ハッカー倫理に準拠した人工知能のアーキテクチャ設計

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派生問題:エンジニアの「共通言語」の認識は如何にして可能になるのか

構造推論のフレームワークは、アーキテクチャ構造に関する重要な情報を抽出して分析する際に有用となる。それまでのアーキテクチャ設計において欠落していた情報を埋め合わせる上でも機能するだろう。組織構成するシステムや製品において繰り返し出現するアーキテクチャ構造を特定することによって、競争優位性の確保、再利用可能性の促進、プロダクトライフサイクルの強化などを背景としたアーキテクチャ構造的な強みや弱みを特定する負担が軽減される。

こうした構造推論のフレームワークを提供しているArchitecting Software Intensive Systems: A Practitioners Guide.は、アーキテクチャ設計の優れた実践書だ。とりわけその「実践書らしさ」は「パターン(Pattern)」や「イディオム(idiom)」に言及する際に際立ってくる。

デザイン・パターンアーキテクチャ・パターン、スタイル(Style)、イディオムなどのように、「共通言語」を物語る概念は多数散見される。これらは過去のエンジニアたちの経験則を言語化することで共通認識の得られ難いという問題を解消する点で機能的に等価だが、機能的等価物が多過ぎる状況もまた一種の問題として設定できる。何故なら、無数の選択肢は視野狭窄を招き、選択の負担を増大させるからだ。

実際、この実践書では、この「共通言語」が多過ぎる問題を解消するべく、「パターン」や「スタイル」などといった概念を再定義する試みを聡明にも回避している。この本ではこれら無数の「共通言語」をそれこそ抽象化して、単に「構造」という用語で一括りに語っている。

それよりもこの実践書では、構造パターン区別の導入と分析を方向付ける一般的な「フレームワーク」を紹介することに徹している。尤も、「フレームワーク」という概念もまた一端の「共通言語」であるかのように思えるが、そのあたりを深く追求するのは野暮というものだろう。個別具体的に構造選択の分析やパターンやスタイルの特定の状況におけるユースケースを記述するよりは、もう少し汎用性のあるフレームワークを紹介した方が、現場の実践者たちの支持が得られ易い。その日限りの糧を与えるよりも、生涯を通じて食料の調達を可能にするノウハウこそが重要だ。

しかし、こうしたパターンやフレームワークなどといった「共通言語機能を有した概念に接する場合、注意しなければならないのは、そうした「共通言語」が<反事実的>に再利用され続けているという「歴史」だ。パターン、スタイル、イディオムなどといった諸概念の散乱した状況は、「共通言語」そのものの非共通性物語っている。とても「共通言語」の設定に成功しているとは言えない。しかし、それにも拘わらず、デザイン・パターンアーキテクチャ・パターン、あるいはフレームワークなどといった概念は、恰も追従すべき「規範」であるかのように、選択され続けている。

こうした<反事実的>に規範として期待され続けているノウハウや方法を再利用する場合、我々はそれがある種の「形骸」として成り立っている可能性に注意を払うべきだろう。さもなければ、実際には何の効果もメリットも無いにも拘らず、「馬鹿の一つ覚え」の如く、無価値にそれを選択し続ける羽目になる。

したがってここでは、こうした「共通言語」が<反事実的>に「規範」として期待され続けるという事態が如何にして成立可能になっていたのかを、概念の歴史意味論)を振り返ることで明確にしておこう。

問題解決策:パターン・ランゲージ

共通言語」への視点として、ここでは建築家のクリストファー・アレグザンダーと人工知能研究で名を馳せたハーバート・アレグザンダー・サイモンを比較することにしたい。アレグザンダーは、「共通言語」の一種であるデザイン・パターン歴史的なルーツを提供した著名な建築家だ。一方、サイモンはアレグザンダーとほぼ同時代に、アレグザンダーと対照的な思想から「共通言語」の可能性を追究している。

セミラティス構造の設計

アレグザンダーは、1965年に発表した『都市はツリーではない』という論文において、「セミラティス(semi-lattice)」という概念を取り上げている。セミラティスとは、各要素が複数の集合に属しながら互いに関係を持ち合う物質的諸要素の重なり合いを表現する数学の概念だ。

アレグザンダーによれば、長い年月を掛けて自然に創り上げられた都市はセミラティス構造を獲得しているのに対して、建築家や都市計画者たちによって設計された都市はセミラティス構造の特殊例に過ぎないツリー構造を有している。ツリー型の都市では、各要素は特定の集合だけに属するだけで、それらの柔軟な重なり合いは持たないという。

セミラティス構造を強調するアレグザンダーの設計思想にあるのは、設計者の認識能力や予期能力には限界があるという前提だ。これは、サイモンの「限定合理性(bounded rationality)」にも相通ずる思想である。つまり、我々の設計に費やすことのできるリソースには限りがあるために、発揮し得る合理性にも限界があるという訳だ。それ故、建築家や都市設計者をはじめとした「専門家」が将来に関する完全な「専門知識」を持ちながら全体を設計するという近代的な設計概念を自明視してきた周囲の建築家たちから観れば、アレグザンダーの思想は保守的であっただろう。

設計のパターン・ランゲージ

出発点としては、アレグザンダーとサイモンは確かに似ている。しかしその後の「設計」に対する姿勢は、対照的であった。サイモンは「人工物」の設計を称えていたのに対して、アレグザンダーはむしろそれを拒否していたからだ。

人為的な設計が介在しない「自然の都市」には、独自の美しさや価値がある。それは何処か活き活き(alive)としている。アレグザンダーはこの性質を「無名の質(quality without a name)」と名付け、この性質を実現するための設計方法を模索し始めた。

そして1977年になると、アレグザンダーは、このセミラティス構造を具体的に設計するためのツールとなる「パターン・ランゲージ(pattern language)」を提唱している。パターン・ランゲージは、建築のユーザーが「心地よい」と感じる都市や建築物を分析することで作成された。街やコミュニティに関するパターンから施工やインテリアに関するパターンまで、計253のパターン構成されている。各パターンには、設計における「問題」とその「解決策」の発想が一対になって記述されている。パターン・ランゲージのユーザーは、自身が直面している「問題」の状況に応じてパターンを選択することができる。そしてユーザーは、その言語によって記述されている抽象的な「解決策」を自身が置かれている個別具体的な実践策として利用することができる。

パターンとは、ある文脈で反復して起きている問題を解決する方法だ。したがって、パターン・ランゲージを記述して共有することには、二つの利点がある。

第一に、パターン・ランゲージには設計の熟練者が持つ経験則が明文化されている。このパターン・ランゲージを活用すれば、設計の初心者であっても、洗練された「解決策」で「問題」を解決することが可能になる。

第二の利点は、設計に関する共通の語彙を共有することができる点にある。まさに「共通言語」の発想がアレグザンダーの時点であったという訳だ。

これにより、設計者とユーザーは特定の「問題」に対する「解決策」を共に考えることができるようになる。設計の「専門家」がトップダウンで全体を設計するのではなく、ユーザーが設計に参加するというボトムアップ的なアプローチによって、よりユーザーの意向を反映させた成果物を提供することが可能になる。

ソフトウェア開発におけるパターン・ランゲージ

アレグザンダーの設計思想は、建築学のみならず、ソフトウェア開発に対しても強い影響を与えている。例えばケント・ベックらの「エクストリーム・プログラミング(Extreme Programming: XP)」の概念の背景にあるのも、このアレグザンダーのパターン・ランゲージによる設計という概念である。それ故に、このXPの思想においても、事前の設計よりも柔軟性が重視される。ウォーターフォール(Waterfall)のように、要件定義、設計、開発、テストなどのフェーズを段階的に進捗させていくような開発方法とは異なり、XPにおいては細かい計画の見直しとその反復が求められる。

ユーザーによる過剰な要求や仕様の変更に伴うリスクを軽減するために、顧客や開発者間のコミュニケーションを重視する点においても、XPはアレグザンダーの設計思想と近接している。また、コーディング、テスト、リファクタリングに重点を置くことで、短期間のリリースを繰り返してツールを育てていく開発方法であるために、XPは主にプログラマによって支持を得ている。

パターン・ランゲージの発想をより直接的に継承していると言えるのは、「デザイン・パターン(design pattern)」であろう。GoF(Gang of Four)と呼ばれるエーリッヒ・ガンマ、リチャード・ヘルム、ラルフ・ジョンソン、そしてジョン・ブリシディースの4人は、デザイン・パターンという概念を初めてソフトウェア開発に導入した。アレグザンダーのパターン・ランゲージが建築設計問題解決策のカタログであったとすれば、GoFのデザイン・パターンは、過去のソフトウェア・アーキテクトが発見した設計のノウハウ(know how)やハウツー(How to)を蒐集して再利用可能にするためのカタログに他ならない。

事プログラミングにおいては、素人と熟練者の生産性には劇的なまでの落差が生じる。その差異は、概ね経験の違いに由来しているという。熟練者は、難易度の高い様々な問題を何度も乗り切っている。そうした熟練者たちが同一の問題に取り組むと、大抵の場合は皆類似したパターンの解決策に辿り着く。この問題と解決策を抽出したものが、デザイン・パターンである。

派生問題:パターン・ランゲージのパラドックス

パターン・ランゲージを提唱したアレグザンダーは、その出発点として、ツリーセミラティス区別を導入していた。ツリー構造の場合、各要素は一つの集合にしか属さない。セミラティス構造の場合、各要素は複数の集合に属する。

しかしながら、集合の定義が見直される時、セミラティス構造ツリー構造へと変貌してしまう可能性がある。と言うのも、セミラティス構造として観察されるあらゆる要素を総括するメタ集合を仮定するなら、各要素はそのメタ集合にしか属さないことになるからだ。これは、各要素をトップダウンの視点から俯瞰した場合に起こり得る。視点次第で、セミラティス構造ツリー化し得る。セミラティス構造は結局のところツリー化してしまう点で、その設計パラドックスに直面することになる。

ツリーセミラティス区別は、人為自然区別に対応している。したがって、セミラティス構造ツリー化というパラドックスも、この<自然人為性>というパラドックスで言い換えることができる。

ツリー型の都市は人為的な設計によって構成されている。セミラティス構造の都市は自然構成された集合体だ。しかし、人為自然区別をそれ自体に適用させて観るならば、この区別パラドックスに陥ることがわかる。すなわち、一言に「自然」と言っても、そこには<人為的な自然>もあれば、<非人為的な自然>もあるということだ。<人為的な自然>は、無論純粋な自然ではない。それは、<人為を及ぼさないという人為>が帰結した逆説的な自然に他ならない。例えば日本の文部科学大臣が指定する天然記念物は、「自然保護」という名の<人為>によって成り立つ<自然>だ。同じように、セミラティス構造設計する場合、<人為的な設計>による「人工都市」ではなく<非人為的な設計>による「自然の都市」を生み出そうとするという意味で、<人為>が介在してしまう。

それ故、セミラティス構造を追い求めた設計が最終的に結実させてしまうのは、ツリー構造の建築物だということになる。アーキテクトが人為的に介入する限り、都市はツリーになってしまう。一方、逆にアーキテクトが全く介入しなかった場合であれば、都市はセミラティスになるかもしれない。しかしその非介入が<人為を及ぼさないという人為>となる場合があるのならば、都市はツリー化してしまう。セミラティス構造ツリー化が起こり得るのは、本来ならば純粋に存在していた「自然」を<人為的な自然>と<非人為的な自然>という人為的な線引きによって枝分かれさせた場合だと言える。セミラティス構造を宿しているとされる「自然」は、人為自然区別によって、それ自体がツリー構造の内部に再導入されてしまう。

アレグザンダーのパラドックスは、人為的な設計否定しつつも人為的に設計してしまうことに要約できる。そしてこのパラドックスは、アレグザンダーの思想から影響を受けたXPにおいても見出される。つまりXPも、設計よりもコーディングとテストを重視していながら、実際には高い設計力を有したアーキテクトを要請してしまっているのである。

XPの土台となるのは、仕様機能を変えずにソフトウェアの内部構造を改修するリファクタリングである。ソースコードを知るプログラマ自身がテストケースを用意することで、リファクタリングとテストを繰り返していく。良くできたXPの開発体制においては、こうしたテストは自動化されている。自動化技術によって、改修に伴う新たなバグを意味するデグレードを防止しつつ、内部構造を改善していくのである。

XPの利点はフットワークの軽さにある。XPでは、最初に全体像を設計する訳ではない。そもそもXPには設計に着手する明確な工程が無い。他の開発方法では開発の前段階で設計のフェーズが設けられていたのに対して、XPではよりコーディングに近い部分で開発しながら設計していくという。言わばプログラマが設計まで担いながらコーディングする訳だ。しかしこれは、プログラマに設計能力が求められるということである。もし業務分析に基づく運用や作業工程の設計やユーザービリティの分析に基づくユーザー・インターフェイス設計に関する能力を持たないプログラマが開発すると、利用し難いシステムが開発されてしまう。設計よりもコーディングやテストを重視する開発方法でありながらも、設計能力の必要性は高いままだ。

XPはコーディングやテストを重視する開発方法であると共に、仕様変更に対する柔軟な姿勢を示している。しかしだからこそ、テストそれ自体の複雑性を高めてしまう。実際にコーディングしたプログラマ自身であれば、自身のソースコードを読むだけで、テストにおける着眼点も視えてくるだろう。だが開発者以外がテストする場合、仕様の共有が必要になる。設計書があるのならば、それが共有するためのツールとして役立つだろう。だがXPのプログラマにとっては、ソースコード仕様書になりがちだ。そうなれば、ソースコードに熟知した者にしかテストはできないということになってしまう。

無論、XPを賛美するプログラマたちにもテスト仕様を明確にする意識はある。例えば「テスト・ファースト(test first)」という考え方は、テストケースの作成を通じて仕様を明確にする意識から芽生えた発想だ。テスト・ファーストによるプログラミングでは、初めにテストケースを作成しておいて、そのテストをクリアすることを目指したプログラムを記述していく。テストケースを共有すれば、あるいは他者に仕様を伝達できるかもしれない。しかし、この場合のテストケースは、単に既存の開発方法における「設計書」を言い換えた概念に過ぎない。ベックは「テスト駆動型開発(Test-Driven Development)」を提唱しているが、単に設計から始まる開発とテストの言い方を変えただけに過ぎない。「設計駆動型開発」と表現しても、特に不自然な点は無いだろう。

ちなみに、パターン・ランゲージには専門家主義の副作用を招く可能性があるということも留意しておいた方が良いだろう。確かにパターン・ランゲージの発想に基づいたデザイン・パターンを利用すれば、ユーザーとの共演による設計が可能になる。設計専門家に依存することなく、自ら設計へと着手するようになるユーザーも現れてくるだろう。

尤も、パターン・ランゲージ専門家の必要性を否定する訳ではない。そもそもパターン・ランゲージを記述するのは、大抵専門家だ。デザイン・パターンを記述し始めたのも、設計専門家であった。少なからず特定の問題の「解決策」に関する「専門知識」に精通する記述者がいなければ、パターン・ランゲージは成り立たない。それこそ、嬉々としてアレグザンダーについての「専門知識」を披露する<パターン・ランゲージ専門家>が出現すれば、<パターン・ランゲージに関する一般人の知識>や<パターン・ランゲージを記述しようとする一般人の能力>は相対的に矮小化されてしまうことになる。

こうなると、恰もその<パターン・ランゲージ専門家>がいなければパターン・ランゲージを作成して利用できるようにはなり得ない、などと錯覚してしまう一般人も現われるかもしれない。あるいはこの状況は、嬉々として「専門知識」を披露したがる専門家たちを量産してしまい、様々な「識者たち」によって「共通言語」がばら撒かれる可能性を生み出している。冒頭で指摘したパラドックス、つまり「共通言語」の非共通性という状況が派生するのは、この状況から察するに、致し方無いことなのであろう。

こうした矮小化に自覚的に注意しなければ、一般人は<パターン・ランゲージという名の「専門知識」>を待つだけの存在に成り下がってしまう。そうなれば、一般人はいつまで経っても<パターン・ランゲージのエンドユーザー>に過ぎなくなる。非専門家たる一般人も積極的にパターンを記述する役目を引き受けなければ、パターン・ランゲージが可能にする創造性の限界は、すなわち専門家の限界となる。セミラティスを意図して構想されたはずのパターン・ランゲージは、それを活用したコラボレーションを企画する者たちによって、ただのツリーになる。

問題解決策:人工物の設計

サイモンは、アレグザンダーと同じように人間の認識能力の限界を前提としていながらも、あえて自然よりも人為を重視する設計理論展開している。彼の理論では「共通言語」と非「共通言語」の区別は導入されない。彼がむしろ強調して導入している区別は、目的の階層分化だ。この区別を導入した場合、恐らくアレグザンダーのパラドックスは解消されるだろう。

サイモンの設計理論は、人工的な事物と現象に関する知識を体系化する「人工科学(artificial science)」を土台としている。人工科学は、自然科学と対照的な位置付けにある。自然科学は、自然の事物と現象についての知識の体系だ。一方、人工科学が取り扱う人工的な事物や現象というのは、単に工学的に開発されたツールに限らず、経済、組織人間心理、工学、社会計画などが含まれる。サイモンは、設計を技術教育における一つの専門分野として捉えていない。むしろ設計、およそデザインと呼ばれているものは、人間についての固有の研究領域なのであって、あらゆる教養人にとっての中心的な学問の一つとして位置付けられる。

人工科学主題となるのは、我々自身の思考、判断、意思決定、選択、そして創造の過程だ。自然科学とは異なり、人工科学人為が介在する過程と結果を問う。サイモンによれば、人工物は、ある目的の達成のために設計されている。その目的を達成するための手段が如何にして可能になるのかが、設計段階で分析される。無論場合によっては、所与の手段もあり得るだろう。だがアーキテクトは既知の手段とは別様にもあり得る代替案もヒューリスティックに探索する。だからこそ人工物設計では、アーキテクトやソフトウェア・エンジニアを含めた人間思考、判断、意思決定、選択、そして創造の過程が問題となるのだ。

サイモンの設計理論は、設計専門家の特権として封じ固める類の理論ではない。むしろサイモンは、誰もが設計者になり得ることを示唆している。現状をより好ましい状態に変えようとする者は、誰でも設計活動を実践しているとサイモンは述べている。人工物を生み出す知的活動は、病人のために薬剤を処方する活動や会社のために新規の販売計画を立案する活動と何ら変わりは無い。

限定合理性を前提としたサイモンの設計理論は、最適化の戦略ではない。むしろサイモンの設計は「満足化(Satisficing)」の処方と言える。最適化は、あらゆる可能な選択肢の中から最も適した選択肢を選択することを意味する。一方で満足化は、あらゆる可能な選択肢を吟味するのではない。一定の目標水準を定めて、その目標水準を達成し得るのならば、そこで代替案の探索を中止して構わないと発想する。

設計者が代替案の探索を中止しても構わないか否かを判断する尺度の一つとして利用できるのは、既存の人工物だ。例えばJavaScriptでアコーディオンを設計したいのならば、jQueryのライブラリを利用することによって、満足のいく開発ができるようになるだろう。こうしたjQueryのような人工物は、jQueryを利用して設計された新しい人工物にとって、自身の内部と外部の接面に位置する「インターフェイス(interface)」として機能している。そして忘れてはならないのは、こうしたjQueryのような既存の人工物も、以前他の設計者たちによって設計されていたということだ。サイモンと共に設計活動そのものも一つの意思決定と捉えるのならば、インターフェイスとしての人工物設計する活動は以後の設計における「不確実性の吸収」として機能することがわかる。

サイモンによれば、人間の知的側面における活動自体は単純であるという。その行動が複雑性を生み出すのは、主に人間環境の複雑性を対処しているためである。人間の行動に伴う複雑性の大部分は、環境複雑性に曝されながらより優れた設計を探索する努力から生じてくる。

このこともまた、ソフトウェア工学に直結している。インターフェイスとしての人工物設計する者ならば特に、以後のアーキテクトやソフトウェア・エンジニアをはじめとした人間の活動から不確実性を吸収している。不確実性を吸収するということは、不確実性を自身の内部で抱え込むということだ。そのために、自己自身の不確実性を増大させて、結果的に複雑な行動を余儀無くされる。

「共通言語」のマッチポンプ

アレグザンダーの「パターン・ランゲージ」に由来する「デザイン・パターン」をはじめとした諸々の「共通言語」は、それ自体「非共通」であるというパラドックスを招いている。パラドックスは、原理的に解決不可能であるからこそパラドックスと呼ばれている。しかし、そうであるにも拘らず、この問題は無害化され、不可視化され、解消されている。だからこそ、「デザイン・パターン」などのような似非の「共通言語」は、<反事実的>に、「規範」であるかのように受容され続けているのだ。

このパラドックスの解決されずに解消され続けている状況は、言わば別のあり方でもあり得る問題設定を指し示す社会システムの絶え間無い問題隠蔽によって構成されている。このことはサイモンの組織論によってより明瞭に映ってくる。

満足化で代替案の探索を中止して構わないと述べた場合、満足するか否かを決定するのは目的の達成度となる。サイモンがこの満足化という概念を論じる際に念頭に置いているのは、企業をはじめとした専門組織だ。そしてサイモンの組織観においては、組織が階層的に分化するのは目的が階層別に分類されるためだということになる。

限定合理性の状況下に置かれている人間には、大きな問題を一度に全て解決することができない。複雑な問題を解決するには、問題に対して区別を導入することで、問題を把握できるようにする必要がある。組織目的は複雑で巨大な問題だ。故にその目的を中間的な目的比較的小規模な目的に分類することが先決となる。そして、そうして区別された問題の解決を目的化した担当の構成員を配置していくことで、問題解決を専門職化していくのだ。これを前提とすれば、目的の階層分化によって、組織の階層分化が派生する。

これを前提とすれば、デザイン・パターン、スタイル、イディオム、アーキテクチャ・パターン、フレームワークなどといった諸々の「共通言語」が<反事実的>な「規範」として社会的に受容され続けているのは、組織システムの意思決定による「不確実性の吸収」によって可能になっていると推理して良いだろう。確かに組織の階層分化を見据えるなら、そうした似非の「共通言語」は階層の上部から下される意思決定となる。だがこの話には、実は階層の上下はさほど関係無い。何故なら、現状をより良く変えようと努めるのならば誰であれ設計者であるためだ。そして、目的達成において満足化することで一先ず良しとするというのは、限定合理性がある以上、如何なる設計者にも付き纏う条件付けだ。

元々「共通言語」はそれ自体「非共通」であるが故に量産されてきた。「共通言語」は膨大に溢れ返っている。故に、全てを吟味して、特定の「共通言語」を選択することの負担は過剰であると言える。それは限定合理性に抵触する。

これに対して、専門家や識者がある特定の「共通言語」のみを選択するべきであると意思決定した場合、たとえ一時的であれ、それが「不確実性の吸収」として機能してくれる。その「共通言語」に関する意思決定に従う「エンドユーザー」であれば、たとえ一時的であれ、特定の「共通言語」を選択することの負担から免除される。

しかしながら、「共通言語」に関する意思決定を下す専門家や識者、組織システムは、膨大に遍在している。現状を良くしようとするなら、誰もが設計者だ。だから、特定の「共通言語」に関する意思決定もそれ自体膨大となる。この事態は<共通言語の非共通化>を促進することになる。

総じて、フレームワーク、デザイン・パターン、スタイル、イディオム、アーキテクチャ・パターンなどといった諸々の「共通言語」が<反事実的>な「規範」として社会的に受容され続けているのは、一つのマッチポンプとして、循環しているためであると言える。様々な「共通言語」が過剰に存在している状態が「共通言語」の意思決定を必要とし、様々な「共通言語」の意思決定が「共通言語」の過剰性を助長する。この循環は、限定合理性と「不確実性の吸収」がある以上、解決不可能で、まさにパラドックスとして結実している。

問題解決策:ハッカー倫理

共通言語」のマッチポンプは、専門組織専門家の専門言語への盲目的な追従を否定することで、脱パラドックス化することが可能になる。この点において、「ハッカー倫理(Hacker Ethic)」に基づいた「対抗文化(Counter Culture)」の「社会運動(Social movement)」は、機能する問題解決策の一つとして挙げられる。しかし、ハッカー文化近代社会社会構造との関連から既に無常にも消滅してしまっている。「ハッカー倫理」を機能的に再利用する場合、ハッカー文化の無常なる消滅が如何にして成立可能になったのかを確認しておかなければならない。その上で、ハッカー倫理とその機能的等価物に対する比較の観点を切り拓くことが求められる。

スティーブン・レヴィがHackers: Heroes of the Computer Revolutionで纏め上げた「ハッカー倫理(Hacker Ethic)」を実験的に実践しようとする場合、「対抗文化(Counter Culture)」の「社会運動(Social movement)」が直面してきた典型的な問題に向き合わなければならなくなる。たとえ、人工知能主題としたアーキテクチャ設計ハッカー精神に則って実践する場合であっても、この派生問題は避けれられないだろう。

ここで取り上げるべき派生問題とは、ハッカー文化の無常化という問題である。レヴィの調査を前提とするなら、真正のハッカー文化は既に消滅している。ここからハッカー文化を復刻させようとすれば、かつてのハッカーたちが直面してきた諸問題をも甦らせることになるだろう。ハッカー文化が無常にも消滅せざるを得ない理由は、社会システムにある。実際、ハッカー倫理近代社会社会構造と相反する内実を示している。

ハッカー倫理の意味論

レヴィによれば、ハッカー倫理の思想は次のように表現される。

「コンピュータへの接続――そして、如何にして世界が動作しているのかを教えてくれるものへの接続は、無制限かつ全体的でなければならない。」
Levy, Steven. (2010) Hackers: Heroes of the Computer Revolution – 25th Anniversary Edition, O’Reilly Media, Inc., p23.

「あらゆる情報は自由でなければならない。」
Levy, Steven. (2010) Hackers: Heroes of the Computer Revolution – 25th Anniversary Edition, O’Reilly Media, Inc.,p24.

「権威を信じるな。脱中央集権化を促進せよ。」
Levy, Steven. (2010) Hackers: Heroes of the Computer Revolution – 25th Anniversary Edition, O’Reilly Media, Inc., p25.

「ハッカーはそのハッキングによって判断されなければならない。肩書き、年齢、人種、地位のような偽証の基準によって判断されてはならない。」
Levy, Steven. (2010) Hackers: Heroes of the Computer Revolution – 25th Anniversary Edition, O’Reilly Media, Inc., p26.

「コンピュータで芸術や美を生み出すことができる。」
Levy, Steven. (2010) Hackers: Heroes of the Computer Revolution – 25th Anniversary Edition, O’Reilly Media, Inc., p26.

「コンピュータは人生をより良きものに変えられる。」
Levy, Steven. (2010) Hackers: Heroes of the Computer Revolution – 25th Anniversary Edition, O’Reilly Media, Inc., p28.

ハッカーたちにとって、コンピュータは誰もが利用できるツールとして開かれていなければならない。専門組織専門家が独占するツールであってはならないのである。このことは情報についても言える。ハッカーは、情報を秘匿にすることを良しとしない。あらゆる情報は接続可能で参照可能でなければならない。ハッカーは、情報を積極的に開示することの有用性を主張するのである。これに対して、中央集権的な権威は、ツールの独占や情報の秘密主義を助長してしまう。国家であれ、企業であれ、官僚主義的な構造を形成する組織には、ハッカーたちと価値観を共有することができない。そうした権威主義に対するハッカーたちの姿勢は、極めて実力主義的だ。ハッカーたちは、学歴や資格や免許のような肩書きで評価されることよりも、ハッキングの腕そのものによって評価されることを期待している。

ヒッピーの対抗文化

こうして観ると、ハッカー倫理近代社会社会構造矛盾した関係にあることがわかる。事実ハッカーたちは、産業構造に敵対する関係を築いていた。その思想的背景として挙げられるのは、1960年代の時点で既に勃発していたヒッピーたちの運動だ。ハッカーに思想的な影響を与えたヒッピーたちの歴史は、「対抗文化(counter culture)」の歴史である。字義通りに言えば、「ヒッピー(Hippie)」という言葉は、「ヒップスターの雛」という意味を持つ。その意味は、黒人の真似をした1950年代のヒップスターに由来している。ヒッピーたちの活動の直接的な契機となったのは、「正義無きベトナム戦争」に対する反対運動である。それは愛と平和を訴え、徴兵や派兵に反発した若者たちの社会運動であった。

自然に回帰せよ(Back to nature)」というモットーに象徴されるように、彼ら彼女らが重視したのは、自然の中で自由に生きる生活様式である。ヒッピーたちは伝統的な価値観や制度を積極的に否定することで、魂の解放を訴えた。中でも1960年代から1970年代のヒッピーたちは、マリファナやLSD(Lysergic Acid Diethylamide)をはじめとした薬物によって「悟り」を開こうとした。とりわけLSDは服用者の「自我の崩壊(collapse of ego)」を伴わせる。服用者はしばしば「幻覚(hallucinations)」を見ることになる。ヒッピーたちの間では、その精神状態は一般に「サイケデリックな(psychedelic)」情態として知られている。我々の主題との関連で言えば、LSDは言わば変性意識状態トランス状態を発動させるための薬物なのだ。

こうした対抗文化を思想的な背景とするハッカーたちは、近代社会社会構造を簡単には信頼しなかった。ハッカー倫理が産業構造の重要な位置付けとなっている専門組織専門家の権威や中央集権を否定しているのも、このためである。しかしながら、とりわけ1970年代のハッカーたちの主要な成果である「パーソナル・コンピュータ(Personal Computer)」が市場に投入されて以来、他ならぬハッカーたち自身が、ハッカー倫理に従事することを避け始めるようになった。ハッカーたちとて、完全に「社会(Gesellschaft)」の外部から「社会(Gesellschaft)」と対立していた訳ではない。ハッカーたちにも家族があり、生活があった。家族も生活も社会システムの内部で構成されている。故に家族や生活を守るには、社会構造に従わざるを得なかったのだ。

ハッカー文化の起源

スティーブン・レヴィやエリク・レイモンドと共に、ハッカー文化の起源を辿ってみると、1960年代のマサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology: MIT)の学生たちの活動まで遡ることができる。1961年、MITが初めてPDP-1を購入すると、MITの学生たちは、このツールでプログラミング・ツールやソフトウェアを開発することになった。彼ら学生たちの自由奔放な性格は、大学の規則や社会の常識と対立することもあった。彼らは情報は自由に入手でき、技術を束縛してはならないという信念を持っていた。いわゆる「オープン・アーキテクチャ(Open Architecture)」の思想がこの時点で芽生えていたのかどうかについては、諸説ある。

いずれにせよハッカーたちの活動は、MITがAdvanced Research Projects Agency Network(ARPANET)を採り入れた1969年を境に、爆発的な影響力を手に入れた。ARPANETは、国防総省の高等計画研究局(Advanced Research Projects Agency: ARPA)のコンピュータ・ネットワークである。それは情報やデータの転送用として相互に接続された大型コンピュータやワークステーションのネットワーク網としては最も伝統的なツールであった。これが「インターネット(Internet)」の直接的な起源であるとも言われている。核攻撃を受けた後でも、アメリカ軍の通信能力を保持するという目的のために、1950年代に構想され、1960年代後半には構築されていた。そのネットワークにおいては、約6万台のコンピュータノードが接続されている。更には国内に限らず世界中のネットワークにも接続されている。ほとんどの大学、研究所、国防企業、軍事施設、政府の各部局が、ARPANETで接続されているのだ。このシステム特徴は、その脱中心性にある。それはあらゆるノードがあらゆるノードと接続されている。あるポイントであるノードにアクセスするということは、システムの全体にアクセスすることに他ならない。

こうしたアクセサビリティから、あらゆる情報ツールへの自由な参照や利活用を推奨するハッカー倫理が結実していくのは、想像に難くない。そして脱中心化されたネットワークに習熟しているハッカーたちの眼には、近代社会習熟している中央集権的で権威主義的な社会構造否定的に映ったとしても、不思議ではないだろう。

コンヴィヴィアル・ツール

ARPANETはハッカーたちの協働を後押しした。しかし当時のコンピュータを利用できる人間は限られていた。こうしたコンピュータは、国家やIBMをはじめとした専門組織だけが利用する専門家の道具として認識されていた。そこには、一般市民が所有できるツールという発想は無い。そこで、早くからコンピュータの魅力に気付いていたハッカーたちは、コンピュータ専門組織によって独占されている状況に異議を唱え始めた。ここから、1970年代のハッカー文化象徴する出来事が生み出される。

でこそコンピュータは、一般市民でも活用し得るツールとなっている。コンピュータ専門家にしか利用できないと考える必然性は何も無い。だが当時、それは自明視されていた。だとすると、この自明性が如何にして覆されたのかが気になるところとなる。

リー・フェルゼンシュタインのようなハッカーたちを観察するなら、コンピュータの一般普及を目指したハッカーたちの思想的な背景として、文明評論家のイヴァン・イリイチの存在が大きかったと言えるだろう。当時フェルゼンシュタインは、シリコンバレーで結成されたコンピュータの愛好家集団であるホームブリュー・コンピュータ・クラブ(Homebrew Computer Club)を率いていた。彼はこのコミュニティの指揮を執ることで、パーソナル・コンピュータ設計を方向付けた。パーソナル・コンピュータはまさに大衆のためのツールとしてのコンピュータだ。それは専門組織による独占を否定する。

パーソナル・コンピュータ主題とした議論に加わる際、フェルゼンシュタインの脳裏に浮かんでいたのは、いつ産業構造が瓦解しても不思議ではないという憂鬱気質とも言える心象であった。この近代社会を代表する専門組織コンピュータを独占している状況は、彼にとって危機であった。しかしながら一方で、この危機感は単なる漠然とした不安ではなかった。フェルゼンシュタインの産業構造に対する認識はある理論武装に基づいている。と言うのも、コンピュータ専門組織に独占されている状況は、イリイチが丁度70年代の産業構造に対して指摘していた「価値の制度化(institutionalization of values)」という事態として説明できるのだ。

価値の制度化とは、過程と結果の混同を招く事態を指す。イリイチがこの現象を説明するために例示したのは、学校教育である。学校は、学生が学ぶために制度化されている。学ぶことが目的であるとすれば、教育はその過程である。その過程は絶対的な経路ではない。学ぶだけであれば、自宅学習や独学などという選択肢もあり得るはずだ。だが、学校制度が過度に期待されている状況では、自宅学習や独学などのように、個人で努力することの必要性が実感し難くなる。個人は制度に依存することで学んだかのような錯覚に浸ることが可能になるからだ。学生は進級するだけで教育を受けたと錯覚するようになる。成人さえ、学歴や資格や免許を得るだけで能力があると思い込むようになる。こうして人々は、まるで最終目的を達成したかの如く、教育を受けるだけで満足するようになる。学びという本来の目的は度外視されるのだ。

学校化

イリイチが価値の制度化問題視するのは、理由の無いことではない。制度を自明視している者たちは、制度とは無縁の能力を過小評価するようになる。そして制度に依存している者たちは、自律的で自発的な学びを実践する能力を衰退させてしまう。

これはイリイチが「学校化(schooling)」と呼ぶ事態に直結している。学校が制度化する「学歴」、「資格」、「免許」のような形式は、専門家の「希少価値」を高めるために機能する。通常これらの形式は、選抜された人間にしか与えられない。高学歴のエリートや教授の資格を有した御用学者たちの発言が注目を集めるのは、彼らが一般市民には持ち得ない珍しい知識や技能を有していると期待されているためなのである。

しかし、こうして制度が専門家の「希少価値」を高めると、逆にこれらの形式を有さない一般市民の知識や技能が矮小化されることになる。「ブログ」や「ウィキペディア」よりも専門家の論文の方が正しいと見做されるのは、そのためだ。政府や東京電力の記者会見で開示された情報が公的な知識として正統化される一方で、電子掲示板や質問サイトに書き込まれる情報は「風評被害」を巻き起こす噂話として扱われる有り様である。

こうして専門家の「希少価値」が一般化すると、人は専門家が説明する情報や知識を享受することばかりに気を取られるようになる。自ら技能を開発することよりも、専門家が認める技能を追い求めることの方が、重要になってくる。その結果我々は、自ら知識や技能を生み出すことを放棄するようになる。つまり我々は、自発的で自律的な「学び」を実践する意欲を失うと共に、専門家から「教育されること」を欲するようになる訳だ。

コンヴィヴィアルな社会のためのツール

イリイチがこの価値の制度化に対して提示した打開策は、「コンヴィヴィアル(Convival)な社会」を実現することであった。「コンヴィヴィアリティ(Conviviality)」とは、専門組織や制度とは関わりなく、皆が愉しみ合う自律的で共生的な関係を意味する。

この社会を実現する上で鍵となるのは、「ツール(Tool)」である。ツールは、鉛筆のような道具のみならず、学校をはじめとした専門組織も含意する。社会関係を構造化するのがツールなのである。例えば言語や図書館は、本来コンヴィヴィアルだ。こうしたツールは、資金の割当も御用学者も要さない安価なツールである。だが専門組織は、これらを産業的な効率性を追求するための「操作的なツール(manipulative tools)」として利用する。それ故イリイチは、コンヴィヴィアルなツール専門組織から奪還することが必要であると主張したのである。

このツール理論を前提とするならば、イリイチの「脱学校論」を急進的な「学校廃止論」や「学校廃絶論」として読み解いてきた教育学者たちの読解が、説得力を失う。彼が否定したのは「学校の存在」や「学校教育制度の存在」ではない。彼はあくまで学校制度の「ツールとしての使い方」を批判していたのである。彼の議論は、決して教育現場から遊離した非現実的な急進主義の夢想なのではない。彼の議論を引き継ぐ者たちは、社会関係を構造化するツールへの着眼を重視しなければならないのである。

コンヴィヴィアル・ツールとしてのコンピュータ

当時のコンピュータは、まさにイリイチが言う通り、IBMをはじめとした専門組織に過剰効率性や計画策定のための操作的なツールとして利用されていたのだ。

その一方で、イリイチが提唱したコンヴィヴィアル・ツールという概念は、フェルゼンシュタインのような70年代のハードウェア・ハッカーたちに思想的な影響を与えた。彼らハッカー集団は、反産業主義的で反官僚主義的な倫理観を抱きながら、当時IBMが独占していたコンピュータを「大衆のためのツール」として解放しようと奮起した。彼らが自ら開発した小型コンピュータは、「コンピュータ専門家にしか使いこなすことができない」という学校化された領域での典型的な固定観念を一掃した。コンピュータは、資金の割当も専門家も要さない安価なツールとして大衆の下に行き届くことになった。ハッカーたちは、操作的なツールとして利用されていたコンヴィヴィアル・ツールとしてのコンピュータを一般市民に解放したのである。

ハードウェア・ハッカーたちの多くは大学時代にベトナム戦争を目の当たりにしている。1960年代に勃発した反体制運動や反戦運動は、彼らからすればまだ記憶に新しい出来事であった。こうした対抗文化ハッカーたちにも受け継がれていた。だが彼らは、抗議デモや破壊活動のような形で反体制運動を実践した訳ではなかった。彼らにとって、当時のコンピュータを脱中心化して大衆に解放することが、反体制運動となったのである。

ハッカーたちが毛嫌いしたのは、コンピュータの利点についての情報がこうした専門組織の制度化によって独占されていた状況である。コンピュータを扱うだけの技能を有していたハッカーたちは、当時既に、コンピュータメディアとした新しいコミュニティの可能性を直観していた。フェルゼンシュタインらがタイム・シェア社から寄付されたテレ・ターミナルをコンピュータに接続して開発した「電子掲示板(Bulletin Board System; BBS)」を開発したのも、市民に開かれた情報の共有を可能にするためであった。インテル社が1973年に開発した8ビットマイクロプロセッサとなる「8080」をヒントに個々人で利用できるパーソナル・コンピュータ可能性を見出したのも、コンピュータ大衆のためのツールとして活用するためであった。

祭儀としてのハッカー文化

大衆のためのコンピュータを目指したハッカーたちの営みは、成功を収めたと言える。彼らが開発したミニ・コンピュータ大衆化を果たしたのだ。スティーブ・ジョブズらがApple Computerを法人化した1977年には、ヒッピー・スタイルの『ドクター・ドブズ・ジャーナル』の初代編集長として「テクノゴシップ」の情報屋を名乗っていたジム・ウォーレンらの働き掛けによって、第1回ウェスト・コースト・コンピュータ・フェア(West Coast Computer Faire: WCCF)が開催された。ハッカーのみならず、それまでコンピュータとは縁が無かった市民からも、このコンピュータ・フェアは注目を集めた。

ハイパーテクストを創案したことで知られるテッド・ネルソンは、このコンピュータ・フェアでIBMに対するハッカー文化の勝利を高らかと宣言したことでも有名だ。小さなコンピュータが電話や車と同様に抜本的な変化を起こすことを予言した。ツールを造るツールを造ることが流行となり、「祭儀(cult)」となり、消費市場へと参入していく。コンピュータが新世界を展開していく。ネルソンはそう確信していた。

ハッカー文化の無常化

ところが、このハッカー文化のコミュニティは、そう長続きしなかった。ジョブズらによりアップル社が設立されて以来、そのハッカー精神は、市場の競争に圧迫されることになったのである。彼らが生き残るには、情報開示や技術の共有を重視するハッカー倫理よりも、自身が肩入れする企業の秘密主義を優先せざるを得ない。

事態は急速に進展した。金儲けは、もはや純粋なハッカー精神を置き去りに進展していく。金儲けを無視したハッカーたちは、資金難に苦しむことになった。その一方で、コモドール社のPET2001に象徴されるように、巨大資本の大企業は、組み立て作業が不要の家電製品のようなコンピュータを発売した。

市場の生き残りを賭けた競争に巻き込まれたハッカーたちの大半は、手作りでハードウェアを生み出すためのキットよりも、出来上がったコンピュータの工業生産へと方向転換せざるを得なかった。さもなければ、大衆は誰も買わないからだ。需要があるとされたのは、ワープロや会計計算のような仕事に必要な余分な機能のないコンピュータである。ハードウェア・ハッカーたちがそれまで開発していた構造深部に沈潜することの魅力を強調するマシンは、もはや用済みとなったのだ。

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