「時間」感覚の等価機能主義的な社会システム理論

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派生問題:脱魔術化された近代社会における宗教の記述は如何にして可能になるのか

近代社会の社会的文化進化による社会構造の加速的な変異性は、保守的なイデオロギーと進歩的なイデオロギーの単純な闘争を無効化するばかりか、左翼と右翼との間で主題の交換を生じさせてきた。文化的悲観主義、科学技術批判、手段としての国家への訴えなど、かつては保守的な主題であった問題が、気が付けば左翼陣営で議論される、などといったことも起こり得ている。こうした主題の交換が言い表すのは、イデオロギーによって熱心に参照されている諸問題が具体的に何であるのかが、さほど重要ではないということである。そうした具体的な事柄は、より抜本的な闘争に資するだけである。社会的文化進化による社会構造変異性は、「何を主題にするのか」という主題を巡る闘争を引き起こしているのである。

この事態は、とりわけ様々な社会問題を「政治的な問題」に還元することにより、社会の中で社会を代理表象しようと目論む「中心人物」たちにとっては、スキャンダルである。中心や頂点を喪失させた全体社会は、もはや一体の理性によって制御される訳ではない。機能的な分化を遂げた近代社会では、様々な機能的なサブシステムがそれぞれに固有の問題設定から問題解決策を実行している。それ故に、ある機能問題領域における主題が別の機能問題領域における主題によって棄却されることは間々ある。異議を唱えられることの無い代理表象は、もはやあり得なくなっているのだ。社会の全体が眼前に完全に存在するなどということは、決してあり得ない。結局のところ、代理表象という概念は、政治的な概念として再構成されるしかないのかもしれない。代理表象は、政治という機能的なサブシステムコミュニケーション上の主題として格下げすることでしか成り立たなくなったのである。

「この」問題は、ルーマンが掲げる主題として言えば、近代社会の「自己記述(Selbstbeschreibung)」の問題である。自己言及的なシステムとしての社会は、自己自身を観察することができる。システムは、自らの自己同一性を描出するために、根本的な差異図式を用いる。そうすることで、自己言及的なシステムは、自己同一性に貢献するように、自己自身の作動を統制することを可能にする。自己観察は、確かに様々な理由から生じ得る。それ故にシステムは、多種多様な区別を導入することができる。しかし、自己観察をその都度個別の状況に全面的に委ねるのではなく、構造的な傾向を通じて自己観察を統制する必要が生じる場合には、我々はシステムの「自己記述」を主題にすることができるようになる。

記述は、構造やテクストを固定することで、それに基づいた観察を可能にする。そうした観察は、より体系的で、より容易に記憶され、そしてより容易に伝達され得る。更にそうした記述は、記述されたもの同士の相互連結をより適切に可能にする。自己記述比較の観点に曝されれば、そうした自己は、社会的文化進化の過程で吟味される可能性が高まる。あるいはそれは、新たな文化意味処理規則主題として貯蔵されるようになるかもしれない。

18世紀には、この全体社会の自己記述という問題に対して、理性(Vernunft)の格化という解決策が提案されていた。しかし、理性による近代社会の包括的な記述は、失敗に終わっている。絶対的な理性の観点から社会の同一性を確認しようとする挑戦者たちは、ルーマンも断言している通り、全く効果を出せなかった。また社会の現実の中に理性を組み込もうとする取り組みは、逆に反直観的な効果をもたらした。確かに、抽象化した上でこの問題に取り組むのは、認識的な利得に資する試みとなるであろう。しかし、理性の諸原則を形式化し、言わば「手続き化」することは、その場凌ぎにしか成り得ない。いざ詳細な規定が必要になっても、具体的な成果は何も約束されないであろう。そこでルーマンに倣い、理性機能的等価物の探索が必要となる。

虚無主義(Nihilismus)」が到来して以来、それまで理性的な啓蒙に勤しんでいた理性的な主体たちは袋小路に立たされた。や「未成年(Unmundigkeit)」状態にある者たちを「成年(Mundigkeit)」へと促す人間性の教育としての啓蒙は、単なる教育心理学的な発達段階論のルーツとして格下げされている。その啓蒙の対象を「市民社会(burgerliche gesellschaft)」へと向上させた場合でも、やその発想は単なる進歩史観を超えるものではなくなっている。

啓蒙主義は合理性による世界の脱魔術化を目指してきた。その脱魔術化の観点となっていたのは、他ならぬキリスト教である。だがその場合の盲点となるのは、理性的な主体たちによる脱魔術化が、理性的な脱魔術化であるとは限らないということだ。そのため虚無主義は、合理性による世界の脱魔術化という営みそれ自体を、もう一度脱魔術化する。それは啓蒙の価値をも含めた、極端な、極限の、諸価値の転換として推し進められた。

脱魔術化された世界では、をはじめとした諸価値を信仰することができない。誰もが同じように「成年(Mundigkeit)」状態へと動機付けられることに、何の必然性も無くなった。「永遠回帰(ewig wiederkehren)」が、進歩史観に取って代わる。均質で連続的な歴史仮象は、近代科学による脱魔術化のみならず、資本主義による世俗化や加速的に進化する科学技術によるショック効果によって、あえなく打破された。

こうした空虚で無常なる現世を「力への意志(Der Wille zur Macht)」で生き抜くか、あるいは寓意的な衝動に委ねるかは、脱魔術化された世界の「鋼鉄の家(stahlhartes Gehäuse)」の中で燻るパトス次第である。そのパトスがまだ啓蒙と無関連ではないとするのならば、理性機能的等価物の探索において鍵となるのは、虚無主義以後の啓蒙であるということになる。

長らく理性批判は、社会の内部に位置する観察者が社会そのものを批判するという事態が如何にして可能になるのかという「自己言及」への観点を度外視して成り立っていた。「自己言及をその盲点とした社会全体への批判」という営みは、パラドックスを派生させることで、運動を頓挫に終わらせてしまう。フランクフルト学派の「批判理論(Kritische Theorie)」は、このことの良き教材として提供されている。

問題解決策:批判理論

得てして勝利宣言は、新たな闘争を呼び起こす。ファシズム体制に対する連合国側の勝利宣言は、普遍的な人間性(humanity)という理想を掲げる演説であった。だが皮肉なことに、その演説の聴衆たちは、「人間性」という概念の定義を巡り、二つに分裂してしまった。つまり第二次世界大戦の閉幕と共に、「自由主義者」と「社会主義者」の矛盾が派生したのである。

アメリカ合衆国をはじめとした西欧諸国が依拠したのは、自由主義であった。自由主義者たちは、近代市民革命の成果物となる「自由(liberty)」を中心とした「市民社会」を発展させようとする。一方、ソヴィエト連邦をはじめとした社会主義諸国は、この「自由」という概念に異を唱えた。社会主義者たちによれば、それは真の自由などではない。自由という用語は、経済的な搾取や不平等を隠蔽する装置に他ならない。それ故社会主義者たちは、経済的な「平等(equality)」を重視した真の自由を目指す「解放(liberation)」の政治を標榜した。彼らの思想的な背景にあったのは、無論マルクス主義である。

1920年代のマルクス主義は、まだ希望の思想として受け入れられていた。ソ連の共産党は、労働者たちに革命への道標を指し示してきた。彼らの理論的な伏線となっていたのは、ヘーゲル哲学である。ヘーゲルの哲学は進歩史観を肯定する哲学だ。彼は、理性的とは言い難い伝統や慣習が蔓延している現実世界を直視しながら、決して悲観視することなく、この現実の状態はハッピーエンドへの途上なのだと解釈した。そこで彼が導入したのが、時間の経過と共に変異していく「歴史」の概念だ。基本的に彼は、人間の本質は「精神(Geist)」の自由であると考えた。ヘーゲルは、他者から阻害されずに独立することができるという点で、精神は自由だと考えたのである。

マルクス主義はこのヘーゲル哲学を批判的に継承した理論である。確かにマルクスは、ヘーゲルの哲学に感銘を受けていた。だが同時に彼は不満も抱いていた。何故ならヘーゲル哲学は、抽象的な観念論に留まってしまうからだ。マルクスによれば、ヘーゲル的な意味での精神的なものの自由は、全て物質的なものに制約されている。それ故、ドイツ観念論のように、精神の領域で哲学を展開することには意味が無い。物質的なものを変革しない限りは、どれほど哲学的な思弁を並べても、現実は一向に変わらないのである。頭の中の理論は現状を肯定するだけだということになる。それ故にマルクス主義者たちは、理論的な分析よりも身体的な実践を重視したのだ。

ヘーゲルとマルクスの差異は、両者の労働概念にも顕著に表れている。ヘーゲルによれば、人間は現状、未だ自由なる精神という本質を達成していない。それ故に彼は「歴史」の概念に望みを託したのである。ヘーゲルは、歴史とは精神が自由を達成していく過程なのだという。自由を達成しようとする人間は、「自然」に働き掛けて自由の領域を拡張しようとしていく。この自然に働き掛けて自然人間の領域にすることを、ヘーゲルは「労働」と定義した。例えば自由に生活することができる「木造建築」を建てるには、自然の森林を伐採しなければならない。彼はこうした活動を労働と名付けた訳だ。

しかしこれに対してマルクスは、全く別様の労働概念を提起した。ヘーゲルが自由を達成していき進歩していく歴史の過程に「労働」を位置付けたのに対して、マルクスは「労働の疎外」における位置付けを強調したのである。ヘーゲルにおける労働の主体が「精神」であったのに対して、マルクスにおける労働の主体は、「肉体を持つ人間」である。マルクスの言う労働とは、肉体を持つ人間が自己疎外によって成果を生産する営みを言い表している。資本主義社会においては、労働とその生産物が、飽くなき利潤追求の手段となる。労働者たる人間は労働力という名の商品となる。商品化した人間は資本の奴隷となる。労働者には、もはや生産者たる主人としての立場が与えられない。資本家は、労働者の労働者による自己疎外を効率よく利用するのである。

資本主義社会を生きる人間は、事物やサービスを生産することによって、経済的に生計を立てようとする。これにより、経済的な構造や政治的な構造が組み立てられるようになる。人々の意識も、こうした構造によって規定されている。要するにマルクスは、経済的な構造が政治的な構造をはじめとした諸々の上部構造を既定すると考えたのだ。

総じて言えば、こうした労働による疎外と搾取に満ち溢れた現実を指摘したのが、マルクスらの弁証法的唯物論である。社会主義諸国の革命を目指した実践は、このマルクス主義的な理論を後ろ盾にしてきた。とりわけスターリンが率いた正統マルクス主義者たちは、ヘーゲルが言う意味での絶対精神には関心を払わず、物質的なものの運動の客観性を重視した。それは偶発性を考慮しない下部構造の決定論に他ならない。

実践上の失敗例としてのスターリン体制

しかしスターリンの死後、徐々に社会主義国家における実践上の矛盾が指摘されるようになる。スターリン体制においては、労働者の解放という社会主義的な目標は単なる建前に過ぎなかった。実際労働者たちは、政府が決めた過酷な労働を強いられていた。国内の反体制派に対しては非人道的な弾圧が繰り返されていたという。こうした事実がスターリンの死後に徐々に明らかになったために、ソ連共和党の権威は失墜することになった。スターリン体制は社会主義者たちの痛烈な失敗例となったのだ。

スターリン体制の失敗は、他の社会主義国家にとっても他人事ではない。実際、資本階級に対する革命を敢行するのならば、労働者階級の者たちを多数動員できなければならない。多数者の動員に力を注げば、その勢いで、少数派を抑圧してしまうことになる。結果として社会主義国家は、中央集権的な階層構造組織へと変貌してしまうことになる。しかしそうした体制も長くは続かない。科学社会学者トール・ノーレットランダーシュが情報理論的に解説しているように、社会の情報は、社会主義の中央や頂点で処理し得るほど単純ではない。外情報の複雑性は想像を絶するものとなる。社会主義国家のシステムは、環境複雑性を縮減し切れずに、その作動を中断せざるを得なくなる。歴史的に言えば、ベルリンの壁の崩壊と共に、徐々に社会主義諸国が瓦解していくことになった。そして遂にソ連の解体が伴うと、マルクス主義は単なる御釈迦を超えるものではなくなった。

フランクフルト学派の設立

こうした社会的な背景は、マルクス主義者たちの間でも、全く予期されなかったことでもなかった。まだマルクスの思想が希望の思想であると謳われていた1920年代において既に、理論的には唯物史観を、実践的にはスターリン体制を相対化する試みが、主にマルクス主義的な左翼の学者たちによって敢行されるようになっていた。彼らは哲学、社会学、精神分析学、経済学などを学際的に研究することで、マルクス主義的な理論の代替案にもなり得る普遍的な社会理論を構築しようとした。彼らの活動の拠点となったのは、1923年にドイツのフランクフルト大学に設立された社会研究所であった。マクス・ホルクハイマー、テオドール・アドルノ、ヴァルター・ベンヤミンを筆頭とする、通称フランクフルト学派と呼ばれる学者集団の活動の始まりである。

しかし、フランクフルト学派のメンバーのほとんどはユダヤ人であった。ナチスは市民のユダヤ人への偏見を巧みに扇動していた。1933年にヒトラーが首相に就任してから僅か2年余りで、ユダヤ人のドイツ国籍は剥奪されることになった。そのため、例えばスイスに亡命していたユダヤ人ホルクハイマーは、1934年にはコロンビア大学に招待され、アメリカに亡命することになる。1937年になると、彼は学派の代名詞として知られる「批判理論(Kritische Theorie)」を解説する論文『伝統理論批判理論』を発表した。だが当時のアメリカの学者たちの関心は経験的な研究に傾いていた。それ故、戦前においても、両大戦間においても、ホルクハイマーの思想と理論は注目を集めなかった。しかし戦後になると、彼らの批判理論はアメリカの新左翼運動や学生運動に色濃く影響を及ぼすようになった。

批判理論と伝統理論の差異

ホルクハイマーは、フランクフルト学派批判理論を「伝統理論」との差異から説明している。ホルクハイマーによれば、伝統理論とはデカルトの『方法的序説』やカントの『純粋理性批判』の認識論に依拠した理論である。その目指すところは、主観的な概念を普遍化することによって、体系的な説明を記述することである。だがこの伝統理論の作業は、専門分化されているために、各専門分野間の関連は重視されない。伝統理論には学際的な取り組みが欠けている。各専門分野で如何に理性的で合理的な探究が実践されていても、それらを総括した社会的な現実の全体にまでは届かない。それ故伝統理論は、井の中の蛙に陥るだけで、現実の人間が直面している問題には盲目的になってしまう訳だ。それは現実の現状を無批判に受容する姿勢を意味する。

これに対し批判理論は、マルクスの『資本論』に依拠した認識論を標榜する。ただしホルクハイマーは、マルクス主義という専門分野を盲目的に追従しようとした訳ではない。彼の批判理論は「学際的唯物論」である。それはマルクスの政治経済学を批判的に継承すると同時に、哲学、政治学、経済学、法学、社会学、心理学精神分析学など、様々な学問を統合する試みを前提としている。こうした学際的な取り組みによって、批判理論家は社会の複合的な現実を批判的に分析しようとする。批判理論家は伝統理論家よりも社会の現実を直視しようとするのである。

批判理論によれば、歴史や社会は人間の労働の過程である。社会の全体は現実を生きる人間が志向する所与の世界の全体だ。闘争を生み出してしまうような現実の矛盾は、得てして人類が自らで生み出した矛盾である。批判理論はこの自己矛盾への自己批判を実践する。デカルトの主観と客観の区別に基づいた伝統理論は、こうした矛盾に満ちた社会的な現実を主観から区別された観想的な認識対象と見做してきた。ホルクハイマーが批判しているのは、主観と客観を区別する観察者の姿勢である。こうした観察者は、社会的な現実を客観的な世界に位置付けることで、まるでそれを外から眺めるかのように観察する。これに対し学際的唯物論は、こうして主観と客観を徒に区別してきた従来の哲学を社会諸科学に接続させることで、抽象的で観念的な主観性という殻に閉じ籠らない新しい「社会哲学」を構想した。

しかし、歴史批判理論家の学際的唯物論を幻滅へと追いやった。ファシズムの猛威が度を越していき、ナチスの迫害により社会研究所が閉鎖に追い込まれると、もはや学際プロジェクトの進捗は絶望的なものとなる。第二次世界大戦が勃発すると、学派の盟友たちが次々と死んでいき、遂にはユダヤ人のホロコースト(holocaust)が彼らの挑戦に止めを刺した。

啓蒙の弁証法

こうしたファシズムに対する批判理論家たちの立ち振る舞いを振り返れば、彼らの背後に潜んでいた虚無主義啓蒙主義と敵対する関係にあった訳ではないということが理解できるようになる。脱魔術化された世界をもう一度脱魔術化するという点で言えば、虚無主義啓蒙主義に対する振る舞いはむしろ啓蒙主義的であった。単にそれが極限的で極端であっただけだ。

極限的であるというのは、徹底しているということでもある。そして徹底した態度は、肯定的であれ批判的であれ、ある種の「哲学的ラジカリズム(Philosophischer Extremismus)」として継承されるに足る振る舞いである。実際この延長線上に位置付けできるのが、テオドール・アドルノがホルクハイマーと共に筆跡した『啓蒙の弁証法』だ。啓蒙合理性を追求した脱魔術化運動である。だが二者によれば、啓蒙の主体が依拠する理性は、社会の進歩と人類の解放を約束するものではなく、人間の「自己保存」を目的とした「道具的理性(instrumentelle Vernunft)」に過ぎない。それは目的のための手段と化した理性である。

道具的理性自然の支配を追求していく。そしてこの理性による自然支配こそが、ホロコーストを連想させる破局をもたらす。野蛮状態はやがて全体主義的な社会を形成する。周知のように、これがファシズムという新しい近代の神話となった。逆説的にも、脱魔術化は近代の新しい魔術となったのだ。だからこそ晩年のアドルノは、その美学理論において、「美」を脱魔術化された近代社会をもう一度脱魔術化させる魔術として位置付けたのである。

コミュニケーション論的転回

しかしこの『啓蒙の弁証法』は、ハーバーマスから観れば、理性への歯止めの利かない不信感を助長するものであった。そのためか、これに相対するかのように、ハーバーマスはまだ理性に若干の期待を込めて近代を論じていた。近代社会討議、すなわちハーバーマスが言う意味での「未完のプロジェクト」は、まだ人間味のある枠組みを使用している。

批判理論は、とりわけあの「1968年」以降のハーバーマスにも受け継がれていった。この「1968年」は、ハーバーマスにとっても転機であった。1968年はハーバーマスがフランクフルト学派第二世代として継承したホルクハイマーらの批判理論を初めて自らの手で体系的に記述した『認識と関心』が出版された年だ。だが彼の理論は、この年から1981年に『コミュニケーション的行為理論』を出版するまでの間、徐々に「コミュニケーション論的転回」を準備するようになった。

解放的関心は、現状維持に留まらずに、更に成長していきたいという欲求から生じる関心だ。この関心から批判的な認識と解放が可能になるというハーバーマスの主張は、マルクス主義批判理論をジグムンド・フロイトの精神分析学を通じて統合する主旨であった。しかしハーバーマスがこの解放的関心の可能性をこれ以上に追究することは無かった。彼は認識論よりもむしろコミュニケーション理論を欲するようになったのだ。その時代背景ははっきりしている。1968年の革命以降の「新しい社会運動」においては、旧い社会運動のように、少数精鋭のマルクス主義的な指導者が運動に方向付けを与えていく訳ではない。市民が積極的に話し合い、運動の在り様を決めていくことに、この社会運動の新しさがある。ハーバーマスのコミュニケーション的行為を通じて合意を形成していくという「転回」以降の構想は、この文脈で要請されていたのである。

コミュニケーション論的転回以降のハーバーマスは、相互主観的なコミュニケーションを重視すると共に、超越論的哲学や歴史哲学が謳う巨視的な主体を放棄した。彼は主体哲学からの脱却を図ったのである。『認識と関心』におけるハーバーマスの関心は、専らヘーゲルが論じた意識の自己反省とマルクスが論じた主体の自己構成に向けられていた。つまり転回以前のハーバーマスが採った戦略は、自己反省的に絶対精神へと上昇していく意識経験を労働と階級闘争による自己構成という唯物論的な過程として捉えることで、マルクス主義的なイデオロギー批判を唯物論化された認識論で実現させることに基づいていたのである。それ故にハーバーマスは、真理とは全体のことだと言いながら絶対知の到来を賛美するヘーゲルの論調を、自己反省思考停止状態に陥ったものとして批判した。そして同時にハーバーマスは、労働と階級闘争による自己構成過程に精神の自己反省を解消してしまったマルクスをも批判した。ハーバーマスは、こうして二者の理論を批判的に継承することによって、巨視的な主体としての自己反省と自己構成を徹底しようとしたのである。

しかしながら転回以降のハーバーマスは、この方向性とは逆行する論調を採用することになる。その激変は、彼のヘーゲルとマルクスに対する批判の仕方にも現われている。まず転回以降のハーバーマスがヘーゲルを批判したのは、主体の自己反省を停止したからではなく、むしろそれを徹底的に繰り返すことで絶対精神に到達してしまったからである。これにより主体は不可避的にマクロ化してしまう。ハーバーマスによれば、マルクスはこのことに無頓着なまま自己反省する主体と労働における主体を結び付けてしまった。だが労働の実践の現場で自己反省する個々の主体は、絶対精神への上昇と共に肥大化した巨視的な主体の中で埋没することになる。自己反省する個々の主体がこの巨視的な主体の下位に位置する部分であるとするならば、社会の全体を批判的に認識する営みは無為に帰することになろう。と言うのも、巨視的な主体を批判的に認識する個々の労働主体は、まさにその批判対象となる巨視的な主体に依存しているからである。故にこの関連からハーバーマスは、再度マルクスを批判したのである。

システム機能主義批判の落ち度

ハーバーマスは、論敵ルーマンとの論戦を通じて、この巨視的な主体というシステムの論理に回収されていく市民の論理に着目した。彼がルーマンを批判したのは、ルーマンの社会システム理論が未だ主体哲学に依拠しているためである。ハーバーマスによれば、ルーマンの社会システム理論自己言及的な機能システム超越論的な主体の代替物として採用する。だがそれはハーバーマスにとって、巨視的な主体と機能的に分化した社会に密会の場を約束する理論に等しい。機能的に分化した社会の全体たる巨視的な主体を批判するという営みは、これにより無意味になってしまう。と言うのも、社会の全体を批判する営みもまた、社会的に機能してしまうからだ。だからこそハーバーマスにとってルーマンの理論は、全体の支配を目論むテクノクラートのイデオロギーを肯定する理論なのである。

ハーバーマス・ルーマン論争を介して、ハーバーマスは主体哲学との脱却と共に、システム機能主義批判をも敢行せざるを得なくなった。彼がこの脈絡から指摘した「システムによる生活世界の植民地化」は、まさに社会の全体を批判しようとする当時の「新しい社会運動」に対して多大な影響を与える合言葉となった。しかしこのハーバーマスのルーマンに対する批判が単なる偏見であることを弁えておくだけでも、コミュニケーション的行為理論が「新しい社会運動」には適さないということを理解できるようになるだろう。

ルーマンが導入しているのは、システム生活世界区別とは全く何の関係も無いシステム環境区別である。仮にハーバーマスが指摘するように、機能的に分化した社会が一つの巨視的な主体として登場していると言うならば、システム理論家はまず巨視的な主体と環境差異に着目するだろう。つまり巨視的な主体ではない別の側面の可能性を念頭に置きつつ考察するのである。

パラドックスから出発する社会運動論に向けて

事実ルーマンが論じる社会理論には、機能的な分化という概念では説明できないもう一つの分類方式がある。つまり相互行為組織、社会、そして運動の分類である。社会運動や抗議運動を含意する運動というシステムは、資本主義社会や機能的に分化した社会とは対立する立場を自らに課している。だがこの立場はパラドックスでもある。何故なら運動は、不可避的に社会に依存してしまうからだ。運動への参加を呼び掛けるためのビラを制作するにも、まず紙とペンを購入するという経済的なコミュニケーションが必要になる。社会批判的な運動は、批判対象である社会に依存することでしか成り立たない。このパラドックスこそが運動の現実だ。新しい社会運動を成立させるためには、この解決不可能なパラドックスを隠蔽しなければならない。すなわち、運動パラドックス脱パラドックス化させる意味形式が必要になるのである。

この意味論においても、ルーマンの記述は生活世界という概念とは無縁のままである。例えばエドムンド・フッサールが定義した生活世界は、あらゆる意味構成根源を成す。しかしこれに対してルーマンの意味構成概念は、脱パラドックス化形式でありながら、それ自体はパラドクシカルに定義されている。意味自己言及的でオートポイエーシス的なシステムだ。意味構成するのは意味である。意味構成根源などあり得ない。もし生活世界意味根源であるのならば、社会システム理論家は意味根源の<意味根源>の可能性を指摘するだろう。こうして意味構成根源を説明しようとすれば、無限後退パラドックスに陥る。この無限後退を遮断し得るのは、意味それ自体である。意味は、生活世界と非生活世界差異同時構成する形式だ。だから生活世界意味構成よりも先行しているという前提は成り立たない。その前提を成立させようとした瞬間に、パラドックスとなる。故にルーマンは、意味根源を問うことによる無限後退パラドックスを最初から脱パラドックス化した上で、意味形式的に定義しているのである。

ルーマンの社会運動論は、あくまでパラドックスから出発している。だがそれは単に社会運動がありそうもない不確実な試みであることを主張する理論なのではない。偶発性必然化したパラドクシカルな現実を前提としているこの理論においては、社会運動に限らず、あらゆるシステムの作動が不確実なのである。それはハーバーマスが巨視的な主体であると「過大評価」した機能的に分化した社会についても同様だ。この近代社会の内部に位置するならば、確かに社会を批判することもまた社会的に機能してしまう。しかしこの社会がその作動を停止させてしまえば、もはや機能の呪縛に絡め取られることも無くなるだろう。変えられる見込みを見出せない社会であっても、次の瞬間には崩壊しているかもしれない。そうした可能性を忘れさせないのが、社会システム理論なのである。それがかつてフランクフルト学派の第一世代の一人であるヴァルター・ベンヤミンが想定していたような「破局(Katastrophe)」の瞬間をも視野に留める理論であるということを、我々は忘れてはならない。

問題解決策:社会学的啓蒙

ハーバーマスの論敵であったルーマンの「社会学的啓蒙(Soziologische Aufklärung)」が虚無主義以後の啓蒙観察に対する観察であったのは、偶発性を徹底的に考慮し続ける彼の姿勢にそのまま現われていた。その姿勢が言い表していたのは、あらゆる価値や理想が別のあり方でもあり得るということである。これもこれで虚無主義に結び付けることが可能なのであろう。ただしそれは必然ではない。虚無主義者を称することにも、あるいは「ニーチェを継ぐポストモダニスト」を殊更自称することにも、必然性は無い。

更にルーマンの社会学的啓蒙は、アドルノらの道具的理性批判にも与しない。啓蒙家によって企画された進歩する歴史を最初から破局ありきの歴史であると断じるアドルノらの寓意的な叙述からは、明らかに根源の無常化を前提とするベンヤミンの歴史哲学からの影響が見て取れる。『啓蒙の弁証法』もまた、粉砕された瓦礫の断片から救済理念を浮かび上がらせようとしていたのである。だがハーバーマスが既に指摘していた通り、彼らの批判理論は、歯止めの利かない理性不信に陥った。ハーバーマスのように、相互主観的なコミュニケーション的合理性への転回を図れば、あるいは理性に望みを託すという選択も可能になるのかもしれない。だが社会についてのシステム理論家であったルーマンにとって、理性根源的に偶発的であった。彼が前提としていたのは、あくまでシステム合理性なのである。

虚無主義以後の啓蒙プロジェクトが美学に準拠する傾向にあったのに対して、「社会学的啓蒙」は社会学の対象領域となる「社会」において発見される諸問題の分析に直接的に取り組む。そのプログラムとなるのは、等価機能主義的な社会システム理論である。システム合理性に依拠した社会学的啓蒙によって、観察者は社会の現実をより鮮明に把握していく。社会の現実が抱えている諸問題の分析に着手することによって、社会学的な観察者は偶発性に対する感度を高めると同時に、偶発性を前提としたコミュニケーション能力を高めようとする。

こうした社会学的啓蒙も、真理で社会の全体を教え導こうとする類の啓蒙とは区別される。社会学的な観察者は、むしろそうした理性啓蒙すら、ある問題を前提とした上での機能として導出されたと考える。社会の偶発性複合性、あるいは不確実性が増大したことによって、理性啓蒙は既に無力化されていた。真理に依拠した単一の理性では、真理そのものを構成する社会の偶発性に太刀打ちできない。偶発性に対処し得る社会学的啓蒙理性啓蒙に取って代わる。人文学的な「内容」重視の観察者たちは、機能主義的な「形式」の観察者たちに席を譲ることになる。

それどころか社会学的啓蒙の視点に依拠した観察者は、特定の問題を背景とした上で、理性啓蒙と交換可能な機能的等価物の探索すら可能にする。理性啓蒙はもはや「中心」でもなければ「頂点」でもない。社会学的啓蒙の視点から観れば、社会には機能的な分化をはじめとした諸々のネットワークが、構造的な結合を介して歴史化されている。

理性啓蒙の対象は少なからず「人間」と呼べる存在であった。しかし社会学的啓蒙の対象は「社会」である。この啓蒙には自己言及性が伴っている。と言うのも、社会学的啓蒙それ自体もまた社会で構成されているためだ。故に社会学的啓蒙が言い表しているのは、社会による社会の啓蒙だ。

とはいえ、自己言及には無限後退パラドックスが伴う。だからこそルーマンは、パラドックスの隠蔽技術形式としての「意味」を分析した。不可避のパラドックスが隠蔽されているからこそ、社会は社会となる。だから社会学的啓蒙に臨む観察者は、パラドックスを解決する形而上学が不可能であるという、冷徹な現実を突き付ける。そしてその歴史的な裏付けとして、『社会構造意味論』を展開するのである。

この『社会構造意味論』が進化論的な展望に準拠していることを知れば直ぐにわかるはずだが、社会学的啓蒙は、相対主義ではない。と言うのも社会学的な観察者は、別段絶対性や普遍性を断念せずとも務まるからである。社会学的な観察者は相対主義それ自体の偶発性観察することができる。社会学的な観察者は、相対主義それ自体の相対性をも認識するだろう。無数のシステムの自律的なオートポイエーシスを背景とすれば、確かに普遍性はあり得ないかもしれない。だが「普遍性はあり得ない」という観察それ自体は、普遍的に適用可能だ。だとすれば一転して「普遍性はあり得る」という観点に至る。絶対性や普遍性は、この社会においても、パラドックス形式で発現しているのである。

潜在性の機能、機能の潜在性

社会学的啓蒙方法は、偶発性パラドックスと隣り合わせで形式化されている。ルーマンによれば、社会学的啓蒙方法となるのは、顕在性と潜在性の差異図式と機能的な比較図式に依拠することである。ルーマンの理論編成から観れば、前者の方法意味論に、後者の方法システム理論に対応していると言えるだろう。

ただし、システム内部の関係においては、この二つの図式は互いに他方に対して中立的ではない。光で照らされることで、蒙きを啓らむという原義に立ち返るならば、啓蒙が潜在的な構造や潜在的な機能を顕在化させるというのは道理である。だがその一方で、社会学的啓蒙においては、機能的な比較を進めることになる。双方の図式は確かに相互に補償し合う関係を築いている。

しかし、ひとたび等価機能分析によって<潜在性それ自体の機能>が発見されると、双方の図式は矛盾し合うようになる。ここでいう<潜在性それ自体の機能>とは、言わば「臭い物には蓋をする」機能である。社会的な秩序の中には、隠蔽されているからこそ成立している秩序もある。このことは本音を覆い隠した建前上の社交辞令を観れば、よくわかるだろう。だがそうした都合とはお構いなしに、等価機能分析は秘められたを暴露してしまう。

ルーマンも述べているように、<潜在性それ自体の機能>は、機能の潜在性を必要としている。そうすることで、潜在的であることの機能それ自体を隠蔽し続けなければならない。<潜在性それ自体の機能>は、社会が知ってはならない物事だ。しかし等価機能分析によって<潜在性それ自体の機能>が発見されれば、<社会が知ってはならない物事>を社会は知るようになる。社会がその秩序を潜在的に安定化させようとすれば、隠蔽されている秩序の発見を抑止しておかなければならない。そのためには、観察よりも行為を優先すべきだということになる。恐らく「理論よりも実践」が重視されるのも、こうした既存の社会的な秩序の都合が絡んでくるのであろう。それよりも重要なのは、観察が行為に追い付くことは絶対にあり得ないということだ。それ故、絶え間なく行為を構成し続けていれば、観察者を攪乱することができる。観察者に理論的に観察する余裕を与えないまま状況を変え続けていけば、秘められたを暴く機会を隠滅することができる。

社会構造の暴露

とりわけ構造を隠蔽することは、社会的な秩序の理に適っている。現実に選択可能な選択肢が構造的に予め限定されているという潜在的な現実が暴露されれば、その構造を拒否するという選択肢もまた顕在化してしまう。これでは社会的な秩序も長続きしない。だから順調に安定化しているかのように思える社会システムでは、その構造が隠蔽されているのである。もとより構造的な選択の限定により潜在化していた可能な選択肢を改めて顕在化させても、現実で選択できる選択肢が増える訳ではない。むしろその顕在化は、現実に実行不可能な選択肢の量を増やすことに結び付く。だがもし等価機能分析によって現実で選択可能な選択肢を顕在化させることに成功したのならば、構造変異を助長させることができるようになる。その時等価機能分析は、社会進化貢献したことになるだろう。

この構造の潜在性は、それ自体が潜在化している。つまり、構造が隠蔽されているという現実それ自体が隠蔽されているのである。しかしルーマンによれば、社会学的な観察者たちは、少なからずこの構造の潜在性を知っている。社会学的な観察者は、この構造の潜在性を顕在化させて暴露することを選択することができる。言い換えれば、社会学的な観察者は顕在的な構造と潜在的な構造区別することができる。社会学的な観察者は表出した構造と隠蔽された構造同時観察することができる。社会学的な観察者は、観察者として、潜在性がシステムに対して何らかの機能を果たしているという見解に基づくことで、顕在的な構造と潜在的な構造を関連付けようとしている。そうすることで、観察対象となっているシステムの自己観察力を超えて、構造の潜在性を観察しようとする。

専ら心理システム社会システム差異を念頭に置く社会システム理論家は、意識の潜在性とコミュニケーションの潜在性を区別することができる。意識は、相互浸透関係にある社会システムからすれば、環境の一部だ。したがって、無意識や無知などといった意識の潜在性は、まず社会システム構成されるための前提条件となる。ルーマンも述べているように、全てを知り尽くしている心理システム同士が双方とも完全に透明な関係にあるのならば、そうした心理システムたちは、如何なる社会システム構成しない。全てを知り尽くしている者たちに、コミュニケーションなど不要なのだ。むしろ相手の思惑が未知だからこそ、我々はコミュニケートするのである。

ただしこの場合に必要となる意識の潜在性は、主題を設定しているコミュニケーションの潜在性とは区別されなければならない。ある主題に方向付けられている<コミュニケーション>から観れば、その当の主題を設定したコミュニケーションは潜在的なのである。このコミュニケーションの潜在性は、意識の潜在性と関連付いている。社会システムはある主題をコミュニケートする上で、その主題についての意識の必要性を高めている。一方逆にこの主題についての十分な意識は、その主題についてのコミュニケーションを促進しているのである。

社会システムとしての社会学的啓蒙

等価機能主義的な社会システム理論に依拠する観察者は、何よりもまず偶発性を考慮する。観察対象となる社会は偶発性に満ちている。一方、観察者の記述もまた社会システムの作動に他ならない。故にその記述それ自体もまた偶発性に満ちているということになる。さもなければ偶発性に対する見解が自己矛盾に陥る。

だからルーマンの著作に象徴されるように、社会学的啓蒙の記述形式は錯綜している。その理由は、概念規定と理論編成が、偶発性パラドックスに対応するべく方向付けられているためである。冒頭に登場する諸概念の多くは、後の各章で登場する諸概念を前提として定義されている。ある概念は、他の諸概念への参照と関連付けによって説明される。それ故に理論編成は高度に複雑化している。社会学的啓蒙に挑む社会学的な観察者の記述を容易に理解することができないのは、単なる用語法の問題などではない。それは理論編成が諸々の選択の別様にもあり得る関連付けによって決定されているためなのである。

理論編成の偶発性

偶発性必然化している状況を考慮するならば、概念規定や理論編成が別様にもあり得ることを考慮しなければならない。あらゆる文脈においてテクストの記述は、マクルーハンが『グーテンベルグ銀河系』で述べていた意味で「線的」であってはならない。社会の現実は、序論・本論・結論などといった線的な理論編成で描写できるほど単純ではないためだ。

社会についての理論ならば、意味論からも、システム理論からも、社会進化論からも、あるいはコミュニケーション理論からも、記述し始めることができる。偶発性必然化した状況下では、理論の入り口も別のあり方でもあり得るという訳だ。そして、ある入り口から道筋を辿っていくと、別の入り口から続いていた道筋と交わる場合がある。その時理論の言明は変数となる。その場合、変数のみならず、変数と変数の関係を処理する変数もまた問題として浮上してくる。理論の記述者は、こうして無数の変数を複合的に処理することで、理論と社会における複雑性の落差を埋め合わせるように努める必要がある。

それ故、読者の視点から観れば、論証は迷宮の如く入り組んでいる。「用語」が迷宮の地図となると考えている読者は、直ぐに迷い込むこととなるだろう。概念的な分析対象を定義する上では、確かに特定の「専門用語」を使うしかあるまい。しかし、社会の複合性を背景とするならば、取り扱うべき諸概念も膨大となるために、使用する「用語」も無数となる。

故に、僅かばかりの概念を文献から取り出して、先行研究の意味解釈を批判的に検討するだけでは不十分となる。社会学的啓蒙理論記述は、そうした概念の伝統的な文脈の中で研究しようとする一般的な理論編成とは全く異なっている。確かに、あらゆる諸概念を他のあらゆる諸概念に結び付けるのは困難極まりない。そのため理論家は優先的に言及する諸概念を選択することになる。だがそれによって、別のあり方でもあり得る諸概念の組み合わせの可能性排除される訳ではない。

もとより理論家は、そうした別様の選択肢を留保しておく必要がある。そして必要とあらば、直ぐに選択を切り替える準備もしておかなければならない。「専門用語」を構成する学問という機能システム構造や、「用語」をメディアとした分析の対象となる他のシステム構造は不変ではない。個々の「用語」の意味論もまた変異する可能性がある。意味変異したにも拘らず、「専門用語」だからという理由だけでその用語に固執するようでは、理論を現実に即して理解することが困難になる。

「概念の抽象化」と「対象の自己抽象化」の差異

高度に複雑な理論に対して「現実から遊離した言葉遊びの理論だ」という難癖を付けたがる読者たちは、嘆く前にまずこのことを念頭に置かなければならない。分析対象が高度に複雑となれば、それだけ抽象化された理論が必要になる。等価機能主義者の方法は、言わば形式主義的な数学に類似した理論技術を用いる。喩えるなら、特定の公理に対する所与の定理と機能的に等価な定理を推論したのが、等価機能主義的な理論となる。この関連からルーマンは、徹底的に抽象的な理論を要請している。と言うのも理論は、分析対象となるそれぞれの概念を抽象化して参照することで、それらの比較を可能にしているからである。

ルーマンが注意を喚起しているように、この「概念の抽象化(begriffiche Abstraktion)」は、「対象の自己抽象化(Selbstabstraktion des Gegenstandes)」と区別されなければならない。前者は理論志向である。後者は「構造(Struktur)」志向だ。概念の抽象化によって、観察者は異なる対象を比較することが可能になる。その一方で、観察者の観察対象は、観察者の認識から独立した構造をそれ自身のうちに有している。少なからず観察者の視点から観れば、その観察対象が有する構造は、個別具体的な状況に左右されない。もし観察対象の構造が個別具体的な状況ごとに変異し続けているのならば、観察者はその観察対象を<同一の観察対象>として認識できなくなるだろう。観察者が観察対象を観察できるのは、この観察対象が個別具体的な状況に左右されない抽象的な構造構成しているためなのである。観察者が観察対象を観察できているということは、観察対象が自らで自らを抽象化しているためなのである。

等価機能主義的に言えば、「概念の抽象化」と「対象の自己抽象化」を区別できて初めて、観察者は対象を観察できるようになる。それ故、具体的なテクストしか読み書きできない者たちは、それだけ単純な話しかできなくなる。それ以前に、自己抽象化している対象の構造から一定の冗長的なパターンを発見することすらできなくなる。抽象化は、観察に必須の技術とも言える。

自己言及的な理論

社会を対象とした理論は、それ自体が社会の内部に属している。故に社会の理論は、それ自体を対象にしている「自己言及的な理論」となる。したがって理論の記述は常にパラドックスと隣り合わせとなる。加えて社会を対象にすると、どうしても矛盾が付き纏う。ある視点では正当であるように観えても、別の視点では異なるかもしれない。だが偶発性が前提にある以上、特定の視点に固定して社会の現実を観続けることに、必然性はあり得ない。社会学的な観察を記述する観察者たちは、自己言及に伴う無限後退パラドックスに加えて、こうした多元視点的に発見される矛盾についても考慮しなければならない。

「したがって理論構成は、ハッピー・エンドへの高速道路というよりは、むしろ迷路に似ている。この本のために選択された章立ては、確かに唯一可能な章立てではない。各章の主題として挙げられている概念の選択についても、これと同じことが該当する。専門分野を越えてシステムを比較していくために、どの概念を導入し、どの概念を導入しないのか、また理論の歴史的な素材への参照はどのような場合に重要となり、どのような場合に重要ではないのかという問題についても、私は別様の決定を下すことができたであろう。同じことは、論点先取や交互の指し示しによって、理論の非線的な性質に注意が向けられる程度や、必要不可欠な最低要件の選択についても該当する。」
Luhmann, Niklas. (1984) Soziale Systeme, Frankfurt am Main : Suhrkamp, S.14.

問題発見/問題隠蔽

こうした自己言及のパラドックスに対して、社会学的啓蒙の担い手となる社会システムは、パラドックス化脱パラドックス化区別を導入し続ける。そうすることによって、尚も社会学的啓蒙を敢行することとなる。それは、パラドックス化脱パラドックス化区別区別の内部へと導入するという、それ自体パラドックス化された振る舞いによって実行される。それは問題の発見と問題の隠蔽の繰り返しであって、自己言及のパラドックスという問題それ自体もまた、発見と隠蔽の対象となる。こうして社会学的啓蒙は、「問題解決策」とは、問題をそれ以上主題として設定する必要の無い、無害で潜在的な要因として片付けることに過ぎないということを、社会に訓える。まさにそれこそが、盲目的機能し続ける近代社会の生き残りの術に他ならない。

「あらゆる努力を以ってしても、消し去りたかった当の問題において、開始したその段階で、再び終焉(Ende)が発見される。」
Luhmann, N. (1987). Brauchen wir einen neuen Mythos?. In Soziologische Aufklärung 4, S.254-274. VS Verlag für Sozialwissenschaften. 引用はS.281より。

それ故に、社会学的啓蒙の担い手となる社会システムに要請されるのは、パラドックスによって遮断されずに済む観察方法である。パラドックスによって遮断されない観察は、如何にして可能になるのかを問わなければならない。等価機能主義的に言えば、一見して有害で解決不可能な問題であるパラドックスが迫り来る中で、社会学的啓蒙に必要となるのは、「理論」に他ならない。

問題解決策:普遍理論

理論は、社会学的啓蒙等価機能主義的に展開する上での大前提となる。等価機能分析問題志向型の分析だ。この姿勢は、まず結果があって、その前提や原因を問う因果分析とは全く異なっている。まず目的を定義して、その目的を達成するための手段を問う目的志向型とも異なる。等価機能主義においては、まず問題があって、その解決策を問うことが重視される。

必然的な問題解決策はあり得ない。問題解決策は別のあり方でもあり得る偶発的な選択肢だ。尤も、幾つかの問題解決策否定されれば、それだけ残された問題解決策が選択される確率が高まる。だからこそ問題解決策の賛否が恣意的に実践されることは回避される。言わば「問題(Problem)」という概念は、別のあり方でもあり得る偶発的な選択肢である問題解決策の選択範囲を限定する形式として機能している。

問題(Problem)とは、言い換えれば研究や分析における主題である。理論は、この主題を提起する際に機能する。実際、社会学の理論は、「社会的な秩序は如何にして可能になるのか(Wie ist soziale ordnung moglich)」などといった社会的なものに関する主題を提起する際に機能する。例えばタルコット・パーソンズが「万人の万人に対する闘争」という自然状態から出発したトマス・ホッブズを取り上げる場合には、諸個人が功利的に行為する中で「社会的な秩序は如何にして可能となるのか」を問題視していた。もしこの問題に対する「解決策」が「アーキテクチャ」であるのならば、その「解決策」を提示した者は「アーキテクチャ」についての理論を記述することになる。するとこの秩序問題は、「アーキテクチャ」の問題へと移行する。仮にこの問題設定それ自体が誤った問題提起となっていたとしても、この理論による問題の再設定という営みは、当初の「社会的な秩序は如何にして可能となるのか」という問題に対して準備されていた所与の解決策だけでは考慮が足りていなかったことを明確にする。そして我々はこの時、「社会的な秩序は如何にして可能となるのか」という問題の背景には別様の問題も潜在化している可能性に気付くことになる。そうして理論は、問題に対する最初の認識だけでは、その問題を十分には把握していなかったことを自覚できるようになるのだ。

理論主題を提起する際に機能するということは、理論問題を設定する際に役立つということだ。更に言い換えれば、理論機能問題形式化なのである。この形式化によって、解決策という、別のあり方でもあり得る偶発的な選択肢が限定される。こうして理論は、提起した主題としての問題の解決に役立つ複数の限定された機能的等価物同士を関連付けて記述することを可能にする。理論があるからこそ、特定の問題Xの解決に役立つ複数の問題解決策比較することが可能になる。理論が無ければ、問題の特定も不十分となるが故に、機能的に等価問題解決策が相互に代替可能であるという認識を持つことも難しくなってしまう。

理論がこのように機能し得るのは、それが「概念の抽象化」を可能にするからである。概念を抽象化しなければ、観察者は異なる対象を比較することができなくなる。例えば我々がiPhoneとAndroidを比較することができているのは、双方を「スマートフォン」という比較的抽象的な概念によって関連付けているためだ。「スマートフォン」という共通の抽象的な概念によって、我々は双方の異同を知ることができるようになる。「異同」とは、文字通り「差異性」と「同一性」に他ならない。

「問題設定の恣意的な羅列」と「問題解決策の恣意的な羅列」

等価機能主義者ルーマンは、この抽象的な理論機能を確認した上で、「普遍理論(universelle Theorie)」の必要性を主張していた。ここでいう普遍理論とは、「如何にしてXは可能になるのか」という問いを社会の如何なる対象にも適用することを可能にする理論に他ならない。例えば経済、政治、法、学問、芸術宗教マスメディア教育など、ありとあらゆる対象が普遍理論の射程に入る。彼の社会システム理論は、まさに普遍理論問題設定に対する問題解決策として導入された。

ルーマンが普遍理論を求めた背景には、パーソンズをはじめとした理論社会学者たちの奮闘と挫折の経験がある。理論はその参照されている問題に対する解決策があるという前提の下で研究や分析を進捗させる体制を構築する。しかしながらその一方で、根本的な問題は解決不可能であるが故に、いつでもその解決を目指してその理論がより一層展開される可能性が保持され続けていく。だがその結果、社会学の理論は別のあり方でもあり得る問題設定を前提とした別のあり方でもあり得る問題解決策を羅列することになった。そのことにより、社会学の理論は統一性を欠如させたのである。社会学の理論の全貌に対する見晴らし難いこの状況は、理論に対する不透明性を生み出した。理論は実証研究との関連性を喪ったことで、現実から遊離した空虚な言葉遊びに陥ってしまっているという評価も下されるほどだ。

それ故にルーマンは、社会学的啓蒙の研究プロジェクトを立ち上げるにあたって、まず等価機能主義という研究方法を確立させることに注力した。彼が理論を記述する際には、常にこの研究方法を制約条件として自らに課していた。何故なら等価機能主義という研究方法は、あくまで問題志向型に留まることによって、「問題解決策の恣意的な羅列」を抑止できるからである。とはいえ、これだけでは「問題設定の恣意的な羅列」までは食い止められない。この問題Xには等価機能分析を適用させることは認めても、あの問題Yには等価機能分析を適用させてはならないなどと主張することは許されないのである。そこでルーマンは、「問題設定の恣意的な羅列」を抑止する機能問題形式化を可能にする理論に見出したのである。

確かに、あらゆる対象を主題化できる普遍理論は、等価機能分析における有用な戦力となる。何故ならそうした理論は、あらゆる対象の中から機能的に等価問題解決策を発見することを可能にするからである。勿論、如何に普遍理論を駆使したとしても、何もかもが機能的等価物になる訳ではない。等価機能主義の研究方法は、機能的等価物の探索に対して明確な条件を提示している。つまり、特定の問題Xの解決に役立つ場合に限り、それらの問題解決策機能的に等価なのである。こうして普遍理論は、等価機能主義という方法によって制約を受けていることになる。

しかし一方で、普遍理論もまた等価機能主義に一定の方向付けを提示することができる。何故なら普遍理論は、数多の対象を主題化できるが故に、機能的等価物の探索の前提となる特定の問題Xと別様の問題Yを抽象的に関連付けることを可能にするからだ。より抽象化するなら、問題Xと問題Yを俯瞰することによって、より広い範囲の問題Zを設定することもできるだろう。こうして既に形式化されていた問題を再設定することによって、理論等価機能分析の志向前提を組み替えることもできるのである。

パラドックス駆動型の普遍理論

ルーマンの普遍理論を取り上げるのならば、この前提を弁えておかなければならない。彼の普遍理論への志向はまさにこの方法理論によって二重に制約された研究プログラムの上で成り立っているのである。この普遍理論の特性を考察する上で重要となるのは、その普遍的な対象範囲の中には、その普遍理論を記述する自分自身も含まれているということだ。理論が真に普遍的であるならば、その理論の対象にはその理論それ自体も含まれていなければならない。さもなければ、その理論普遍性という看板を下ろさなければならくなる。普遍理論がこの自己矛盾を回避するためには、「自己言及的(Selbstbeschreibende)」でなければならないのだ。

しかし、普遍理論自己言及的であるということは、それ故のパラドックスとも無縁ではあり得ないということになる。つまり、普遍理論が普遍的であろうとすれば、自己言及のパラドックスに陥るのである。普遍理論普遍理論であると自称するのならば、それは自己言及的な営みでなければならない。だが自己言及的であるなら、外部言及的ではないということだ。すると、「理論の外部に言及しない理論が普遍的であり続けられるのか」という疑問が浮上してくる。普遍的に様々な対象を主題化したいのならば、その理論は外部言及的でなければならない。しかしながら外部言及的であるとするなら、理論それ自体を主題化できなくなるが故に、普遍的ではなくなってしまう。

これはパラドックスだ。ある種の「グランド・セオリー(Grand Theory)の欠如」という意味で、「理論の終焉」を嘆きたくなるかもしれない。だが、「終焉」という言葉を使うのならば、事態は全く逆である。ルーマンはこのパラドックスに直面しても尚普遍理論を記述することができた。とはいえ、彼はこのパラドックスを解決した訳ではない。彼はただ回避しただけだ。ここで重要なのは、その回避策である。と言うのもその回避策とは、普遍理論を記述することそれ自体であったからだ。普遍理論を記述すれば自己言及のパラドックスに直面する。しかしながら、普遍理論を再記述すれば自己言及のパラドックスは回避される。この込み入った事情は、理論それ自体の機能想起すれば明確になるはずだ。

普遍理論を記述する時、自己言及のパラドックスは一つの問題として形式化されている。しかし、理論機能問題の設定にある。理論は、「自己言及のパラドックスという問題」を主題化せずに、別様にもあり得る問題主題として設定することができる。理論は、別の問題を顕在化させることによって、逆に「自己言及のパラドックスという問題」を隠蔽することができるのだ。ルーマンは、次々と新しい主題普遍理論を記述し続けたからこそ、普遍理論が陥る自己言及のパラドックスに塞き止められずに済んだのである。

逆に言えば、自己言及のパラドックスは、常に新たな主題普遍理論を再記述するように促しているということだ。パラドックスは、理論の記述を塞き止める壁となるのではない。それはむしろ、理論の再記述を駆動している。普遍理論を記述するからこそ自己言及のパラドックスが生じるのであり、自己言及のパラドックスが生じるからこそ普遍理論を記述するのである。

問題解決策:「カードボックス」的な記述形式

ルーマンの「カードボックス(Zettelkästen)」を援用した等価機能主義的な分析方法は、この自己言及のパラドックスに駆動された普遍理論の記述を促進していた。等価機能分析を促進させることが、カードボックス機能であると言える。ルーマンが説明しているカードボックスの利点は、三つである。以下から順を追って説明していこう。

任意の内的な分岐能力

第一の利点は、「任意の内的な分岐能力(Beliebige innere Verzweigungsfähigkeit)」にある。ルーマンが個々のカードに記述したのは、文献に関する情報や日々思い当ることに関する覚え書きである。

蒐集したカードは徐々に膨大になる。だが、ユーザーはその全てを参照する必要が無い。ユーザーは参照するカードを自由に選択することができる。カードに記述されたテクストを最後まで読む切る前に、別のカードを読み始めることもできる。その別のカードが更にまた別のカードに言及しているのならば、そのカードを読み始めることもできる。こうして、複数のカードの関連性を並列的に探索していくことが可能になる。

参照可能性

第二の利点は、「参照可能性(Verweisungsmöglichkeiten)」にある。全てのカードには57/12a、57/12b、57/13などといった固有の番号が付与されている。あるカードで別のカードに言及する際には、言及対象となるカードの番号を付記しておけば、双方のカード間の関連付けが可能になる。

この番号付けによって、ユーザーは複雑な情報の分類を可能にする。一方、番号による関連付けによって、ユーザーは膨大な時間や労力を掛けること無しに、個々のカードの関連性を記録することが可能になる。

索引

第三の利点は、「索引(Register)」にある。これは従来の本や論文には無い利点だ。本や論文ならば、序論・本論・結論などといった線的な秩序を形式化することで整合性が保たれている。だがカードボックス内の個々のカードは、常に縦横無尽に別のカードとの関連性を主張する。この非線的な関連付けに、秩序らしき秩序は無い。

その代わりとしてカードボックスは、番号、キーワード、または著者名の検索を可能にしている。この検索を機能させるためには、カードボックスのユーザーは、日頃から索引を更新し続けていかなければならない。だがこの更新作業がむしろカードの情報に関する知識を深める機会を提供する。

カードボックスによるヒューリスティックな理論構成

上述したカードボックスが持つ三つの利点は、等価機能主義的な理論の記述との相性が良い。カードに記述している段階では、そのカードが具体的にどのような問題を解決するために機能するのかは不確定である。カードの機能は、問題設定に依存する。問題を設定して初めて、機能するカードと機能しないカードを区別することが可能になる。この時カードボックスは、問題ごとに機能するカードの比較を可能にすることで、機能的等価物を発見する上での負担を軽減してくれる。

「ルーマンと同じように、新しい概念を産み出そうとする者にとっては、すべてのテクスト、すべての社会現象、すべての出来事がカード化(それがどのようなものであれ)の対象となる。」
菅野博史(2001)「〔システム論〕ルーマンのオートポイエーシス的社会システム理論」原題:「近代社会の自己記述は可能か?――ニクラス・ルーマンのオートポイエーシス的社会システム理論」情況出版編集部(編)『社会学理論の<可能性>を読む』情況出版、pp248-260。引用文については、p249を参照。

出版された文献に記述されている知識は、線的な秩序として構造化されている。これに対してルーマンは、カードボックスによる非線的な関連付けを通じて、その文献が指し示す以上の関連性を発見していった。例えば彼が論理学や哲学の間で語り継がれてきた「自己言及(Selbstreferenz)」の概念を生物学や神経科学の概念であった「オートポイエティック・システム(autopoietischen Systems)」に関連付けたのは、極めてカードボックス的な分析である。従来の専門知識とは別のあり方でもあり得る知識を発見したという点で、カードボックス等価機能分析ヒューリスティックな発見探索を見事に促進している。

カードボックスのユーザーは、本や論文の秩序から逸脱した思考を可能にする。それは、言い換えれば専門家たちが既に制度化している知識から距離を取ることができるということだ。この影響は無論、研究にも波及する。ベンヤミンが早くから指摘していたように、カードボックスを使う研究者たちから観れば、本や論文はもはや研究活動の中心とはならないのである。

「そして今日、本は既に、排他的な現代科学の生産方法が教示するように、異なる二つのカードボックス・システム間に位置する時代遅れの代理店なのである。と言うのも、重要な参照は全てそれを記述した研究者のカードボックスの中にあり、学者はそれを検討し、自分自身のカードボックスに吸収同化させていくからである。」
Benjamin, Walter. (1928) “Einbahnstraße”. In: Gesammelte Schriften Bd.4, Frankfurt am Main : Suhrkamp. 1980a, S.83-148. 引用文については、S.103を参照。

プロトタイプの開発:カードボックスの機能的等価物としてのハイパーテクスト

10年前には既にルーマンから思想的かつ方法論的な影響を受けていた私は、カードボックス機能的等価物ハイパーテクストで複製したことがある。尤も、当時のそのツールはスタンドアロンであったため、ウェブ上には公開していない。

カードボックス機能的等価物となるこのアプリケーションは、10年ほど前に開発した。仕様としては、丁度「KJ法」と「マインドマップ」を合成したようなイメージとなっている。各カードには、文献の引用文やその場の思い付きなどが細かく記述されている。私は近年、当初スタンドアロンであったこのアプリケーションと機能的に等価なWebアプリケーションをjQueryとPHPで再実装し、『Cardbox』として公開している。また、クライアントサイドのプログラムに限られるが、GitHubのaccel-brain-code/Cardboxにもデモとなるコードを配置している。

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