ベンヤミンによれば、この未知の諸要素は、奇妙に滑るような、漂うような、この世のものとも言えぬ運動といった、シュールレアリスム的な印象を与える。写真撮影は、既存の、つまり既に存在していた対象事物をその通りにフィルムに収めることを意味するのではない。そうではなく、それはその都度全く新たな事物の細部を発見する営みなのである。

それ故にこそ、カメラに語り掛ける自然は、眼に語り掛けるそれとは異なる。双方の自然は、とりわけ「人間」によって意識に織り込まれた空間の代わりに、無意識的なものが織り込まれた空間が登場するという点において区別される。写真に写されているのは、「人間」の眼には映らなかった細部の盲点である。カメラは、意識的な顕在記憶としては定着しなかった出来事忘却されたままになることを食い止める。ベンヤミンのカフカ論が示す通り、この「視覚的な無意識」として忘却されている事物の中には、「人間」の身体やその身振りも含まれている。

この関連から映画という知覚メディアは、「人間」の自己疎外を生産的に活用する。映画ショック体験触覚的な享受という生身の近さによって、映画俳優の身体を「視覚的な無意識」から引き摺りだす。映画俳優の身体とそこから繰り広げられる身振りは、カメラ・チームによるおびただしいほどの適性検査を受けることになる。や演技者は、観客という名の大衆を前にして、自己疎外による自己主張を展開するようになる。如何に「人間」が自己自身の人間性を複製技術の前で尽く自己疎外するのか重要な指標となる訳だ。

映画撮影とは、そもそもにおいて「介入(Eingriffe)」である。それは手術のように対象の中に侵入する。そしてその対象から「断片」化した画像を手に入れる。撮影機は諸事物の包囲網の中に深く侵入するために、映像の一つ一つがそれぞれ「媒介」の痕跡を留めることになる。この手術のような介入の対象となるのは、複製技術によって大量に生産された無機物には決して限定されない。物象化された我々「人間」の身体すら、この手術のような介入の施しを受けるのである。カメラの眼は、既に曖昧であれ理解されていた生にスポットライトを当てるのではなく、既知の身体の中に未知の構造を見出させてくれる。この未知の構造として再発見されるのが、カフカが叙述するような、暗号のようにに満ちた身振りなのである。

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