ブロックチェーンの社会構造と「信頼」の意味論、「信頼」の機能的等価物としての「不信」 | Accel Brain

ブロックチェーンの社会構造と「信頼」の意味論、「信頼」の機能的等価物としての「不信」

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目次

問題設定:分散システムの「完全性」は如何にして可能になっているのか

ブロックチェーンのソフトウェア開発は、ブロックチェーンデータ構造暗号学アルゴリズムを理解するだけでは成立しない。ブロックチェーンのソフトウェア開発を担うアーキテクトは、自身の開発プロジェクトの問題設定に応じて、問題解決策として機能し得るデータ構造アルゴリズム選択する必要がある。だがその際に要求されるのは、決してテクノロジーの機能だけではない。金融機関ならではの社会的な背景として、信頼の問題が不可避的に生じるのである。

ブロックチェーンが「信頼」の問題を伴わせるのは、このソフトウェアが、本来P2P(Peer to Peer)システム信頼を担保するための機能として導入されたためでもある。P2Pシステムは、複数のノード構成されている分散システムである。これらのノードは、ネットワークで接続されている別のノードに対して、自身の計算リソースを提供する。提供される計算リソースは、例えば計算処理能力やストレージ容量である。あるいは単に情報伝播される場合もある。

P2Pシステムに参加するユーザーは、自分のコンピュータを同じ権利役割を共有するシステムノードに変えることができる。ユーザーによって提供するリソースにはばらつきがある。だが、システム構成しているノードは全て同じ機能責任を共有する。このため、どのユーザーのコンピュータも、自身のリソースを供給すると同時に相手のリソースを消費する関係にある。

全てのノードは、計算リソースの供給者であると同時に消費者でもある。例えば、P2P方式のファイル共有システムでは、個々のファイルはユーザーのコンピュータに保存される。こうしたシステムでは、ファイルをダウンロードしたいユーザーは、そのファイルを別のユーザーのコンピュータからダウンロードすることになる。

P2Pシステムは、システム全体で計算リソースを共有する個々のノード構成されるため、構造的には分散システムである。ただし、P2Pシステムには、集中型の要素を利用するシステムもある。集中型のP2Pシステムには、中央のノードがある。それらのノードの中には、ピア間の情報の送受信を支援するノードもあれば、ピアによって提供されるサービスを維持するためのノードもあれば、ノード探索や特定を行うためのノードもある。

集中型のP2Pシステムは、一般的に、集中型コンピューティングと分散型コンピューティングのハイブリッド型のアーキテクチャを利用する。これに対し、純粋に分散型であるP2Pシステムには、制御や調整の中心となる要素が皆無である。中心や頂点は全く存在しない。このため、そうしたシステムでは、全てのノードが同じタスクを実行することで、リソースの提供者であると同時にサービスの消費者として動作するのである。

P2Pシステム機能を裏付けているのは、ユーザーが「仲介者」を通じて間接的に情報やサービスを送受信するのではなく、直接的に送受信することを実現するシステムの能力である。ここでいう「仲介者」とは、仲介する組織人間を表している。無論、こうした「仲介者」を利用すれば、「仲介者手数料」が発生する。これに対してP2Pシステムは、こうした「仲介者」よりも高速かつ低コストな処理を実現する「仲介者」の機能的等価物となる。したがってP2Pシステムは、コミュニケーション構造から「仲介者」を排除するというよりは、それを機能的に代替する。社会システムの産業構造から「中抜き」を排除するのではなく、その機能的拡張可能にするのである。

しかし、P2Pシステムに基づいたコミュニケーションには、構造的な欠陥が派生してしまう。その欠陥はしばしば、ユーザーがP2Pシステムに継続的に参加し続けることを困難にしている。P2Pシステムコミュニケーションが継続可能であるためには、そのシステムへの信頼が確保されていなければならない。意あるユーザーが発した有害な情報が送受信されてしまっては、この信頼は著しく損なわれる。そうした有害なノードの中には、リソースを食い潰すノード存在する。またしばしば、情報漏洩やその破壊を誘発させるコンピュータ・ウイルスのような存在認知されている。そうしたノードが野放しにされていれば、ユーザーはこのコミュニケーションのネットワークから離脱してしまうであろう。

こうした分散システム信頼問題においては、しばしば「信用(trust)」と「完全性(integrity)」が、表裏一体の概念として区別されている。ここでいう「信用」とは、証拠が無かったとしても、あるいは証明や調査が実施されていなかったとしても、対象の信頼、真実、あるいは能力に確信を持つことである。信用は所与の概念である。それは、量的に記述するなら、コミュニケーション結果に基づいて継続的に増大していくこともあれば、減少していくこともある。一方で「完全性」とは、安全で、一貫があり、正確で、破損や誤りが無いというソフトウェアの非機能要求の一種である。

分散型のP2Pシステムで「完全性」を達成できる確率は、ノードの個数とそれらの信頼についての情報に依存する。少しでも信用ならないノードが紛れ込んでいれば、その分散型のネットワーク全体が、不信を買うことになる。「完全性」を損なう最の状況として想定されるのは、ノードの数もその信頼もわかっていない場合である。分散型のP2Pシステムを誰でもアクセス可能Web上で運用した場合、「完全性」が達成されることはありそうもない事態になる。「完全性」を達成するには、各ノードの検証が必要になる。

問題解決策:ブロックチェーン

ブロックチェーンは、ノード数やそれらの信頼が不透明な状況下で、純粋に分散型のP2Pシステムが「完全性」を達成すると共にそれを維持するための機能を提供している。多くのソフトウェアと同じように、ブロックチェーン構造もまた、データ構造アルゴリズムによって構成されている。

ブロックチェーンデータ構造は、データを「ブロック」という単位に纏めることに特化している。これらのブロックはチェーンのように結び付けられている。このことは、「ブロックチェーン」の名前の由来にもなっている。

一方、ブロックチェーンアルゴリズムは、純粋な分散型のP2Pシステムにおいて、多数のデータ構造情報内容を協議して決定する一連の命令を表す。あえて喩えるなら、このアルゴリズムは、民主主義の投票制度と同じような手続きを踏む。

構造ではなく機能観点から見直すなら、ブロックチェーンは、複数の台帳によって構成されている。ブロックチェーンは、複数の台帳から構成された純粋な分散型のP2Pシステムである。このシステムは、完全性を達成して維持するために、アルゴリズムに暗号化とセキュリティ技術を組み合わせた機能を利用する。そしてこの機能を前提とした上で、ブロックチェーンアルゴリズムは、順番に連結されたデータブロックの情報内容を協議して決定するのである。

問題再設定:ブロックチェーンの「完全性」は如何にして可能になっているのか

ブロックチェーンにおける「完全性」は、真の所有権を明示するシステム機能によって可能になる。このことは、ブロックチェーンがあくまでも台帳システムであるという観点かられば、直ぐにわかることだ。

人間組織の「仲介者」を前提とすれば、台帳がある財の所有権を明確化するために必要となるのは、「証人」である。だが「証人」である台帳が破損している場合や、台帳の更新に人為的な誤りが生じた場合、台帳はもはや現実所有関係を反映しなくなる。

問題解決策:法的なコミュニケーション

所有権を明確化するための根拠となる台帳が一つしか存在しないという問題は、的なコミュニケーションによる問題解決策によって展開できる。証人が嘘を吐く可能性を抑え込むことは、原理的に不可能である。嘘を見破ることも容易ではない。故に、一人の証人の証言だけを参考に裁定を下すとなれば、大きなリスクを伴わせる。

そこで、より多くの証人が必要になる。検察の質問を受ける客観的な立場の証人の人数が多ければ、それだけそれらの証言の大半で一貫して言及されている事実が真実を反映している確率は高くなる。この的な問題解決策は、的であると同時に統計的でもある。これにより、特定の証人の影響を最小化した状態で、言わば「平均的な」真実を突き止めることが可能になる。

台帳が偽造される可能性を防ぐことは原理的に不可能である。台帳を一つしか維持しないというのは、実際には危険な運用である。一方、純粋に分散型の構造を採用しているP2Pシステムを利用すれば、ピアの大多数が合意する「平均的な」真実に準拠した上で、所有権を明確化することが可能になる。

個々の台帳は、所有権に関する情報を維持するために参照される。言い換えれば、所有権に関連するデータを格納するブロックチェーンデータ構造に相当するのが、個々の台帳である。そしてこの個々の台帳は、P2Pシステムの各ノードに格納される。ブロックチェーンアルゴリズムには、個々の台帳を格納している個々のノードを参照することで、全会一致で一つの一貫した状態の所有権へと導くという責任が割り当てられている。その所有権は最終的な裁定の判断根拠となる。

問題解決策:トランザクションデータとインベントリデータの区別

の比喩に頼るだけでは、純粋に分散型の台帳システムとしてのブロックチェーンにおいて、所有権の記述が如何にして可能になっているのかがわからないままとなる。所有権の記録は、誰が何の所有者であるのかを主張するだけでなく、所有権証明となる証拠を提供する。それ故に所有権は、透過的で、理解が容易な形式で記録されなければならない。その記録を読めば、資産とその所有者との関連を誰でも明確に理解できるようにする必要がある。この理解が容易であるという条件が、所有権が守られるということに対する規範的な期待可能にする。

ブロックチェーンデータ構造においては、単に所有権の現在の状態が記録される訳ではない。ブロックチェーンでは、所有権に関するあらゆる状態遷移を記録していく。言い換えれば、ブロックチェーンデータ構造は、現在の資産の状態を指し示すインベントリデータとしてではなく、所有権の譲渡を全て記録したトランザクションデータとして記録される。

トランザクションデータとインベントリデータ差異は、しばしば銀行の比喩によって説明されている。インベントリデータは、所有権の現在の状態を表す。銀行口座に喩えるなら、口座残高だけが記載された明細書のようなものである。一方でトランザクションデータは、預金の引き出し、預け入れ、振り込みが網羅的に記録されている明細書のようなものとなる。

ブロックチェーンのトランザクションは、ある所有者の所有権を別の誰かに譲渡する行為意味している。この場合、トランザクションデータは、どの所有者が、どの資産の所有権を、いつ、誰に譲渡したのかを指し示す。台帳に格納されているトランザクションデータの完全な履歴は、監査証跡として機能する。これによりブロックチェーンは、所有権の獲得や譲渡の証拠を提示する。ブロックチェーンのトランザクションデータは、ある所有権が他者に譲渡される場合に、その譲渡を実行するために必要となるあらゆる情報を含意している。

このことは、銀行の振込伝票の比喩によって説明できる。銀行の振込伝票は、意図された所有権の譲渡を表すデータである。そうした伝票は、顧客の代理として、銀行に振り込みを依頼する場合に参照される。そのため振込伝票には、銀行が代理で振り込みを実施するために必要となる全ての情報が記述されていなければならない。

銀行は集中型の組織システムである。全ての顧客に適用される料金体系が、中央で管理されている。これに対してブロックチェーンは、分散型のシステムである。その料金体系に中央の管理体制は無い。ブロックチェーンを利用する場合、各ユーザーは、事前にトランザクションの実行に対して支払う料金をシステムに通告しなければならない。また、所有権を譲渡される側のアカウントも、トランザクションの手数料を支払う必要がある。

トランザクションデータは、所有権の譲渡をユーザーによって指定された通りに実行するために必要な情報を提供する。トランザクションの実行は、トランザクションデータの記述に従って所有権を譲渡することを意味する。トランザクションを実行すれば、そのトランザクションデータは台帳にログとして記録される。トランザクションデータを台帳に追加すると、そのトランザクションはトランザクションのログの一部になる。これにより、トランザクション発生以後の所有権を明確化させる。

ブロックチェーンでは、過去に発生した全てのトランザクションのログが完全に記録されている。それらのトランザクションデータは、トランザクションの発生順に、ブロックチェーンデータ構造に格納される。

ブロックチェーンにおいては、トランザクションのログに含まれていないトランザクションは、発生しなかったと見做される。逆を言えば、トランザクションデータブロックチェーンデータ構造に追加するということは、そのトランザクションを発生させるということである。

派生問題:トランザクションデータの有効性

トランザクションデータのログは、所有権を管理するブロックチェーンのミッションクリティカルな部分である。何故なら、トランザクションデータのログは、所有権の状態を復元させるためのデータになっているためだ。したがって、ブロックチェーンシステム全体の完全性を維持することで、現在の所有権の状態に関する「平均的な」真実を主張することを可能にするには、トランザクションのログを、完全かつ正確で一貫した状態に保持する必要がある。

そこで、有効なトランザクションデータだけがブロックチェーンデータ構造に追加されるようにする必要がある。ブロックチェーンに限らずとも、識別、認証、承認の信頼を担保するためには、データのセキュリティを確保しなければならない。そのためには暗号化が必要になる。

一般的にトランザクションデータの有効は、三つの観点から評価される。第一に、形式的な正確(formal correctness)である。この正確概念は、トランザクションの説明に必要なデータが全て含まれており、かつ、そのデータが正しい形式で提供されていることを意味する。一方で第二に、意味的な正確(semantic correctness)も重要になる。たとえデータ形式が仕様通りであったとしても、その内容には矛盾が生じている可能性もある。こうした意味的な正確を判断するには、ビジネスドメインの知識要求される。最後に、第三の観点となるのが、承認だ。所有権が奪い取られるようなことがあってはならない。トランザクションの実行は、所有権を譲渡する側のアカウントによる承認があって初めて可能になるよう条件付けられている必要がある。

問題解決策:暗号学の意味論

セキュリティ対策において、ブロックチェーンは「ハッシュ参照(Hash reference)」に大きく依存している。ハッシュ参照は、「ハッシュ関数(Hash function)」によって生成された暗号ハッシュ値を活用した特殊なデータ参照である。ハッシュ参照においては、データの番号(id)の代わりにハッシュ値が記載された識別値が参照される。

ハッシュ関数は、入力データを固定長の数値に変換するプログラムである。ハッシュ関数は、常に一つの入力データを受け取ることで、そのデータ構成しているビットやバイトに基づき、ハッシュ値を生成する。ハッシュ関数には様々な亜種が存在する。そうした関数の主な差異となるのは、生成するハッシュ値の長さである。

暗号学的ハッシュ関数

ブロックチェーンが準拠するハッシュ関数は、「暗号学的ハッシュ関数(cryptographic hash function)」である。暗号学的ハッシュ関数は、あらゆる種類のデータに対して、デジタル指紋を生成する。この関数機能は、あらゆる種類のデータに対して、ハッシュ値を即座に出力することにある。ただしその入出力は決定論的な関連にある。決定論的とは、ハッシュ関数が同一の入力データに対して同一のハッシュ値を生成することを意味する。

暗号学的ハッシュ関数の場合、出力は入力に対して「疑似ランダム(pseudo randomness)」となる。疑似ランダムとは、入力データが変われば、ハッシュ関数から返されるハッシュ値もまた前触れなく変化することを意味する。入力データ微小に変化しただけであっても、結果として得られるハッシュ値は予測不可能な形で変化する。言い換えれば、変更されたデータのハッシュ値は常に予測に反することになる。これにより、暗号学的ハッシュ関数においては、入力データに基づいてハッシュ値を予測することが不可能でなければならない。

暗号学的ハッシュ関数は「一方向関数(one-way function)」である。それは、入力から出力を簡単に計算できるものの、その逆関数の計算は困難極まりない関数であるということだ。この一方向関数においては、その出力データから入力データを追跡する術が無い。ハッシュ値に基づいて元々の入力データ再構成することは不可能である。つまり、ハッシュ値からは、入力データ内容が何もわからない。一方向関数は入力データに不可逆的な変化を加えた状態で出力データを生成しているのである。

加えて、この関数は「衝突耐(collision resistance)」を備えている。それは、全く異なる入力データから全く同じハッシュ値が生成される場合を発見することが非常に困難であるということである。全く異なるデータから生成されたハッシュ値が全く同一になる可能性が低い場合に、そのハッシュ関数は衝突耐を有している。この場合、ハッシュ関数によって生成されるハッシュ値は一意である。この一意があるからこそ、暗号学的ハッシュ関数は、データの識別に利用可能であると考えられている。

暗号学的ハッシュ関数ユースケースは多岐に渡る。例えばこの関数は、データ比較や変更検知に用いられる。過去に作成した暗号ハッシュ値と新たに作成した暗号ハッシュ値が同一である場合、古いハッシュ値が作成された時点から、データは変更されていないと考えられる。変化しないという前提で蓄積されているブロックチェーンデータにおいて、変更検知が機能するのは、暗号学的ハッシュ関数に衝突耐があるためである。

問題解決策:ハッシュ参照のネットワーク構造

ブロックチェーンハッシュ参照を採用している理由は、ハードディスクやデータベースに格納されているトランザクションデータをはじめとした様々なデータを参照することで、そのデータが変化していないことを保証するためである。ハッシュ参照は、データストアに保存されているデータの暗号ハッシュ値に、データの格納場所に関する情報を組み合わせるという規則に基づいている。この場合、データが変更された場合に、データとその格納場所の関連が変異する。それらの情報は一貫を喪失する。故にハッシュ参照は無効となる。参照先のデータが変更されていた場合、その参照を用いてデータ抽出することはもはや不可能である。その場合、ハッシュ参照が壊れていると見做される。

ハッシュ参照機能は、誤って変更されたデータがユーザーに渡ることを防ぐことにある。データは、技術的なエラーやバグによって変更される可能性もあれば、意あるユーザーによって故意にデータが改竄される可能性もある。そのため、データが生成された後は、変化しないという前提の上で、ハッシュ参照が利用される。

ハッシュ値に基づいてデータを参照するという発想の延長線上にあるのが、変化に敏感な方法データを格納するという発想である。トランザクションデータは、変化しないという前提で格納されている。こうしたデータに対する変更は、ハッシュ参照の無効によって、簡単に検知できる。

データハッシュ参照と共に格納した場合、そのハッシュ参照は別のデータを指し示しており、そのデータには更に別のハッシュ参照が含まれているかもしれない。こうしたハッシュ参照のネットワークにおいては、データハッシュ参照が生成された後に少しでも変更されていれば、ハッシュ参照は全て無効になる。無効になったハッシュ参照は、そのハッシュ参照が作成された後にデータが変更されたことの証拠となる。このハッシュ参照によって構成されたネットワーク構造によって、データは変化に敏感な方法で格納されることになる。

チェーンとツリーの差異

データを変化に敏感な方法で格納するためにハッシュ参照を利用する方法は、「チェーン(chain)」と「ツリー(tree)」に区別される。

リンクされたデータのチェーンが形成されるのは、各データに別のデータへのハッシュ参照が含まれている場合である。こうした構造は「リンクリスト(linked list)」とも呼ばれている。こうした構造が役立つのは、初めから全てのデータが揃っている訳ではなく、徐々に追加されている場合である。新たに追加されたデータは、格納される際に、他のデータリンクされる。

ハッシュ参照リンクの中で最後に追加されたハッシュ参照は、「チェーンのヘッド(head of the chain)」と呼ばれている。ここでいうヘッドは、「ヘッダー(header)」ではない。ヘッドは最後に追加されたデータである。

一方、ツリー型の構造は、「マークル木(Merkle tree)」と呼ばれる。マークル木は、木が逆さになったような形状で構成されている。マークル木が有用となるのは、同時に利用可能な大量のデータ存在し、それらのデータをグループ化することで、単一のハッシュ参照によってアクセスできるようにしたい場合である。このツリー型の構造において、最後に追加されるハッシュ参照は、マークル木の「ルート(root)」と呼ばれる。

チェーン型やツリー型のデータ構造が変化に敏感なデータ格納を可能にしているのは、データハッシュ参照と組み合わせた上で、他のデータリンクするというネットワーク構造構成されているためである。ハッシュ参照は、ハッシュ参照が作成された後に参照先のデータが変更された場合に無効となる。つまり、こうした構造で壊れたハッシュ参照発見された場合には、その構造が作成された後にデータが変更されたことが示唆される。一方、壊れたハッシュ参照発見されなければ、データ構造全体が作成された後に変更されたデータは無いと判断することができる。

デジタル署名

ブロックチェーンは、以上のようなハッシュ参照に基づいたセキュリティ技術を用いることで、所有者とその財の対応関係を識別する。そして、正当な所有者だけが、その所有者の財にアクセスできるように配備している。

ブロックチェーンが管理しているアカウントには、それぞれの財が関連付けられている。この資産にアクセスできるのは、その財の所有権を有している所有者だけである。財の特徴は、その排他にある。同時に二人のユーザーが同じ財を所有することは不可能であるということが、財の所有権形式化させている。

しかしこの排他は、全てのアカウントに開放されているP2Pシステム構造とは相容れない。誰もがシステムに接続できる以上、誰もがある財にアクセスすることができてしまう。そうなれば、誰もがその財の所有権を譲渡するためのトランザクションデータを送信することも可能になってしまう。

ブロックチェーンでは、正当な所有者だけがその財を他のアカウントに譲渡できるようにする必要がある。そこで登場するのが、承認の概念である。あるアカウントの財を他のアカウントに譲渡できるのは、その財に関連付けられているアカウントの所有者であるということが求められる。正当な所有者ではない何者かがアカウントとその財にアクセスしようとした場合には、不正アクセスとして拒否すべきである。

これを前提とすれば、ブロックチェーンは、ある種のパラドックス的な問題を解決していることになる。ブロックチェーンは、P2Pシステムとしての<開放>を維持した上で、所有権の譲渡を正当な所有者に限定するという<閉鎖>を成立させているのである。

ブロックチェーンがこのパラドックス的な問題の解決策として採用しているのは、「デジタル署名(Digital Signature)」に他ならない。ブロックチェーンのデジタル署名は、所有権を譲渡する側のアカウントの所有者が、所有権の譲渡に合意しているということを、特定のトランザクションデータで表明する。ブロックチェーンのデジタル署名は、トランザクションデータ全体に対して唯一のデジタル署名である。そのため、その作成者の合意を得ぬまま他のトランザクションの承認に再利用されることはあり得ない。

公開鍵と秘密鍵の差異

トランザクションデータのデジタル署名は、トランザクションデータの暗号ハッシュ値とアカウントの秘密鍵と関連付いた暗号文によって構成されている。暗号ハッシュ値はトランザクションごとに一意である。

そのためデジタル署名は、システムに参加しているユーザーならば誰でも検証可能である。デジタル署名それ自体を除いたトランザクションデータのハッシュ値は、暗号学的ハッシュ関数を通せば、誰でも作成できる。一方、所有権を譲渡する側のアカウントの公開鍵を参照すれば、トランザクションのデジタル署名を復号することができる。そして、これら二つの値を比較すれば、トランザクションの検証が可能になる。双方の値が一致するなら、当該トランザクションは所有権を譲渡する側のアカウントの秘密鍵の所有者によって承認されていることになる。逆に二つの値が一致しない場合、この承認は得られていないことになる。

公開鍵-秘密鍵暗号は、暗号文を指し示す。この暗号文は一方の鍵から生成される。そしてこの生成された暗号文は、もう一方の鍵を使わなければ復号できない。これらの鍵の関連付けは唯一である。このため、特定の公開鍵を使って暗号文を復号できるという事実は、その暗号文が対の秘密鍵を使って作成された証拠となる。したがって、公開鍵と秘密鍵を組み合わせて暗号文を作成すれば、その暗号文の復号化を試行することで、トランザクションデータと秘密鍵の唯一の組み合わせを一つの過程で特定することが可能になる。

派生問題:「完全性」の維持コスト

ブロックチェーンの「完全性」を可能にしているのは暗号学的ハッシュ関数に準拠したセキュリティ技術である。だが、こうしたセキュリティ技術を作動させ続けるには、それなりの計算リソースが必要になる。計算リソースを提供するためには、資金が必要になる。つまりブロックチェーンの「完全性」には、金銭的な維持コストが派生することになる。

この関連からブロックチェーンでは、システムの「完全性」に貢献しているノードに対して、金銭的な維持コストの補償を行なっている。この補償は、しばしばノードに付与される「報酬(reward)」として観測されている。この報酬は、トランザクションの手数料に基づいた補償という形式で支払われる。この支払いコミュニケーションは、ブロックチェーンの個別具体的なアプリケーション上の目的とは無関係に共通化されている。だが、その具体的な支払い手段については、ブロックチェーンのアプリケーションに左右される。何故なら、その支払いの手段の定義次第で、ブロックチェーン構造もまた変異していくためである。

これは純粋に技術的な問題なのではなく、社会システムのとりわけ経済の問題領域に属した派生問題である。支払いの手段に何を選択するのかというのは、経済的なコミュニケーションを如何に構造化させるのかという問題に等しい。

この問題を解決するには、記述を単なる技術論に留めず、支払いを巡る経済システム意味論を記述せざるを得ない。純粋に技術的な観点からても、ブロックチェーン報酬経済的な価値が宿っているのか否かは不透明に留まる。同様に、候補として挙げられている支払いの手段そのものについても、その経済的な価値がわからないままになる。

経済的なコミュニケーションにおいては、この経済的な価値の問題は――貨幣そのものが常にそうであるように――信頼の問題として観察される。ノードへの補償に用いられる支払い手段に信頼が無ければ、もはやブロックチェーンの「完全性」に貢献する動機は調達されない。その場合、「完全性」は喪失することになる。言うなれば、ブロックチェーンの「完全性」の維持に貢献しているノードへの補償の支払い手段は、ブロックチェーンそれ自体の信頼に直接的かつ致命的な影響を及ぼし得るのである。

補償の支払い手段はまた、しばしばブロックチェーン全体の<開放>にも影響を及ぼす。支払い手段がブロックチェーンそれ自体に比して開放的ではない場合、この開放の欠落が、ブロックチェーンそれ自他の<開放>の欠落を招くことになり得る。例えば補償に用いられる支払い手段が、特定の国家でしか利用できない通貨である場合、その通貨が流通している国家住むユーザーにとってしか、その補償は「報酬」とはなり得ないことになる。

同様の理由から、補償で得られた貨幣は、資本移動の規制対象から免れている必要がある。こうした規制は、ピアへの送金の足枷にしかならない。システムの技術的な<開放>は、経済的な制約によって、<閉鎖的>にもなり得るのである。

一方、支払い手段はブロックチェーン分散をも脅かす。各ノードへの支払い手段そのものが、中央集権的な組織の管轄下に置かれてしまった場合、システムそのものがその組織権力に掌握されてしまう危険がある。

問題解決策:ビットコイン

既存の通貨を用いた経済的なコミュニケーションでは、上述した諸要求を満たすことはできない。そのためブロックチェーンは、この諸要求を満たす新しいデジタル通貨を発行している。

周知のように、「ビットコイン(bitcoin)」は、その所有権を純粋に分散型のP2Pシステムで管理されている一つのデジタル通貨である。このデジタル通貨は、「完全性」に貢献しているピアへの補償として支払われている。ブロックチェーンは暗号化のセキュリティ技術に依存していることから、この新しいデジタル通貨は「暗号通貨(cryptographic money)」と名付けられている。

派生問題:「隠れた中心性」のパラドックス

ブロックチェーンの「完全性」の維持コストの兼ね合いから、補償の支払い手段の確立までの兼ね合いは、ブロックチェーンの「完全性」に対する貢献度に応じて「報酬」を分配するという経済的なコミュニケーションを生み出す。そして、ビットコインをはじめとした暗号通貨が、支払いを通じた経済的なコミュニケーション形式的に安定化させると、経済的なコミュニケーションは、暗号通貨支払いを通じた「市場」を構成することになる。市場では、競争が不可避である。「報酬」を分配するという経済的なコミュニケーションは、ピア同士の「報酬」を巡る競争を惹起する。

しかしながら、ここで問題となるのが、「報酬」への期待に伴う期待外れである。新しいトランザクションデータの検証とシステムへの追加という貢献は、高価なハードウェアを購入し難いと感じるピアにとっては、割に合わない試みとなる。もしブロックチェーンの「完全性」に計算リソースを投資することで得られる「報酬」が割に合わないのならば、投資対効果の合理的な判断から、ピアはもはやシステムに参加しなくなってしまう。

結果的に、低い計算リソースしか提供できないピアがシステムから離脱していくのに対して、高い計算リソースを有する余裕を持ったピアが生存し続けることになる。初めは多種多様なピアが集合していたとしても、「報酬」を巡る競争が発生すれば、やがて少数の限られたピアしか「完全性」には貢献しなくなる。

つまり、最終的に生存したピアだけが、ブロックチェーンの「完全性」を維持することになる。これは、「完全性」の維持という責任のみならず、それによって得られる「報酬」までも独占した状態になる。喩えるなら、同一の市場の中で、寡占が生じているという訳だ。無論、システムを独占しているピアにとっては、そのブロックチェーン用することも不可能ではない。特定のトランザクションを改竄したとしても、あるいは他のピアに対して排他的に振る舞ったとしても、それを検証する計算リソースを持つ他のピアがいなければ、そうした用が問題視されることすらない。

この問題は、ブロックチェーンの「隠れた中心性(hidden centrality)」と呼ばれている。この問題は、ブロックチェーンが純粋に分散型のP2Pシステムを仮定しているにも拘らず、それ自体の構造によって集中型のネットワーク構造を生み出してしまっているという点で、パラドックス的でアイロニカルである。またこの問題は、各ピア間に計算リソースの差異が生じている限り、原理的には常に起こり得るパラドックスでもある。このパラドックス脱パラドックス化しない限り、当のブロックチェーンは、構造的に「中心」や「頂点」を保持してしまっているのではないかという疑念に曝され続けることになる。それは、ブロックチェーン構造それ自体に対する不信に直結している。

問題解決策:経済システムと法システムの構造的な結合点:所有権と契約

既に述べたように、P2Pシステムは、コミュニケーション構造から「仲介者」を排除するというよりは、それを機能的に代替する。P2Pシステムは、社会システムの産業構造から「中抜き」を排除するのではなく、その機能的拡張可能にする。

しかしブロックチェーンに準拠したP2Pシステムは、決して既存の社会構造そのものを挿げ替える訳ではない。何故ならブロックチェーンは、「完全性」の維持コストの兼ね合いから、暗号通貨支払いを通じた経済的なコミュニケーションに依存しているためである。この暗号通貨の交換は、的なコミュニケーションとしてるなら、それ自体が所有権の譲渡を含意している。

したがって、ブロックチェーンに準拠した新しい産業構造があり得るとするなら、それは既存の経済システム法システム機能的等価物であるに過ぎない。ブロックチェーンが既存の社会構造に依存している以上、既存の社会構造に対応して構成されてきた経済の多くの意味論は、ブロックチェーンの概念実証に少なからぬ影響を与えてきたのだと考えられる。言い換えれば、近代社会という既存の社会構造を前提としない限り、ブロックチェーンによる新しい産業構造を思案したところで、空回りに終わってしまう。

社会システム理論的に言えば、近代社会の社会構造機能的な分化という形態を採用している。全体社会は、経済政治科学・学問医療教育マスメディア宗教族など、様々な機能的な問題領域に分化している。社会システムはこの問題領域ごとにサブシステムへと分化している。それぞれの機能的問題領域におけるサブシステムは、それぞれの問題領域に特化した問題解決策展開する。経済システムは、経済の問題領域における問題解決策に特化している。法システムもまた、的問題の解決に注力する。例えば経済の問題を解決できるのは、経済システムだけである。逆に言えば、経済の問題を解決しているコミュニケーションは、全て経済システム機能的等価物となる。

このような機能的分化社会という近代に固有の社会構造において、所有権という概念は、経済システム法システムの「構造的な結合(Strukturelle Kopplung : Structural coupling)」によって成立している。構造的な結合とは、それぞれのシステム構造が、結合対象となるシステム構造を前提とした上で構成された状態を意味する。この結合は、緩やかである場合もあれば、緊密である場合もある。

構造的な結合機能的分化しているシステム間でも生じ得る。例えば経済システム法システムとの間では、既に述べたように「所有権(Eigentum)」が構造的な結合点となる。またこれらのシステム間では、「契約(Vertrag)」という形式もまた結合点として記述できる。いずれの概念も、経済的な問題解決的な問題解決の双方において参照される概念である。

しかしながら、これらの概念の意味論は、それぞれの機能的問題領域で作動しているサブシステム社会構造との関連から記述されている。経済にとっての所有権が、にとっての所有権と、全く同じ意味の概念になることはあり得ない。

所有権構造的な結合点とすることで、法システム経済システムは相互に刺激を呈示し合う。だが、一方が他方を制御できる訳ではない。それぞれのシステムはあくまでも自的に問題解決策展開し続ける。経済システムは、法システムによって制限された条件の下で、収益や利潤を上げられる投資を追求し続ける。一方法システムも、経済システムによって制限された条件の下で、十分に一貫した判決を下す。

所有権は、合意形成を不要にする

機能的問題領域かられば、所有権は、所有者の区別という特殊な区別に基づいて対象を観察する形式である。所有権が意味するところは、合意形成を不要にする点にある所有権を巡る的なコミュニケーションにおいて重要となるのは、当の所有者の合意なのであって、他の誰かの合意など問題にならないのである。こうしたに特化したコミュニケーション内容を定めるのは、所有権である。所有権者を区別するための要件となるのは、所有物を実力行使で奪うことを規制されていることと、必要であれば的な制裁が科せられることである。だがこれだけでは、所有権を特定の的概念として規定できる訳ではない。所有権は、むしろ法システム経済システムの双方において、異なる観察形式を許すのである。所有権が双方のシステム構造的な結合可能にするのはこのためだ。

経済機能的問題領域から観察すれば、所有権は出発点を構成する区別に過ぎないことがわかる。あらゆる経済的な取引において、取引(transaction)の事前と事後で、所有権の状態を区別できなければならない。取引は、<区別区別>を要求する。つまり、所有者の区別に対する時間的な区別の導入が要求されるのである。しかもこの<区別区別>は、時間的な区別であるにも拘らず、それ自体は時間に抵抗して安定化できなければならない。と言うのも、取引の事前と事後との間で構成される所有者の差異は、取引後の時間の経過の中でも冗長的に確定されていなければならないためである。通常、この安定化を保障するのは、法システム経済システムの第二の構造的な結合点となる「契約」である。

契約経済的な用語で言い換えるなら、それは交換であるに過ぎない。とりわけその交換の対象となるのは、貨幣である。所有権はあらゆる取引の前提となる。だがこの所有権もまた貨幣によって評価される。所有権の有無の区別は、経済機能的問題領域を特徴付ける重要な意味形式であった。だが貨幣経済発達したことにより、次第にこの所有と非所有区別は、貨幣支払いと非支払い区別へと置き換えられていったのである。

今や所有権は、取引によってどの程度の貨幣で換金され得るのかという観点から評価されるようになる。所有権とは投入された資本が一時的に流動を喪失させた状態で固定化された概念であると見做されるようになっているのも、所有と非所有区別支払いと非支払い区別によって評価されているためである。

契約では、平等性が重視されない

契約法システム経済システム構造的な結合に適しているのは、契約では平等性が重視されないためである。契約においては、当事者の給付内容を評価する際に、当事者の不平等は考慮されない。契約妥当性は、この場合の平等からは独立している。

近代社会の社会構造意味論を踏まえるなら、契約という概念もまた、全体社会歴史においては重要な意義を持つ進化上の獲得物の一つである。契約という概念が無ければ、経済的かつ経営的な取り組みが企業という形式分化することもあり得なかった。経済的な合理性を他の意味での合理性から区別することを可能にしたのも、契約という形式である。

契約の自由の制度を前提に、経済的な取引が実施される際には、可能契約の類型の範囲は何処までなのかといったことが考慮される訳ではない。経済的な問題を観察するとしても、その主な関心は、あくまでも的に禁止されていることの遵守か、その回避である。逆に、その分だけ法システムも自由を得ている。契約締結者の意思を事後的に解釈することで、的なコミュニケーションの自を継続する自由である。例えば、留保が明確化されていなかったにも拘らず、それを契約意味として暗黙裡に判読することも不可能ではない。ドイツ民のように、補充解釈に関する諸要素を契約の中に導入することも、またそれを公序良俗に反するものとして排除することも、不可能ではない。

観点かられば、契約はあくまで債務が成立するための形式であり続ける。法的紛争が生じた場合には、この形式が吟味の対象となる。一方、経済観点の下では、取引という形式で、経済的なコミュニケーションの状態が変化していく。そこから生じる帰結を的に制御することはほぼ不可能である。まして制御することなどできはしない。

例外としての競争

経済システム法システム構造的な結合は、双方のシステムにおける基底的な構造を変化させた。と言うのは、故意に引き起こされた損害に対する責任を規定している法律では、とある例外が設定されているためである。つまり、それが経済的な競争の枠組みで生じた損害であるなら、はそれを許可するのである。これはある種の特権である。他者に損害を与えることが許されるのは、経済システムが競争の上に成り立っているためである。もとより、純粋なコミュニケーションだけでは、こうした事態は生じない。

構造的な結合がもたらすのは、双方の分離と再結合である。このことは、経済システム法システム所有権契約の関連に対して異なる扱い方をしていることからも、よくわかる。経済システムにおける所有権の価値とは、交換価値である。それは貨幣経済の条件下で成立している。所有権が価値を持つのは、取引の中で使用されてこそなのである。これに対して法システムは、習慣的に、所有権から生じる法律上の請求権と、契約から生じるそれとは、相互に分離していると考える。この分離を破棄すれば、あるいは民を転覆させることになり兼ねない。

所有権者を区別するための要件として、力による奪取が阻止されていること、また必要ならばそれに対してによる制裁を加えられるように配備しておくことが挙げられる。とはいえこれだけでは、所有権を特定の概念へと固定できる訳ではない。所有権という形式は、むしろ法システム経済システムそれぞれにおいて、異なる観察可能にする。だからこそ所有権は、双方のシステム構造的な結合点となり得るのである。

所有と非所有の差異

機能的分化した経済システム法システムは、相互に盲目的に機能していく。経済的な問題解決においては、法システムが如何なる制度を所有権概念に結び付けるのかといった的な意味論の実態は無視される。法システムは、人格事物、訴権といった古典的な図式によって区別を導入する場合もある。あるいは今日的には物権と債権区別の導入こそが重要となるのかもしれない。だが経済システムは、そうした意味論細部までは観察しない。経済システム所有権意味形式を確固たるものにするためには、単にそれを経済的な問題解決文脈で利用すれば良い。経済システムは、的概念としての所有権の「ライトユーザー」に過ぎないのである。

法システム経済システムは、機能的分化し、自的に作動している。だからこそ、所有権を単に保障するだけでは、市場経済的あるいは資本主義的な経済秩序への移行を導く機構が得られる訳ではないのだ。こうした機構が得られるには、経済的な問題解決に特化している貨幣支払いを通じた経済的なコミュニケーション展開し続けなければならない。経済の問題を解決できるのは、経済システムだけであるためだ。

通俗的な解釈とは異なり、とりわけ経済機能的問題領域における所有権とは、常に私的所有権である。つまり、所有者以外のあらゆる者たちを占有者から排除し、それによって量の決定と資源配分の差異を確立するような、完全に区別された稀少所有に対応しているのである。ここでは、私的所有権なるものが個人の所有権なのか国家所有権なのかという問いは二次的な問題となる。

所有が生じるのは、稀少な量、もしくは「稀少である」と期待されることを通じて稀少となる量の占有が、所有者と非所有者の差異形式化させる場合である。何かを所有している者は、占有しているそれを反復的に利用できる。何かを所有していない者は、反復的に欠如状態に曝される。

したがって、重要なのは所有者そのものではない。所有と非所有差異こそが重要なのだ。所有者だけが経済に参加できているというのは誤りである。非所有者は決して経済から締め出されている訳ではない。さもなければ、如何なる交換も不可能になってしまう。実際に交換の条件となるのは、一方の非所有者がこれから所有者となり、他方の所有者がこれから非所有者になるということだからだ。したがって所有と非所有差異意味するのは、全ての所有可能な財に関して、誰もが所有者であるか非所有者であるかのいずれかであって、第三項は排除されているということなのである。

「隠れた中心性」の脱パラドックス化

こうして構造的な結合点としての所有権契約差異を記述していけば、ブロックチェーンの維持コスト問題に伴う「隠れた中心性」のパラドックス脱パラドックス化如何にして可能になるのかも明確になってくる。この脱パラドックス化を原理的に可能にするのは、「隠れた中心」として君臨しているピア以外の全てのピアが離脱することによって、所有者と非所有者の差異を消滅させることである。

無論この策は、P2Pシステムそのものの機能不全を招くであろう。エンドユーザーによる不信も買うはずだ。アイロニカルに言えば、こうした状態に陥ったブロックチェーンが担保する「所有権」とは、投下された資本が一時的に流動を欠いた形で固定されたものに過ぎないと見做されるようになる。

だがこの脱パラドックス化の策でも防ぎ切れない要因が残っている。「隠れた中心」として君臨しているピアが自身の強大な計算リソースを低く見せ掛けてきた場合には、「隠れた中心性」が生じているという問題意識そのものが揺らいでしまうことになる。自身の計算リソースを誤魔化すほどの技術力を有したピアがシステムに参加している場合、上記の脱パラドックス化は通用しなくなる。つまり、計算リソースの高いピアが、計算リソースの低いピアを騙し切る術を持つ場合、この策は通用しないのだ。

問題解決策:DPoS、あるいは間接民主制

しかし上記の脱パラドックス化の策が通用しなくなるのは、この策が<高い計算リソース>と<低い計算リソース>の区別に依存しているためである。そうであるからこそ、<高い計算リソース>と<低い計算リソース>の差異を曖昧化する揺さ振りに惑わされることになってしまう。だとすれば、この<高い計算リソース>と<低い計算リソース>の区別棄却した先に、脱パラドックス化可能性を見出すことができる。

この観点からていけば、「隠れた中心性」を派生させてきたビットコインの承認方式の代替案として開発されたDPoS(Delegated Proof of Stake)は、<高い計算リソース>と<低い計算リソース>の区別から承認方式を切り離す解決策として観察することができる。DPoSとは、ブロックチェーンにおける合意形成アルゴリズムの一種である。それはPoS(Proof of Stake)の拡張として導入された。PoSにおける承認権は、トークンの保有量に応じて与えられていた。これに対してDPoSは、トークン保有者が承認者を選抜するため、より民主主義的な合意形成の制度となっている。

DPoSは、トークンの保有者に対して、トークンの保有量に応じた投票権を割り当てる。そして、投票権を有した投票者たちの投票により、取引の承認者を委任する。実際に取引を実行するのは、投票で選抜された少数の承認者に限られる。ブロック生成の実行が可能な承認者が少数に限られるために、取引の承認回数も抑えることになる。それは消費電力の節約に直結する。

DPoSを採用しているシステムの中には、自分が投票した承認者が正常取引の承認を実行した場合に、配当金を受け取ることが可能システムもある。このインセンティブにより、投票者たちは自身の保有しているトークンの価値を担保するために、正当な承認者のみに投票しようと考える。各投票者が自身の利益を最大化するために選挙に参加していることが、このアルゴリズム民主主義的であると見做される理由になっている。

しかし、DPoSのアルゴリズムだけでは、投票者と承認者が結託して不正を働く可能性については、何も対応できない。そうしたユーザーたちが団結すれば、あるいは独裁的な承認者選定も不可能ではなくなる。それでは、不正な取引すら承認されてしまうであろう。結局このアルゴリズムも、中央集権的な承認という問題からは免れてはいないのである。

問題再設定:信頼は如何にして可能になるのか

如何に「完全性」を成立させることでシステム全体への信頼を技術的に高めようとしても、そのために必要となる経済的なコミュニケーション的なコミュニケーションが、ブロックチェーンやこれに準拠したP2Pシステム信頼を損なう帰結をもたらしてしまう。結局のところ、ブロックチェーンも、社会システムコミュニケーションによって構成されているに過ぎない。だからこそ、駆け引き、読み合い、揺さ振り合いといった不確実性とは無縁ではいられないのである。

このことが意味するのは、技術的な問題解決策だけでは、経済的な問題や的な問題を解決することができないということだ。とはいえ、技術的な問題、経済的な問題、そして的な問題を抽象化することはできる。つまり、これらの諸問題をより一般的な社会の問題として再設定することは不可能ではない。ブロックチェーンを巡る一つの抽象的社会問題として設定できるのは、信頼の問題である。

社会システム理論的に言えば、信頼は、信頼して欲しいと思う相手に要求すれば得られる訳ではない。まずこちらが信頼する。そしてそれを規範化する。これが先決となる。つまり、自分も信頼するから、貴方も私を信頼するべきだと、規範的に期待するしかないのである。信頼関係を形成するには、相手を信頼関係に巻き込む必要があるのだ。

そのため信頼関係を醸成していくためには、習熟(familiarity)した関係を構成していかなければならない。習熟した関係とは、その場に居合わせている者同士の相互行為に基づいた生活世界の親しみを表している。それは、馴染みの顔ぶれとの間のいつも通りの仕来りのような関係で構成されている。

問題解決策:「確信」と「信用」の区別

強固な信頼関係は、しばしばお互いの関係についての確信(confidence)によって形式化されている。ここでいう確信とは、信頼の一種である。それは、別の選択肢が意識されない盲目的な信頼を表わす。その際、確信に起因して幻滅期待外れに直面したとしても、その幻滅期待外れを他者や他の組織に帰責することができる。だから、銀行に預金する際には、銀行の安定確信すれば良い。何も、その銀行の倒産まで想定する必要は無いのだ。銀行が潰れたとしても、そのことについて自責的に考える必要が無いのである。

一方で、信用(trust)という形式一般化している信頼概念もある。信用とは、選好の水準での信頼である。ここでは、生じた幻滅は全て自責的に観察される。それは一般に「リスク(risk)」と呼ばれている。信用する者は、リスクを冒すことによって、人生を単純化する。そうしたリスクを冒すのは、もとより、期待が裏切られた場合のセーフティネットとも言うべき確かな安全保障システムがある場合に限られる。そのためには機能しなければならない。

問題解決策:法的なコミュニケーション

は、各人の期待が保持されるのに役立つ限りで、信頼の前提となる。言い換えれば、に対する信頼があってこそ、他人を信用するというリスクをより多く冒すことができる。しかも、まさに期待が実際には裏切られる場合でさえ、は尚期待を支える。制限速度の規則を破る自動車をても、警察に通報することはできるであろう。に対する期待は、究極的には、<期待することへの期待>、<期待期待>、すなわち権力背景していることに基礎付けられている。しかし、権力の独占によるこの安全保障システムを安定的に維持するには、生活関係のあらゆる規制警察権力のあらゆる発動が、過度に及ぶことのないようにしなければならない。

は、信頼の代役を務める訳ではなく、信頼負担を軽減しているに過ぎない。がもたらし得るのは、何よりも、期待の保持であって、方針の確定である。<期待期待>による期待の保持は、期待が実現される可能性の問題よりも重要なのである。期待が成就することよりも、期待が保持されることの方が重要なのだ。

問題解決策:自己論理的な推論としての「信頼」

信頼関係を醸成しようとする者は、パラドックス化された情況に立たされてしまう。それは、部下のやる気を引き出そうとする上司が、むしろ部下のやる気を損なうのと同じだ。試みそれ自体がその目標の達成を阻害してしまう。信頼関係を醸成しようという試みそれ自体が信頼関係を破綻させてしまうというパラドックス脱パラドックス化するには、信頼が「自己論理的(autologisch)」な概念であるということを理解しなければならない。それは、他人を信頼するには、まず信頼の概念それ自体を信頼しなければならないということだ。そして一方でそれは、不信には不信を以って応じることが合理的であるということも意味する。

信頼という自己論理的な概念は、自らを前提とし、自らを確証する。信頼機能如何にして可能になっているのかを知るためには、信頼信頼しなければならない。言い換えれば、自分が信頼する相手だけを信用できるのであって、自分が信頼しない相手のことは全て信用できない。他人を信頼して初めて、その他人は信頼できる人物であるということになる。つまり、信頼とは自己成就的な予言の一種なのである。

機能的等価物の探索:不信

信頼すれば、自分の行動範囲を広げることが可能になる。信頼するということは、不確実性の吸収可能にする仕事を他人に任せることを意味する。それは、例えば上司は部下の情報処理を信用することによって、より柔軟になることが可能になるということである。

社会では、誰もが、他人の期待期待する。誰もが、「<自分の決定が別のあり方でもあり得た>ということを他人が知っているということ」を知っている。社会システム理論では、これを「二重の偶発性(Doppelte Kontingen)」と呼ぶ。より多くの情報、より良質の情報によって問題を解決することなど、できないのである。様々な社会的状況における決定は予測に基づいて下される。だがその予測は、情報ではなく、信頼不信に基づいて実行されるのである。

信頼不信機能的に等価である信頼と同様に、不信もまた自己成就的な予言になる傾向がある。つまり、不信があるからこそ、不信に値するという結論が出される傾向にあるのだ。不信不信喚起し、それが不信自己確認に帰結するのである。付言するなら、信頼できるか否かを試してるということが既に、不信自己確認という仕組みを論証している。自分の抱く不信自己破壊的な予言と解する限りで、不信から信頼が生まれることもある。つまり、不信の態度を基本に据える者は、信頼に値する他人の行為を、自分が不信に基づく予防措置を取ったことの結果だと解釈する。

問題解決策:制御

不信を安易に振り回すことで生み出されるのは、まずは「」の概念である。と味方の区別は、不信に由来して構成されることもあり得るであろう。政治的なるものが支配的な組織では、それが国家であれ企業であれ、不信から出発して、相手が味方になり得るのか否かを見極めることが、人間関係の事実上の標準となっている。一方、不信が生み出すのは「」だけではない。知的な不信において、「」はしばしば「」の仮面を付けた「友」になる。そして不信から出発した者は、その「盟友」たちと共に、学習することができる。別の言い方をすれば、「改革」は、習熟対象に対する不信意味する。

だが、高度に知的な不信は、新しい機能意味論発見するだけではなく、既存の社会構造を維持するためにも必要になる。知的な不信があるからこそ、目的の達成を阻害する逸脱の要因に目を向け、システムを「制御(control)」していこうという計画策定が可能になるからだ。しかしながら、制御とは、信頼できるか否かを問う不信である。しかしその背後に控えているのは、システムに対する信頼である。サイバネティクス的な意味で理解されたシステムとは、元来<制御制御>を実行するシステムに他ならない。つまり、信頼に対する制御というのは、制度化された不信に他ならないのである。これも一種の専門化である。この専門は、信頼するしかない。こうして脱人格化された不信は、如何なる組織にとっても不可欠となる。制御に対するこうした不信機能することを、誰もが信頼しているのである。

我々は当初、信頼信頼し、不信には不信で応じるのが合理的であるという自己論理的推論によって出発した。だがここにきて我々は、<不信信頼する>という選択肢を発見している。この選択肢は、当初の自己論理的推論矛盾する。しかしここで問題となっているのは、組織的な制御である。もとより、制御の下では、信頼する者だけが自分の行動範囲を拡張するという原則が通用する。しかし裏を返すなら、不信を抱く者は、より多くの情報を必要とすると同時に、信頼するに足る情報の範囲をあえて狭める。こうして、不信を抱く者は、より少ない情報に対して、より従属的になるのだ。

問題解決策:「人格的な信頼」と「システム信頼」の区別

信頼される人間社会制度は、まさに信頼の対象となることによって、象徴の複合体となる。この象徴の複合体は極めて脆く、ほとんどありとあらゆる事象信頼に値するか否かという観点から受け止めていく。もとより、現代社会信頼無しで渡り歩くことはできない。だが、この社会は高度に複合的であるのだから、そこで可能なのはもはや人格に対する信頼ではなく、システムに対する信頼である。この関連から社会システム理論は、極めて明確に、「人格的な信頼(Persönliches Vertrauen)」と「システム信頼(Systemvertrauen)」を区別している。

システム信頼抽象的であるが故に、如何なる具体的な幻滅にも耐久できる。システム信頼を前提とすれば、個別具体的な状況で信頼できない人格と遭遇したところで、問題にはならない。システム信頼機能する限り、人間人格に対する信頼が無くても、やっていける。この社会システムに対する抽象的信頼は、主に近代社会進化上獲得してきた「象徴的に一般化されたコミュニケーション・メディア」によって可能になる。ブロックチェーンが関連しているコミュニケーション・メディアは、所有権意味論からも明らかな通り、経済システムにおける「貨幣(Geld)」と法システムにおける「法律(Gesetz, Gesetzbuch)」である。

あらゆるコミュニケーションは、それがコミュニケーションとして理解されることを成立条件としている。コミュニケーションが成立するか否かは、それが受容されるか拒否されるかの分岐に対応している。この分岐が設定されることで、それ以降のコミュニケーションは異なる道筋を辿ることになる。だがいずれの場合も、社会システムの状態は、コミュニケーションによって変化する。受容されたコミュニケーションは、更なるコミュニケーションの前提として機能する。この場合、首尾良く「不確実性の吸収」が成立すると想定できるであろう。一方、拒否されたコミュニケーションにおいても、受容されたコミュニケーションと同様に、システムに何らかの痕跡を残す。システムは、二度とその拒否されたコミュニケーションが実行される前の状態に回帰することはできない。システムは、純粋無垢な状態には回帰できないということである。システムは、そうした拒否されたコミュニケーション記憶を想起することで、「その拒否されたコミュニケーションは差し控えるべき」などといった具合に、以降のコミュニケーションの前提を構築する。他方、受容するか拒否するかという問題を未定にした状態で、まさにこの受容と拒否の問題を主題としたコミュニケーションが生起する可能性もある。この場合のコミュニケーションは、<コミュニケーションについてのコミュニケーション>という反省的な自己言及となる。だがこれは受容と拒否の決定を先延ばしにしているに過ぎない。コミュニケーション時間有限であるために、やがて受容と拒否の決定が下されることになる。

象徴的に一般化されたコミュニケーション・メディアは、こうした受容と拒否の分岐に対応するために構成されている。それは、あるコミュニケーションの受容が社会的に機能すると認識される場合に、にも拘らずそのコミュニケーションが拒否される可能性否定できない場合に構成される。社会的に機能するというのは、社会における問題を解決するということである。近代社会はそれぞれの機能的問題領域で機能的分化しているのだから、象徴的に一般化されたコミュニケーション・メディアもまた、この各機能的問題領域に対応する形で構成されている。例えば科学・学問機能システムには「真理(Wahrheit)」が、政治システムには「権力(Macht)」が、経済システムには「貨幣(Geld)」が、システムには「愛(Liebe)」が、宗教システムには「信仰(Glaube)」が、それぞれ対応している。こうしたコミュニケーション・メディアは、コミュニケーションの接続における「選択(Selektion)」と「動機(Motivation)」を予め方向付けることで、コミュニケーションの成果の不確実性を「埋め合わせ(Kompensation)」するべく機能する

進化上の獲得物

象徴的に一般化されたコミュニケーション・メディアは、社会システム進化上の獲得物である。それは、社会が「進歩(advance)」したことによって獲得された成果物なのではなく、社会が「進化(evolution)」したことによって獲得した成果物である。言い換えれば、このコミュニケーション・メディアは「計画」や「政策」によって得られる訳ではない。偶発性に曝された状況の中で、社会システムが自らの社会構造変異させることにより、それに対応した意味論が変動することで得られる意味形式が、やがて象徴的に一般化されたコミュニケーション・メディアとして定着していくのである。

社会システム理論的な社会進化論によれば、システムの「進化」とは、生起する見込みのないことが高い確率で起こり得るようになるべく、社会構造変異していくことを意味する。ここでいう「変異(Variation)」は、コミュニケーションにおける否定や誤解や意図的な誤解により意味形式が変容した場合に生じる。例えばそれは、法的紛争やテロ行為などのようなコミュニケーションによって生じるのである。この意味の変容が、特に信頼問題などのように、期待の不安定化に関わる場合、社会構造は不安定化する。

システムが自的な作動を維持するには、この不安定化を招いている意味形式複合性を縮減しなければならない。そのためには、これらの意味形式の中から意味論として機能し得る形式を規定する必要がある。こうして特定の意味形式が採用されることを、進化における「選択(Selektion)」と呼ぶ。選択された意味論の候補が実際に意味処理規則として機能し始めると、不安定化した意味形式正常化する。この正常化は、一度異常な事態を体験した上での正常化であることから、社会構造の「再安定化(Restabilisierung)」を言い表している。

ブロックチェーンに起因した信頼問題は、社会システムにおける経済システム法システム社会構造を攪乱している。それは社会構造変異を生じさせると共に、経済に関わる意味論の変動を誘っている。ブロックチェーン信頼問題が解消されるとするなら、それはブロックチェーンによって不安定化した社会構造再安定化された場合である。現にビットコインをはじめとした暗号通貨を導入したブロックチェーンは、暗号通貨を、象徴的に一般化されたコミュニケーション・メディアとしての貨幣機能的等価物として記述することで、信頼問題という社会一般の問題を通貨の稀少通貨危機などのような経済的な問題へと縮減することを可能にしている。またこの暗号通貨所有権主題とすれば、的な問題や政治的な問題へと縮減することも可能になるであろう。こうしてブロックチェーンは、信頼問題という灰色の問題を、上手く隠蔽する意味論を提供することができているのである。

無論このことが言い表しているのは、ブロックチェーン信頼問題を「解決」するのではなく「解消」しているに過ぎないという点である。つまり、別の問題へと挿げ替えるか、より単純な問題として再設定することにより、信頼問題を隠蔽し、無害化し、不可視化しているのである。暗号通貨に準拠した経済的なコミュニケーションが順調に機能し続ける限りにおいて、ブロックチェーンに潜むパラドックス脱パラドックス化される。暗号通貨は、パラドックス化している信頼問題の隠蔽技術形式なのだ。

裏を返せば、信頼を問題として取り上げるというのはとりわけ、専門的な細部に関して「何が如何に問題なのか」に対する自分自身の観察に「自信」が無い者たちや、あるいはとにかく気に入らない相手の問題を指摘したい者たちにとって、それ自体「埋め合わせ」的な問題解決策として機能している――この問題解決策としての問題設定機能的等価物として挙げられるのは、例えば「人間」の問題や「道徳」の問題であろう――のである。信頼という問題を設定すること自体が問題解決策として機能しているのならば、そもそも暗号通貨で人稼ぎできればそれで良いと考えるフットワークの軽い者たちや、経済的な問題と的な問題を信頼問題から区別した上で、能動的に問題を設定できる観察者たちならば、わざわざ信頼という問題に依存する必要は無いということも、よくわかるであろう。ブロックチェーンの設計に携わるアーキテクトたちは、猫も杓子も信頼の担保に注意のリソースを注ぐのではなく、目下主題となっている信頼問題が誰によってどのポジションから表明された信頼問題なのかについて、よく吟味して観察する必要がある。

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